第二十六話 作戦準備と義兄弟たち
壁が板によって閉ざされ、光を封じた魔石で店内は照らされている。
石を適当に切り分けただけの粗雑なテーブル。表面は凸凹としており、酒なんて置いたら全て零れるだろう。
椅子はそこらに散乱し、見るも無残な状態だ。
二階へと繋がる木製の階段も、ボロボロな状態でいつ落ちてくるか解らない。
そして同じように、粗雑に木で作られたカウンター。奥には大量の酒樽と酒瓶が置いてある。
そんな最悪な状況の酒場で、同じ服を着た二人の青年と少女は赤ワインを飲んでいた。
酒瓶を手に持っていない方の青年は、机につっぷして寝ている。
「酒は発酵食品、千年物ならカビ臭すぎて飲めたものではないが……ここの酒は最高だな」
フォロリスはそう言いながら、酒瓶ごと中の酒を飲む。
口の端から、若干ではあるが紅い液体が流れおち服に染みを作る。
「フォロリス、悪酔いするわよ」
「昔から酒に強いんだよ、俺は。チーズはないか? ブルーチーズがいい」
寝ている新兵が寝相によって頭が落ちそうになったので、フォロリスはそれを手で押さえる。
そんなフォロリスの問いに、ベラは上の方を指さした。
「上に、ゴーダチーズの塊があるわ。階段はあのざまだけどね」
ベラはため息をつき、ガラス製のグラスに注がれている紅いワインを飲む。
彼女がワインを飲み込んだ直後、後ろからもの凄い音が鳴った。
それによりベラは咽る、フォロリスは優しく背中をさすった。
「おう、おかえりアンドロイ。もう少し静かにできなかったのか?」
「いたた……無茶言わないでくれよフォロリス君、転送魔石で移動するのは初めてなんだから」
アンドロイは尻を擦りながら、レイピアを杖のようにして立ち上がる。
転送魔石とは、魔宝石の中でも純度が高い物から作られる特別な魔石である。
使用回数は一度のみで、あまりにコスパが高い。
更に何かの物体と交換しなければならないと色々と準備が必要であり、普及はされず、金持ちの道楽として使われるようになった寂びれた技術の一つである。
無論製造には、魔宝石が必要なため第四十四独立前線部隊に補給されるはずもない。
ではなぜ製造できたか?
偶然、アルテミアから入手した魔宝石を加工したのだ。
「ゲホッゲホッ……移動するのは、それが最初で最後になるでしょうね。
で、何か情報は得られたの? 神の杖についてとか、それ以外にもある秘密兵器についてとか……」
「うっ! そ、その~、えっとね。うん、あー、つまり……」
「忘れたんだな」
アンドロイは乾いた笑い声を出しながら、レイピアで床をなぞった。
「だって仕方ないじゃない、久しぶりだったんだもんあそこ。
で、でも魔宝石のレイピアを持って帰ってきたから」
「いや、ぶっちゃけ魔石で十分事足りるし」
アンドロイは肩を落とす。
無論アンドロイの頭の中に、あの城の地図は入っている。
だがその地図を実際に書けと言われたら、無理と断言できるだろう。
アンドロイは結構、絵が下手なのだ。
フォロリスが来るずっと前に、兵士に似顔絵を見せたら苦笑いが返ってきたという苦い思い出がある。
「……というか、新兵君はどうしたの? こんなとこで寝て」
「酔いつぶれたらしい、下戸だな。
アンドロイもどうだ?」
そう言い終えると、酒瓶の中のワインを一気に飲む。
一応彼は、元の世界では未成年である。
だが一般的に不良と呼ばれる人種とつるんでいた(もっとも、彼とかかわった人間は殆どが彼によって殺されている)ため、酒は飲みなれている。
「いや、遠慮しておくよ。僕は無理なんだよ、お酒」
「つれないな、お前。将来出世しないぞ?」
「そういうもんなのかな……?」
フォロリスは新たな酒瓶を、カウンターから身を乗り出して取り出し返しのついたナイフでコルクを開ける。
ベラは無言で、フォロリスの方にからになったグラスを置く。
そのグラスに紅いワインを、溢れ出そうなくらい淹れベラに返す。
「……零れそうなんだけど」
「淹れないよりはマシだろ」
フォロリスはいたずらっ子のように笑う。
まるで普通の高校生のように見えるが、彼は殺人狂である。
「……そういえば気になってたんだけど、他の兵士たちはどこに居るの? 上?」
「地下室よ、カウンターの裏から入れるわ」
