第十六話 ホロコースト
まだ日が出始めた頃、村の前に人だまりがあった。
それぞれ、槍やら弓やら、剣を手に持っているのが見て解る。
その人だまりの中から一人の女性が、左腕のない青年に近づいて行った。
「フォロリスさん、決して無理はしちゃダメですよ?」
アルテミアは、まるで子供に注意するかのような口調で、フォロリスに無理をしないよう言った。
フォロリスは頭をかきながら、左腕の無くなった箇所を右手で軽く叩くと、アルテミアの肩に右手を置く。
「その言葉、そのままそっくりと返そう。帰ってきたら、一緒に飲もうぜ。冷えたワインをな」
アルテミアはその言葉を聞くと軽く頷いた後、鉄の槍を天高く掲げる男たちと共に出発した。
もはや吸血鬼はあの洞窟には居ないというのに、である。
アルテミアもそれはうすうす感づいていた。だが、村人たちの不安を少しでも減らす為に、確認として行く事にしたのだ。
彼女らの姿が見えなくなると、フォロリスは冷めた目つきで彼女らの後を目で数秒ほど追い、村の方へ振り返った。
「さて、作戦開始だ。アンドロイ、準備はいいか?」
「ああ、万全だよ。君が用意したギトギトな枕、しっかりと四十個用意し設置した。無論僕も君も何処に仕掛けたかは解らない、とっておきのスリルって奴さ。あと、吸血鬼の血は次の作戦に使う。分かったね?」
「ああ……まあ、たまにはいいか。しょうもないスリルを味わうのも」
アンドロイの言葉にフォロリスは笑いながら、武器屋へと足を運んだ。
フォロリスが十歩ほど歩いたところでアンドロイは姿を消した。
武器屋には、所狭しと武器が並んでいる。
店内に入ってすぐの棚に、フォロリスの世界では古典的と言えるような爆弾が蟻のように置いてある。
右側の壁には鉤爪が一セットずつ並んで掛けており、その下の棚には銀のナイフが、まるで獲物を待ち構える野獣の眼の光のように、銀色に輝きカーテンのようだ。
左側には大剣が大量に並んでおり、少し体重をかけたら壁が突き破れそうだと錯覚するほどある。
だがフォロリスはそんなものに目もくれず、奥へ迷わず足を進めた。
今回、此処へ来た目的を達成するためだ。
「おい、例の物は出来てるか?」
「ヘッヘッヘ、出来てますぜ若旦那」
カウンターで下品な声を出しながら、小太りの中年はフォロリスが注文した物を中年の足元から取り出し、カウンターの上に置いた。
それは黄色い服だった。
フォロリスはその服を広げ、出来栄えを見る。
「……ハーケンクロイツを再現出来たか、素晴らしい出来だ。色は……まあ部下共にはこれがピッタリだろう」
「ヘッヘッヘ、そうでしょうそうでしょう。で、お代は……」
「ああ、無論約束通りくれてやる。その前に武器を一つ買ってもいいかな?」
「いいですけど、金はあるんですよね?」
フォロリスは鉤爪を掛けている壁の下の棚に並んでいるナイフを十本取り出し、カウンターへ歩いて行った。
「合計で……」
「おっと、あいにくだが今日は金貨を持っていないんだ。だから……」
フォロリスは手早く一本のナイフを持ち、店主の首元に突き刺した。
突然の事に驚きを隠せない店主、その顔を見てフォロリスは笑いながら、まるで昔を思い出しているのかと思う口調で、死んでいく主人に話しかけた。
「懐かしい、懐かしい眼だ。俺が中学時代の時もその眼を向けられた事があったな、あの時は楽しかった。
冥土の土産に教えてやろう、俺の過去を……。
俺がまだ毛の生えたばかりのガキだった頃、卒業前に俺と共に学び、遊んだ不良グループを皆殺しにした事があったんだ。その時のあいつ等の顔は、今思い出しても背筋がゾクゾクする! 酒、女、煙草、麻薬なんかじゃ到底味わえない極上の快感だ!
