第三十八話 謎の襲撃
「アンドローイ、死体あったー?」
横たわっている竹に腰かけながら、ベラが死体が無かったかと尋ねた。
御者は既に行ってしまったのか、馬の鳴き声一つ無く、竹がこすれ合う音がする。
無論そう簡単に見つかるものではなく、そもそも簡単に見つかっていいものではない。
故にアンドロイも副隊長も、若干ではあるが諦めかけていた。アンドロイはもうすでに諦めている。
「いやー、そうそう無いよー。副隊長君、見つかった?」
副隊長は首を横に振る、手は竹の葉で切れたのか軽い傷が目立つ。
だがアンドロイの手には、傷一つすらない。面倒なのでそこまで真面目に探していないのだ。
戦力で言えばベラの方が上と言うのに、度胸だけは人一倍あるらしい。
「……アンドロイ、真面目に探してないでしょう?」
「あ、あはは……」
図星を指摘され、力なく笑う。
副隊長は床に落ちている腕部分の白骨を手に持ち、なんの動物かをふと推測した。
「ん、どうしたの副隊長? その白いの」
副隊長は手に持っている白骨を、ベラに投げ渡した。
ベラはそれを右手でキャッチする。
骨は土によってなのか、風化が進んでいるためか若干黄色く変色しており、更に白骨化している事から結構な時間が経っているのが推測出来た。
「人の骨、みたいだね」
ベラが手に持っている骨を、覗き込むように見ながらアンドロイは呟いた。
急に現れたアンドロイの顔に、ついうっかり裏拳が顔にめり込む。
竹の木に頭をぶつけながら、顔に両手を当て地面を転げまわる。
海近くの為か若干湿った土が、服に染みついている。
「あ、ごめん」
「いや、いいんだよ。急に顔を出した僕も悪いんだ」
アンドロイの声は、涙声だ。
予想以上に自分の力が強かったことに、ベラは若干驚いていた。
副隊長は心配そうにアンドロイに近づき、乾いたハンカチを渡す。
「ありがとう副隊長君。君だけだよ、僕の味方は……」
両目の涙をぬぐいながら、副隊長にお礼を言う。
ベラはそんな彼を一瞥すると、不意に手を動かした。
アンドロイの隣の竹が、数十本ほど斬れ道のような切り株を作る。
「い、いきなり何するんだよベラちゃん! 僕驚いて、寿命が数年縮むかと思ったよ!」
尻もちをつきながら、アンドロイは抗議する。
だが次の瞬間、副隊長はアンドロイの手を取って勢いよく立ちあがらせた。
アンドロイの尻にナイフが掠り、ベラの横に生えている竹に突き刺さった。
ベラは素早く銃剣をナイフが飛んできた方向に向ける。
アンドロイと副隊長が素早く身をかがめたのを確認すると、銃弾を銃剣に装填し発砲した。
イス国を攻め落とした時と変わらない、マスケット型の銃。
もはやグリードでは、この銃よりも高性能な物が大量に生産されている。
では何故未だに、性能が劣るこの銃を使っているのかというと、あえて言うのであれば彼女の技術所以である。
弾が竹を横切るたびに、まるで日本刀で斬ったかのようにスパスパと斬れていく。
竹が交互に倒れていき、大きな音を立て砂煙を巻き起こす。
これこそ彼女しか出来ない芸当である。
戦力にして、約大隊一個分。否、それ以上の戦果を期待できるだろう。
「手ごたえ無し、か。私の勘鈍ったのかな?」
ベラはそう言いながら、竹に突き刺さったナイフを引き抜く。
ナイフの刃は若干蒼く、柄には見た事のない模様。
上半身が虎で下半身が龍という気味の悪い生物が、金の刺繍で掘られており、素人が見ても高価な物であると予想出来る。
だが彼らは、その生物を見た事が無い。
故に、何の生物なんだといった知的好奇心が湧きあがってきていた。
「取りあえず、フォロリスに報告ね」
「着替え、持ってきてたかな……?」
副隊長は首を縦に振った。
「あら、いざとなったら私の服を貸してあげるわ。いつぞやに女装したんだもの、今更恥ずかしがることないわよ」
ベラが冗談っぽく言うと、アンドロイはすぐさま反論した。結構本気で。
「そういう問題じゃないよ!」
ベラと副隊長はその言葉に笑いながら、宿へと戻っていく。
とっくに日は落ち、夕暮れが海を紅く染めていた。
宿はあの外見からは想像もつかないような綺麗さ。
