第四十話 祭りと肉料理
ベラは射的で得た大量の景品を両手いっぱいに満面の笑みを浮かべている。
一方アンドロイは落胆の顔で、景品は茶色くて大きな何かの実。
この世界のこの時代にはまだ発見されていなかった、カカオである。
その実を持ちながら、客観的に見ると彼女のようにも見える女性の横で項垂れている……どこかシュールに感じさせられる。
「……僕、軍人失格かな」
しょんぼりとしながら、カカオの実を穴が開くように見つめるアンドロイ。
そんなアンドロイをしり目にベラは撃ち落とした景品を地面に置きながら、左手に焼けたトウモロコシを、右手で魚の串焼きをガツガツ食べている。
ベラにとって射的は過程を楽しむものであって、目的はどうでもいいのだ。
そして別に撃ち落せなくても、こうして美味しいものを食べるだけで今回の目的は達成する。
彼女は、恋愛対象と趣味が人とかなり違うだけで、中身は普通の女の子なのだ。
……服装に関しては、どうともフォロー出来ないが
「ねえベラちゃん、僕軍人向いてないよね……」
「さあ、そんなの解りっこないわ」
骨だけとなった魚を茂みに捨て、左手に持っている焼いたトウモロコシを食べ始める。
ベラも一応フィッシュ&チップスを半分ではあるが食べたのだ。
だがやはり、アンドロイの読んでいた通り不味かったから残したのだろう。
別にフォロリスのように吸血鬼な訳でもない、ただの女の子なのだ。これほど食べるには、それしか考えられない。
「ベラちゃん、やっぱりあれ残したのわざとでしょ? 食べたくなかっただけでしょ?」
「あら、別にいいじゃない。真実がどうであれ、あれはすでに廃棄されてるのだから」
ベラはそうからかうようにいうと、ほっぺたに粒を付け、二人の顔に汁が飛び散らせながらもお構いなしにトウモロコシを齧る。
「ベラちゃん、なんであの料理は残したのさ……」
「美味しくないものは食べない、一応貴族の娘だからね。それにお金も大量にあるのよ、問題ない問題ない」
アンドロイはベラの言葉に溜息をつく。
確かに銀貨は大量にあったが、だとしてもこれでもまだ足りるかどうかはわからないのだ。
そもそも金貨に換金しておけばよかったと、アンドロイは改めて後悔した。
そうすればおいそれと使うことも無かっただろう……宿も、もう少し高いのに泊まれただろうと。
だが後悔先に立たず、もはや時すでに遅いのだ。
すでにベラは、アンドロイの月給の半分もの金を消費した。
残り半分はアンドロイである、やけになって使ってしまったのだ。だが返品も当然出来るわけがない。
「どうしよう、貨幣どうしよう……この変な実どうしよう」
「フォロリスなら知ってるんじゃない?」
ベラが投げやりに返事をすると、食べ終えたトウモロコシのヘタをさっき魚の骨を捨てた場所と同じところに放り込む。
茂みが揺れ、中から猫が二・三匹飛び出してきた。
「確かにフォロリス君なら知ってるだろうけどさ……でもこれ、意外と重いんだよね」
アンドロイのその言葉に、ベラはヤレヤレといったような溜息をつきながら、首を横に振る。
暗に、ベラに持たせようとにおわせてるのだ。
「というかさーベラちゃん、死体の方はもういいの? あらかた終わった?」
「趣味に終わりはないわ、無いから面白く楽しいのよ」
ベラの趣味━━死体集めだが、それ以外にも裁縫等も得意なのである。
むろんただの裁縫ではない。死体に糸などで手足をくっつけたりするのが、今のベラの個人的趣味。
お世辞にもいいとは言い難く、衛生面もあまりよくない。
だからベラはあの過去の街から追い出されたのだ、勇者信也によって。
「まっ、いいけどさ。でも感染症とか広げるのは勘弁してね」
「大丈夫よ、多分問題ないわ」
アンドロイはかなり不安ではあったが、これ以上仲間を疑うのも自らの士気にかかわるのでやめておいた。
もっとも、元より意気込みなぞ持たずに兵士をやっているが……そもそもなった理由が、楽に金を稼げるからであったのだ。
「不安だなぁ……」
アンドロイはそうぼやきながら、ベラからの施し(もっとも、元々フォロリスの貨幣である)である豚ミンチ肉の腸詰め焼きをかじる。
もうすでに冷えてるというのに肉汁があふれ出、口内へと広がりだす。
