第十五話 作戦準備
木製の窓から入る月光に紅い血を照らし、興味深そうに眺めているアンドロイが居た。
そう、フォロリスは無事たどり着いたのだ。この村へ、まだのどかな村へ。
「その血が、よほど気になるようだな。アンドロイ」
アンドロイの後ろから声が聞こえた、フォロリスだ。
シャワーを浴びた後なのか、髪は濡れ、いつもの血が付いていない。
緑色のバスローブを着、手には水の入った瓶を持っている。
「うーん、気になると言うか……綺麗だからね」
アンドロイの言葉を聞き、フォロリスはアンドロイに近づき、横から自らが持ち帰った吸血鬼の血が入った瓶を覗きこんだ。
アンドロイの言った通り、綺麗な輝きを放っていた。
まるでルビーを大量に透明の容器に入れ、上から太陽光を浴びせているような輝きだ。
まさに幻想的という言葉が、この血には相応しいだろう。
アンドロイは横目で、横から覗き込んでいるフォロリスを見た。
「……気になるのかい?」
「まっ、そんなもんだ。俺も好奇心旺盛なただの十七歳だからな」
フォロリスは笑いながら、部屋のベッドに横になった。
人を殺している時点で、フォロリスの住んでいた国では普通ではない。
だがこの世界……いや、あの国では普通なのだ。
人から物を盗み、命を盗まなければ生き残れない。
「さて、目的の物は手に入った。だけど……」
「まだ問題は山積み、だろ? 地形は大体覚えた為村人とのゲリラ戦はなんとかなるだろうが、アルテミアが問題だ。奴は恐らくこの村に生まれている。土地勘だけで言えば奴の方が上だろうな。
加えてこの村屈指の実力者、被害は……少なく見積もって二、三十人は逝くだろう」
「それを囚人で補給したとしても、十人は軽く減るね。
だからこそ、これをどうしても手に入れたかったんだよ」
アンドロイは手に持っていた透明の瓶を、部屋の中に居るフォロリスに見せつけるように、胸元ぐらいまで持ち上げた。
フォロリスはベッドから頭だけを起こして、不思議そうに口を開いた。
「どういう事だ?」
「君が見た魔物図鑑、あれは教会が製造したものだという事は君も知っているだろう?」
「無論だ、ただの水如きで殺される生物なんぞ聞いた事が無い」
そもそも、聖水とただの水の違いが殆ど無い。
もし吸血鬼を殺すのであれば、それに触れた人間の身体に害が無い筈がない。
吸血鬼を聖水で殺すという事は即ち、その水は毒を持っている事にかわりはないからである。
「そうだ。そして吸血鬼の殆どは平和主義の為、協会が支離滅裂な出鱈目を書いた所でバレる心配は殆ど無い。
誰も危険と言われている生物に、自ら進んで近づいて行くなんて正気の沙汰ではないからね」
「……何が言いたい? 俺はただ、強大な力、つまりただの腕力と瞬発力を手に入れるというのが目的じゃないのか?」
「いや、それはおまけに過ぎない。真に注目すべきは不老不死と差し違わない生命力&自然治癒スピード、更に自らの手ごまとして死体をゾンビに出来る能力さ!」
アンドロイは声を荒げ、テンション高く叫んだ。
アンドロイのあの熱演によって、それほどまでに素晴らしい能力なのだとフォロリスは感じた。
「……なるほど、永遠に減らない軍団か。だが、アンドロイの魔法でも出来るんじゃないのか?」
「それとはまた勝手が違う。僕のは魔力で動かしているだけで自我は無い。対して吸血鬼は自我を持たせたまま操る、永遠の服従をさせる事が可能なんだよ。
それに範囲だって、僕のは半径四十m程度だけど吸血鬼は制限が無い。命令は届かないけどね」
アンドロイの言葉を分かりやすく例えると、人形とロボットのようなものだ。
人形は人が全てを動かし、行動させる。自分の思う事をしてくれるが、自分にその技術が無ければそれは出来ない。エネルギーを補給も出来ないし、壊れたパーツを直す事も出来ない。
だがロボットは理論上可能な物だったら、プログラミングさえすれば自分に出来ない事も出来る。
自分の修理だってプログラミングさえすれば出来るし、他のロボット、壁、人だって直せるし治せるだろう。
もっともまだ、そのような精巧なロボットは造られていないが……。
「なるほど。そう考えればお前が、命を賭けて欲しがっていたのにも合点がいった。
それを知れば俺だって欲しくなるだろうな」
「まっ、僕は人間をやめる気は無いけどね。半永久的に生き続けるなんて、まっぴらごめんさ」
「だろうな。いざ死にたくなっても、踏みとどまってしまうだろうし……」
フォロリスはそう言いながら、枕に油をかけている。
枕は油と月の光によって、テカテカと光っている。
「……何をしてるんだい? ついに狂ったの?」
「俺は確実に勝つ、そういった人間だ。明日、村人共は吸血鬼退治に行く筈だ。何せ吸血鬼の事はあいつ、アルテミアに話してないんだからね」
「それとこれと、何のつながりがあると?」
