第十七話 反逆者に対する報復開始
つい先ほど、アルテミアが居なくなる前まで平和だった村。
鳥は鳴き、草木は揺れ、子供たちの声が聞こえない日は無かった。
その村が今、見るも無残な地獄絵図となっている。
そこらじゅうに散らばる四股、首、腸。
ある地区は民家が燃え、空を紅黒く染めている。
そして死姦、死食する一部の第四十四独立前線部隊、一部以外は普通に、躊躇なく、確実に殺し、次の獲物を探すため足を動かす。
その姿は、まるでハイエナが人に乗り移ったように見えた。
そんな村の中、一人の青年が人の腕を梃の原理で、曲げてはいけない方向へ曲げもぎ取り、まるで筆のようにし、壁へハーケンクロイツ、逆卍を書いていた。
「素晴らしい、やはり本物の血で書くと何もかも違う。ただの落書きも、芸術的になる」
フォロリスだ。
元の世界では恐らく、歴史上唯一無二の生まれ持っての邪悪と言えるだろう。
「あー、フォロリス副隊長さん、それ何すか?」
中年の第四十四独立前線部隊団員は、フォロリスが壁に描いた記号について尋ねる。
「あー、ナチス……いや、|国家社会主義ドイツ労働者党(NSDAP)の国旗だ」
「ほう、そんな国があるのですか。いやはや、中々いい記号ですな」
「まっ、元は何処ぞの遺跡に碑文に用いられていた文字らしいけどな。
……そんな事より、掃討は完了したのか?」
フォロリスは団員に尋ねた。
すると団員は一般的な敬礼をし、報告をする。
「ハッ、この区域は、原住民掃討駆除は完了致しました」
「んじゃ、仕上げとして井戸に毒でも放り込んで帰還するとしよう」
「あの、副隊長。此処を拠点とするので、飲み水の確保を容易にする為にもそれはやめておいた方がよろしいかと……」
フォロリスと団員は、他の部隊と合流する為足を進ませる。
だが突如、団員の首から骨の折れる音がした。
首の骨が折れた団員の後ろに、スコップを構えた四十代ぐらいの女性が居た。
「詰めが甘いな、やはり」
「何くっ喋ってんだい、恩を仇で返して! 許さないよ!」
「そういう言葉は、勝ちを確信してから言うもんだ」
フォロリスは手早く左腕に刺さっているナイフを一本抜き取り、女性に向かって投げた。
ナイフは女性の手に持っているスコップに当たった。
女性はスコップをフォロリスに向かって、まるで槍のように突く攻撃をする。
無論動きは素人中の素人、簡単にフォロリスに柄を掴まれ、それをレールのように活用し素早く女性に近づき腹を勢いよく右足で蹴りこむ。
「がっ……!!」
「はい、もういっちょ」
腹を蹴られ苦しんでいる女性の腹を、更に蹴る。
何度も何度も、まるで虐待を楽しんでいるかのように。
最初の蹴りを除いて十回ほど蹴り終わった後、フォロリスは蹴るのをやめた。
今までの反動からか、腹を手で抑え込むように地面に倒れこむ女性。
フォロリスはそれに追い打ちをかけるように女性の髪の毛を掴み、顔を強引に上げさせる。
「さて、貴様には色々と聞きたい。あの団員は絶対記憶能力、要するに見た事は絶対に忘れない奴だ。
そいつが殺した数を数え間違えたって事は、万が一、億が一でもありえない。言え、何処に隠れていた」
決して暴力には屈しないといった目つきでフォロリスを睨みつけた。
フォロリスはその女の眼が気に入らなかったのか、今度は膝で腹を思い切り蹴りつける。
骨が砕ける音がし、口から吐瀉物を吐きだした。
「とっとと言えば楽になれるというのに、この女は分からず屋……いや、頑固者という事か。
おい、我が軍の兵士よ。好きにしていいぞ、犯るなり殺るなり好きにするといい」
フォロリスは最後にもう一発、腹に蹴りを入れる。
今度は血を吐き、地面に仰向けになって倒れこむ。
「さて、ちょいとばかし生き残ってんだろうが……まあいいだろう。とりま金品野菜、後は胃でも取り出して水筒にでもするかな。でも筒じゃねーよな、水胃?」
左腕に刺さっているナイフを引き抜く、女性の腹を裂き胃を取り出す為だ。
フォロリスはゆっくりと女性に近づき、服の腹部分をナイフで切り裂いた。
蹴りによって、青い痣と血がにじみ出ている。
だがそんな事を気にせず、腹にナイフを突きつけた瞬間━━
フォロリスのナイフが、光のようなものによって弾き飛ばされた!