まだ大量に仲間が居た頃狩ったオークよりも美味しいが、どこか虚しさを感じた。
もうあの時の仲間は居ないという現実が、アンドロイの心に少しのしかかる。
「さてと、もうあらかた回ったし……帰るかい?」
「いや、今頃副隊長君とビーンちゃんがイチャコラしてる頃だろう……そのあとで『お楽しみでしたね』とからかおうじゃないか」
「いい性格してるじゃない、貴方」
ベラは髪をかき上げながら、くすりと笑った。
それに釣られ、アンドロイも笑う。
「まあ殴られたりしたら、僕は一発で気絶か死ぬかするけどね」
自分を卑下するように笑う。
これはベラに自身の短所を見せつけているのだ。
性格の長所と短所をあえて相手に晒す、それは別に嘘でも構わない。
相手にとって近づきやすいと思わせる看板さえ出来れば、自然と相手は自分についてくる……これがアンドロイの長年体長をやってこれた技術の賜物である。
もっとも、今の形だけやっている部隊長は貴族上がりが多すぎて上手くできていないが……。
「ふふふ、そうね。確かにアンドロイ、よくぞ今まで生きてこれたなってくらい弱いものね」
「お生憎様、悪運だけはいいのさ。死んだら君の人形にしてくれても構わないよ」
アンドロイは笑顔で軽口を飛ばす。
もっともアンドロイ自身、死ぬつもりは全く無い。
何を犠牲にしてでも生き残る道を選ぶだろう。親を自分の身の安全のために殺した男だ、母国を自らの私腹の為に滅ぼした男だ。
「遠慮しとくわ、中身を知っている男を死体にしても、何も面白くないもの。まあ、合成死体にならしてあげてもいいけど」
「キメラは……出来ればやめてほしいな。さてと」
アンドロイは自らが醜い腐った死体の塊の一部になっているのを想像し冷や汗をかきながら、腰を上げた。
そしてベラに、エスコートするように手を差し出す。
「帰りましょうか、お嬢様」
「ガラにもない事を……まあ、たまにはいいわね。こういうのも」
ベラはアンドロイの手を取り、立ち上がった。
そして二人で、手を繋ぎながら歩いていく。目的地は当然、現体長の待つ宿へ。
土壁に囲まれ、床には竹が敷き詰められている。
アンドロイたちが泊まっている宿なのだが、昼とは打って変わって不気味な印象を受ける。
それはいつも宿が、永遠に変わることのない風景のリサイクル。何も変わりない、いつもの風景。
しいて、しいていつもと違うところを上げるとするのなら、壁に飛び散った血で描かれた鍵十字と、床に横たわっているこの宿の女将と、その娘とみられる死体。そして、その横で血を髪の毛に、ワックスのようにつけているフォロリス。
二つの死体の目には驚きを隠せないのか、瞼が見開いている。
「……あー、夢遊病ってやつか? まあ、殺っちまったのは仕方ないか」
フォロリスは少女の死体の上に女将の死体を置き、二つの死体の両腕と両足を無理矢理曲げる。
納得がいくくらい曲げると、カウンターテーブルの上にのっかり出来を確かめた。
「中々、いいじゃないか。カメラ持ってくればよかった」
フォロリスは満足しながらテーブルの上から降りると、錆びかかってきているサバイバルナイフを取り出し、女将の首に切れ目を入れる。
皮を剥ぎ、変装用のマスクを作るつもりなのだ。
大した役には立たないが、人肉を食べるついでの作業工程だ。どうせなら、最後まで楽しみたいとフォロリスは思う。
「最近喰ってなかったからなー、あれっぽっちじゃこの身体は持たねーっつーの」
そう呟きながら、眼窩から眼球を二つ取り出し飲み込んだ。
その後頭蓋骨を拳でかち割り、中の脳味噌を取り出す。
頭蓋骨から脳味噌を離すとき、脳症が透明な糸となり月光に照らされる。
「そういやチンパンジーは同族の脳味噌食うんだっけ、これ旨いのか?」
フォロリスはこの脳味噌を眺め、ふとテレビで人気だったチンパンジーを思い出した。
あの無邪気なチンパンジーも、今の自分と同じように脳味噌を食べる……想像してみると、自分とチンパンジーが同類のように思えて少し腹が立った。
もっとも、そういったのを思い出すのとこれを食べるのはまた話が別。
頭蓋骨を皿変わりのように脳味噌を置き、ナイフで食べやすい手頃な大きさに切り、六つに分ける。
