第三十二話 覚醒
戦の火が、店内を明るく照らす。
店内には炎によって、床に落ちた血と吐瀉物状の液体が紅く光る。
今、この場にある戦力は、
満身創痍であるフォロリス、武器が使い慣れていないナイフだけのアンドロイ、実力未知数の新兵。
勝ち目はほぼ零に等しく、切り札である吸血鬼の血も言わば一種の賭け。
フォロリスは思わず、冷や汗をかく。
これまで感じた事の無い、緊張状態。
こういった感情を感じたいと思い、フォロリスはこの世界に来たのだ。
だが、現実はこうだ。
腹に穴を開けられ、胃液とドロドロに溶けた液状と化した食物と血が床に落ちる。
日本では切腹というものがあるが、実際には腹を切ったところですぐには死なない。その為、首を切り落として速やかに苦しみから解放してあげるのだ。
フォロリスは今、その切腹した武士と同じ状態に居る。
だが、どう見ても痛みを感じているようには見えない。
一応、アレスがこの酒場へ来た時の為に新兵はカウンターの裏に隠れている。
その為、今姿が見えるのはフォロリスとアンドロイだけだ。
「あのさ、フォロリス君。ここはいったん退いて、もう一度攻めなおした方が……」
アンドロイが控えめな声で、提案を申す。
事実、今戦闘を行ったとしてもこちらが断然不利だ。
だがフォロリスは、首を横に振る。
「駄目だ。もし今やらなければ、奴らは戦力を蓄えてグリードへと攻めてくるだろう。
そうなれば今度こそおしまい。どのような手を使っても、俺らは勝たねばならない」
そう言い終えた直後、音も無く扉が開く。
戦争中の今、この場にやってくるのは仲間か━━敵か。
とっくの昔に潜伏場所はばれていた。その為、こいつが今この場に居てもなんら不思議ではない。
そう━━
「楽にしてやろう、フォロリス・スターコースト!」
この国の国王にして、アレスが居ても。
「やはり来たか。だが━━」
アレスの言葉は最後まで続かず、新兵は発砲した。
一弾目は不思議な力によって灰へと変えられたが、新兵は続けて撃つ。
銃は一度弾を撃つと、もう一度弾を詰めなければならないという欠点があった。
だが、予め銃弾を装填しておけばそのタイムラグを無くす事が可能。
事実、カウボーイ等が大量に銃を持っているのはリロードをする隙を与えず、更に自らも隙を作らない為である。
店内の中に、火薬の臭いと煙が充満した。
「……意外と、あっけなかったな」
フォロリスがそう言いながら、サバイバルナイフを投げつけた。
ナイフは、煙によって見えなくなったが刺さったと予想し、ワイヤーで手繰り寄せる。
「おかしい、あのアレスがそう簡単に死ぬとは思えない」
「確かに、あまり手ごたえは感じなかったが……」
フォロリスは血の付いたナイフを手でもてあそぶ。
血があたりに飛び散り、床に赤い斑点を作る。
「さて、戦勝祝いに酒でも飲むか」
フォロリスは冗談を言い、眼を閉じた瞬間━━
フォロリスの右胸が、レイピアによって貫かれた。
新兵はあっけにとられ、行動に移せなかった。
何故ならば、フォロリスを突き刺した張本人がアンドロイだっからである。
「な、貴様、裏切ったか……」
緑色の魔宝石に、紅い血が垂れる。
アンドロイはレイピアを引き抜くと、手を震わせながらレイピアを床に落とす。
それと同時に、フォロリスは倒れこんだ。
右胸から、血に乗って小瓶の破片が流れていく。
「ち、違うんだ。気が付いたら……僕がやったんだけど、僕じゃなくてね」
アンドロイが動揺しながら言うと、アレスを纏っていた煙が晴れた。
倒れている筈のアレスがクラウチングスタートの姿勢で、勢いよく走りアンドロイの腹に勢いよく頭突きを入れる。
アンドロイがカウンターの方へ飛び、椅子を派手に散らばせ気を失う。
アンドロイの手から離れたレイピアが、宙を舞う。
「……やっぱ、効いてなかったか。新兵!」
新兵は素早く手に持っていた一つの銃剣を捨て、ガイアの剣で薙ぎ払う。
アレスはそれを、落ちてくるレイピアを左手で受け止め、つばぜり合いをした。
「流石だ、元突撃部隊隊長。だがッ!」
アレスは新兵の腹を蹴りつけた。
新兵の身体は、強くカウンターに叩きつけられ、気を失う。