……今はそれほど感じる事は出来ないがな、いやはや懐かしい」
店主の眼から光が消えたのを確認し、ナイフを勢いよく引き抜く。
首元から、まるで穴が開いたダムのように血が噴き出す。
フォロリスはカウンターに置いてあるナイフを店主の毛むくじゃらの左腕に十本突き刺し腕を切り取った。
「さて、次は侵略開始の合図っと」
フォロリスは死んだ店主のポケットを適当に漁っているとマッチが一本見つかった。
1827年あるイギリスの科学者がマッチを開発した。
だがそのマッチは火つけが悪かったが、1130年に新たに作られたマッチがある。
それが今フォロリスが手に持っているマッチ、黄燐マッチだ。
だがフォロリスはそれを知らない、だがなんとなく察しは付いていた。
何故マッチ箱が無いのか、その理由を……。
フォロリスは爆弾を店の外に出し、店主の髪の毛を全て毟り取り導火線の形に束ね、爆弾と密着させた。
マッチを床で火をつけ、髪の毛に火を灯す。
店主の毛は脂が多かったのかすぐに火が回り、爆弾を爆発させた。
静寂に包まれていたこの村に、爆音が響き渡る。
「So manchen braven Kamerad
Legten wir schon ins kühle Grab
Wenn auch so manches Auge bricht
Wir fürchten S.P.D. und Rotfront nicht.」
フォロリスはナチスの、突撃隊は進行するを口遊みながら、殺した店主が作った服に袖を通す。
新品特有の匂いを楽しみながら、店主の腕を左袖に義手のように付ける。
遠くからこの村の悲鳴、雄叫び、断末魔を歌として楽しみながら、フォロリスは散歩をする。
フォロリス達に挨拶をした少年、親切にリンゴを、余りものの食材を分けてくれた主婦、楽しく談話したご老人の死体が街に溢れている。
『何故?』『どうして?』といった念を、死んだ眼からフォロリス、否、第四十四独立前線部隊は感じた。
それがフォロリスには心地いい、この為に元の世界では殺していたと言っても過言ではないからだ。
背徳感、罪悪感、悲しみ、全てを愛おしく感じる。
これこそが侵略者の楽しみ、破壊の楽しみ、命を奪うという楽しみ!
ああ、ナチスの研究員はいつもこんな気持ちを感じれたのか! ああ羨ましい、そして尊敬に値する!
「あれ、フォロリス隊長。その左手……つうか左腕どうしたんすか? なんか、ナイフみたいなん刺さってますけど」
妊婦を楽しそうにレイピアで器用にも解剖し、胎児を貪り食っていた一人の兵士が義手について尋ねた。
いや、正しくは義手ではない。義手のようにした本物の腕だ。
「ナイフを持ち運ぶのに便利だったのでな、ちょいとばかし借りてきた。にしてもお前ら、仕事早いな。 まるで某吸血鬼漫画のロンドンみたいだ」
「……それ、褒めてるんすよね?」
「無論だ、一人一人最高に最悪で、最恐に下衆い雑魚兵士。ここまで心強く恐ろしい軍隊、そうそう存在しない」
「なんかよぅ解んねーっすけど、褒められてんすよね?
ありがとうごぜぇやす。あっ、フォロリス隊長、食いますか?」
兵士は妊婦の右腕を切り取り、フォロリスに食べるかどうか尋ねた。
「……いや、遠慮しておこう。そんな事より……」
フォロリスは自分の本物の義手からナイフを抜き取り、兵士の頭上目掛けて投げた。
回転しながらナイフは兵士の頭上を通り抜け、女性の額に突き刺さり兵士に向かって倒れる。
兵士はそれを右足で近くに蹴り置き、服を剥いだ。
「急にナイフ投げるのやめてくださいよ。さて、この女犯っていいすよね?」
「作戦終了してからにしろ、先ほどそいつは貴様を狙っていたのだぞ」
フォロリスはため息をつきながら、周囲に注意を促すように言った。
彼ら、第四十四独立前線部隊はフォロリスが入ってから犯罪者が大量に入ってきた。
彼はその一人で、罪状は死体損害。本来はあと二年と六ヶ月豚箱の中で反省しなければならないのだが フォロリスのあの言葉によって仮釈放という形で軍隊へと加わった。
噂によると彼は解体の名人で、精肉店で働いていたの事。故にあのバトルロイヤルで生き残ったのだ。
何もない空間で、相手の急所を的確に、正確に大量に攻撃を打ち込んだ。まさに殺しの技術があるという証拠と言えるだろう。
