第四十二話 ライムの風味
この街の兵士が寝泊りしている木製のプレハブの一室、医療室。
部屋は壁から床、当然ながらベッドや机も木製である。
二十人程度なら軽く入るであろう広い個室。机とベッドには味気ない白い無地のシーツが、木目を隠すように敷かれている。
今はがらんとしており、居るのは白いシーツをかけられたベッドに横たわっているアンドロイと、その隣のベッドにフォロリスとベラが向かい合いながら、ベッドにベッドに置いてある並々と注いだコップに互いに銀貨を入れあっている。
副隊長とビーンの姿は見えない。
「う……ん。あれ、ここどこ?」
フォロリスが銀貨を二枚同時に入れると、ベラは苦しい顔をした。
状況が全く分からないアンドロイは上半身を起こし、あたりをキョロキョロと見渡す。
ベラは恐る恐る一枚の銀貨をコップの中に投入すると、中に満たされていた液体の雫が漏れ、ベッドのシーツを紅く湿らせた。
「えっ、ここまで徹底的な無視は酷くない?」
「ああすまん、起きとったか」
ベラが悔しがりベッドを何度も叩いてるというのに、何事もないかのようにコップから銀貨を数枚取り出すフォロリス。そのままコップをアンドロイに渡した。
アンドロイはそれを飲まずに床に捨てた。中の紅い液体が、まるで血のように床に広がる。
「君はどこまで人に嫌がらせをすれば済むんだい?」
「なに、汚くないさ。たぶん」
それなら飲んでみろよとアンドロイは思ったが、フォロリスなら平気で飲みそうなので言葉を飲んだ。
ベラは何やらシーツに右手を突っ込んで、しきりに引っ張り出そうとしている。
それをアンドロイは不思議そうに眺めていると、頭に違和感を覚えた。
後頭部部分が、何やらズキズキと傷む。
「何があったんだっけ……」
「覚えてないの? 貴方、開いた扉におでこぶつけて倒れたのよ」
手に着いた木くずを払いながら、ベラが肩を震わせながら説明をする。
後ろにはぽっかりと穴の開いたシーツが、見るも無残な姿に変貌していた。
「ベラちゃん、説明は助かるけどどうしてそうなったの?」
「さ、さあ……なんででしょうね」
ベラがアンドロイの顔から目を背ける。アンドロイの顔には苦悩と、怒りがたまっているように見えた。
フォロリスはそれを面白そうに眺め、コインを指で弾く。
空中で回転しながら落ちてくるコインを右手でキャッチした。
「これの修理代……やっぱり僕たち持ちかな」
アンドロイが額に手を当てながら、今日で何回目かわからない溜息を吐く。
フォロリスは怠そうに右眼を穿り出す。眼窩と目玉に、透明の橋がかかる。
「まあ大丈夫じゃない? フォロリスが言うには情報を売ったらしいし」
ベラがワイヤーであやとりをしながら、さらっと重大な事を呟く。
当の本人はコインを投げてはキャッチを繰り返していた。太陽の光がコインに反射し、銀色に輝く。
「……大丈夫じゃない、全然大丈夫じゃないよそれ。あとフォロリス君なにやってんの?」
「どうも長い間右眼を付けてたら違和感が激しくてな……慣れというのは恐ろしい」
フォロリスが右眼を口の中に入れ、ころころと飴玉のように転がす。
「あ、そう。ところでさフォロリス君、勝手に最重要機密と言ってもいいようなもの公開しちゃってるんだよ!?」
「対して問題でもなかろう。我が国の切り札はこの俺自身なのだから。それにグリードがどうなろうと知ったことではない、亡くなれば移住するそれだけだ」
フォロリスは悪びれる様子もなく、いけしゃあしゃあと言い切り、口の中に入れていた目玉をかみつぶした。
口から血が、放物線を描きながらベッドの白いシーツに染みを作る。
アンドロイはフォロリスの言葉に対しちょっとした怒りを覚えたが、それをフォロリスにぶつけたところでどう転んでも勝ち目はないので我慢をした。
もうすでに、胃に穴が開いてるかと錯覚するくらいストレスが溜まっているようだ。
確かにフォロリスが来てからグリードは国土・技術ともに急成長した。それがフォロリスの功績であることはアンドロイ自身も、そして姫様とアカマイも認めている。