玄関にはフォロリスの物と思われる靴と、他の客の靴が二組綺麗に並んでいる。
壁にはサメの魚拓が飾られており、靴箱の上に竹で作られた魚の置物があり、ベラはそれに釘づけだ。
「ようこそ、お待ちしておりました」
玄関と一階を結ぶ廊下の横にある階段から、一人の老人が素早く降りてくる。
髪はボサボサの白髪で、顔には年相応のしわや染みが目立ち、そして右眼下に大きな黒子が付いているのが印象的なおばあさんだ。
アンドロイと副隊長はそれに対し少々驚きながらも、軽く礼をした。
ベラは未だに魚の置物を眺めている。ああ見えて、実際のところそこらの少女と何ら変わりは無いのだ。
ただ少し、性癖が特殊すぎるのが難点ではあるが……。
おばあさんは微笑を浮べる。
「お連れの方は、上へあがって二番目の部屋に居ります。どうぞごゆっくり、御くつろぎくださいませ」
おばあさんは深々と礼をすると、イソイソと一階の奥へと姿を消した。
「ベラちゃん、行くよ。後でフォロリス君が作ってくれるから(多分)」
アンドロイは手を叩きながら、ベラを泊まる部屋へ行くように促す。
「はいはい、仕方ないわね。副隊長、後で作ってくれるかしら?」
副隊長は軽く頷くと、大きな欠伸をしながら二階へと上がって行った。
アンドロイも副隊長に続いて二階へと上がり、ベラも渋々部屋へと向かった。
竹で出来た床を歩いていると、三番目の扉から細身の二人が出てくる。
一人は目が狐のように吊り上っており、黒い髪の毛に赤い漢服を着た男。
その後ろには、黒いボロ布を着ただけの、黒髪の奴隷。眼は紅く充血している。
男は廊下の真ん中を歩いており、アンドロイ達に道を譲ろうとするそぶりを見せない。
副隊長は器用にぶつからぬように進み、今はフォロリスの部屋の中に居る。
アンドロイの肩が男の肩とぶつかった。
すると男は、アンドロイに殴りかかる。
急に殴られたため対処が取れず、そのまま顔に拳がめり込み、そのままベラの方へと倒れこんだ。
「ちょっ、大丈夫アンドロイ? 鼻から血が出てるけど……」
男は異国の言葉で罵りながら、アンドロイに追撃を加えようとゆっくりと近づいて行く。
そして次撃を加える為に、ベラもろとも殴りかかろうとしたところでアンドロイは、男の心臓部分にベラの銃剣を突き刺した。
血が銃剣を伝いながら、アンドロイの手の溝に溜まっていく。
「死んで腐れ、異国野郎!」
アンドロイはそう叫びながら、もはや死亡確定の男の頭を掴み、頬に思い切り蹴りを入れた。
その衝撃により壁を突き抜け、竹林の中に落ちていく男。
先ほどベラがワイヤーで斬りまくってた竹が偶然にも、槍のようにとんがっており、男はそれに頭から突き刺さった。
「あーあ、折角気持ち切り替えられると思ったのに、こいつのせいで全部台無しだよ。ったく」
アンドロイはそう言いながら、ポツンと立っている奴隷に話しかける。
「……さて、君は何処出身かな? もしよろしければ、少し聞きたい事があるんだけどいいかな?」
少女は、コクンと頷きながら、フォロリスの居る部屋の扉を開ける。
部屋は比較的綺麗な木製の壁に、廊下と同じ竹の床。
ベッドは二つ付いており、部屋の真ん中には乾いた竹で作られた椅子とテーブルが置いてある。
その上には、先ほどまで磨いていたのか大量のナイフが置いてあり、夕日に照らされて紅く光っているように見える。
その奥には、大量の銀貨が山のように積みあられており、これまたギラギラと光っている。
野菜と死体は全て、隣のベラの部屋に置いてあるのか姿形は全くない。
そんな部屋から、フォロリスが学生時代に着用していた学生服を着ながら、四枚の銀貨をお手玉のようにして遊んでいた。
扉が開いた音に反応して、そちらの方へと顔を向けるフォロリス。
「遅かったな、お前ら。何やってたんだ? 副隊長の手は怪我だらけだし、お前の顔は……」
そう言いながら、笑いをこらえるように俯くフォロリス。
やはり同情してもらうのは無理そうだ、とアンドロイは若干予想していた疑惑を確信に変える。
少しは同情してくれもいいんじゃないかな? と結構な頻度で思っているアンドロイである。苦労人なのだ。
