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迷宮の王  作者: 支援BIS
第1部 ミノタウロス
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第3話 冒険者パーティー



 何かが近づいて来る気配に、ミノタウロスは目を覚ました。

 両手に斧を持って立ち上がり、入り口のほうを見つめた。


 入り口に、一人の男が現れた。


 「いたぜ」


 男はそう言った。

 身軽そうな装備をしている。

 小柄な背中から短弓がのぞいている。

 男はスカウトであった。


 「いて当然よね。

 フロアボスがボス部屋を出て歩き回ってるなんて、冗談じゃないわ」


 答えたのは、後ろから現れた若い女である。

 右手には短い杖が握られている。

 魔法発動の依り代となる杖である。


 「ええ。

 それはそうですね。

 でも、九階への階段付近でミノタウロスを見かけたと報告しているのは、マルコですからね。

 いいかげんなことを言う人じゃない。

 それに、十階のあちこちで、放置された銀貨やポーションが見つかってるのは間違いないですよ。

 現にぼくたちも、拾ってきたじゃないですか」


 三人目は、がっしりした大柄な青年で、幅広の長剣を持っている。

 胸、肩、額、腕などは金属板に覆われており、防御力の高そうな剣士である。



 「で、どうするー?

 このまま帰るか?

 倒しておくかあ?」


 スカウトの軽口に、魔法使いの女が答える。


 「このミノタウロス、気にくわないわ」


 眉間にはしわが寄っている。口調は吐き出すようである。


 「なんで、こいつ、あたしらを見ても、吠えないの?

 突っかかって来ないの?

 なんで、こいつ、偉そうに立ったまま、値踏みするように、こっちを見てるの?

 こいつ、やっぱり変よ」


 「そういや、そうだな。

 ミノタウロスとは、一回しか闘ったことないけど、あんときとはずいぶん違う感じがするぜ」


 「倒しましょう。

 恩寵付きのバスターソードが出たら、下さいね。

 そのほかの物なら、お二人でどうぞ」


 「いや、そりゃ出ねえだろう。

 相当なレアドロップだぜ。

 恩寵バスターソード狙いで、五十体以上ミノタウロス狩り続けたけど、結局ドロップしなかったってやつの話を聞いたことあるぜ」


 「それ、ぼくです。

 あと、まだ四十九体なんです。

 次こそ出そうな気がします」


 「お前だったのか。

 それにしても、そんだけの数、一人で倒したのか?

 すげえな。

 つか、ボスを独り占めすんな。

 つか、今日も一人でやれ」


 「だめよ!

 あたしも、普段ならミノタウロスは、一人で狩るわ。

 でも、こいつはだめ。

 悪い予感がするの。

 全員でかかるのよ。

 パジャ、指揮お願い」


 「へいへい。

 じゃ、戦闘隊形」


 すっと、三人はフォーメーションを組み替えた。

 先ほどまでは、探索用のフォーメーションであったが、これは戦闘用のフォーメーションである。

 剣士が前に立ち、距離を置いて魔法使いが、その斜め後ろにスカウトが立つ。

 臨時パーティーではあるが、お互いの特性やスキルは確認済みである。


 「シャル、足止め準備。

 レイ、そのままの速度で接敵。

 接敵したら、タゲ取り。

 防御主体で敵を引きつけてくれ。

 シャル、足止め発動後、詠唱の速い攻撃呪文を連発。

 俺がアイカロスを射ったら、威力の大きい魔法を準備」


 そのまま三人は、生き物のほうに進んで行く。


 やっぱりでかいなあ、とレイストランド・ユリオロスは思った。

 三人の中ではずば抜けて大きい自分の背丈が、このミノタウロスの肩までしかないのである。


 今まで遭った中で、一番大きいミノタウロスだな。

 威圧感、すごいや。


 だが、これを足止めするのが、前衛たるレイストランドの役目である。

 それに、すぐ魔法が来るだろう。


 「アースバインド」


 シャルリアが発動呪文を唱える。

 ミノタウロスがレイストランドを攻撃の間合いにとらえる直前、突進は突然止められた。

 地面から黒い木の根のような物が出て、足にからみついている。


 そのすきを逃さず、レイストランドは左足を大きく踏み込み、剣を右後ろに引いてから、たっぷり加速を付けて、両手剣をミノタウロスの脇腹にたたき込む。

 強靱な筋肉の鎧に覆われたミノタウロスであるが、ここは刃が通りやすいのである。


 驚いたことに、刃は筋肉に弾き返された。

 が、確かに傷は付けた。

 これでタゲは取った、と思いながら、レイストランドは小刻みな攻撃を仕掛けようとした。


 そこに左手の斧が横から切り込んで来た。

 重量のある攻撃なので、カッティングでは、そらしきれないと判断。

 両手剣を下からかち上げて、手斧の軌道をそらす。


 上から右手の斧が、うなりをあげて降ってきた。

 左手の斧をそらすために両手剣に力を込めた瞬間に攻撃されたので、迎撃できない。

 身をそらしながらのバックステップで、かろうじてかわした。


 「うわっ。

 あ、危なかった」


 確かに、今まで闘ったミノタウロスとは違う、とレイストランドは思った。


 パジャ・ン・ド・マユルは、自分の目を疑った。

 今、このミノタウロス、フェイント使わなかったか?

