第四十一話 交渉
城の近くに設置されている公園のベンチに腰掛けながら、血が付いたハンカチをマッチで燃やす。
黒い煙が龍のようにうねりながら天に昇っていくのをフォロリスは、液体に浸された目玉を右手に持ちながらボーっと眺めていた。
ベラはフォロリスの向かい側に座っており、その右隣に副隊長が、膝の上にビーンを乗せて座っている。
まるで昨日の、食人を楽しむ姿が嘘のようだ。
テーブルには、こんな小さな公園には似つかわしくない、盗ってくださいと言ってるかのように見せつけるように量の銀貨の山が築かれている。
あの宿は犯人不明の放火として適当にアンドロイが処理し、すでに日は昇り朝日が石の床を照らしていた。
ふとアンドロイは昇っていく煙を見上げた。黒い煙の向こう側に、この街を治める王が住む巨大な城が見える。
この公園から歩いて約十二分、だがこの量の銀貨を持つのは副隊長とフォロリスの二人のみのためさらに二分くらい+されるが、さして到着予定時間には問題ない。
そもそも何時に行くか。いや━━会う約束さえしていないのに、時間を気にする必要などほぼ無いだろう。あるとしたら、食事の時間を避けるという最低限のマナーくらいだ。
「さてフォロリス君、君は昨日重大な事件を起こしてしまった。せっかくこの国に交渉に来たというのに、あと少しのところでパーとなるところだったんだよ!!」
アンドロイが珍しく怒りを露わにしてるが、そのようなことどこ吹く風といったような顔で燃え尽きていくハンカチを眺め、溜息を吐いた。
ビーンは副隊長の上で、足をブラブラと揺らしている。
「別に武力行使でも問題なかろう。我が実力をもってすれば、このような国あっという間に攻め落とせるだろ」
「……今回の作戦は、君が提案したものなんだけど」
アンドロイはもはや怒る気力さえ失い、でこに手をあてながら溜息を吐く。
フォロリスが来てから、アンドロイは溜息を吐く回数が多くなったような気がしていた。
その最大の元凶とにらんでいるフォロリスは、適当な銀貨を指で弾いては空中でキャッチするという遊びに没頭している。
「まあ作戦がうまくいった試しは無いんだしさ、そこまで気にする必要ないんじゃない?」
ベラが糸で様々な動物のシルエットを作り出し、ビーンに見せている。
ビーンはそのシルエットが現れるたびに、そこそこ喜んだのか軽く拍手をする。
「いや、そうだけどさ……でも、作戦実行を開始する前に諦めるのは何か違うんじゃないかな?」
確かに作戦通り事が進むのは稀ではあるが、結果作戦と違ってくるのと元々作戦を実行しようとしないとでは大きな違いがあると、アンドロイは思っている。
だがフォロリスは過程よりも結果を重視するタイプであるため、最終的に強引に事を進ませるつもりだ。
フォロリスの目的はあくまでこの街を海軍の拠点とすること、それも出来るだけ楽をし楽しいように。
欲望のまま、自分を解放出来る……あくまでこの街の入手は副産物なのである。フォロリスにとっては。
「くだらん、実にくだらない。最終的にこの街をグリードの手中に収めればいいのだろう?」
フォロリスは瓶詰から目玉を取り出し右眼部分の、ぽっかり空いた眼窩にもはや誰のか忘れてしまった目玉をねじ込む。
そして瓶の中に残っている液体に指を入れ、二・三滴目玉に垂らすと四回瞬きをすると360度顔を動かさずに見渡す。
「僕としては、海図を読める人が数人ほど欲しいんだけど……はあ、もういいよ」
フォロリスはその言葉に対し露骨に舌打ちをすると、山のような銀貨を背負い、落ちないように両手を回しながら立ち上がる。
副隊長もビーンを地面に下ろしてから立ち上がる、ビーンは若干不満そうだ。
「行くぞアンドロイ。面倒事はとっとと終わらせ、海の向こう側に行くぞ」
もう少しゆっくりしたかったのか、渋々立ち上がるベラを見つめる。
ベラもその視線に気づき、無言で何のようかを訪ねた。
「いや、なんでもないよ。行こうか」
「……変なアンドロイ」
黒い枠で囲われた、縦四メートル、横二メートルの巨大な木製の扉が、独特な音をたてながらゆっくりと開く。
後ろから門番が二人係で押しているが、片方の扉を開くだけでも十分な大きさだ。
