第三十六話 交渉準備
文明が進んだとしても、扉は相も変わらずに木製だ。
危険物が入っている火薬庫でもなく、武器庫でも、宝物庫とかでもなければ鉄の扉を使われたりはしないだろう。
木製のドアノブが、ゆっくりと下に動く。
「遅れてすまんな、アカマイ」
手には黄ばんだ古い地図と、数枚の書類を持った副隊長。その後ろにフォロリスが、立っている。
服は相も変わらず、フォロリスと同じ服。
「全く、レディを待たせるものじゃないですよ?」
アカマイが手にクッキーを持ちながら、悪態をつく。
無論フォロリスが時間を守るなどと思った事は無く、規則さえも破りそうだと常日頃感じてるぐらいだ。
「人体実験を繰り返す奴を、レディと思えるか? なあ、しん……副隊長」
副隊長は首を横にも縦にも降らずに、ベラを見つめて助けを求める。
ベラは副隊長から来た目線から、目を逸らした。
そんな二人を置いといて、ベラはため息を一つ着くと、
「……まあ、いいでしょう。取りあえず実験結果・培養の成果を報告します」
アカマイはそう言うや否や、カップを片付け、クッキーを全て副隊長に渡してから、数枚の写真が張り付けられた書類をテーブルの上に広げる。
副隊長は書類と地図を右脇で挿みながら、右手でクッキーの入った器を持つ。
これもイス国を攻め落とした際の戦利品から作られた、便利な道具の一つだ。
もっとも、写真自体はモノクロの為、元の世界とは違ってどのような色の変色するのかを知る事は出来ない。
「まず、吸血鬼の件ですが……性能は、フォロリスさんの約九十%程度しか確認出来ません。ですが実戦投入可能な範囲内です」
アカマイが一枚の写真を紙束の一番上に置く。
フォロリスは椅子にゆっくりと座り、その写真を手に取った。
三メートルほどの大きさはあろう岩をが真っ二つに割れ、一人の兵士がその岩の前でピースサインをしている。
「生命力の方は、アンドロイさんが言っていた触手のような物は出せないですけど、腕をくっつける事は可能です」
そう言うとベラは一枚の書類を山の中から抜き取り、フォロリスに手渡す。
そこには、腕が数十本生えていたり、全身に目玉が付いていたりしているクリーチャーのような人間が、目玉が付いた喉をかきむしっている瞬間の写真が載っている。
フォロリスはそれに適当に目を通す。
「しんぺ……副隊長は見ない方が、貴方の為よ」
副隊長はクッキーを口の中に含みながら頷く。
「で、実際に今、実戦投入可能かシミュレートしている所でして、今現在実践で戦闘可能な兵士は三人ほどです」
人数が異常に少ないが、それは一度の血液摂取量に加え、その殆どを実験体に使用しているからである。
研究員はこういった未知なるものに情熱を注ぎ込み、家族さえも実験動物にしてしまう異常者も存在するのだ。
「取りあえず、腕を増やすとか目を増やすとか、用途不明な実験を全て中止しろ」
アカマイは不満足そうに息を吐くと、若干涙目になりながら「分かりました」と小声で言う。
「なあベラ、まさかとは思うが実戦投入できるの、この写真に載ってるのじゃないだろうな?」
フォロリスがグロテスクな写真を指さしながら、念のために確認する。
無論フォロリスは見た目で戦力を判断したりは、あまりしない。
それはあくまで彼個人であって、新たに補給された兵士の士気が下がるのは想像に難くは無い。
「彼らでしたら廃人になってしまったので、捨てました」
当然といった顔で即答するアカマイ、ベラは唇に指を当て「勿体無かったなぁ」と呟く。
「これはあくまで予想ですが、恐らく吸血鬼は異種族に感染すればするほど、性能が劣化していくと思うんですけど、フォロリスさんはどう思います?」
「確かに、恐らくクローン人形も同じように劣化していくだろう」
吸血鬼になるには、体内に細菌を取り入れなければならない。
だが、細菌はインフルエンザのように感染すればするほど進化するという事ではなく、逆に劣化していくのだ。
コピーを繰り返す事で劣化していく絵のように。
そして、イス国の恐ろしき技術、クローン生成も同じように劣化するだろうと、フォロリスとアカマイは設計図を見つけてから、すでに予想していた。
製造していくうちに必ずや、身体に障害が生まれるであろうと。
結果は殆ど見え透いているため、クローン技術を発展させるプロジェクトは後回しにしたのだ。
