第三十四話 戦争の代償
イス国周辺の荒れ地、枯れた草木を踏み分けフォロリス達は歩く。
太陽はすでに登り切り、昼の日差しが汗を流させる。
アンドロイから投げ渡された腕と脚を付け、普通の生物のように歩き続けている。
遠くから黒い煙がもうもうと盛り上がっており、風に乗って人が焼ける臭いが鼻孔を擽った。
あまり嗅いでいていい気はしない、それはフォロリスも同じだった。
フォロリスは様々な殺し方をしてきた。撲殺・惨殺・毒殺・絞殺・射殺・爆殺・刺殺・貫殺・その結果、自殺にまで追い込んだ遺族等を含めたら、二百人程度殺しただろう。
不幸になった人間の数を数えた場合などはもっと居る。それも百倍・二百倍にしてもまだ足りぬほど……。
「ベラ、あとどれくらい歩けばいい?」
「……もう少しで、着く筈、よ。はあ、もう動きたくない。あの部隊が、煙が上がってる、とこに居るって言ってたわ。新兵、水」
新兵は羊の胃袋で作られた水筒の蓋を開け、ベラに渡した。
ベラはそれを両手で持ち、全てを飲み干さんとするほど激しく飲む。
あの酒場から出て約四十分、早くもベラに疲れが来てしまった。
元々彼女は重労働を死体に任せ、移動なんてあまりしない生活をしていた。
それに加え激しい戦闘を繰り広げたのだ、バテてしまっても仕方ないだろう。何せ、まだ年端もいかぬ小娘なのだから。
まあ、ベラは子ども扱いされる事をなにより嫌っている。
もっとも、あの戦闘を見て子ども扱いできるのは数はそう多くは無いと断言出来るだろう。
「新兵はやさしいわね、どこかの誰かと違って」
口元に付いた水を腕で拭いながら、ジト目でフォロリスを睨みながら、新兵に水筒を返す。
新兵はそれを受け取り、蓋で閉めた。
ベラの目線に対しフォロリスは、豪快に笑いながらベラに冗談で返す。
「あいにく、優しさというのは弱点に繋がる。戦争では非情すぎるのがちょうどいいのさ」
「……だからと言って、味方である僕をにまで非常である意味があるのかい?」
フォロリス達はふと足を止め、後ろを振り返る。
するとアンドロイが、エドワンと大量の首がある死体を連れてそこに立っていた。
背中に大きな袋を持っており、アンドロイとエドワンはその袋をゆっくりと地面に降ろす。
走ってきたのか、二人とも息が上がっており、汗を染みが出来るほどかいている。
新兵はアンドロイに、蓋を開けた水筒を手渡す。
「疲れたよ、ホント。ありがとう、新兵君」
アンドロイは水筒に口をつけ、上を向く。
そして水筒に入っている水に喉を潤す筈だ。
だがすぐに口を離し、水筒を地面に叩きつけた。
「フォロリス君。水、無いんだけど……」
「ベラ、まさか全部飲んだのか?」
ベラは右手で頭を軽く叩き、舌を出す。
まだ子供という事を自覚しての行動だろう。まあ、実際可愛い訳だが。
実際にベラは、そこらの一般人より可愛いと断言出来る美貌の持ち主だ。
神は二物を与えずとはよく言ったものである。
もっとも、それさえも性的興奮を掻き立てる素材となる人種が存在するわけだが……。
「……アンドロイ、もう少し我慢しとけ。目的地はもうすぐだ、多分」
「多分なんだ、僕もう不安になってきたよ」
アンドロイは手をブランと力なさげに下げながら、目的地へつく時間が不確定なのに対し嘆く。
そんなアンドロイを捨て置いて、フォロリス等は目的地へ歩を進めた。
フォロリスの目の前を覆い隠すかのように、巨大な骸の山が煙を上げ燃え上がっている。
その燃え上がる死体の山の前に長く黒い髪の少女が、首と胴体を分けて無造作に置かれている。
ベラはそれに対しても魔法をかけ、自らの軍団の一部とした。
この場についてから、当然ではあるが人が燃える臭いがきつくなる。
明らかに獣とは違う、臭いにおい。
だがフォロリスは、その燃え盛る骸の山から燃えたぎっている腕を一本引き抜き、激しく上下に振って火を消す。
人の焼ける臭い、真っ黒に焼け焦げ、食べたらいかにも身体に悪そうな色をしている。
