第三十九話 不味い料理
フォロリス達が居座っていた場所の丁度真下に、この宿の食堂があった。
とは言ったもののそこまで広い訳でも無く、十人程度が座れる程度しかない。
カウンターテーブルの上には大量の塩とお酢が置いてある。
竹で出来たカウンターテーブルと椅子は、フォロリス等にとってはそれ以上に新鮮であった。
無論フォロリスも、日本に居た時に何度か座った事はあったが、それももはや昔の事。
アンドロイとベラは物珍しそうにテーブルをペタペタと触り、ビーンと副隊長は借りてきた猫のようにおとなしく座っている。
ビーンを除く全員が、あのイス国を攻め落としたとは到底思えない。
「はあ、慣れない事はするもんじゃないね。足が痛い……」
「そりゃどんまい。にしてもまだなのかしら、お食事は」
ベラが生暖かいワインを飲みながら、アンドロイに労いの言葉をかけながら食べ物を催促する。
初めての海国ということもあり、ベラはこの宿の食事に若干の期待と興奮を持っていた。
「お待たせいたしました」
後ろで女将が、黄金色のジトッとした衣を纏った魚と大量のポテトが入った皿を五人分、カウンターテーブルの上に置いていく。
フォロリスは自分の前に置かれたこの料理に、舌打ちをした。
鼻に付くビネガーと、微かに香る魚の臭い。
お世辞にも食欲がそそられるとは言い難く、利点を上げるとするのなら腹持ちがよさそうというぐらいだろうか。
だがアンドロイとベラはそのような事もつゆ知らず、キラキラとした瞳でこの料理を食べるのを、今か今かと待ち望んでいる。
よくこんなのを美味しそうと思えるな。これがフォロリスの、率直な感想であった。
「女将さん、この料理はいったいなんだい?」
「フィッシュ&チップスだ。ベラ、美容を気にすんだったら食べない方が吉だぜ」
フォロリスが不機嫌そうにそう言うと、ビーンもその言葉に同意するように頷く。
もっとも、フォロリス自身若干『決まってイギリス料理は不味い』という偏見を持っていた。
実際は店によって味は違うらしく、高い店で食べればそれなりに美味だという。
だが無論、そのような事はフォロリスの知った事ではないし理解しようとも思わない。
知識が偏り、それを正しいと信じているからである。
まるでカトリックの、イスラムの狂信者ように。
「安い宿の飯にゃ、文句なんか言えないさ」
アンドロイはそう言いながら、指で魚のフライをチマチマと千切りながら口に運ぶ。
ベラと副隊長もそれを横目見て、同じようにして口に運ぶ。
白身魚に酢をかけた身と妙に魚臭い油が、口の中で混ざり合う。
フォロリスも観念したのか、大きな魚のしっぽをつかみ、そのまま口の中へと入れ、蛇のように丸呑みする。
二・三回咀嚼するとゴクンと飲み干す。
まるで蛇の食事を見ているようだ。
「もう少し、味わった方がいい……」
ビーンはそう言いながら、酢をポテトが半分浸かるぐらいまで皿の中に注ぎ込む。
ポテトがお酢を吸って、変色していく。
「入れすぎじゃない? ちょっと副隊長、止めなさいよ」
「いや、それが正解だ。恐らくこの国の料理は味が無い。だからこそ濃い味付けが好まれ、そういった極端にお酢をかけるんだろう」
フォロリスはそう言いながら、ポテトを全て空中に投げ、落ちてくるのをひとつ残らずたいらげた。
吸血鬼の反射神経の無駄遣いである。
「俺は先に部屋に戻ってるぞ、にしてもよく食えるな」
フォロリスはそう嫌味たらしく言うと、部屋に戻っていった。
「風呂は……そういえば無かったんだったね、安宿だから」
この宿の値段は一泊、一人あたり銅貨七百枚。
四人で泊まるとなると銀貨二枚と銅貨八百枚、普通の宿ならもっと高い。
だがそういった高い宿には、大体風呂が付いている。
稀についていない場所もあるが、そういった場合は大体が売春宿であり、そういったサービス料金も含まれている。