もっとも、稀に何人かの研究員が、自腹で研究を進めているらしい。
「天然痘のような細菌の調子はどうだ?」
「そこそこ順調ですね、人を使えば簡単に培養できますので。
あっ、これをご覧ください。これに病状が詳しく載っています」
アカマイが一番下の書類を抜き取り、アカマイに見せる。
そこには小難しい文字の羅列と全身に吹き出物のような凹凸状の出来物が記されているが、「死」の一文字を見ると書類をテーブルの上に戻した。
彼にとってはどのような症状が起きるかはどうでもよく、殺せるかどうかというのが重要なのだ。
「フォロリスさん、一文字だけ見つけてもう見るのをやめるのはやめてください。
一応、これでも分かりやすくまとめ直したんですから。それも寝ずに」
フォロリスはアカマイの顔を少し見る。
言われてみると、くまのような物が出来ているように見えなくもない。
フォロリスはそれを指摘すると、 顔を真っ赤にして抗議をするアカマイ、目には若干涙を浮かべているのは無い時間を惜しんで、素人でも分かりやすいようにまとめ直したからであろう。
とは言ったものの、研究者視点で分かりやすく、なので研究者でもないフォロリスからしたら、中々の難題である。
フォロリスはそれに対し適当に謝ると、テーブルの上の書類を丁寧にまとめ、フォロリス自身の膝の上に置く。
「大体分かった。さて、俺も少しばかり報告せねばならぬ事がある」
そう言うと、先ほどまでクッキーを食べていた副隊長が手を適当に払い、古びた地図をテーブルの上に丁寧に、やぶれないように広げる。
青い絵の具で地図の大部分が描かれており、山や大地のように見える絵もある。
「この、青いのはなんでしょうか?」
アカマイが青い絵の具で書かれた絵を指さしながら、フォロリスに尋ねる。
「海、と言えば解るか? 塩が大量に溶け込んだ水だ」
グリードもイス国も、あたりは山と崖に囲まれた国であった。
故にグリードの国民の殆どは、川魚しか食べた事が無く、大陸続きで川は世界を一周していると信じられている。
事実、聖書にそう記されているのだ。外界を知るすべは、嘘で塗り固められた聖書でしか知りようがないのだ。
「……個人的には、塩よりも砂糖の海が欲しいです」
「なに、侵略を続ければ砂糖も塩も大量に手に入る事になる」
まずそのために、また戦争を仕掛けるのか……とアカマイは予想したが、それとはほぼ真逆な答えを言う。
「まず海周辺の町と同盟を結ぶ。……副隊長」
フォロリスに名を呼ばれ、すぐさま一つの書類を束から一枚抜出し、フォロリスに手渡す。
フォロリスは、地図の上に書類を置いた。
「この書類によるとだ、海周辺の町の近くにある穴は地下世界に通じているらしい」
その書類はイス国の王アレスに宛てられた手紙のようだ。
文内は、行方不明の人が増加しているため、事件解決の協力を仰ぐ内容についてである。
アカマイはその手紙に目を通す。
フォロリスのように適当にではなく、しっかりと一文字一文字、必死になって読んでいる。
数分程度夢中になって読み老けているアカマイが、ようやく書類を地図の上に置き顔を上げた。
「なるほど。確かに、あの意味不明な設計図に“石油”なるものが必要と書かれてましたね」
「ああ、たとえ無かったとしても豊富な鉱物資源は十分魅力的だ。
下手に戦争を仕掛ければ、確実に負けるだろうからな」
フォロリスは気味悪く笑うと、ベラが不満そうに声を上げる。
「え~、戦争できないの? それじゃつまんな~い」
「少しは我慢しろ。“1”と“5”のように、地下世界と同盟を結べなければ我らは“1”を取る事になるぞ」
無論、それは戦争回数である。
フォロリスにとって戦争目的はあくまで建前であり、本心は戦争そのものなのだ。
手段と目的がごっちゃになっている、まさに戦争の為にだけ生まれたと言っても過言ではない思考回路であると、改めて感じられた。
「捕虜の虐待も飽きたし、折角作った人形も試したいのに~」
ベラが不満そうな顔で、猫なで声で愚痴る。
ベラの言っている人形というのが何かというのは言うまでもない。
「まっ、いいわ。地下世界なら新たな材料が見つかるかもだし……」
「ベラさんの趣味、私には理解できません」
アカマイがため息を吐きながらそう呟くと、静かに副隊長が肩にポン、と手を置き頷く。