完全に開き終えるのをアンドロイが確認すると、フォロリスが持っている袋から銀貨を二枚取り出し、門番に一枚ずつ渡した。
思わず兵士たちの顔から、笑みがこぼれる。
「……どうも俺には、チップという文化に未だ違和感を拭いきれんな」
フォロリスが大量の銀貨が詰まった麻袋を背負いながら呟く。
「今まで行っていなかった文化を無理に理解する必要なんて無いわ。ここにはここの、向こうには向こうのマナーがあるのよ。だから、形だけでも覚えときなさい」
ベラが腹を擦りながらフォロリスに諭すと、フォロリスは『それもそうか』とアイコンタクトで返す。
二人の会話が終わるのを確認すると、アンドロイが先陣を切って歩き始める。
その後ろをフォロリス、ベラ、副隊長とビーンといった形でカルガモの親子のように付いていく。
特に副隊長なんかは子供のビーンを連れているので、パッと見年の離れた兄妹のように見えた。
大理石の上に敷かれた、妙な紋章の刺繍が施されているレッドカーペットの上を通りながらアンドロイが、顔だけをフォロリスの方に向ける。
「いいかいフォロリス君。くれぐれも、くれぐれも粗相のないように」
「善処しよう」
アンドロイの注意に適当に即答すると、フォロリスはなんとなく天井部分を見上げた。
空を優雅に舞う天使の描かれた、ニヤの一つも付いていない綺麗な天井。そんな幻想的な絵画と溶け込むようにマッチしているシャンデリアには、大量の魔宝石が邸内を太陽のように照らしている。
アンドロイはフォロリスの態度に眉をピクッと動かしたが、もう諦めたように息を吐いた。
「だが、もし交渉が失敗したらどうなるんだ? 銀貨を持ってノコノコと、恥じを老害どもに晒しながら帰らなくちゃいけないのか?」
「その時は決まってる、いつもの手口さ。あっ、そうそう。副隊長君とベラちゃんはちょっと待っててね」
アンドロイの言葉に、フォロリスは待ってましたとばかりに腕を鳴らす。副隊長とベラもその命令に大した不満を持たないのですぐに頷いた。
ベラは物珍しそうにあたりをキョロキョロしているが、急にアンドロイの足が止まったに気づかずフォロリスの背負っている銀貨の中に顔からぶつかった。
鼻を押さえながらアンドロイに抗議をしようと身を乗り出すと、すぐに止まった理由が判明した。
アンドロイの前には、二メートルほどの高さを誇る頑丈な分厚い鉄の扉が、行く手を阻むように経ち塞がっている。
フォロリスはふと、火災のとき死ぬなと思った。この世界の屋敷の構造上、非常扉は存在していない。
暗殺者が侵入する可能性が格段に上がるからなのか、非常口は王の寝室にしかついていない。それもあまり目立たず、パニック状態のときに見つけられるかどうかなど怪しいくらいだ。
「どうした、入らないのか?」
「その、心の準備とか……」
アンドロイがいつもとは違う、オドオドとした声で蚊の羽音のような声で急かすフォロリスを制する。
フォロリスが足で床を、何度も何度も叩く。
「……よ、よし! い、行くよ」
アンドロイがそっと、鉄製の扉に手をかける。
そして力を入れようとした瞬間、向こう側から力が加わりアンドロイの顔面に扉が当たり、後ろに転げ落ちた。
自分に向かってくることを予想したフォロリスはそっと横にそれ、アンドロイがレッドカーペットが敷かれている大理石製の床に落ちていくのを愉快そうに眺めていた。
そして、がんと鈍い音が、アンドロイの頭の中に響き渡る。
「ふむ、すまんがそこに転がってるもの(アンドロイ)を医務室にでも連れて行ってくれるか?」
扉の向こう側の兵士は頷き、二人係りでアンドロイどこかに運ぶ。
ベラは運ばれていくアンドロイを見てついに耐え切れなくなったのか、大声をあげ腹を押さえながら笑い転げた。
ビーンも笑ってはいるが、副隊長だけは心配そうに運ばれていくアンドロイを見つめている。
そんな状況の中フォロリスは素早く玉座の前まで行き、麻袋を床に置くと頭を下げ跪いた。
「あのような失態をお見せしてしまい、誠に申し訳なく存じます」
人は第一印象でだいたいが決まる、面接などもそうだ。
ゆえにフォロリスは、取りあえず形だけでも誠意を払う選択をした。