だがフォロリスには、これがとても美味しそうな食材に見えた。
「なあベラ、これ食えると思うか?」
「焦げすぎて、微妙と言ったところかしら? まあ、ナイフで焦げを落としてから食べる事をお勧めするわ」
フォロリスは手早くナイフを取り出し、焦げた腕から黒く焼けた皮膚を剥ぎ落していく。
黒い布のように地面へと落ち、黒い皮膚の下からサーモンピンク色の肉が見えてくる。
それをナイフで一口大にカットし、口の中へと運んだ。
「……焼ける事で、猪みたいに獣臭くなっていやがる」
もっともフォロリスは、猪の肉を食べた事は無い。
あったとしてもオークの肉ぐらいだ、種族は広く言えば同じではある。
「そう? 私は、普通に好きだけど……まあ、睾丸は堅くて無理だったわね」
ベラはワイヤーで男の首を手繰り寄せ、齧り付く。
するとすぐに歯を肉から離し、舌を出しながら両足を激しく動かし始める。
足元の小石がそこらに散らばり、死体の山に転がって行った。
「熱い熱い熱い! よくこんなあっついの食べられるわね、あんた」
「痛覚が無いから、熱さを感じないんだ。多分」
そう言っている間に、フォロリスが食べていた腕の肉は半分無くなっており、骨が、肉に付いている脂によってテカテカと光っている。
フォロリスは満足そうな顔をしながらも、まだ残っている肉に齧り付く。
ベラは先ほど食べられなかった生首に息を吹きかけ、少し冷ましてから首に歯を立て齧り付く。
ちょうどその瞬間に、エドワンとアンドロイ率いるゾンビ軍団が到着した。
「やっと来たか、アンドロイ。どうだ、お前も一本食っとくか?」
「死んでも遠慮するよ。……エドワン君、瞳をキラキラと輝かせてどうしたんだい?」
「……やはり、火は綺麗だ。特に、人が混ざった火は」
エドワンは地面に服を置き、燃えたぎっている死体の塊に魅了されたかのようにゆっくりと近づいて行く。
そして、火の熱さが火傷しない程度には届く距離で座り込む。
その間も、そのあともずっと火から目を離さない。
「いったいどうしたんだい、彼は?」
「大方、あの火に魅了されたんだろう。ところでベラ、新兵は何処行った?」
フォロリスは、ふと新兵が居なくなっている事に気付いた。
ベラは無言で死体の山を指さす。フォロリスは新兵の真似事かと思いながら、焼け上がっている死体の山から新たな腕を火の外へと出し、骨だけになった腕を燃える炎の中に投げ入れ、新たな腕に齧り付いた。
肉汁が、唇から頬を伝って垂れていく。
「あ、そういえば酒あるけど飲むかい?」
「あのさ、それ飲めばよかったんじゃね?」
フォロリスの指摘にアンドロイは、手を叩いた。
まるで今気づいたかのように。いや、今気づいたのだろう。
「……あー、まあその点は置いといてさ」
アンドロイはその指摘をスルーして、エドワンが地面へ置いた袋を開け、そこから何も貼っていない酒を取り出し、フォロリスに投げ渡す。
フォロリスは右手の人差し指と親指だけでコルクを引き抜き、コルクを焼ける死体の山に投げ込んだ。
炎が少し大きく燃え上がるが、すぐに収まり元の火の大きさに戻った。
「……吸血鬼って、便利だね」
「研究が進めば、そのうち欠点が見えてくるものだ。何事もな」
ワインを一気に飲み干し、空になった瓶を燃えている死体の山に投げ込む。
むき出しの骨が出ていた死体にぶつかり、瓶が粉砕した。
炎によって脆くなっていた骨が砕け、粉となって空を舞う。
とても幻想的に、火花は曇り空へと消えて行った。
フォロリスはふと、足元に転がっている目玉を手に持ち、ポケットの中に入れる。
微かに残っていた酒が、むき出しの白い骨を少し、紅く染めた。
「まあ、いつか死ぬとは思ってたけど……まさかこんな早くに」
幾多の兵士に囲まれ、アンドロイは瞼を閉じた隊長さんを見つめた。
心臓部分の服に、血がにじみ出てきているように見える。
もっとも、この世界では喪服も白装束も存在しない。それに、たとえあったとしてもたかが一部隊の戦争に支給されるかと言えば否である。