ベラに言われたのでアンドロイはカウンターの裏に回り、下を見渡す。
すると男一人分は入れるであろう大きさの、開いた扉があった。
下から男たちの声が聞こえてくる。
「アンドロイは上で寝てていいぞ。よかったな、独り占めだ」
フォロリスがまた冗談を飛ばす。
「僕、一人じゃ寝れないんだよ」
「んじゃ、新兵と一緒に寝てくれ」
フォロリスの言葉に、新兵の身体はピクッと動いたが、すぐにまた寝息を立てる。
「遠慮しておこう。君こそ、ベラちゃんと一緒に寝たら?」
「死体じゃない男となんて、死んでもお断りよ」
ベラは即答で、しかも普通じゃありえない断り方を口に出す。
これにアンドロイは若干ひいた。
他の兵士も死姦をしていたが、願わくば生きた女と犯りたいと思っている。
故に中には、強姦をした兵士も居た。
だがベラは、死体じゃないと嫌と断言したのだ。
彼女は、いわゆるネクロフィリアだった。
「……いや、まあ性癖は人それぞれだから。ねえ、フォロリス君?」
「何故俺に振る。……まあ、俺も正直人には言えない性癖だからそうとしか言いようがないが……」
フォロリスはほほをかきながら、アンドロイの言葉に同意する。
もっとも、フォロリスの性癖の方が幾分かマシと言えるだろう。
まあ、どんぐりの背比べと言われたらそれで終わりではあるが。
「まっ、作戦とかは明日になってから考えるとしよう。もう時刻もあれだし」
フォロリスは新兵のポケットから時計を取り出し、時刻を確認する。
丑三つ時、午前二時四十分だった。
「そうさせてもらうよ、今日は大分と疲れたし……。
そういえば、伝令送った? あの村に」
「その点なら抜かりないわ、しっかりと兵士の一人に言っておいたから」
「そう、ならいいんだよ。で、赤子は?」
「あー、いや、一応持ってきたんだけど……」
ベラがそう言いながら取り出したのは、血まみれの赤子であった。
両腕はもがれ、ピクリとも動かないそれは赤子の死体。
アンドロイは思わず、口を手で押さえる。
「とまあ、ベラが暴走した結果がこれなんだけど……普通死体にするか? 作戦の道具を」
「い、いやこれは、あくまで不可抗力であってね」
「不可抗力でこうはならんだろ」
フォロリスの鋭い突っ込みに、ベラはぐうの音も出ない。
「それ、両腕はどこかに散らばってたりしないのかい? そうすれば縫い付けてなんとか利用してみるけど……」
「残念、食っちまった」
アンドロイは眉間にしわを寄せる。
この見るも無残な死体をどのように利用すればいいのか、皆目見当がつかない。
だが全く思い浮かばず、頭を抱える。
店内には、新兵の寝息とフォロリスが酒を飲む音だけが聞こえた。
「で、どうだ? 何か思い……つかないわな」
「いや、ちょっと待って。もう少しで……!!」
アンドロイは、思いついたような顔をする。
フォロリスは既に寝ており、酒が床に零れ落ちる。
「あれ、フォロリス君? 寝ちゃって……る?」
「ぐっすりね、あんたも寝た方がいいわよ」
ベラは大きなあくびをすると、そのままカウンターの上で寝息を立てる。
アンドロイは一人、ぽつんと取り残されていた。
ふと、窓から外を見上げてみる。
まだ太陽こそ出ていないものの、若干ではあるが空が明るくなってきている。
アンドロイはため息をつきながら、そのまま床下に寝転がり眠った。
フォロリスの飲んでいた赤ワインが、アンドロイの服を汚した……。
「義弟、ここに我が国の兵士が来て何日目になる?」
「義兄、大体四日ぐらいではなかろうか? まだ煙が出てないところを見ると、戦闘はまだ行われていないようだな」
すでにフォロリス達によって制覇され、見るも無残な姿に変わり果てた村。
未だに死臭はするし、村の真ん中で死体を燃やす火が、尽きる事は無い。
故に少しではあるが、明るく、暖かいので義兄弟には大変ありがたかった。
そんな村の屋根の上に、二人の兄弟が仁王立ちをしながら語り合う。
日はすでに落ちており、義兄弟は若干の眠気を堪えながら遠くを見据える。
待っているのは、イス国から派遣されるはずの、第四十四独立前線部隊の兵士。
だが、一向に来ない。
魔物に食われたか? 行き倒れたか? はたまた全滅したのか?
