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迷宮の王  作者: 支援BIS
外伝
41/44

ヴァンデッサの盾 第6話(了)




 10


 ミノタウロスが、咆哮(ほうこう)を上げた。

 防御も忘れ、長剣を戦士に向かって振り上げる。

 ばきばきばきっ、と不気味な音がして、ミノタウロスの下半身を縛り付けている氷の(いばら)が次々に断裂する。

 長剣が振り下ろされる。

 戦士は、牛頭の怪物の恐るべき気迫にひるみながらも、怪物の剣を左手のソードブレーカーで受けた。

 そのまま渾身の力を込めて左手をねじる。


 ばきんっ、と音がして長剣が折れた。


 ミノタウロスは、剣の残骸を魔法使いたちに投げつけた。

 二十歩ほど離れた青い障壁に、剣の残骸が見事に命中する。

 けたたましい音が鳴って、青い火花のようなものが飛んだが、それだけである。

 攻撃魔法使いの準備詠唱が進む。

 青い障壁の上に魔法陣が出現し、巨大な氷の妖精が姿を現す。

 支援魔法使いの掛けた精神力強化が効を奏し、攻撃魔法使いの詠唱は中断しない。

 アイゼルは、氷の(いまし)めを補強しようと準備詠唱を開始する。


 戦士は、フランベルジェをミノタウロスの胸板めがけて突き込む。

 ミノタウロスは傷だらけの左手を差し出す。

 その手のひらをフランベルジェが突き破り、勢いを失わず突き進む。

 ミノタウロスは、貫かれた左手で剣を握り込もうとする。

 指が、ぼとぼとと切れ落ちるが、ミノタウロスの左手の筋肉と骨の圧力で剣の勢いは落ちる。

 切っ先がミノタウロスの胸に突き刺さるが、致命傷には至らない。


 氷の荊が再び勢いを取り戻し、ミノタウロスの下半身は白い縛めにすっかり覆われている。

 ミノタウロスは、剣に貫かれた左手を引こうともしない。

 逆に貫かせたまま伸ばして、戦士の右手を剣のつかごとにぎりしめた。

 あわてて戦士は剣を引くが、ミノタウロスの握力と胸の筋肉はそれを許さない。

 スカウトは弓を構えているが、戦士とアイゼルが邪魔で、矢を撃てない。


 ここに、ミノタウロスが乗じるべき、ほんのわずかな隙が生まれた。


 ミノタウロスは、右手を左肩の上に差し伸べると、特殊インベントリから何か大きな物を取り出した。

 同時に左手を放す。

 抵抗を失って戦士が後ろに転倒する。

 そのとき、攻撃魔法使いが、発動呪文を高々と唱えた。


ジャッジメント(裁きの)アゴニー(痛苦)!!」


 攻撃魔法使いの頭上の、光輝く十二枚の翼を持つ氷の妖精が、閉じていた目を見開いた。

 その差し出した両手から破城槌(はじようつい)のごとき巨大な槍が飛び出して、螺旋(らせん)の光彩を放ち、白銀の粉をまき散らしながらミノタウロスを直撃した。


 あわてて飛びのくアイゼルの眼前で、妖精の槍は爆発し、跳ね返った欠片が無数のつぶてとなってアイゼルを襲った。

 痛みを感じながら、しかしアイゼルは、復讐を果たした歓喜に満たされた。

 ヒュドラの首さえ爆散させる、極大攻撃魔法である。

 今、ミノタウロスは死んだのだ。


 ミノタウロスは死ぬ直前、大きな盾を取り出したようであったが、いかなる盾でもこの攻撃は防げない。

 愚かなやつだと、アイゼルは嘲笑を浮かべた。

 だが、着弾の余波が収まったとき、そこにあったのは、ずたずたに引きちぎられたモンスターの死骸ではなく、城のように泰然とたたずむ一枚の巨大なタワーシールドであった。


 あぜんとした冒険者たちは、一瞬、次の行動に移れなかった。

 ミノタウロスも、とっさに出した盾で魔法攻撃が防げたことに驚いていたが、時間は無駄にしなかった。

 盾の陰で赤青黄のポーション十数個をわしづかみに取り出して口に入れ、ばりばりと噛んで飲み下したのである。

 そして、盾の両側を持って持ち上げると、がつんがつんと、盾の底部で氷の(いまし)めを打ち砕いた。

 はっとしたアイゼルが、ミノタウロスの後方に回り込みながら、メンバーに指示を飛ばす。


「俺とゾルディックとヤーバで、三方向から攻め立てる。

 ハイゼル!

 やつから盾を奪いたい。

 盾を凍り付かせるような魔法を頼むっ。

 どんどん青ポ使えよ!

 あとで払うからなっ。

 オーギュスト!

 俺とゾルディックにヒールをっ。

 それから、サルマス!

