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チャイムが鳴った。
気だるい一日の授業がやっと終わった。
風貌の割には、しっかりとした歩きを見せて、現代社会の「おじいちゃん」が教室を後にするのを目で追った。
竹村がやってきた。
今朝ホームルームで話したことと同じようなことを喋り、私生活でも浮ついたことのないように、と最後に釘を刺した。
ヒロは現代社会の時のまま、机にうつ伏せになって寝ていた。
授業中に右斜め前方を見れば、大体この姿勢か、ケータイをいじっているか、漫画を読んでいるかしかない。休み時間も、たまに話にくる以外は同じ三択のどれか。
おれは、大した用もないのにトイレにたつ一択。
今日も体育の授業を受けずに、ヒロは保健室へ行った。
保健室の教員からは、ヒロはなぜか気に入られてるようだ。
中学の時もそうだったが、保健室の教員というのはその学校の、いわゆる問題児というようなタイプの生徒と、仲良くなりたい傾向がある気がしてならない。
竹村が教室を出て行った。
すぐに立ち上がり部活動の用意を始める奴、帰ろうとする奴、今日の授業のノートか何かをまとめ直すメガネの女。ご苦労様。
その中を、席と席の間をすり抜けながらヒロが近づいてきた。
メガネの女にスクールバッグが当たった。女はピクリとも動かず作業を続けた。笑えた。
「帰ろーよ」
「ああ」
机の横に掛けてあったスクールバッグに、机の中の教科書を突っ込み席を立った。
「今日もだるかったなー」
廊下は帰る奴と部活に向かう奴とでごった返していた。
「一時間目から3kmも走ったおれのほうがだるいよ」
「たーしかに」ヒロが笑いながら言った。
学校を出て、近くのバス停でバスを待った。
ヒロは相変わらず周囲の生徒の視線を集めた。
バスが来た。
ギリギリで乗れた。
最寄りの駅まで十分と少し、満員の中揺られた。まともに話すこともできなかった。
ヒロはケータイをいじっていた。
定期を見せてバスを降りた。
大体登校、下校の時に関わらず駅前にたむろしている駅近くの高校の、いかにも頭の悪そうな、時代錯誤の「ヤンキー」達が睨みをきかしてくる。睨むことで何を主張したいのかいつも疑問に思う。
彼らの座り込むすぐ目の前を堂々と歩くヒロは、さぞお怒りをかっていることだろう。
ヒロに追いつく。
階段を上り改札へ向かう。
「ミツルー、今日定期忘れちゃったからさー、後くっついていかしてー」
悪びれる様子もなくヒロが言った。
「あー?まぁいいけどさ、朝はどーしたの?車?」
「うん」
ヒロはよく母親に車で学校まで送ってもらっていた。
改札機に定期を入れる。
ヒロが後にぴったりとくっつく。
改札を抜けた。
何もなかったように歩いた。
慣れたものだった。
気の弱そうな駅員は気づいているのか、いないのか。
しばらく歩いて振り返ると、イスに座り、ガラス越しの改札機群を見つめたままだった。
「.....そーいやバスは?」
「そのまま出てきた」
この駅から、池袋方面へ二つ行くとおれとヒロが住む町の駅だ。
特別栄えているわけではないが、何かに困ることもない。
治安もさほど悪くない。
いい町だ。
電車はすぐ来た。
ヒロへの視線は、同じ車両に乗ったうちの生徒からまだ続く。
ケータイを見た。着信もメールもなかった。
時間は四時を過ぎたところだった。