第三十三話 力の代償
「ゲホッ。新兵、大丈夫か?」
グリードの重症兵が屯している酒場の地下室。
樽は爆発によって木片と姿を替え、樽からあふれ出た酒によって地下室が満たされる。
そこに上体を起き上がらせ、フォロリスは辺りを見渡す。
様々な酒が混ざり合った液体に髪の毛を浸からせ、ピクリと動かずにアレスが横たわっている。
新兵も同じように、固まった灰の上に横たわっており、腹をゆっくりと上下に動かしていた。
それにより、寝たきりの兵士はわれ先に息を確保しようと、灰と痛む手で押しのけ、味方の頭を床に抑え溺死させても助かろうと、息をしようともがく。
そんな兵士には目もくれず、フォロリスは倒れている新兵の方を見た。
「……お前、生きてるな?」
新兵は勢いよく起き上がり、顔だけを出している重症の兵士の頭を踏みつぶした。
灰の中に勢いよく潜りこみ、新兵の身体がグラグラと揺れる。
「……俺さー、たまにお前が解らなくなるわ」
新兵は両手を肩の上辺りまで上げながら、体をクルクルと回転させる。
まるで子供のように見るが、新兵の顔は少し紅い。
酔っ払ったかのようにふらついた足取りで、フォロリスの方へと歩いて行く。
フォロリスは紅くなっている新兵の顔を見て、ついつい手で額を押えた。
「……忘れていたわ、お前が酒弱いの。でも臭いで酔うとは思わなんだ」
「フォーロリースくーん、生ーきてるかーい?」
上からアンドロイの声が聞こえてきた。
対して安否を心配していないような、『とりあえず言っておいた方がいいだろう』という考えが見え見えな声だ。
もっとも、あの爆発に巻き込まれて地下室へと落ち、助けを求められても対応に困るだけ。
更に死んでもらっても、貴重な戦力が激減してしまうからだ。
死体を操る能力。ベラの劣化ではあるが、まだベラの能力をフォロリス達は知らない。
「大丈夫だ、何とかな。新兵、そこの兵士取ってくれ」
フォロリスは、何とか酒によって固まった灰の上に項垂れている兵士を指さす。
新兵はその頭を掴み、フォロリスの方へと投げた。
フォロリスはそれをキャッチし、首を引きちぎる。
先ほどまで循環していた新鮮な血が、ビールサーバーのように溢れ出る。
「中々、美味そうに見えるな」
フォロリスは喉を鳴らし、打ち首状態の首に口をつけ、勢いよく飲み干す。
瞬時に兵士の顔から、精気が無くなり、同時にしぼんでいく。
まるで干した柿のような状態になった生首を溢れ出んばかりの酒の海に放り込み、口に付いた血を腕で拭った。
「人間時代とは違い、中々に美味だ。味覚まで変わるのか、吸血鬼とは」
「そういうもんなんだねー。あっ、ベラちゃんおかえり」
フォロリスが地下で食事をしている中、上からベラの足音と、それとはまた別の、複数の足音が鳴り響く。
まるで軍隊のように規則正しい足音は、アンドロイが居るであろう場所の前でピタリと止まった。
0.1秒の誤差も無く、もはや人間業ではない。
ではいったいなんなのか、そう考えながらフォロリスは義足替わりとしていた宝剣を引き抜き、アレスの足をもぎ取りくっ付ける。
するとものの数秒ほどでピタリとくっ付き、フォロリスは足の指を動かした。
「……相当荒れてるわね。まあ、いいわ。ところで、アレスの首を取りに行かなくていいのかしら?」
「あー、アレスね。下に行けば解るよ」
アンドロイがそう言うや否や、上から大量の人間が降ってくる。
女・子供・老人・教会の人間・兵士等々、実に様々な人間が落ちて来ては積みあがり、落ちて来ては積み上がりを繰り返している。
そして、そんな状態の死体をワイヤーでミンチにし、簡易的なクッションとしその上に落ちてきた。
あたりにミンチ状の肉が飛び散り、ベラの黒い服を黒交じりの赤に染めた。
「お前な、女としてそれはどうなの?」
「大体の女の子はこんな感じよ、多分」
ベラは服についた肉片を手で払い落とし、ふと上へと続く階段の方を見る。
入口は酒と血で塞がれており、体中に酒臭いにおいがこびりつく事は想像に難くない。
「つーかお前、能力何なの? 死体が降ってきたりしたけど、まさか死体使いか?」
「ええ、そうよ。首が無くても、腐ってても操れるわ」
「そう、なると……」
ベラの能力は、偶然にもアンドロイと同じような能力だった。
違いは、ベラの方が格段に能力が上という事。
それに加え、個人での戦闘力もベラの方が上と言えるだろう。
たった一人で教会の戦闘員を皆殺しにし、たった一人で町の地区の数か所を血の海と死体の山に変えたのだ。
これを、アンドロイの上位互角と言わずしてなんと言うだろうか。
「……? まあいいわ。新兵、上へ登れるかしら?」
突然尋ねられた新兵は、顎に手を当て少しの間考える。
フォロリスと同じくらいの青年に見える彼だが、この地上の住人ではない。
それは即ち、地上の人間ではとうてい知りえない事も知っているという事に他あるまい。
そして新兵は、ふと思い出したかのように手をポンッ、と叩き、フォロリスを指さした。
食事を終え満足げなフォロリスは、腹をポンッ、と叩いた。
「……吸血鬼、になったのね。だったら、多分だけど可能かしら?