そのうちの一つを口の中に入れ、咀嚼した。
蟲の卵を噛み潰したような独特な舌触りと、モンブランをかなり固くしたような弾力のある歯ごたえ。
味はブロック状に切った生の豚肉二つを凝縮したような、独特な味。
「……やっぱ肉って、火かけた方がいいな」
そう呟きながらも、ついつい脳味噌に手が伸びてしまう。
味はそれほど美味しくもないのに、何故か食べたくなってしまうのだ。
これはフォロリスの、吸血鬼の性なのだろう。
永遠に生き、永遠に腐らず、永遠に傷も治らずに生きていく━━ゾンビに理性と腐りにくさをプラスしたような、安定性のない化け物。
黙々と脳味噌を食べていると、いつの間にか六つ全て平らげたようだ。
娘の死体に手が伸びそうになるが、女将を全て食べきるまではと自分に言い聞かせ、女将の右頬を切り取り食べてみる。
牛のタンのような舌触り、勿論生だ。
もう片方の頬も切り取り食べ、越に浸っていると、後ろから足音が二つ聞こえてきた。
片方は男・もう片方は年増もいかない少女……あの二人である。
「おう、おかえり」
フォロリスは後ろを振り返り、口に血をつけた状態で副隊長とビーンに挨拶をする。
副隊長は全く動じることなく頭を静かに下げるが、ビーンは死体を物欲しそうな目で死体を見つめていた。
副隊長は何かを察したのか、ビーンの背中をそっと押す。
するとビーンは、それを待ってましたとばかりにフォロリスが食べている死体の方へと走って行った。
「……なんか、意外だな。こんなガキが」
そう言いながらも、女将の服を引きちぎり胸にナイフを当て、肉をブロック状に切り分けビーンに渡す。
ビーンはフォロリスにお礼を言うと、ブロック状に切った人肉にかぶりついた。
肉と肉をプレス機で勢いよく押し付けたような音が、ビーンの口から出る。
副隊長は一つ溜息をつくと、フォロリスに頭を下げ寝室へと戻った。
「美味いか?」
フォロリスが一心不乱に人肉を食べているビーンに尋ねると、囁くような小声で答える。
「子供の方がいいけど、久しぶりに食べたら美味しい」
フォロリスもそれには同意だ。
肉は子供の方が柔らかく、さらに脂も乗っててかなりの美味。
小学生のころ、殺してしまった同級生を食べたときに十二分に堪能した魅惑の味を思い出し、フォロリスの腹の虫が鳴る。
「子供は……食べないの?」
「それは明日だ、子供は一晩寝かせればさらに味が凝縮され美味しくなる」
ビーンはその言葉を聞くと、血に塗れた顔でにこりと笑った。
フォロリスもその顔を見て、ついつい笑みを浮かべてしまう。
「フォロリス、次斬って。早く、早く」
ビーンが急かすように、フォロリスが持っているナイフを女将の顔面に突き刺す。
フォロリスはビーンを宥めながらも、ゆっくりとビーンの手を自分の手の甲から離した。
「まっ、そう焦るなって」
次に女将の腹を、直線に切っていく。
帝王切開をするドクターのように、手際よく食べれない子宮を切り取り無造作に放り捨てた。
竹の床にビチャッと落ち、塾れたザクロがアスファルトに落ちたように紅い液体を飛び散らせる。
もっとも、そんなことお構いなしに腹の肉を切り分け、ビーンに手渡すと自分の分を手に取り、食べる。
「やっぱ胸の方が美味いな、脂が乗ってて」
「同意」
そう言いながらも、パクパクと食べる二人。
もはや彼らに道徳などというものはなく、ただの餓えたゾンビのように人肉を食べ続ける。
死に物狂いに、何かに憑りつかれたように一心不乱に。
次第に死体から肉は消えていき、腹の部分も食べつくしたころ。女将の上半身は骨だけになっていた。
どうも、ナムです。
一週間に一回の更新ですが、ぶっちゃけて言うと銀魂的にギリギリな状態です。
ゆえにスピード感が無いとか、そういうことは多々ありますのはご了承くださいませ。
違うのねん、ニコ動が楽しいのがいけないのねん。そして夜更かししたら明日起きれなくて、学校に遅刻するのねん……。
吸血鬼の後付け設定ですが、傷を受けても完治しません。あれ、一回書いたかな? 覚えてないや。
さてさて、それではまた次回。To Be Continued !
……最近まで、「既読」のことを「そくどく」って読んでました。