弾かれたナイフは柄の部分から煙を出し、地面に突き刺さる。
何が起きたか理解出来なかった。否、理解したくなかった。
フォロリスが吸血鬼の潜む洞窟に迷い込みこの村に帰ってくるまでに約半日、途中で引き返したとしても六時間はゆうにかかる。
だがまだ、作戦を開始して四時間しか経過していない。
この時フォロリスは一つ……否、二つミスを犯した。
一つは彼女たちが去ったと思い爆弾で開始の合図をしてしまった事。
もう一つ、それは……
「火……!」
そう、火だ。
古来中国や中世イギリスで使われた情報伝達手段。奇しくもフォロリスの兵がそれを、恐らく放火の容疑で務所の中に入っていた兵士が、偶然にも、敵に情報を与えてしまったのだ。
そして、光のような物が飛んできた方向には━━
「アルテミア……!」
まるで戦場に舞い降りた半神、ワルキューレのような姿に見える女性。
アルテミアが今、フォロリスの敵として姿を現した。
「男共はどうした……」
「他の村人たちを助けに行ってます。
……フォロリスさん、私は貴方を、貴方だけは信じていました」
アルテミアがフォロリスに語りかける。
自らの思いを、彼女の悲しみを。
「あの時、私と一緒にゴーレムと戦ったのは……あの時、私と楽しくおしゃべりをしたのも全て、全て嘘だったんですか!?」
アルテミアは涙目になっている。
無理もないだろう。
この村へ出発する時、最後に言葉を交わしたのはフォロリス自身なのだから。
フォロリスに恋心を持っていた、信頼していた。それを裏切られた。
彼女にとってそれは、過去経験した事のない屈辱であろう。
そしてフォロリスはそれを全て知り、否、利用する為、ありもしない事を口にした。
「無論、俺も嫌さ。だが仕方ないだろう、俺はわが身が何よりも大事なんだ。だが今は違う、馬鹿な事を仕出かしたと思っているよ。反省している、許してもらうつもりは無い。俺は逃げん。さあ、その魔法で、俺を殺すといい」
アルテミアはその姿に、言葉に攻撃を戸惑った。
殺しの、乱戦の達人であるフォロリスがその隙を逃すはずもなく、その一瞬の隙にフォロリスは━━
あろう事か敵に背を向け逃げ出した!
突然の事に一瞬戸惑うアルテミアだが、すぐに冷静さを取り戻しフォロリスの後を追った。
フォロリスは的に背を向け、全速力で走っている。
後ろから光のような魔法で、何度も何度も打ち込まれているがそれを紙一重でかわす姿は、神がかっていた。
フォロリスが走り逃げているのは、策が無いからではない。
否、ある訳ではない。これから造るのだ、策を。
その為に、出来るだけ情報を手に入れる。それが確実に勝つ秘策なのだから。
そしてもう一つ、あの集団に立ち向かうには集団しかないだろう。
軍隊を再集結するのだ。あの時の爆発音が殺戮の合図だったように、招集としてもう一回爆発させる。
第四十四独立前線部隊には爆弾を使う兵士はアンドロイ程度であるし、爆発も小規模中の小規模、爆竹みたいなものだ。
故に違和感を感じ、必ずや招集してくれるだろう! と、フォロリスは信じている。
だが問題点は一つ、アルテミアのあの魔法である。
まだ正体も、性質すら不明の魔法だ。うかつに手を出したら、フォロリス自身が死ぬ!
だが一つ問題がある。どこかでマッチを入手し、フォロリスが今現在持っている自害用の爆弾一つを爆発させなくてはならない。
故に、チャンスは一瞬、マッチをどこで入手するか? どこで爆発させるかが勝負のカギとなる。
「……物は試しだ!」
フォロリスが思いついたのは、屈折の原理、反射の原理をあの魔法に対して試すというもの。
何故ならアルテミアは、わざわざナイフの柄を狙ったように見えたのである。
フォロリスが本物の義手に差し込んでいるナイフは、刃の部分の方が若干ではあるが大きい。
即ち、刃を狙った方が当たりやすいのだ。
では何故柄を狙ったのか、それは弱点であると教えているようなものである。
アルテミアは左手を弓のような物を持つように伸ばし、右手を矢を引いているように拳を握りしめ、後ろへと伸ばす。
あの時、ゴーレムと戦った時の構えだ。
アルテミアの左手から少し離れた所に、光が固まっているように集まり出す。
ピンボール程度の大きさになった所でアルテミアは、右拳を大きく開いた。
瞬間、光はまるで矢のようにうねり放たれた瞬間!
フォロリスはナイフを抜き取り、アルテミアに投げつけた。
走ったまま、器用にも、正確に投げつけたのである。
無論狙った箇所に、矢のようなものに行く筈もなく、アルテミアの左肩に突き刺さり血を出した。
それと同じ瞬間、フォロリスの本物の義手に、まるで刃物によって強引に突きで裂いたかのような傷を作り、黒ずんだ血を流す。
フォロリスはこれで理解した、魔法の正体を。
「切断系の魔法、俺と同じタイプの魔法か」
だがこれで、また一つ新たな疑問点が浮かび上がる。
一見、魔石の類を持ち歩いてないように見える。ではどのようにして、詠唱無しで魔法を次々と撃っているのか?