だが、だからといってここまで自分勝手な行動をするのはいささか軽率である。とアンドロイは思う。
むろんフォロリスにとってグリードがどうなろうが知ったことではない。グリードが潰れたら、また別の国に移住すればよいだけの話なのだ。
そしていざとなれば、たかが国の一つや二つも潰せる力を持っている。だがそうだとしても、流石にここまで自分勝手な行動をされては、いくら我慢強いアンドロイといえども堪忍袋の緒が切れた。
「おい、フォロリス!!」
「おいおい、そう激昂するなよ……たかが国を貶されたくらいで」
フォロリスが宥めるような口調で煽る。
アンドロイは爆弾を取り出し導火線に火をつけ、フォロリスに投げつけた。
空中に舞う爆弾の導火線を、ベラの糸が切り落とす。
導火線が火花を散らせながら、床に落ちていった。
「アンドロイ、少し落ち着きなさい。こんなところでそんなもの爆発させたらどうなるか……貴方でも想像がつくでしょう」
ベラの正論に言葉が詰まるアンドロイ。
「フォロリス、さっきのは言い過ぎよ。謝りなさい」
「……悪かったなアンドロイ」
「いや、こっちこそ……ヒートアップしてしまってごめんね」
フォロリスは全く悪びれる様子もなく、爪をナイフで切りながら適当に詫びを入れる。
一方のアンドロイは軽く頭を下げた。
フォロリスが爪を切り終えると、ナイフをしまいおもむろに立ち上がる。
「どこか行くの?」
「街探検ついでに、地下世界を侵略する。冷静に考えれば、どちらかと同盟さえ組めれば後はどうにでもなるからな……」
フォロリスは殺人鬼特有の、野獣のような眼を光らせながらプレハブ小屋を後にした。
先ほどまでのピリピリした雰囲気がなくなり、安心したように息を吐くアンドロイ。
「あれ、絶対殺したいだけだよね」
アンドロイの言葉にベラは、ただただ頷くことしか出来ない。
そしてふと、今回この交渉に同行した理由を思い出すと、フォロリスの後を追う。
その背中を見てアンドロイは、少し寂しく感じながらもベッドに手足を満足するまで伸ばし、眠りについた。
隙間なく敷き詰められた長方形の石畳の上でビーンが、不思議そうに首をかしげた。
時は昼を超えたあたり、太陽が地面を照り付け、下から昇ってくる熱気と上から降り注ぐ太陽光によって、景色が歪んで見える。
やはり時間が時間なので、人の姿はあまり見えない。
そんな中、仲のよさそうな二人が手を繋ぎながら、土製の壁にもたれ掛りながら空を見上げていた。
「副隊長、この時間に出かけたのは失敗だったね」
副隊長は額を流れる汗を拭いながら、こくりとうなずく。
気温約42°、いくらこの地域が熱帯とは言っても限度があるだろうと言わんばかりの暑さだ。
いや、漢字的には熱さと表現した方が正しいだろう。
ビーンはどこか適当な店に早く避難し、涼しい場所でゆっくりしたいと心から願っているが、今影の外へ出るのは自殺行為に等しく思えた。
「これからどうする、このまま干からびて死んじゃうのかな……」
ビーンはふと、昨日食べた人肉の味を思い出した。
どうせ死ぬのならもう一度食べてから死にたい、ついつい口からよだれが出てしまう。
猪のような味の、猪より柔らかい肉。口の中に入れた瞬間、独特な臭みがさらに食欲を増加させる魅惑の味……。
もっとも、今酒と人肉を同時に出されたら迷わず酒を選ぶだろう。
無論喉が渇いてるからである。
「……なにやってんだ、お前ら」
フォロリスが手にライムを四個ほど持ち、一個を皮ごと半分かじりながら副隊長たちの前に現れる。
副隊長は軽く頭を下げる。汗が地面に落ちるが、一瞬で蒸発した。
「散歩してたら、いつの間にかこんな状態に……」
「そうか」
フォロリスが残り半分を全部口に入れ、飲み込む。
それを羨ましそうに睨み付ける副隊長とビーン。
それに見かねてかフォロリスはライムを二個、二人に投げ渡した。
「あ、ありがと」
「隣、座ってもいいか?」
