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迷宮の王  作者: 支援BIS
第1部 ミノタウロス
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第5話 魔法使い





 ミノタウロスは、四階層で上への階段を探していた。


 いきなり前方の闇の中から魔法攻撃を受けた。

 ちょうど心臓の辺りに着弾する。

 体は弾き飛ばされ、ひっくり返る。


 直感が、倒れかかる体を左にひねらせた。

 すぐ右を光弾が走り抜け、地面に当たって爆発した。

 体をひねっていなかったら、致命傷を受けていたところである。


 倒れつつ体を回転させ、ごろごろと転がり、身をねじって、上半身を起こした。

 起き上がる頭部を狙い澄ましたように、光の蛇をねじり合わせたような魔法が伸びてくる。

 顔をひねってかわそうとする。

 光の槍は、噛みつくように右頬をとらえた。

 右頬は吹き飛ばされ、右目の視界は奪われる。

 激しい耳鳴りがする。


 だが、ミノタウロスの知能は、今が反撃のチャンスである、と判断した。

 これほど威力の高い魔法を三連発で放ったのだから、ここで空白の時間が生まれる。

 そう考えて、前方に駆けだした。


 すかさず雷撃が飛んで来る。

 胸のまん中に突き立ち、大きなスパークを上げる。

 巨体が吹き飛ばされる。

 ミノタウロスは、全身と脳髄がしびれるのを感じながら、それでも、岩陰に転がり込んだ。


 胸は焼けただれ、強烈な痛みが走る。

 収納袋から三本の赤ポーションを出し、一気にあおる。

 またたく間に傷が癒やされていく。


 顔を突き出して、様子をうかがう。

 相手は、近づきも遠ざかりもせず、通路のまん中に悠然と立っている。


 全身を厚手の布の服で包んでいる。

 目、鼻、口を残して、顔も頭巾で覆われている。

 特殊な防御効果を持つ服であろう。


 頭巾で覆われて見にくいが、顔には幾筋ものしわが刻まれ、白い口ひげと顎ひげを生やしている。

 老人である。

 それもかなりの高齢である。

 だが、目は若々しく、みずみずしい。


 こちらを指さす。

 火炎弾が飛んで来た。

 呪文の詠唱もなく。


 こいつは、前の魔法使いとは、全然違う。


 ミノタウロスは、そう思いながら、岩陰に頭を引っ込めた。

 ところが、軌道を変えた火炎弾に腹部を直撃された。


 魔法攻撃を曲げることができるのか!


 はみ出す臓物を左手で押さえながら、右手で赤ポーションを幾つかつかみ出して、容れ物ごとかみ砕いて飲み込む。

 光の槍が立て続けに飛んで来て、隠れていた岩を完全に破壊した。


 この魔法使いの攻撃は、一撃一撃が、致命的な威力を持っている。

 しかも、その強力な攻撃を、休みもなく続けて撃ってくる。


 ミノタウロスは、何度も殺されかけながら、次々と遮蔽物を変え、勝機を探った。

 何度か岩や飛礫を飛ばしたが、敵の体に触れる前に、ジュッと音を立てて消滅した。

 しばらくそんなことを繰り返したあと、魔法使いは両手に雷球をまとって、ふわりと飛び上がった。


 飛べるのか!