もっともそこから、性病が広がっていく事もあるのだがそれは運が無かったと諦めるほかない。
「……もうお腹いっぱい。アンドロイ、代わりに食べて」
ベラが魚を半分残しながら、アンドロイに代わりに食べるよう頼む。
ポテトだけは綺麗に食べきっており、残っているのは脂っこい魚のフライだけ……。
「僕ももうお腹いっぱいだよ。副隊長に食べてもらって」
アンドロイが四分の一まで食べきった魚を食べ続けながら、さりげなくは無く副隊長に押し付ける。
ベラはアンドロイの言うがままに、副隊長に魚を押し付けた。
それを素直に受け取る副隊長、頼まれたら断れない男なのだ。
副隊長の隣でビーンが、全て食べ終え、副隊長が食べ終わるのを待っている。
副隊長の皿にはもう何も残っておらず、あと食べきらなければならないのはベラの食べ残しだけ。
「副隊長君、無理しなくてもいいんだよ?」
静かに頷くも、ベラの食べ残した魚の半分を指で引き裂いて、そのまま丸ごと食べる。
数分かけて咀嚼し飲み込むと、また残りの半分を丸ごと口の中に入れ数分間じっくりと噛み続け飲み込む。
口についたビネガーを、ベラが蒼色の布で拭った。
「……よく食べれるね、こんなもの」
「ご苦労さん、副隊長」
副隊長は席を立ち、自分の部屋に戻った。
その後ろを、カルガモの子供みたいにビーンが付いていく。
彼らの後ろ姿が見えなくなり、階段を上る二人分の足音が聞こえるようになると、アンドロイは両手を合わせて、グーンと背伸びをしあくびを一つ漏らした。
「さてと、腹もそこそこ膨れてきたことだし……この街を観光しようと思ってね。ベラちゃんもどう?
一緒に来る?」
「確かに暇といえば暇だし、何か美味しいものとか食べたいし」
「……さっき食べたでしょうが」
アンドロイは静かに突っ込みを入れながらも、席を立つ。
外はすでに夕闇で包まれており、竹林が不気味なおばけのように見える。
アンドロイとベラはそのようなことを気にもかけずに、活気溢れる街へと繰り出していった━━。
「……まさか、ここまで気温が変わるとは思わなかったよ。ヘブシッ!!」
アンドロイがガタガタと震えながら、人々が行き交う道を眺めながら、巨大な建物の入口の横に佇んでいた。
張り紙には『男立ち入り禁止』と書かれている。
恐らくベラが入って行った店は女性専用の服やらが並んでいる店なのだろう。
まだこの時代に、下着の類は無いのである。
「にしても遅いなー。まさか先に屋台を堪能してるとか……まさか、ね」
しきりに手をこすり合わせながらも、ベラが勝手な行動をしたのではないかと疑ってしまう。
もう店に入って約三十分。女性と付き合ったことのないアンドロイにとって、それはとてもとても長い時間に感じられた。
ふとアンドロイは、空を見上げてみる。
すでに日は落ち、半円状の月が白い輝きを放っていた。
だが屋台の明かりによって、星の光は見えなくなっている。
あのボロ宿から歩いて約十分、海風の影響か、周辺に見られる金属類は所々錆び、赤茶色に変色していた。
日が落ちた影響なのか、来たときとは比べ物にならないくらい寒くなっており、薄手の服で来ていたアンドロイは何度もくしゃみを繰り返してしまう。
今日は何かの祭りなのか、はたまたこれが日常風景なのか……綺麗に切られた長方形の石が敷き詰められた道に、露店が次々と並んでいる。グリードでは考えられないことだ。
もしグリードで同じことをしようとすると、当然盗人が出てくる。
むろんそれはこの国も同じなのではあるが、いかせんその数がけた違いなのだ。
この街の治安がいいからであろうか、道の端には露店がびっしりと並んでいる。
魚を焼いてる店もあれば、オークの丸焼きを売っている店もあり、さらにどの店にも、来たときとは違う厚手の服を着た人たちが並んでいる。
……もっともアンドロイには、それがあまり美味しそうには見えない。
当然だ。アンデッドオークやらに一度でも襲われたら、オークの姿を見ただけでそれを思い出してしまう。