 ヘイスト切れちまったぜっ」


 このとき、冒険者たちは、ミノタウロスが取り出した盾の性能を見極めるべきであった。

 ミノタウロスの能力や反応を観察し、戦術を立て直すべきであった。

 いまだ勝負のアドバンテージは、冒険者たちの側にあったのである。


 だが、アイゼルは、ミノタウロスがすでに瀕死(ひんし)のダメージを負っている、と考えた。

 もう左手は使い物にならないほどのダメージを受けているし、全身に傷は深く、下半身もずたずたで、移動は封じている。

 大型攻撃魔法は、なぜか防がれてしまったようであるが、まったくダメージを受けていないはずはない。

 ゆえに、今こそ一気に攻め立てるときである、と判断した。

 アイゼルの状況分析には、いくぶん希望がまじっていたかもしれない。

 いずれにせよ、この判断が、勝負の天秤(てんびん)を、ミノタウロスのほうに傾けた。


 戦士がミノタウロスの右側面に飛び込んで、右手の長剣と左手のソードブレーカーで、矢継ぎ早に攻撃を叩き込む。

 ミノタウロスが、左手に持った盾で鮮やかにこれをさばく。

 巨大なタワーシールドなのであるが、ミノタウロスが扱えば、まるで軽量の丸盾である。

 正面やや左からスカウトが矢を撃ち込んでくる。

 ミノタウロスは、さっと盾を回して矢を防ぐ。

 その隙に右手の剣を突き込む戦士。


 だが盾の陰からマンティスの鎌剣が飛び出して、戦士の右手を二の腕から切り落とそうとする。

 あわてて飛びのく戦士は、斜め上から降ってくる巨大な盾に驚愕した。

 タワーシールドというものは振り回して使うものではない、という先入観が、戦士の反応を遅らせた。

 ぶんと振り回されたヴァンデッサの盾が、戦士を直撃し、吹き飛ばした。


 ミノタウロスの後ろに回り込んだアイゼルが、拘束魔法を使おうとする。

 ミノタウロスは、戦士をはね飛ばした勢いのまま盾を回転させ、魔法を防ぐ。

 はじかれ、拡散する魔法。

 怪物が取りだした盾は、攻撃魔法のみならず、拘束魔法さえ防いでしまうようである。


 ミノタウロスが、突進(チャージ)を発動し、盾を前に構えてスカウトに飛び掛かる。

 スカウトは、つがえた矢を射ると、それが盾に当たって跳ね返されるのを見もせず、じぐざぐに逃げ出した。

 ところがミノタウロスは、盾を前に構えているにもかかわらず、スカウトを正確に追尾する。


 ミノタウロス自身、盾を構えて知ったことであるが、ヴァンデッサの盾には、上部に大きなのぞき窓が付けられているのである。

 それは穴ではない。

 盾の一部が、内側からだけ透明化されているのである。

 その部分の強度が劣るわけではないことは、すでに実証済みである。

 これなら盾の陰に隠れたまま正確な防御ができるわけだと、ミノタウロスは納得した。


 標的に追いついたミノタウロスは、盾をぐいと押し出して相手にぶつける。

 よろけた相手に、盾の陰から繰り出した鎌剣で切りつける。

 スカウトは、右肩から腰までを切り裂かれて倒れた。

 血と臓物が、ざばり、とあふれ出る。


 この間、アイゼルは、アイス・ナイフを何本か(はな)っており、そのほとんどが命中していたが、ミノタウロスには足止めにもならない。

 そこで、より強力な魔法を撃つため、準備詠唱にかかっていた。

 ミノタウロスは、アイゼルが攻撃の準備をしていると見て、鎌剣を投げつけた。

 不気味に折れ曲がった巨大な剣が、回転しながらアイゼルを襲う。

 詠唱中であったため反応が遅れ、アイゼルは、右足を膝の部分で断ち切られた。


 ミノタウロスの目の前に青い障壁がある。

 中では攻撃魔法使いが準備詠唱をしている。

 ミノタウロスは、ヴァンデッサの盾を大きく振り上げ、障壁にたたき付けた。

 大きな音がするものの、障壁はびくともしない。


 そのとき、フランベルジェが飛んできた。

 盾を振り上げて無防備になったミノタウロスの胴体めがけ、回復魔法で回復した戦士が投げつけたのである。

 斜め後ろから飛んで来たフランベルジュを、ミノタウロスは恐るべき勘で察知し、とっさにかわした。

 と同時に、フランベルジュが飛んできた方向に、タワーシールドを投げつけた。

 考えての行動ではない。

 攻撃してきた者に攻撃を返すという本能的な反射行動である。

 ヴァンデッサの盾が空飛ぶ超重の凶器となって戦士を襲った。

 かわすこともできずに激突し、頭と肩と胸を砕かれて、戦士は死んだ。


 攻撃魔法使いの準備詠唱が終わろうとしている。

 頭上には、二十を超える小さな魔法陣が回転している。

 ミノタウロスは、素早く大きく息を吸うと、焼け付く息を青い障壁の中に吹き付けた。

 高熱のブレスはやすやすと障壁を素通りし、中にいた三人に襲い掛かった。

 三人は慌てて逃げようとしたが、青い障壁はその通過を許さない。

 わずか数節の解除呪文を唱える余裕もないまま、三人は焼き尽くされ死んだ。