 すさまじい速度で洞窟内を飛行し、ミノタウロスの背後に回り込むと、右手の雷球で頭を攻撃してきた。

 とっさに体をひねり、向き直りざま、右手の斧で切りつける。

 だが、必死の反撃は、かすりもしない。

 魔法使いの攻撃は、ミノタウロスの左角と左側頭部を削り取り、後ろの岩をえぐった。


 ミノタウロスは、しゃにむに斧の攻撃を繰り返したが、魔法使いは宙に浮いたまま、距離を取りもせず、余裕を持って、すべてかわす。


 魔法使いが、右手の雷球で攻撃した。

 ミノタウロスの左手首の先が、斧ごと消えてなくなる。


 魔法使いが、左手の雷球で攻撃した。

 ミノタウロスの右手に持った斧が蒸発する。

 武器をなくした魔獣は、収納袋から得物を取り出そうとした。


 何かこいつを殴れる物を。


 つかんだのは、細剣使いが残した腕輪だった。

 後ろの岩を蹴って飛びかかり、腕輪を魔法使いの額にたたきつけた。

 だが一瞬早く、魔法使いは、左手を顔の前にかざす。

 雷球をまとったまま。


 ミノタウロスの右手は、その雷球に吸い込まれて溶け去るほかない。


 だが、そうはならなかった。

 当たると見えた瞬間、雷球が消えた。

 腕輪に吸い込まれるように。

 腕輪は、魔法使いの左手ごと額を打ちすえた。

 手が砕け、頭が割れる音がした。

 飛びかかった勢いのまま、ミノタウロスは、手首から先のない左手を、大きく伸ばして旋回させ、魔法使いの胸にたたきつけた。

 魔法使いの体は宙を飛んで後ろの岩にぶつかり、跳ね返って、うつぶせに岩の床に横たわった。


 まだだ。

 まだ、こいつは死んでいない。


 両手の雷球は消えていたが、魔法使いにはまだ復活と反撃の力がある、と直感がミノタウロスに教えた。

 間髪を入れず飛びかかり、腕輪で、魔法使いの後頭部を打ちすえる。

 魔法使いの頭はぐしゃっとつぶれ、頭巾の下で脳漿が飛び散る。


 そのとき、魔法使いの右手にはめた指輪が光った。

 ミノタウロスは、反射的に、腕輪を顔の前に引き戻す。

 指輪から赤く細い光が放たれ、腕輪に吸い込まれた。


 ミノタウロスは、腕輪で魔法使いの心臓をたたきつぶした。

 体の至る所を殴りつけた。

 全身がぐじゃぐじゃにつぶれるまで、殴り続けた。

 不思議なことに、どれほど打撃を加えても、魔法使いの服は破れなかった。


 びちびちっ、という音がする。

 振り返ったミノタウロスは、魔法使いの左足を見て、愕然とした。

 つぶしたはずの足が、ふくらみを取り戻し、勢いよくけいれんしている。

 その次には、ぷくりと胸がふくらみ、脈動を始める。

 体のあちこちが、生まれたての小さな命であるかのように、うごめき始めた。

 魔法使いの全身が、命を取り戻そうと、あがいているのである。


 どこだ。

 こいつの生命力の元は、どこにある。


 ミノタウロスは、ふと、気付いた。

 指輪をはめた右手。

 ここは、たたきつけてもつぶれていない。

 指輪は、まるで心臓の鼓動のように、赤く、黒く、点滅している。


 ミノタウロスは、有効な武器を求めて、左肩の上の空間に、右手を差し入れた。

 指先にふれたものがある。

 あの剣士が残した短剣だと、すぐに思い当たった。


 短剣を取り出すと、魔法使いの、指輪をはめた指に突き立てた。

 指輪は、指ごと切り離され、勢いよく飛んでいった。

 同時に、体のあちこちで起きていた脈動は止まり、全身は、ぐったりとなった。


 安心しかけたミノタウロスの鼻が、何やら焦げ臭い匂いをとらえた。

 魔法使いの背中から、黒い煙が出ている。

 不気味な生き物のような形に焦げ目が広がる。

 その形は、人のようでもあり、獣のようでもある。


 瞬間、勢いよく黒煙が立ち上り、不吉で邪悪な怪物が、現れた。

 すさまじい悪意と、強大な魔力を発している。


 怪物が、手とも触手ともつかぬ物を、ミノタウロスの頭部に伸ばしてくる。

 ミノタウロスは、傷ついた左手で、それを防ごうとする。

 あっという間に、左手の肘から先が腐り落ちた。


 ミノタウロスは、右手に持った短剣を、怪物の体の真ん中に突き込んだ。

 右手が激しく痛み、指が溶けていくのが分かったが、構わず短剣をねじり込んだ。


 「ギシャアアアアアアアッ」


 叫び声を上げ、怪物が苦しんでいる。