 いや、何を馬鹿な。

 気のせいだ。


 だが、優れたスカウトであるパジャは、一目見たときから、これが尋常なミノタウロスでないと気付いていた。

 軽口をたたきながらも、胸中には悪寒がふくれあがってきていたのである。

 いきなりアイカロスなどという強力な毒矢の使用を作戦に組み込んだのも、スカウトとしての嗅覚がなせるわざであった。


 「アイス・ナイフ」


 再び、シャルリアの発動呪文が唱えられ、氷のくさびがミノタウロスを襲う。


 「アイス・ナイフ」

 「アイス・ナイフ」

 「アイス・ナイフ」

 「アイス・ナイフ」


 立て続けに発動呪文が唱えられる。

 この魔法は、比較的短時間の準備詠唱のあと、魔力と技術に応じて複数の発動ができる点に強みがある。

 それにしても、これほど短い間隔で5本の連続発動ができるのは、この女魔法使いの技量の高さを示している。


 一本目のアイス・ナイフは、顔を狙った。

 続く四本は、胸を狙った。


 ミノタウロスは、左手の斧を顔前に掲げて、一本目を防いだ。


 こしゃくな真似を、とシャルリア・リードは思った。

 だけど、これでこちらの勝ちよ、と心の中で続けた。


 一本目は注意を引きつけるのが目的。

 続けて四本ものくさびが飛んで来れば、それをかわすか、迎撃しようとする。

 ところが、足は地に縫い付けられているので、大きくは動けない。

 腹部を狙えば、はずすことはない。


 四本のアイス・ナイフに気を取られた隙を突いて、パジャの短弓から毒矢が飛ぶ。

 アイカロスの矢は、特別な準備を要し、気軽には使えないアイテムである。

 強力な麻痺毒を持つうえに、狙いを外さない祝福がかけられている。

 すぐにこの矢が怪物に突き刺さり、勝負は一方的なものになるであろう。


 音もなくパジャが矢を放った。


 ミノタウロスは、四本のアイス・ナイフに目もくれず、毒矢だけを左斧ではじいた。

 四本のアイス・ナイフのうち三本は、ミノタウロスの腹と胸に刺さり、一本は左腕に刺さった。

 痛みを覚えながらも、ミノタウロスは、右手の斧で剣士を攻撃し続けた。

 剣士に攻撃の余裕を与えないように。


 三人の冒険者は、あぜんとした。

 ひょっとして、意識して毒矢だけを防いだのか?

 いや、偶然に決まっている。


 偶然にせよ、毒矢が不発に終わったのは痛手である。

 アイカロスの矢は、神殿での儀式で作られる。

 高価なのである。

 そして、一度撃てば魔力は消費され、二度と使えない。


 今回の依頼は、ギルドに貸しを作るつもりで、安い報酬に目をつぶって受けた。

 消耗品の経費は、三人で均等に分担する約束である。


 こんちくしょうめ。

 こうなったら、高めのアイテムをドロップしやがれ。


 三人の心は一つになった。


 ミノタウロスは、いらいらしていた。

 足止めの魔法がかけ直され、剣士は右側に、スカウトは左側に回り、攻撃角度を広げたうえで、絶え間なく剣戟と攪乱射撃を繰り返してくる。

 魔法使いが撃ってくる氷のナイフは、一撃の威力はそれほどではないが、確実に傷を増やしていく。

 ミノタウロスが流した血は、足元の岩場に血だまりを作っている。


 うっとおしい。うっとおしい。うっとおしい。


 一人一人は、さして強力な敵であるとは思えない。

 だが、三人で連携されると、どうにも闘いにくい。

 こんな相手に翻弄されているおのれが、あまりにはがゆく、許せなかった。


 三人の冒険者は、あせりを覚えはじめていた。


 こんなはずではなかった。

 確かにミノタウロスは、この辺りの階層では強力なボスモンスターであり、Cクラス冒険者がソロで討伐すれば、無条件にBクラスにランクアップできる。


 しかし、しょせんは、馬鹿力とタフさだけが持ち味の、基本的には近接攻撃特化型モンスターであり、Bクラスでも上位にある3人がパーティーを組めば、楽勝で倒せる相手のはずなのである。