フォロリスはナイフを取り出し、アレスに向かって投げつける。
もはや効かないと解っているのに、最後の足掻きとして。
ナイフは、まるでライフル弾のような速さでアレスの右肩に突き刺さり、その衝撃によって千切れる。
肉片と骨、そして服の布が辺りに散らばった。
無論新兵の方にも衝撃が渡り、壁に打ち付けられて気を失う。
「くっ、くひゃははははは」
気の狂いそうな笑い声。
フォロリスの瞳が、どす黒い黒から惨たらしい赤へと徐々に変色していく。
肌は血の気が引いていき、白くなっていく。
そして、手頃な寂びたナイフを取り出し、刃をゴムのように曲げた。
まるで吸血鬼、化け物じみた力に化け物じみた輝きを持った瞳。
フォロリスは、右足を踏み込んで立ち上がる。
本物の義手である右足を使って、まるで最初から生えてたかのように。
「さあ、第弐ラウンド開始だ。総統閣下殿、準備はいいか?」
前の声より殺気・狂気が混ざったような声。
本物の、純度がほぼ百に近い悪のみのような、聞いてて気持ち悪さと気持ちよさを同時に感じるような声。
「吸血鬼か、貴様が吸血鬼だとは思わなかったぞ」
「吸血鬼だと? 笑わせるなよ、独裁者!」
フォロリスは素早く刃物を、右腕の皮を捲り取り出す。
刃渡り十七センチの、ロングソード。イス国兵士が好んで使っている武器だ。
ごく普通の、一般的な剣を三本取り出し、全てを素手で刃を砕く。
宙に舞った刃を右手のひらに二本、左手のひらに一本突き刺す。
血が噴き出るが、そのような物をお構いなしにフォロリスは攻め込む。
フォロリスは右手を、まるで押し込むように刃でアレスの肩を突く。
アレスは咄嗟にしゃがみ込み、右腕を切り落とした。
「攻撃が単純すぎるぞ」
アレスが挑発をするようにつぶやく。
だがフォロリスは、右ひざで思い切りアレスの顎を蹴り上げた。
アレスの歯が砕け、口から欠けた歯が飛びだす。
「回避が単純すぎるぞ、独裁者!」
そのまま左手を床に付け、アレスの腹を四回ほど蹴る。
「がっ、貴様……!」
バックジャンプで回転できる程度の距離を取り、で左足を軸に、思い切りアレスのわき腹に回し蹴りを打ち込む。
アレスはそれを剣で受け止め、左足を切り落とした。
それにより、フォロリスはバランスを崩す。
そしてアレスも、蹴りを受け止めた剣に衝撃が走り、バランスを崩し背中から転倒した。
床に落ちた左足から、ミミズのように暴れまわる血管が出てきて、床をのた打ち回る。
あまりに非常識的な、あまりに非現実的な戦闘。
その戦闘に参加できなかった新兵だが、アレスが倒れた瞬間に新兵は銃剣を、倒れているアレスの頭に突きつけた。
先に付けている銃剣が、刺さらないように。
「一瞬の隙が、戦場では命取りだ。なあ、戦争童貞さん?」
身動きできないアレスに、見下すような目つきで、右腕の刃を突きつける。
これで逃げ場は無くなり、実質『積み』状態となった。
だが、その状況下でアレスは不自然な程の笑みを作る。
どうしようもない窮地に陥った際、狂ったように笑うのはよくある事だ。
だが、アレスの笑みは違う。勝利を確信した笑みだ。
そしてフォロリスは、今になって何故銃弾が効かなかったのかを理解した。
「不味い、新兵!」
新兵とフォロリスは、アレスから距離をとった。
新兵の手には、銃口が無くなっている銃剣。
フォロリスの手は、皮の裏側にまで入り込んだ砂鉄の粉によって、皮膚がひじの辺りまでミキサーのように切り裂かれている。
そして、アレスの周りを漂う砂鉄。
その砂鉄状の物がアレスの右腕をレイピアごと覆い、まるで槍のような形をした巨大な武器を作りだす。
「……新兵、殺れるか?」
宝剣を傷口に突き刺し、義足のようにしながら新兵に尋ねる。
新兵はその問いに対し、両手にナイフを持って構える。
眼は、窮地に追い込まれた古強者の眼をしている。
勝てるとは思わないが、やれるだけやってやるという覚悟の眼。
フォロリスはそれに対し、満足そうに頷く。
巨大な槍のような物をフォロリスの方へと向けながら、アレスは床を思い切り蹴った。
フォロリスも、同じように床を蹴る。
木片が飛び散り、後ろの民家の壁にめり込む。
たった一歩で、フォロリスはアレスとの距離を一気に詰めた!