フォロリスは左肩を押えているアルテミアにもう一本ナイフを投げつける。
無論仕留める為ではなく、隙を作る為。
あと百メートルも走れば、魔石屋がある。そこで火の魔石を使い、爆弾に着火させようという魂胆だ。
そしてその作戦を実行するため、フォロリスはまた走り出した。
「くっ、逃がしません!」
アルテミアは自らの服の端を引き裂き、左肩に包帯替わりに巻き付ける。
布に血が染みていたが、アルテミアは気にせずフォロリスの後を追った。
約五メートルほど離れていたが、フォロリスには彼女の走る足音が聞こえてきた。
足止めのため、念のためとしてフォロリスは魔法を詠唱する。
切り裂く対象は、今フォロリスの百メートル前にある看板。
詠唱が終わるのは、約十二秒。フォロリス自身の百メートル走の自己ベストは、約十一秒。
即ち、ギリギリではあるが間に合うのである。
「首を切り……血を啜れ、全人類を切り……刻み世……界を真っ赤……な血で染め……ろ!」
全速力で走りながら喋るとどうなるか、フォロリスは身を持って実感した。
息が苦しくなる、締め付けられるような感覚に襲われる。
結果言い終えたのは十五秒後、同時に速度も少しではあるが落ちてしまった。
だが十分、十二分にアルテミアとの距離は離れている。
そしてアルテミアが丁度看板から二メートルほど離れているところで、看板は通路を塞ぐように落ちてきた。
アルテミアは思わず足を止める。
その隙にフォロリスは、魔石店の中へ、店の出入り口で横たわっている脳みそむき出しの神殿も躓き、文字通り店の中へ転がり込んだ。
「あれ、フォロリス君。どうしたのそんな慌てて」
「あ、アンドロイ。お前何やってんだ?」
木で出来た床から顔を上げると、アンドロイが大きな麻袋に魔石を詰め込んでいる途中だった。
起き上がり辺りをよく見ると、棚には『火』『水』『光』と書かれたプレートが置いてある。
もっとも、肝心の魔石は存在しない訳だが……。
「おい、俺の鉤爪持ってるか!?」
「持ってるけど、君片手無くなったんじゃ……あれ、復活してる!? えっ、どうして!?」
「話は後だ! さっさと俺に寄こせ、奴が来る」
アンドロイは麻袋からフォロリスの鉤爪を探す為、いったん床に置いた。
するとアルテミアのあの魔法が、麻袋を切り裂き、中の魔石を散らばせたと同時に、アンドロイの足を少しではあるが切りつけた。
「……えっ?」
アンドロイはいきなり何が起きたのか理解できなかった。
無理もないだろう。行ったという合図である爆音を聞き、作戦を開始したのだ。
それが戻ってきましたなどという合図は無かった。無論、そのような物を出す暇さえなかったのだが……。
「あれ、アルテミア……さん?」
フォロリスは破れた麻袋から魔石が埋め込まれた鉤爪を引っ張りだし、右手にはめ込むと、アンドロイの問いに無言で頷く形で答えた。
「今日、侵略は楽だからって思って爆弾持ってきてない。どうしよう?」
「……お前の魔法、死体使いだったな。攻撃手段は主に死体任せか爆弾」
「条件付きのね」
そんな事を話しているうちに、アルテミアはこちらへ勢いよく向かってきた。
フォロリスは目くらましとして、床を爪で引きはがすと同時に、アンドロイに自ら入手した本物の義手に刺さっているナイフを抜き取り、アンドロイに手渡した。
どうも、最近更新速度が上がってまいりましたナムです。
今回は少しばかり地の分が多いような気もしますが、まあそれは気にせずに突っ切ってみました。
……ここ最近、自分の小説に魔法って本当に必要か? 魔物って必要か? という疑問を持ち始めてきました。
そういえば少しばかりナチスについて調べたのですが、何故か調べれば調べるほどナチスが憎めない軍隊だという事が判明してきましたよええ。
ヒトラー禁煙を部下に進めたらしいですよ、いい話じゃないですか本当に。
お蔭でなんだか書き辛くってですね、でも更新速度は上がっている不思議。
所で皆さんは普段、小説を書く時BGM等を聞いておられるでしょうか?
作者は最近、イギリス征討歌とフィンランド進軍歌を聞いています。いい曲ですねはい。
高校とかそういった事は活動報告にでも書きますはい。
では皆さん、誤字脱字誤植ご感想がありましたら活動報告へ。
では、また次回。いつか何処かでお会いしましょう。
To Be Continued