状況が解らぬまま攻め込んでは、こちらが負けるのは目に見えている。
故に隊長さんも、下手に動く事ができないのだ。
皮肉な話ではあるが、殺されかけた奴の手が無くては国を攻め入れれないとは……と、隊長さんはよく呟いていたのを義弟は思い出し、微笑を浮べた。
「義兄、隊長たちは無事あの国へ行けたと思うか?」
「義弟、恐らく隊長たちは大丈夫だろう。……ん?」
義兄が目を細めて遠くを見ると、一人の兵士が走りながらこちらへ向かってくるのが見える。
義兄は伝達が来たのを義弟に知らせると、義弟はすぐさま鐘を鳴らす。
鐘と言っても片手で持てる程度の小ささではあるが、その煩さは凄まじい。
無論その音で寝られるはずもなく、大量の兵士が、無残な家の中からぞろぞろと出てきた。
その数、約二千人。
戦争をするには少しばかり数が足りないようにも感じるが、グリードにとってはこれが最大勢力である。
もっとも、この兵士たちはまだ実戦経験は無い。
「なんだお前ら、こんな時間に!?」
下から聞こえた兵士の声に、義兄は答える。
「我が軍からの使者だ」
義兄からの静かな答えに、兵士たちはどよめく。
隊長さんによって、第四十四独立前線部隊は十中八九イス国国王、アレスによって壊滅させられていたと聞かされていたからだ。
それほどまでに、アレスは末恐ろしい力と知能を持っている。
「……どちらにせよ、ろくな兵士ではあるまい」
隊長さんは火のそばに転がっている死体を見つめながら、そう呟く。
隊長さんのそばに置いてある剣の隣、そこには死体が転がっている。
ただの死体ではなく、本来ある筈のものが無いのだ。
目が無く、耳も無い。更に爪は誰かによって剥ぎ取られた跡があり、口の中の歯は全て抜かれている。
その死体は苦痛の表情で死んでいるのだ。隊長さんは少しではあるが、第四十四独立前線部隊に怒りを覚えた。
たとえ敵であろうと、同じ人間。何故このように酷い殺し方をしたのか……。
「そういった顔をするな、隊長さんよ。お主たちがこのようにくつろげるのも、我が副隊長であるフォロリス・スターコースト殿のおかげであるのだから」
いつの間にか隣に下りて来ていた義弟が、隊長さんにそう諭す。
すると隊長さんは膝に手を当て立ち上がり、傍に置いてあった剣を取り、鞘から引き抜く。
刃は火にあたり、まるで火を封じたかのように
「いいか、貴様らが少しでも妙な真似をしたら……首を斬り飛ばす」
義弟の首筋に剣をあてがい、脅しをかける。
だが義弟はそれに対し変わらぬ態度で、義弟が今向いている側を指さした。
「そろそろ来るぞ隊長さんよ。我が部隊からの使者が。とっとと終わらせて帰りたいとぼやいていたのではないのか?」
隊長さんは舌打ちをし、残念そうに剣を鞘に戻した。
義弟はそれを確認すると、第四十四独立前線部隊からの使者から手紙を受け取り、隊長さんに手渡す。
隊長さんはそれを開き、今現在何処に潜伏しているのかを簡単に、他の兵士に伝えると返しの手紙を懐から取り出し、使者にパンと一緒に手渡す。
使者はその手紙を受け取ると、パンを一口齧ってから元来た道を戻る。
隊長さんはそれを確認すると、剣を天高く上げ進撃の合図を叫ぶ。
他の兵士も、それに続くかのように叫んだ。
そして素早く準備を澄ますと、歩幅を揃えイス国へと進撃を開始した。
義兄弟たちはまた屋根の上に上り、そんな兵士たちを眺めながらパンを一齧りし、義弟は天を眺めた。
星が綺麗に光り、綺麗である。
義弟はそれに手を伸ばすと、義兄もそれに倣い、天に手を伸ばした。
どうも、ナチの人です。
今回はほのぼの(?)回でしたね、精神的に来るのが多いような気もしますけど。
何気に再登場な隊長さん、名前不明な人が二人も居る小説って珍しいような……。
ついでに、喋らないキャラが出る小説も珍しいような……。
まあ、それはどうでもいいですね。本当にどうでもいいなおい。
では、また次回。
To Be Continued