 短剣が、淡い緑の燐光を放っている。

 突然、怪物は、霧のように空気に溶けて消えた。


 同時に、魔法使いの体も消えた。

 あとには、驚くほどたくさんのアイテムが残された。


 ミノタウロスは、岩の上に大の字に横たわった。

 激しい痛みが体を襲う。

 またも体が造り替えられている。

 すさまじいまでのレベルアップが始まったのである。

 痛みが治まり、すべての傷は癒やされた。

 失った指も、腕も、角も、頬も、修復されている。

 ミノタウロスは、自分がとてつもなく強靱になっていることを感じた。


 しばらく休んだあと、起き上がった。

 魔法使いが残したアイテムは、残らず収納袋に入れた。

 成長にともない、収納可能数も、飛躍的に増加していた。

 今度は服も残ったので、それも拾った。

 これほどの強敵を倒した証を、ひとかけらも残すことは許されない。


 それにしても、何という敵であったことか。


 広い場所であれば殺されていた。

 あの腕輪がなければ殺されていた。

 あの短剣がなければ殺されていた。

 ポーションがなければ殺されていた。

 ここまでに力と経験を蓄えていなければ殺されていた。


 人間とは、すごいものだ。

 あそこまでになれるのだ。

 ならば、俺も、まだまだ強くなれる。


 体は疲れ切っていたが、気持ちは高ぶっていた。

 階段を探して上っていった。

 何度か人間と出遭ったが、相手は逃げるばかりで、戦闘にはならない。





 直感は、ここが最上階層と教えている。

 ここに外への出口がある。


 ミノタウロスは、迷宮のしくみを振り返った。

 各階層は、回廊と部屋でできている。

 各階層のモンスターは、その階層にしかおらず、他の階層に行くことはない。

 階段が目に入っていないようだ。

 モンスターは、回廊をうろつくこともあれば、部屋にいることもある。

 モンスターによって、どちらか片方を好むようだ。


 各階層には、ボスモンスターが、一体だけ出現する。

 ボスモンスターの居場所は決まっている。

 モンスターも、ボスモンスターも、殺されたあと、しばらくすると、湧いてくる。


 各階層には、階段が、それぞれ二か所ある。

 一つの階段は、上の階層につながり、一つの階段は、下の階層につながっている。

 上の階層ほど、モンスターは弱い。


 考えながら歩いているうちに、今までになく明るい光が差し込んでいる部屋があった。

 あそこだ。

 あそこに、強い光があふれている。

 あの向こうに、迷宮ではない世界があるに違いない。


 そう思って部屋に入ったミノタウロスが見たものは、ちゅうちゅう鳴くちっぽけなモンスターに、ずいぶんちっぽけな人間が、とどめを刺すところだった。


 若い、というより、幼い。

 明らかに、まだ戦える年齢ではない。

 その少年は、モンスターを倒したときに現れた銅貨を、大事そうに拾い、腰の袋に入れた。

 そして、顔を上げて、ミノタウロスに気付いた。


 部屋は、かなり広く、あちこちで、ちゅうちゅう鳴くちっぽけなモンスターが走り回っている。

 しかし、少年のほうを攻撃するようでもない。

 このモンスターは、自分からは攻撃しないのだな。

 ここまでに出遭っていないということは、部屋にたむろするタイプなのだろう。


 部屋の端には、短い横穴があり、そこから、まぶしい光が差し込んでいる。

 あそこだ。

 あそこが、外への出口だ。


 ミノタウロスは、ふと目線を下ろして、驚いた。

 少年がいた。

 泣きも、へたり込みもしていない。

 こちらをにらみつけ、武器を構えている。

 武器といっても、ごくお粗末なナイフである。

 この少年からすれば、このナイフは、大きな斧のように感じられるだろう。


 なぜ逃げないのだろう。

 弱き者は、すぐ逃げるものなのに。

 お前は決して、俺に勝てないのに。


 ミノタウロスは、あらためて、その小さな人間を見つめた。

 傷だらけである。

 顔も、むき出しの腕も、ぼろきれをくくりつけた足も。

 粗末な服も、至る所が破れ、血がにじんでいる。

 ここのちっぽけなモンスターも、この少年にとっては、強敵なのであろう。

 顔に飛びつかれ、体にまとわりつかれ、手や足をかじられ、闘ってきたのだろう。


 何のために?