もっとも、まだまだ未熟で、先ほどのようなヘマをしたりする。だが実戦投入は可能なのだ。
言わば試作品というべきだろう、欠陥があったとしてもある程度通用するという点は。
「了解しやした、ヒャハハハハ。にしてもフォロリス隊長が隊長で良かったぜ」
「“副”だ“副”、アンドロイが聞いたら『忘れられている』とかぼやいて泣くぞ」
「ヘッヘッヘ、俺にとっちゃ自由を与えてくれたあんたの方が好きだぜ。もっとも恋愛対象は死体だが……」
「死体としたいってか、……いや、なんでもない」
フォロリスは服を剥がれた女の額からナイフを引き抜き、本物の義手に突き刺した。
死姦好きな兵士はそれを見ると痛そうな顔をしながら、次の獲物を探し殺す為妊婦からレイピアを引き抜き、フォロリスに別れを告げる。
フォロリスは分かれる前に彼に一つ忠告をした。
「一応言っておくが、今回の作戦……見敵必殺だ。おっと、死体は燃やすなよ? 後でアンドロイが利用しに行くからな」
「解ってやすって、見敵解剖でしょう?」
「素晴らしい、最高の心意気だぞ我が犯罪同志よ。人々に苦しみを不必要に与え、尚且つ助かる見込みをわざと持たせ、奪い取る。最高だ、最高すぎるぞ我が同志、我が同胞よ!」
フォロリスは上機嫌になり、イギリス征討歌を口ずさみながら彼と別れた。
他の兵士、原住民発見の為だ。
「みんな派手にやってるねー。……一応、僕の魔法制約がかかってるんだけど、みんな知らないよね。この状況から察するに……」
アンドロイは商店と人の腕や首が飛んでいる死体が並ぶ通りを眺めながら、ふと呟いた。
アンドロイの魔法、死体操作には発動条件がある。
一つ、首が繋がっている事、二つ、五体満足な事、三つ、新鮮な死体である事。
故に昔の偉人、古強者を蘇生させる事は不可能であり、可能なのは生きた偉人、古強者程度だろう。
だが、それでレベルは4。実戦で十分活躍可能なレベルなのだ。
「はあ、どうせなら皆に言っておくべきだったね」
「アンドロイ隊長、ご苦労様です」
緑髪の青年は、アンドロイに労いの言葉をかける。
もっとも、そう言う青年の左手には子供の首を手に持っている。
「……君は、僕をおちょくっているのかい?」
「いえいえ、五体満足な死体もありますよ。……四個ぐらい?」
「少ないよ、少なすぎるよ……」
イス国に攻め入るためには、出来るだけの兵力━━━それも自在に使えるだけの兵力が欲しい所。
故にアンドロイは死体を集めたいのだが……ある者は死姦をし、ある者は死体を食べ、ある者は死体にナイフか何かを投げて遊んでいる。
「……もうここまでやっちゃったら取り返しがつかないよね、いろんな意味で。
仕方ない、諦めよう! 死体を手に入れるの諦めよううん!」
「それがいいですよ、ええ。首元の肉結構柔こいですよ、食いますか?」
「お断りだよ、生肉なんてよく食えるねホント……」
青年は首皮の内側に手を突っ込み、肉を引きずりだし口に運んだ。
本来なら血抜きでもしなければ食べれたものでは無い筈なのだが、今はアドレナリンが脳内から分泌されているのか気にせずにもくもくと食べ始める。
「まあ、周囲に警戒しなよ? 僕も今から参加するし、君を守る事は出来ないし、やらないよ」
「知ってますよ。あ、マッチあります?」
「誰があんな、知らないうちに発火するような物持ち歩くか。という事さ」
アンドロイは適当な死体に素手で胴体の中に腕を突っ込み、適当な骨を勢いよく引き抜く。
まだ内部に血が残っており、殺されたばかり故か死体は生暖かった。
「じゃっ、まあ適当に頑張ってね。さあ、大量虐殺の始まりだ!」
アンドロイは笑いながら、スキップのように走る。
獲物を見つけ、刺殺する為に。
自らの殺害欲求に身を任せ。
今回はある小説家友達に協力してもらい、乗せてみました。
何かありましたら、残念ですがカットする事になりますね。他の歌を使うのは、小説家デビューしてからにしましょう。無理でしょうけど。
まあ今回はそれよりも、今回は日本語を読めるドイツ野郎がこの小説を見たらヤバい事になりそうですね。訴えられたりしたらどうしよう……?
まあでもいいですよね、ハーケンクロイツぐらい。
アニメ化されたとしても、海外に輸出する事は不可能でしょうが……。
では、また次回。いつかお会いしましょう。
To Be Continued