「つまり、戦闘の出来る男共は吸血鬼を退治する為に村から出て行く。その隙に女子供を皆殺しにする。 そのあとでアルテミアと戦うって訳さ。で、これはそん時に使う物さ。どんな仕組みかは……時が来てからのお楽しみ」
フォロリスは油でテカテカになった枕を元の場所に戻すと、アンドロイの枕に手を伸ばした。
それを全速力で吸血鬼の血を床に置き、自分の枕を死守した。
「何をするんだ、アンドロイ」
「僕は枕が無いと眠らないたちなんだ、この枕を使えないと寝不足で殺されちゃうよ!」
フォロリスは不満足そうにアンドロイの枕を元の場所に戻し、自分の枕を床に置いてベッドで横に眠る。
その姿を見てアンドロイは大きな欠伸をし、ベッドの上に寝転がった。
「おやすみ、フォロリス」
「ああ、おやすみ」
フォロリスとアンドロイは同時に布団で顔まで隠し、眠った。
村にある一つの酒場。
フォロリス達が連れてきた人達によっていつもより賑やかになっており、床にビールで出来た水たまりが出来ている。
壁は土粘土の壁なのは、マスターがそういった家が好きだからである。
そんな酒場に似つかわしくない姿が一人……アルテミアが、酒も注文せずに悩んでいた。
何に対して悩んでいたのか、それは彼ら、フォロリス達第四十四独立前線部隊をこの村に招き入れた事である。
アルテミアは今、その彼らをこの村に招き入れた事を悔いていた。
嫌な予感はする、だがいかせん証拠が無いのだ。
自らの疑いのみで彼らを処罰するのは、アルテミア自身が許さない。
もし違っていたらどうするのだ、責任をどう取ればいい?
だがもし、もし彼らが侵略者であったのなら、その場合の責任をどう取ればいいのだろう。
そういった悩みが、アルテミアにはあった。
彼女がなまじ強い力を持ち、清く正しい心を持っているからの悩みである。
「……はあ、どうしよう」
「おや、アルテミアちゃん。何かお悩み事かね?」
アルテミアが顔を上げると、そこには程よく日焼けした、髭を生やしたおっさんが居た。
「ああ、ブランクおじさん」
「フランクだよ、アルテミアちゃん。で、どうしたんだい? 何か相談事があるのならおじさんに言ってみな」
彼、フランクはアルテミアが生まれた時から面倒を見てくれた人達の一人である。
アルテミアに戦闘の基礎技術を教えたのは彼であり、同時に育て親でもあった。
「……男、だね。もうそんな年頃か~」
「ち、違います! というか、どうしてそうなるんですか!?」
アルテミアは一瞬で顔が真っ赤になる。
思いもよらない事を言われたのだ。それに若干、気になる人が居たのだ。
「いや、隠さなくてもいいよ。おじさんは解ってるから、でも悲しいね~ホント」
「だ~か~ら~、違いますよ!」
アルテミアは左手を握りしめ、右手で胸倉を掴んだ。
フランクはそれを両手を上げ静止させようと試みる。
「ちょっ、ストップストップ! 落ち着いてアルテミアちゃん、おじさんMだけど君が殴るのはマジでガチでシャレにならないから!」
「……次言ったら、ガチで殴りますよ」
アルテミアは固く握りしめた左手を降ろし、胸倉をつかんでいた左手を離す。
フランクは自分の胸倉の乱れと整え、アルテミアの向かいの席に座った。
「で、何を悩んでいたんだい?」
「……あの人達の事です。私にはどうも、彼らが信用なりません」
「ほほう、なるほど。丁度おじさんも同じ事を思っていたんだ、おじさんにはどうも彼らを信用出来ないんだよ。特にあの、フォロリスとか言う奴が」
「ッ、そんな事はありません!」
フランクの言った言葉に、過剰に反応するアルテミア。
フランクはそんな彼女を見て、ニヤニヤと笑った。
アルテミアはそんなフランクを見て、顔を真っ赤にさせる。
「ち、違いますよ! 決してそういう意味では……」
「ほほーう、ではどういう意味なのか教えてくれるかな? ア・ル・テ・ミ・ア・ちゃん」
「いや、だから、その……あーーもう! 店主、酒大量に持ってきて!」
数分後、ワインを五本ほど持った店員がアルテミアの席に置かれた。
アルテミアはそのコルクを光る何かでねじ開け、ラッパ飲みをする。
約二分ほどで一本のボトルを飲み干したアルテミアは酔いつぶれ、机の上に思い切り体重を預けた。
「……残り、おじさんが飲まなきゃいけないのかな?」
フランクはアルテミアが無駄に注文したワインボトルを一本手に取り、大量のワインボトルの後ろに隠 れていたコルク抜きを手に持ち、コルクにねじ込んだ。
コルクを勢いよく引っこ抜くと、アルテミアのように一気に四分の一ほどを飲み、アルテミアと同じように机の上に倒れた。
今回は短かったし、戦闘も無かったのでちょっとばかし不満があります。ナムです。
早く戦闘に行きたいのですがどうにもこうにもそれまでの過程が思いつかずに……
ハッ、これが新手のスタンド使い!? な訳ないんですよね、ハハハ……はあ。
では、誤字誤植ご指摘他もろもろがありましたら感想欄へ。正直これが励みになります。
ではまた次回、いつかお会いしましょう。