上へと上がるのに、何か手段の一つや二つあるでしょう? 血はともかくとして、酒で服が汚れるのはいただけないわ」
フォロリスは酒の方がマシだと思ったが口に出さず、ふとある漫画の1シーンを思い出した。
そして、おもむろに手首をナイフで切り取り、血管を上へと伸ばす。
すると、鉄槍のように変化した血管が店の天井を貫いた。
「なんとか行けそうだ、死体はどうする?」
「流石に持っていく事は出来なさそうだし、必要なパーツは回収済みだから必要ないわ。
まあ、フォロリスの食事としては必要かもしれないわね」
ベラの冗談に、フォロリスは笑いながら、
「冗談は止せ、腐った物を食って良かった試しがない」
ベラと新兵は、フォロリスの身体にしがみつく。
フォロリスは、二人が自分の身体にしがみついたのを確認すると血管を、元々の身体へと戻した。
天井が軋み、上から埃が降ってくる。
それを気にせずに、血管をホースのように戻していく。
そして無事、上の床へと二人は着地した。
床には大量の動く死体に交じって、アンドロイが立っている。
彼女らを地上へと引き上げた当の本人は、天井に顔をぶつけ天井裏を強制的に見る事となった。
ついつい目をつぶってしまったフォロリスは、ゆっくりと瞼を開ける。
薄暗い天井裏、そして、埃をかぶった大量の銀貨。
価値にして、元々の世界だと時価数億円は下らないとフォロリスは予想した。
昔株をやっており、その一環として金貨を一本持っていた事があったのだ。
もっとも、すぐにナイフ代として消えてしまったが……。
「……なるほど、思わぬ資金調達が出来た」
そういうとフォロリスの、眼球が無い右眼から血管が伸び、銀貨が置いてある場所の天井を切り裂いた。
重力によって、銀貨と埃と共に落ちてくるフォロリス。
床には銀貨が大量にばら撒かれ、さながら銀色の絨毯のようだ。
そんな銀貨の上に、フォロリスは着地する。
衝撃で銀貨が少し動き、埃が舞う。
「……これはたまげたよ。こんな量の銀貨、見た事が無い」
「私も知らなかったわ。元々ここ、死体安置所として私的に利用してたし」
新兵は床に落ちている銀貨を一枚拾い上げ、指で軽く叩く。
本物かどうかを確認しているのだ。
偽物と疑うのも無理は無い。何故なら異常と言える量の銀貨なのだ、逆に偽物と疑わない方がおかしい。
「さて、思わぬ収穫が手に入ったな。これを隊長さんに渡して、俺は階級特進するかな?」
「十中八九、自分の手柄にするだろうね。適当な貴族か何かが」
フォロリスは舌打ちをすると、何も持たずに店を出た。
ベラは黙って、大量の動く死体に銀貨を持たせフォロリスの後を追う。
新兵とアンドロイも、そのあとを追った。
街はすでに墜ち、チラホラと街中にはグリードの兵士が見える。
あの時入ったカフェの花は散り、煉瓦はバラバラになって地面に落ちている。
壁には銃弾の跡が残っており、地面には死体を引きずった跡が見えた。
一人の兵士が、フォロリスが滞在していた酒場の中へと入って行った。
遠くからは黒い煙が、上へと上昇していくのが解る。
そんな敗戦国の景色を眺めながら、フォロリスは少しふらつく。
「大丈夫かい、フォロリス君?」
「大丈夫だ。少し、力を使いすぎたようだ」
吸血鬼になった事で、消費エネルギー量が格段に跳ね上がったのだ。
強大な力、強大な生命力にはほぼ必ずデメリットが生じる。
それが今回は、空腹として現れた。
「ベラ、すまんが死体を一つくれ」
「……はいはい、分かりましたよ吸血鬼さん」
ベラは一つの、首のない死体をフォロリスの方へと向かわせた。
フォロリスは手刀で右腕をもぎ取り、肉を野獣のように食らう。
骨だけになった右腕を捨て、次は左腕をもいで同じように食らいついた。
次々と、次々と肉を喰らわれ、最終的に両腕とも骨と化した。