アンドロイの肩が、プルプル震えている。
むせび泣きをしているようにも、笑いをこらえているようにも見えた。
「……そういや、この世界じゃ死体をどう処理すんだ?」
新兵を横につれ、フォロリスがぼそりとつまらなさそうに呟いた。
事実新兵は昔から人を殺しており、それによって出た葬式の数は数十は下らんだろう。
故に、「死」という概念そのものが麻痺してきているのだ。
もっとも、一番最初の葬式の時も同じような、つまらなさそうな目で死体を見つめていたのだが……。
「ッ、貴様!」
一人の兵士が、フォロリスの襟をつかみかかる。
だがそれを飛んできた蚊を退治するような、ごく自然な動作で指を一本、切り落とした。
地面に指が転がり、小さな血だまりが出来る。
「私、欲しいなー。死体、ちょうだい? いいでしょ?」
「まあ、無理だろうね。……こう見えても隊長さん、一応上流階級の息子だから……」
アンドロイは肩を震わせながら、ついに耐え切れなくなったのか笑い声を上げる。
狂ったように、眼を細めながら、口から唾を出しながら笑い続ける。
それは、明らかに喜びから来る笑いだ。
「もう最ッ高だよ! これで僕は昇格し、僕の生活はワンランク上がる!
もう干し肉とパンだけの質素な食事とはおさらばだ!
そして何より、存在するだけで邪魔だった奴が消えた! これまで善意を、価値観を人に押し付けていたゴミが消えた!」
アンドロイは、今までの鬱憤を晴らすかのように饒舌に、大声で狂喜の言葉を口に出す。
無論それによって、隊長さんを慕っていた兵士は彼に殺意を向ける。
だが、彼を殺す事は出来ない。兵士という階級の、大きな鎖が彼らにはあるのだ。
その間フォロリスは、アンドロイの言葉からある一つの結論を導き出した。
「……つまり、俺が隊長になるって訳か?」
アンドロイの言葉通りだとすると、フォロリスが自動的に副隊長から隊長へと昇格する事となる。
無論、待遇は少々良くなるだろう。だが同時に、責任という重い枷が付けられることとなるのだ。
アンドロイは二回深呼吸をすると、フォロリスの問いに冷静に肯定した。
「んじゃ、副隊長はお前だ。新兵」
「だってさ、よかったね新兵」
ベラに右腕をポンポンと軽く叩かれる新兵。
だが新兵は、左手で真っ直ぐエドワンを指さした。
当のエドワンはフォロリス等とも死んだ隊長さんとその仲間たちの中にもおらず、不機嫌そうにパンにかじりついている。
「まあ、役に立って無かったな。エドワン、これやるから元気出せ」
フォロリスは銀貨を三枚、エドワンに投げ渡す。
エドワンは黙ってそれを受け取り、三枚の銀貨を見て、ニヤリと笑った。
「よし、これからお前は新兵じゃなくて副隊長だ!」
新兵改め副隊長は、眼を細めながら無言で頷く。
そして、百八十度身体を回転させ町へと降りて行った。
馬車を調達する為だ。第四十四独立前線部隊の中では、比較的まともで、気が利くいい青年と言えるだろう。
「さてアンドロイ、この死体はどうする? ベラにでも譲れば、我が軍の戦力として再利用できそうなもんだが……」
何時の間にか、綺麗に整列させた死体を観覧するように眺めまわっているベラを右親指で指さしながら、隊長さんの亡骸の処理方法を尋ねる。
無論フォロリスの言うとおり処理、というよりも再利用した方が効率的である。
だが、現兵士が納得するかと言えば否と言うほかあるまい。
それに加え、たとえこの場で兵士全員が納得したとしても国に帰った場合、すぐに隊長さんの家族が、亡骸を引き取りたいと祈願するだろうと予想を立てたのだ。
だがアンドロイは、不敵な笑い声を出し、人差し指を左右に揺らしながら口を開いた。
「無論決まっているだろう、フォロリス君! 我が軍に引き入れるに決まってるよ!
……それに、僕の完全上位互角が居る訳だしね。ははは、はぁ」
一瞬でテンションがガタ落ちしたアンドロイ。
フォロリス等は落ち込んでいるアンドロイを置き去りにし、副隊長が待つ街へと降りて行った。