たかが一国の王如きに跪くのは少々自分のプライドに傷がついたが、対価がかなり期待出来る交渉のため失敗は許されない。フォロリスは、そのためにならプライドだって捨てる覚悟だ。
「別にそこまで畏まらなくともよかろう、面を上げい」
王の言葉通りに、フォロリスはゆっくりと顔を上げる。
そしてゆっくりと、二つの眼で王の顔を見た。
よくあるような白いひげも、派手な服も着ていない。
地味めな暗い色の服を着て、ズボンも海藻みたいな色をしている。そんな恰好なのに、頭には黄金に輝く王冠の場違い間がすさまじい。
小金は持ってるといった感じのひょうきんなおっさんというのが、フォロリスがこの国の王に持った第一印象だった。
隣のお付き人も同じような服装をしている。
その予想外の姿にフォロリスは、言葉も出ない。
「がっはっは、驚いたか。何分城は先代の先代から受け継いだものだからな……どうもこういったのは、俺の趣味に合わん!」
王はそう言い切ると、また豪快に笑った。
一気に拍子抜けした気分だった。せっかくの、かけなしのプライドを捨ててまで跪いたのが、元の世界でよく狩っていたおやじと同じような雰囲気を持ったただのおっさんだったのだから。
「で、こうなんか無いのか? 貢物的なの」
「……そこに置いてある、銀貨の山でございまする」
フォロリスは若干の謎の怒りと、いつも狩っている対象であったための本能を押さえるので精いっぱいだが、それらをおくびにも出さずに麻袋を斬った。
「ほう、中々の手練れだな。そしてその銀貨、見たところ今は亡きイス国の銀貨か……それで、うちに何の用だ?」
「この国の海域と領土、そして港と漁師を我が国に少しでよいので恵んでほしく……えーっと」
次の言葉が見つからず、頬をかくフォロリス。
普段ならすぐさま斬り捨ててしまうのを必死に我慢してるためか、それとも普段敬語を全く使わなかったからなのか。
そんなフォロリスを見かね、この国の王はフォロリスに一つ命令を下した。
「無理に敬語なんぞ使うな。このままじゃずっとこの調子で会話がちっとも進まん」
「申し訳ない。……要するに、ちょいとばかしこの国の領土を貰いたい」
この国の王はあごに手をあて少し考え込むと、王冠を左手でひざの上に乗せ、フォロリスに一つ尋ねる。
「こちらにメリットは」
「我が国の最新兵器の設計図━━まあ広く言えば情報提供だ。空を飛ぶ鳥を鉛玉で撃ち殺したり、海の魚を一気に捕ったりできる。どうだ、この交渉はfiftyfiftyだと思うが」
フォロリスの言葉に王は目を輝かせながら、うんうんと何度も子供のように頷く。
フォロリスはうまく、王の心を掴むのに成功した。
この国の要である王さえ手中に収めれば、もはやこの交渉に失敗の二文字はない。
「いいだろう。互いの繁栄の為に、微力ながら協力しようぞ。あれを持て」
王が指を鳴らすと、付き人は後ろに居るのであろう人から何かを受け取ったように見えた。
そして付き人が、ゆっくりとフォロリスの居る場所に近づいていく。
「これを受け取ってくれ、兄弟の資産よ」
フォロリスは付き人から何かを受け取る。
金色の魚の刺繍が入った、短剣のようだ。もう大量のナイフを持っているフォロリスにとっては、あまり興味を示さない物。
「それは我が国ではな、新たな義兄弟に送る物だ。大切にしてくれよ」
「ありがたき幸せ」
フォロリスは形だけ跪くと、すぐに後ろを振り返り王室を後にした。
フォロリスはこれから起こるであろう戦劇に思わず、笑みが零れてしまった。
どうも、ナチです。
ブリッジをしようとしたら奥歯が傷んだとです。
まあそんな近辺報告はどうでもよかです、マジでどうでもよかですねはい。
今回は初めてしっかりとした交渉を書きましたが、いやー無理だわ。もうやりたくねーわこれ。
というわけでもうネタ晴らししますけど、これ以上はたぶん交渉とかしません! この小説は戦記ものの皮を被った無双もの小説でございます。
ではでは誤字誤植、ご指摘などありましたら感想欄へ。普通の感想からネタまでなんでもお待ちしておりますよー。
ではまた次回 To Be Continued !