 青い障壁の中は、三人のドロップ品であふれた。






 11


 勝った。


 この勝利は、疑いもなく、あの盾がもたらしてくれたものである。

 よい板きれを手に入れた、という喜びを、ミノタウロスは味わっていた。


 と、ミノタウロスの耳が、何かを捉えた。

 見れば、殺したはずのスカウトが、ヴァンデッサの盾をつかんで逃げようとしている。


 ミノタウロスは、かっと頭に血を(のぼ)らせて駆け寄り、不届き者の顔面を右の拳で殴打した。

 スカウトの頭蓋ははじけ飛び、すぐに体は消えて、装備とインベントリの品が残された。


 死んだと見せたのは、特殊スキル〈幻影(イリユージヨン)〉によるものであり、気付かれずに盾の所まで移動できたのは、特殊スキル〈隠形(ハイデイング)〉によるものである。

 しかし、新たに何かを持とうとしたり、攻撃しようとすれば、一度隠形を解かねばならない。

 盾を奪おうとさえしなければ、スカウトは逃げ去ることができたであろう。


 ずるずる、ずるずる、と音がする。

 アイゼルがはいつくばって移動している音である。

 赤ポーションを飲み、体の修復は始まっているが、いまだ痛みもしびれも強く、歩行はできない。

 それでも、必死に匍匐(ほふく)して、この場を逃げだそうとしている。

 もはやこの闘いに勝機はないと見て、他日の復讐のために、いかほどみじめな姿をさらしてでも生き延びようとしているのである。


 ミノタウロスは、黙って見つめた。

 入り口にたどり着いたときには、もう立ち上がれるほどに回復していた。

 立ち上がったアイゼルは、振り返り、憎しみそのものの目線でミノタウロスを射貫(いぬ)くと、よろけながら走り去った。


 人間がすべて消えてから、ミノタウロスは、まずヴァンデッサの盾を拾い上げ、次に鎌剣に歩み寄って、拾い上げた。

 そのとき、ミノタウロスの胸に、ある思いがよぎった。

 人の言葉でいえば、自分にとってこの板きれは何か、という思いである。


 ミノタウロスの心には、引っ掛かりがあった。

 先ほど、けしからぬ人間が、この板きれを盗み去ろうとしたとき、自分の心の中に湧いた感情。

 それが引っ掛かっていた。


 この強力な板きれが失われるかもしれない、と思ったとき、自分の心の中に生まれた感情。

 大きな怒りとともに、わずかに、わずかに、湧きあがった感情。

 それは、(おび)えである。

 この板きれを失ってなるものか、という小さな(おそ)れが、ミノタウロスを怒らせた。


 ミノタウロスは、右手に持った鎌剣を見た。


 剣は、よいものだ。

 俺を強くし、強い俺を引き出してくれる。

 この剣がなくなっても、俺の強さは残る。

 よりよい剣を手に入れ、その使い方を学ぶことで、俺はどんどん強くなる。

 だが。


 ミノタウロスは、左手に持った盾を見た。


 この板きれは、強い敵に勝たせてくれた。

 だが、この板きれは、俺を強くしてくれるのか?

 この板きれの後ろに隠れて闘い、この板きれを失う不安に怯えるのが、俺の望む強さなのか。


 しばらく見つめるうちに、いいようのない怒りが噴き上がってきた。

 ミノタウロスは、左手一本でヴァンデッサの盾を高々と持ち上げると、思い切り地にたたき付けた。

 ぐわん、がらんと音を立てて、盾が転がる。

 両手で鎌剣を持つと、渾身の力を込めて、盾を殴りつけた。

 大きな音はするが、盾はそれ以上の反応を返さない。

 ミノタウロスはあふれ出す激情のまま、何度も何度も盾に切りつけた。

 その数が三十数度を数えたとき、鎌剣は折れ、折れた剣先が天井に届くほど跳ね上がった。


 じっと盾の表面を見る。

 そこには、ほんのわずかな傷が幾筋かついているばかりであった。


 いくら力を込めても、この板きれにかすり傷しか付けられない。

 これが今の俺だ。

 この板きれの力を借りて強い敵に勝ったとしても、それは俺の強さではない。

 この板きれの陰に隠れて強いふりをする。

 そんなものは、俺の求める強さではない。


 俺の求める強さとは。

 俺の求める強さとは。


 どんな攻撃にも耐えられるおのれ自身の強さだ!

 この板きれをも一撃で断ち割る強さだ!!


 折れた鎌剣をその場に捨てると、ヴァンデッサの盾に背を向け、ミノタウロスはボス部屋を出て行った。

 強さを得るためのさらなる闘いを求めて。






 優れた武具には(たましい)宿(やど)るという。

 希代の名工により生み出され、ケルガノス歴代の武徳を浴び続けたヴァンデッサの盾は、今、使用者を失い、薄暗い迷宮のボス部屋に転がっている。

 静かに、静かに。

 (にぶ)い銀色の光を放ちながら。

 この盾は、使い手を得て再びミノタウロスとまみえるまで、いくばくかの時を待たねばならない。






(了)







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