「くたばれ!!」
フォロリスがそう叫び、アレスが手に覆っている砂鉄の槍に、左腕を思い切り突っ込んだ。
肉と骨が引き裂かれ、水風船を潰した時のように血が噴き出す。
そして、その瞬間アレスの視界に、フォロリスの血が入り込んだ!
アレスは、開いている左手で眼を拭う。
隙が生じた瞬間、アレスのうなじ部分にナイフが突き刺さった。
アレスは悲鳴を上げずに、ゆっくりと前へと倒れこむ。
右腕を覆っていた砂鉄は床に落ち、アレスが倒れた際に起こった少量の風圧で少し風に舞った。
「……アンドロイ、お前いいとこ取りだな」
「まあまあ、勿論手柄は君に渡すからさ」
フォロリスは、血があふれ出ているアレスのうなじからナイフを引き抜く。
切れ口から血が、泉のように湧き出た。
フォロリスはそれを満足そうに見ながら、ナイフに付いた血を舐めとる。
「当然だ、ほぼ俺が殺ったようなものだろうが」
綺麗に舐めとられたナイフを捨て、斬りおとされた左足と左腕をもぎ取る為に手を添えると、不意にアレスが笑い声を上げた。
その声に、フォロリスは不愉快そうな顔をする。
一通り笑い続けたアレスは、ゆっくりと口を開いた。
「き、貴様らの負けだ。お前らは、私の策に……まんまとハマったのだ!」
アレスがそう叫ぶと、魔宝剣を光らせた。
すると、アレスの半径十メートルが一瞬で灰になり、新兵とフォロリス、そしてアレスを地下へと落とす。
そしてアレスは、ゆっくりと自らのポケットからマッチを取り出し、剣に擦り火をつけた。
ある難民キャンプ。イス国の敗残兵・国民を一時的にとどめておく場所。
イス国から大分と離れた、岩とサボテンしか無い場所に、黄ばんだテントが張られている。
そんなテントの辺りには、グリードの民ぐらいは居るであろう民間人が膝をつき一心不乱に神に祈っていた。
煤と泥、砂や唾などで汚れた布を纏った難民の周りを、大きな声が響き渡る。
「兵士の治療は後回しだ、先に子供の手当てをせよ!
食糧と布を持って来い、あと新しいテントだ!」
「隊長、もう予備のテントも使い切りました!」
「ならば我が軍のテントを使えばよかろう!」
テキパキと指示を命ずるのは、隊長さん。
血に汚れた服を脱ぎ棄て、新たな服を着て命令を部下に下す。
何故、このように敗戦国家の民に尽くすのか。それは隊長さんの独自の考えからである。
国が勝手に戦争を始め、それによって一番被害を被るのは彼らだ。
その彼らに、気休め程度かもしれないが出来るだけ不満が無いように接する。
非効率的かつ生産性零であるが、隊長さんの部隊はそれに対し不満を持ったりはしなかった。
何故なら、他の部隊で暴動が起きた時、隊長さんが管理していた難民は何もしなかったからである。
「隊長、我が軍のテントを用いてもまだ足りません!」
隊長さんはそれに対し、舌打ちをする。
ここまで難民が出るのは、グリード国にとっては初めての事例だった。
故に、予想よりもはるかに多い難民に、平等にテントを配るのは不可能だった。
隊長さんは顎に手を当て少しの間考えると、新たに支持を飛ばす。
「なら、怪我人と女子供を優先的にテントに住まわせろ!」
「い、イエッサー!」
隊長さんの部隊の兵士が敬礼を行うと同時に、フォロリスが潜伏していた酒場から大きな爆音と煙が巻き起こる。
それに一瞬気を取られたが、すぐに気を持ち直し水を一口飲み一息付く。
そんな隊長さんの後ろに、刃物を持った一人の少女が居た。
手には小さなナイフを持っている。
少女は刃物を両手に持ち、隊長さん目掛けて勢いよく振り下ろした。
えー、今回は重大発表があります。
実はですね、これ遅れてから気付いたんですよ。
……週一投稿すれば、いいんじゃね? と。
そうすればいつでも編集出来るし、更新スペースが遅れる事も無くなります。
と、まあ以上です。
では、今回は短いですがまた次回。
誤字誤植、ご指摘ご感想がありましたら一言、お願いいたします。
レビューも受付中です、ドシドシ書いてくださいまし。
To Be Continued !