「まっ、それはどうでもいいとして……なんだ、そのガキは」
フォロリスが副隊長の後ろにいる少女を指さしながら、誰かを尋ねた。
少女は副隊長の服の袖を、ずっと握りしめている。
副隊長は前から、女性にかなりモテていた為であろうか。アンドロイは副隊長に対し、若干嫉妬した。
「副隊長に懐いているようだな。よし、決まりだ」
フォロリスは何かを思いついたかのように手をポン、と叩くと、副隊長を指さした。
「このガキの世話は、副隊長に任せる」
一瞬ではあるが、あたりが静寂に包まれる。
そしてほどなくして、副隊長が両手を胸あたりまで持ってきて首を横に振った。
その行動を見ると、フォロリスはでこに手を当て考えなおす。
「んじゃ、同性という事でベラ。お前面倒見ろ」
「……えっ?」
だがそれに対し少女は首を横に振った。
どうやらベラは、小さい子供に嫌われるらしい。年齢は同じくらいなのに。
ベラはそれに対し若干傷つきながらも、ため息を吐き廊下へと出た。
「それじゃ、私は自分の部屋で寝るから。何か決まったら言ってちょうだい」
ベラはそう言うと、そくさくと隣の部屋へ入って行った。
ここでまた振り出しに戻る。
それよりもフォロリスは、一つ確かめたい事があった。
「所で、そのガキは俺らの言葉が解るのか?」
少女はコクン、と頷く。
意思疎通が出来るとわかっただけで、後の状況整理が大分と変わっていく。
そして次に、確かめたい事を少女に聞く。
「それじゃ、言葉は喋られるか?」
少女はまた、頷いた。
喋らないのはそういった教育を奴隷市場が行ったからであると推測したフォロリスは、一つの許可を少女に出す。
「そうか。なら、喋っていいぞ」
だが少女は何も語らない。
元々無口なせいでもあるか、それとも相当なトラウマを植え付けられたのか。
それはフォロリス達にとってはどうでもいい事であった。
「まずは……名前、教えてくれるかな?」
アンドロイが、若干控えめに尋ねる。
すると少女は、細く綺麗な声で自分の名前を口にした。
「ビーン」
ビーン、少なくともアンドロイは聞いた事のない名前だった。
無論フォロリスも、ある一族以外思いつく事は出来ない。
そして、その名前が苗字なのかどうかさえも検討が付かない。
「ビーン、ちゃんだね。僕の名前はアンドロイ・カチカ。
そして目つきの悪いのがフォロリス・スターコースト」
「おい、目つきが悪いってなんだ」
実際にフォロリスの目つきは大分と悪いのである。
それこそまさに、ヤクザさえも殺してしまうような迫力がある。
その為、昔は色々と喧嘩に巻き込まれた事も多々あったし、DQNに絡まれたこともあった。
その経験から、人間時代のフォロリスの強さが作られたのだ。
「で、全く喋らないのが……まあ好きに呼んでくれていいよ」
副隊長は軽く頭を下げる。
ビーンはアンドロイの言葉に、軽く頷くだけだった。
やはり二人はお似合いだと、フォロリスとアンドロイはふと思った。
「取りあえず、着替えさせた方がいいんじゃないかな? この格好だと、目のやり場に困るよ僕」
「……確かに、そうだな。副隊長、ベラのところへ連れて行ってやれ。お前と一緒なら、多分行くと思う」
副隊長はそれに対し、渋々了解した。
それと同時に、下からおばあさんの声が聞こえてくる。
夕食の準備が整ったようだ。
フォロリス等はその声を聞き、久方ぶりのまともな飯を食べる為に下へと降りて行った。
今回は視点移動が激しく、更に短くなってしまい申し訳ありません。
どうもここ最近、モチベーションが他の方へと向かってしまいますんですよ。まあ遅れた原因は自業自得という部分が殆どですけど。
さて、今回はちょっとばかし王道に乗ってみました。
いやー、王道はやはり書きやすいです。ネタに困ったら王道に逃げられる、これが普段邪道や外道を行っている小説の利点ですね。
まあそんな似非エッセイはどうでもよいとして。
まあそんな話は置いといて、
誤字誤植・ご指摘等がありましたら感想欄へ!
ではでは、また来週お会いしましょう!
To Be Continued !
最近、魔物がめっきり出なくなっちゃったなー。