 それなのに、攻めきれない。


 毒矢ははじかれ、スカウトの矢玉はことごとく退けられた。

 アイス・ナイフをはじめ、手数の出る魔法攻撃で、着実に傷を増やしているが、ミノタウロスは、巧妙に体の中心線は守り続け、急所への被弾はない。

 血は流しながらも、動きは少しもにぶくならない。

 まるで無限の体力を持っているかのようである。

 アースバインドが効いているから何とか互角に戦えているが、どこまでねばれば倒せるのか、見当もつかない。


 レイストランドは、いつもであれば、相手を怒らせてから、すきをついて手足を切り落としていき、最後に首を落として、ミノタウロスを倒す。

 だが、このミノタウロスは、手足を切り落とせるすきを、まったく見せない。


 シャルリアは、いつもであれば、足止めしたうえで、小刻みな攻撃を続け、相手が武器を取り落としてから、フレイムボールでとどめをさす。

 しかし、このミノタウロスは、斧を取り落とす気配を見せない。

 フレイムボールの詠唱でじっとしているところに、斧を投げつけられる危険は冒せない。


 パジャは、ソロでミノタウロスと闘うのは、相性がよくない。

 それでも、毒矢さえ当たれば、勝つのはやさしいのだが。


 冒険者たちは、体力回復の赤ポーションと、精神力回復の青ポーションを断続的に摂取することで、かろうじて戦闘力を保っていた。

 だが、物資には限りがある。

 特に、シャルリアは、アースバインドを放つたびに青ポーションを飲み、残数が少ないので、もうあまり長くは闘えない。

 パジャの使う短弓は、20階層のボスモンスターからドロップしたレアアイテムで、通常攻撃であれば矢の補給が必要ないが、そのぶん精神力を消費する。

 こちらも、青ポーションの残量は多くない。

 また、いくらポーションを飲んでも、集中力は回復しない。

 心の疲労はたまっていくのである。


 やがて均衡は崩れるであろう。


 どれほど攻防を繰り返したか。

 ミノタウロスのいらだちは頂点に達した。

 突然、防御の構えを解くと、顔をしかめて息を吸い込み始めた。


 「いかん。

 黄ポ準備っ。

 ハウリングが来るぞ!」


 三人は、装備帯から黄ポーションを取り出し、口に含んだ。


 ブオォォォォォォォォォォォォォォォーーーーー!!


 ハウリングが三人をとらえる。

 冒険者たちは、すかさず口腔内のポーションを飲み込む。

 効果はすぐに現れた。

 黄ポーションには、状態異常を解除する効果があるのである。


 「やむを得ん。

 もう一本アイカロスを使うぞっ」


 パジャの叫びに、シャルリアもレイストランドも、安堵感が腹の底から湧いてくるのを感じた。

 予備の毒矢を使うことで、赤字は確定であるが、この堪えきれない膠着状態を終わらせてくれるなら、もうそれでよかった。


 だが、そのとき。


 ブオォォォォォォォォォォォォォォォーーーーー!!


 「えっ?」

 「うわわっ」

 「馬鹿なっ」


 二度目のハウリングが三人を襲った。

 三人は、この攻撃を予期していなかった。


 ミノタウロスのハウリングは、一度使用すると、次に使用できるまで長いブランクタイムがある。

 事実上、一度の戦闘では一度しか使えない。

 だから、これはあり得ない攻撃なのであった。

 まさか、このミノタウロスがレベルアップしたために、スキルもランクアップしていたとは、想像もできなかった。


 三人は、何とか黄ポーションを取り出そうとするが、体の自由は利かない。


 シャルリアは、杖の根本を口に押し込んで、かみしめた。

 この杖は、エルフがトネリコの木で作った物である。

 魔除けの効果があり、また、精神力を高める効果がある。


 状態異常が少し緩和されると、シャルリアは、一か八か、フレイムボールの準備詠唱を開始した。


 いくらこいつでも、フレイムボールが直撃すれば、ただでは済まないはず。


 だが、シャルリアの魔法準備を、ミノタウロスは見逃さなかった。

 ミノタウロスは、右手の斧をくるりと回すと、鋼鉄の斧頭で、足下の岩を打った。

 岩は飛礫となってシャルリアに襲いかかり、顔に、胸に、腹に、足に、いくつもの穴をうがった。

 詠唱は中断された。


 冒険者たちは、さらに信じられない光景を目にする。


 ミノタウロスは、ひときわ高く怒りのうなり声を上げると、アースバインドを引きちぎったのである。

 魔法が砕け散る音が響き、束縛の効果は完全に消滅した。


 シャルリアは、痛みでもうろうとしながら、恐怖の目で怪物を見た。

 ミノタウロスが、いったん発動したアースバインドを自力で脱することなど、あり得ない。

 だが、現にミノタウロスは自由を取り戻し、自分たちは動くこともままならない。


 まず剣士の首が飛んだ。


 次に盗賊が唐竹割にされた。


 最後に魔法使いがくしゃりとつぶされた。


 こうして戦闘は終わった。

 三人の死体は消え、あとには所持していたアイテムが残った。






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