副隊長がうなずくのを確認するとフォロリスは、副隊長の隣、触れれば確実に火傷するくらい熱された石畳の上に迷いなく座り込んだ。
それに目を丸くするビーン、副隊長はライムを一つかじる。
「フォロリス、熱くないの?」
ビーンが怖々地面を、人差し指で触ってみる。
いくら影とはいえやはり熱いものは熱い。ビーンは火傷した指を咥えながら恨めしそうにフォロリスを睨み付けた。
「そんな目するなよ、つーか自業自得じゃねーか」
「生憎私の辞書に自業自得という文字は無いわ、反省するという文字も無い」
謎の得意げな顔をするビーンを見て、フォロリスは『ベラに似てきたな……』と思った。
あまりベラとの接点は無い彼女が似てきたというのは、あまりにとは言えないまでもそこそこ奇怪だと、フォロリスはライムをかじりながら思う。
「……酸っぱい、というかどこから持ってきたの?」
「ちょいと店からな」
フォロリスは手に着いた果汁を舐めとりながら、ふと壊血病のことを思い出す。
ヴァスコ・ダ・ガマが1497年に行った航海では、ビタミンC欠乏症により百人もの船員の命が奪われたという。
そして、壊血病にはライム等ビタミンが豊富に含まれた物が有効だということを、フォロリスはしっかりと記憶していた。
「……フォロリス、これから何処に行くの?」
ビーンが手に着いた果汁を服で拭いながら尋ねる。
「ああ、この付近に洞窟……いや、洞穴だったかな? があるんだ。そこに住んでる住人をちょいと侵略しに行く」
ライムを指の上でクルクルと回しながら、フォロリスが回答する。
隣では副隊長が、食べ終えたライムの皮を器用に果物ナイフで切り、中国に伝えられる空想上の生物━━麒麟を形作っていた。
「器用なもんだな、副隊長」
副隊長は照れながらも、しかし誇らしげに麒麟をフォロリスに見せる。
だが両端を持った瞬間、重力に負け皮がプッツンと切れてしまった。
床にライムの皮が、ヒラヒラと舞い落ちる。
地面に落ちたライムの皮を涙目で見る副隊長に見かねて、フォロリスはライムを二つ副隊長に投げ渡した。
「俺はもうそろそろ行く。洞窟だから涼しいだろ、多分」
太陽光によって熱せられた石畳に手をつけ、フォロリスはおもむろに立ち上がった。
手の皮が焼け、火葬場のような独特な臭いと煙を出す。
副隊長は少し、嫌な顔をしながらもライムにかぶりついた。。
「ついでに新たな手足も手に入ったら万々歳なんだがなー……」
フォロリスが焼けただれた手を眺めながら、ふと呟く。
神話や民謡に出てくるような吸血鬼との違いに、少しガッカリしてるのか声に元気がない。
「まあ、逆に考えりゃ好きな手足にカスタマイズ出来る訳だ」
フォロリスがポジティブに物事を考え直すと、すぐさま新たな手足を手に入れるため地下世界の方へと走り出した。
━━数分程度経ってからベラが、息を切らせながらビーンの前で肩で息をしながら立ち止った。
日差しをもろに浴びてるというのに、汗一つかいていない。
「つ、疲れた……副隊長、それ頂戴」
ベラが副隊長の膝に置いてあるライムを指さすと、副隊長は食べてる途中のライムを一旦自分の膝の上に置き、まだ誰も口を付けてないライムを投げ渡す。
ベラはライムが空中にある間にワイヤーを使い皮を切ると、美味しそうにかぶりついた。
「あんがとさん」
ベラは軽くお礼を言うとフォロリスの後を追った。
完全に目的が、ベラと酷似している。
ビーンは小さくなっていくベラの背中を見つめながらふとそう思った。
隣で副隊長が、食べかけのライムにかじりつく。
副隊長の口内に、独特な風味と酸味が広がった。
どうも、株に興味持ってるけど中々手の出せない骨なしチキン野郎ナムです。
ぶっちゃけそろそろ戦闘シーン書きたいとです。
ですが交渉を実行するかどうかは……まだ解りません、未定です。
大まかなプロットは書いてたんですけど、パソコンを変えたのでポーンとどっか行っちゃったんですよね。
とまあどうでもいい裏話はここまでにして、ではまた次回!
To Be Continued !