だがそんな光景も、妄想にふけっているベラには届かない。
事実彼女と同じ性癖の人は、この国には全く居ない。居たとしても発見するのは、砂漠から三年前に無くしたダイアモンドの指輪を探すようなものだ。
そしてイス国では、当たり前ではあるが法律によって禁止されていた。
それに加え、常人では理解できない性癖の為絶対数は少なく、更にあの戦争によってイス国の人間は現在、三人しか残っていない。
その中に同じ性癖の者が存在するかと聞かれたら、答えは否としか言いようがないだろう。
「……ところで、だ。ベラ、今お前が持っている総兵力は何個だ?」
妄想の世界から、フォロリスの言葉によって無事帰還したベラは、顎に手を当て何個ぐらい在庫が残っているかを思い出す。
「確か……大体四・五百体程度だったわ」
「そうか。だとすると荷物持ちの心配は無いか」
アカマイはフォロリスのある単語に疑問を浮べる。
荷物、それはいったい何を献上するのかというもの。
希少は物は、受け取ればそれだけで攻め入る価値のある国ですとアピールしているようなものだ。
故に希少価値の高い物は交渉には使えず、かと言って逆に低いものでは、挑発されていると思われ要らぬ怒りを買ってしまう。
これまでグリードは、フォロリスが来る前から幾度となく交渉を仕掛けるも、言うも無残な結果に終わってしまった。
故に、フォロリスを召喚した時など今居る土地しか残っていなかったのだ。
イス国自体、元々は他の国の王子のプレゼントみたいなものであり、元々はグリードの土地であったのだ。
無論、治安はアレスがおさえていた時代が一番良かったというのは、言うまでもない。
「地下は恐らく、太陽光が差し込まないか極体に少ない。
それは即ち、……とするとあれを量産するのが一番手っ取り早いな」
フォロリスが考えを纏めたようだ。
「よし、アカマイ。
今すぐ国家資産の一%を使い、野菜を栽培するよう姫様に提出しといてくれ」
アカマイは、何故予算を野菜に回すのかが気になった。
無論、誰でも急に「野菜に国家予算を回す」と急に言われたら驚愕し、すぐさま疑問に思う筈だ。
故にアカマイは、自らが納得出来るだけの理由を欲している。
「あの、フォロリスさん。
何故野菜なんかを? 兵士の士気を上げるだけなら今の蓄えで十分ですし、試しに食べさせるにしても、有り合わせ程度で十二分に効果があると思うのですが……」
「確かに、権力者に献上する程度で交渉成立するだろう。
だが、国民の方はどうなる? 暴動を起こすだけならまだしも、満足性も生産性も全くないボイコット、夜逃げなどされたら共倒れだ。
故に、少し高いがたまにの贅沢程度にという価格で、国民が使う市場にも野菜を回す」
この説明によって、アカマイは合点がいった。
確かにアカマイの言った通りやったとしても交渉は上手くいき、同盟を結ぶ事は出来ただろう。
だが、急に仕事が激しくなれば労働者が不満を感じては、同盟国共々仲良く地獄逝きだ。
まさかここまで考えているとは思わなかったアカマイは、フォロリスの計算高さに若干関心した。
最初は、殺す事しか能の無い脳筋と思っていたのが、まさかのそこそこいい作戦を立てられる……。
「第一印象と、ここまで変わるとは……」
「アカマイ、それ、俺の事馬鹿にしてる?」
二人の会話を聞いた、ベラと副隊長は笑いをこらえるかのように肩を震わせた。
どうも、最近ブレイブルー(PSP版)を買いました。ナムです。
いやー、アラクネ使いやすいなおい。
はい、どうでもいい話は置いといて……今回は、フォロリスの珍しい場面が垣間見えたと思います。
にしても、準レギュラーだったアンドロイの出番がだんだん少なくなって行ってるような……。
うん、戦争になったら役に立つだろう。多分。
一応再来週あたりに、そろそろ日常から脱却したいなーと思っております。
そういえば最近になって、「これファンタジーじゃなくてもよくね?」と思ってしまいました。
他の小説でも出ないかな~、天然痘。
実際は結構違うんですけどね。感染方法とか色々と……
まあそんな話はいったん置いといて、
誤字誤植・ご指摘等がありましたら感想欄へ!
ではでは、また来週お会いしましょう!
To Be Continued !