 おそらくは、あの小さな茶色の、丸い金属のために。

 それにしても、いい目だ、とミノタウロスは考えて、突然理解した。


 そうだ。

 これは、同じ目だ。

 あの細剣使いと、同じ目だ。

 闘う者の目だ。


 思わず、ミノタウロスは、右手に握った短剣を振り上げていた。

 すると、いよいよ驚いたことに、少年は、走り寄って来る。

 走りながら、腰だめにナイフを構えると、腰を回して、武器をミノタウロスの左足に打ち込んできたのである。


 あきれるほど、遅い動作だ。

 信じられないほど、重さに欠ける打撃だ。

 こんなもので、本当に俺と闘うつもりなのか。


 だが、弱々しくはない。

 その剣尖の軌跡は、美しささえ感じさせた。

 ミノタウロスが、あきれながら見るうちに、少年の剣は、牛頭の怪物のくるぶしのすぐ上に当たり、


 そして、食い込んだ。


 食い込んだ、どころではない。

 刃幅の半ばが、足の筋肉に食い込んだ。

 残りの半分は体毛で隠され、剣全体が巨獣の足に吸い込まれたように見える。

 ミノタウロスは、驚愕した。

 自分の強靱な肉体を、この貧相な武器が傷つけるとは。

 いったい、何が起こったのか。


 そのとき、ミノタウロスは、足に妙な気配を感じた。

 見ると、少年が、ずりずりと崩れ落ちていた。

 ミノタウロスは、思考が麻痺したまま、しばらく動かなかった。

 すると、すうすうという寝息が、少年から聞こえてきた。


 そうか、この少年は。

 先ほどの一撃で、残された気力と体力を、使い果たしたのだ。

 そして、気を失い、俺の左足の五本の指を寝床にして、今眠っているのだ。


 ミノタウロスは、少年を抱き上げ、岩の上に寝かせた。

 左足に食い込んだままのナイフを、足から抜き、少年の傍らに置いた。


 この少年は、力も技も、まともな武器も持たない。

 だが、先ほどは、すばらしい攻撃を見せた。

 成長すれば、やがて、好敵手として、俺を楽しませてくれるに違いない。


 いつかこの少年と闘えると、ミノタウロスは予感した。

 その日のために、自分はまだまだ強くならねばならない。

 その予感は、確信に近い思いとなって、ミノタウロスの胸に降りてきた。


 それにしても、今、俺は勝ったのか、負けたのか?

 この少年は、勝ったのか、負けたのか?


 しばらく考えたが、結論は出なかった。

 間違いないのは、この少年が、よい闘いをしたということである。

 よい闘いは、報われねばならない。

 ミノタウロスは、左手に持っていた腕輪を、少年の胸の上に置いた。


 顔を上げて、出口の明かりを見た。


 あの向こうには、この少年の世界がある。

 だが、あの、やたらまぶしい光を見ていると、あの中には踏み込みたくない、という思いが強くなる。

 あれは、俺の住むべき世界ではない。

 あそこは俺を喜ばず、俺もあそこを喜ばないだろう。


 次に、今まで来たほうを振り返った。


 歩いてきた道を思い出すと、頭の中に、各階層のマップが浮かんだ。

 自分の世界は、ここから始まり、下層へと続いている。

 自分が生まれた階層には、下に降りる階段もあるのではなかろうか。

 その下には、さらに深い階層があるのではなかろうか。


 きっと、そうだ。

 下に、下に、俺の世界は続いている。

 下に行くほど、強い敵がいる。

 強い敵こそ、俺の友であり、出遭うべき相手だ。

 俺は、すべての友を殺す。

 それが、世界が俺に求めることであり、俺が世界に求めることだ。


 ミノタウロスは、これまでにない強烈な飢えと、暴力的なまでの歓喜を感じた。

 昂然と、きびすを返して歩き始めた。

 下に向かって。






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