もしアンデッドオークを見た後もオークの丸焼きを食べられるのだとしたら、それは少々特殊な性癖の持ち主か、はたまた慣れたか。
偶然にもアンドロイは二人の顔を思い出す。
「ベラちゃ~ん、まだなのかい?」
寒さで震えながら、届きはしないだろうがベラを呼ぶ。
もしかして誰かに襲われたのでは? と予想するが、すぐさまそれを頭の中から消し去る。
もし襲われたとしたら、すでにそいつはベラのお気に入りの死体となっているだろう。
「呼んだかしら?」
ふと、店のほうではなく横から、それも屋台の並ぶ道から声が聞こえてきた
横から聞こえてきた声の主は、両手いっぱいにイカ焼きを持った、頭にみょうちくりんな仮面のあごの部分をアンドロイに見せる形でつけているベラ。
店で買ったのであろう無地のマフラーを首に巻いており、ゴスロリ服との違和感が目立つ。
イカ焼きからはまだ買ってそれほど時間が経っていないのか、ホクホクとした湯気が出ている。
アンドロイが健気に待っている間に、ずいぶんと堪能したようで、持たせていた銀貨ももう残り少なくなっており、代わりに銅貨が増えている。
「……悪魔かい、君は」
「どちらかというと悪女、かしら?」
そう言いながらもイカ焼きを食べるベラ、よく食べる娘である。
アンドロイは一つ溜め息を吐くと、ベラの食べかけのイカ焼きをふんだくり食べた。
わざわざ食べかけを選んだのは、ベラに対する怒りゆえのちょっとした仕返しか、それとも下心があってか……。
「欲しかったの? いっぱいあるのに」
ベラがフォロリスがよく使うナイフの持ち方で、イカ焼きをアンドロイに見せつける。
指と指の間に、一本ずつ。イカ焼きの串をたった指二本で支えているのだ。
「……別に」
ふてくされたようにイカ焼きをモグモグと食べるアンドロイ、それを微笑みながら眺めているベラ。
だがすぐさまイカ焼きを口から出し、咳をする。
「あらら、大丈夫?」
背中を摩りながらもプルプルと肩を震わせるベラ、笑いを堪えているのか口元が吊り上がっている。
「……熱い」
「プッ、そりゃそうでしょ。だって出来立てだもん」
「猫舌だもん」
そう言い終えると舌を出し、イカ焼きからの思わぬダメージを風で冷ます。
もはやこれは猫ではなく犬だとベラは思い、ついつい笑みがこぼれる。
客観的に二人を見ると、まるで出来立てホヤホヤのカップルのようである。
無論二人に恋愛感情はない。第一にベラの性癖と、まったく当てはまらないのだ。
「で、どこ行くの?」
ベラがとぐろを巻いた蛇を額につけた仮面を眺めながら、アンドロイに次の目的地を訪ねる。
当然この観覧━━散歩といっても差し違えないものに、目的地なぞ存在しない。
そしてベラは十二分にこの街を堪能した。あと残るは貴族の嗜みである『奴隷オークション』か高級店程度……そしてそのどれも、ベラにはさして興味のないものである。
だがアンドロイは、興味のある貴族の嗜みもそうであるが安い屋台も、まだ全然楽しんでいない。
「当然、回るに決まってる。僕はまだ全然、何も食べていないんだからね」
意気揚々と屋台へ向かって歩くアンドロイを、ベラは「宿で食べたでしょ」と小言を呟きながらも付いて行った。
どうも皆さんお久しぶり、ナムです。
自分が居ぬ間に、ずいぶんと変わりました……。
ニコ動、なろう、学園生活、殺意……あっ、最後のはちょっとした愚痴です。
さて、今回は砂糖どころか佐藤上院議員を某吸血鬼みたいに投げたくなるような恋愛話でしたね。どうしてこうなった。
まあそんなのはどうでもいいんです、本当にどうでもいいなおい。
それにしても最近……といっても二か月前ですけど、後書きのネタが無くなってきましたね。
もうこうなったら、簡易SSでも書きますかね。某吸血鬼漫画の後書きみたいな感じで。
では皆さん、また来週。
To Be Continued !