「……あとは歩きながら食べるとする、テントは何処だったか?」
両腕の骨を捨て、記憶を頼りにテントがある場所の方角を向いた。
その瞬間、フォロリスは少しだけ体を横に移動させた。
すると死体には、レイピアが突き刺さり腐った血を地面へと垂れ流す。
「……どういうつもりだ、一般兵」
「あら、どういうつもりとは? 私は元々、貴方の敵よ」
フォロリスを襲った一般兵は、死体に突き刺さったレイピアを引き抜く。
声は男とも女とも聞こえる、不思議な声をしている。
「……なるほど、アンドロイに俺を襲わせたのは貴様か」
「まあ、そういう事になるわ」
「そうか、なら話が早い」
フォロリスは指を鳴らす。
すると新兵が、足払いを仕掛ける。
だがそれをジャンプでかわされるが、アンドロイも同じ高さまで爆弾を上に放り投げた。
兵士はそれを手でキャッチし、遠くへと投げ捨てる。
遠くから爆音が聞こえ、別の兵士の悲鳴が聞こえた。
だが、そんなのはお構いなしに重力によって、兵士の身体は地面へと落ちていく。
そこにベラが、銃剣を上に向けた状態で発砲した。
兵士の左肩に、コイン大ぐらいの穴が開き血があふれ出、地面に垂れ墜ちた。
そしてそのまま、兵士の左肩に銃剣が突き刺さる。
「素晴らしい、最高に素晴らしいわ! 敵じゃなかったら、スカウトしてたのに。だけど残念」
兵士は、ただレイピアを振り払った。
訓練でいつもするような、マニュアル通りの振り払い。
だが、フォロリスを除いた皆は瞬時に床に伏せる。
そして、フォロリスの両足を切断した。
瞬時の出来事、フォロリスは何が起きたのか理解できなかった。
ただ、一つ理解出来たのは、吸血鬼になる事で危険予知が難しくなるという事だけ。
それしか、今は理解できなかったのだ。
「チッ、マジか」
重力によって、地面へと背中から倒れていく。
それを見て勝ち誇った兵士の腹を、新兵は思い切り蹴り飛ばした。
勢いよく飛んで行き、カフェの壁に体を潜らせる。
そして気を失ったのか、手からレイピアが零れ落ちた。
「……ねっ、あの時フォロリス君を襲ったのは、僕じゃなかったでしょ?」
「あーはいはい、解ったよ。すまんすまん、よし両足もいで来い」
「それ上司に物頼む態度じゃないよね!? 全く……」
ブツブツ言いながらもアンドロイは、兵士の足をナイフでグチャグチャにした状態でフォロリスに手渡す。
「お前、切り取るの下手だな~。俺がガキん時でも、もう少しマシだったぞ」
フォロリスは投げ渡された足の切り口を眺めながら、言わなくてもいい事を口に出す。
それによってアンドロイは、また例のネガティブモードとなった。
「別にいいですよ、どうせ僕は下手ですよーだ。
魔法だってベラちゃんに負けるし、剣術だって隊長さんに負けるし、ナイフ使いだってフォロリス君に負けるし……隊長さんが死んだら、誇れる立場に付く事が出来るんだけどな~」
地面にのの字を書きながら、何度も何度も同じ言葉を繰り返しているアンドロイ。
そして数十分ほど経過してから、ふとあたりを見渡してみると、新兵以外は姿を消していた。
はいどうも、ナムでーす。
……すいません、週一で投稿するとかホザいてたのに一日遅れてしまって。
いやですね、弁解をするのを許してくれるのでしたら色々とですねはい。
葬式やらアニメやら、MADやらで色々忙しかったわけですよ。
……すんません、本当にすんません。遅れてしまって本当に申し訳ない。
とまあ、こういった謝罪文ばかり書いていますが次からは頑張るとして。
ではでは、また次回!
誤字誤植、ご指摘ご感想がありましたら一言、お願いいたします。
レビューも受付中です、ドシドシ書いてくださいまし。
To Be Continued !




