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迷宮の王  作者: 支援BIS
外伝
38/44

ヴァンデッサの盾 第3話

KF氏に捧ぐ — 感謝を込めて

 




 4


 シェルクエルたち五人は、六十一階層に下りた。

 五十八階層と五十九階層では、カルダンの短剣は探知されなかった。

 両方の階層にそれぞれ冒険者パーティーがいたが、ミノタウロスは見なかったという。

 ただし、五十九階層にいたパーティーは、二日前に五十九階層でミノタウロスを見かけた。

 経験値もドロップもまるで期待できないモンスターであるから、物珍しさはあったが、戦闘する気にはならなかったという。


 六十一階層に下りたときも、刻印術師は、例の品は探知できません、と言った。

 それでも、この階層では、すべての回廊と部屋を調査する。

 ミノタウロスがカルダンの短剣を持っていない可能性も考慮してのことである。


 前方から、徘徊モンスターであるゲルゴンが一体現れた。

 鷲のような頭部と黒豹のような胴体を持ち二足歩行するモンスターであり、特殊攻撃はないが、移動は素早く、腕の破壊力は高く、くちばしは硬く鋭い。


「ガイウス」


「はっ」


 右側を歩いていた従騎士が、あるじの(めい)に答え、進み出て迎え撃った。

 頭には房の付いた丸兜(まるかぶと)をかぶって、フェースガードを下ろしている。

 胴には、くりぬき型の金属鎧(きんぞくよろい)をまとっているが、これは鋳物でも継ぎ合わせ仕立てでもなく、一枚の板金(いたがね)を打ち抜いてこしらえたものである。

 腕も脚も、要所を金属で守り、下に着込んだ鎖帷子(くさりかたびら)と相まって、その防御力は極めて高い。

 ただ、胴体部分に可動性がないため、武具をふるうには相応の訓練が必要であるし、若干動きが妨げられる。

 右手には幅が広く重そうな片手剣を、左手にはカイトシールドを構えている。


 いずれの武器も防具も、上質の材料を惜しげもなく使い、美しい文様を刻んで丁寧に仕上げられた品である。

 迷宮で目にするには、ひどく場違いな装備といえる。


 迷宮を探索する冒険者たちは、恩寵品(おんちようひん)を好む。

 アレストラの腕輪のような例外を別にすれば、実戦で使われている恩寵品は、迷宮のモンスターを倒して得られた品である。

 恩寵品のドロップは、迷宮固有の恵みなのである。

 深い階層のボスたちほど、強力な恩寵品をドロップする。

 迷宮の深奥から得られる希少なアイテムは、目のくらむような金額で売買される。

 それでも、下層で探索するハイクラス冒険者たちは、競うように、より上質の恩寵装備を求める。


 だが、強力な恩寵は迷宮の中でだけ発動する場合が多い。

 ゆえに地上で闘う騎士は、迷宮からの品を主装備とはしない。

 迷宮から得られた素材を人間の技で鍛えた武具をまとうのである。


 モンスタードロップの品は、ひどく無愛想で実用一点張りの見てくれをしていたり、時には人間には思いつかないような奇妙なフォルムをしている。

 人間が知恵と造形の才をふりしぼった装備をまとう者は、迷宮では異質なのである。


 従騎士ガイウスは、ゲルゴンの攻撃軌道を読み切り、右前脚の攻撃を盾で受け流しつつ、剣をモンスターの左側頭にたたき付けた。

 頭を割られたゲルゴンが地に伏し、消える。


 この光景に、Aクラス上位のスカウトであるラジルは、目を()いた。

 六十台の階層では、一般モンスターといえども、一対一で倒せるものではない、というのが冒険者の常識である。

 それなのに、この従騎士は、一撃でゲルゴンという打たれ強いモンスターを(ほふ)った。

 この階層でさんざん苦労したラジルであるからこそ、この光景の異常さが分かる。


 しかしこれは、ガイウスが並外れて強いため、というのとは少し違う。

 実はガイウスの騎士レベルは、ラジルの冒険者レベルより少し低い。


 ケルガノスは、モンスターと闘い続けてきた一族である。

 装備も戦法も、対モンスター用に練り上げられてきている。

 場面に応じて使われる型があり、その型が守れる限り、すさまじい強さを発揮する。

 装備は非常に質の良いものであり、しかもその最も効果的な使い方を知り尽くしている。


 生まれつきの体力と才能だけで戦果を挙げ続けてきた豪傑が、正規の技を学んだ非力な剣士にあっさり敗北することがある。

 天才に生み出され、秀才たちの工夫で練り上げられ、代を重ねて受け継ぎ伝えられ完成されてきた武技というものには、それだけのアドバンテージがある。

 しかもその武技を最大限発揮させようと、武具を鍛える技を積み上げてきた名工たちがいる。

 ガイウスの強さは、この二つによる。

 加えて、横にザリエルが、後ろにシェルクエルがいることが、ガイウスに思いきった闘い方を許した。


 優れた恩寵品と、恩寵による身体機能強化と、派手な恩寵スキルと、レベル。

 強さをその四つでしか量らない冒険者には、ガイウスの強さは見えにくい。


「ほう。

 このモンスターは金貨を落とすのか。

 ラジル殿。

 これはボーナスとして貴殿が収められよ。

 今後も金貨については同様である」


 今回のクエストでは、ラジルは闘わなくてよいという約束であった。

 当然、ドロップ品の権利はないものと思っていたところに、このシェルクエルの言葉である。

 ラジルは驚喜し、その勤労意欲はいやが上にも高まった。


 少し行くと、今度は三体ものゲルゴンが現れた。

 これは少しお手伝いせねば、とラジルは特殊インベントリから弓と毒矢を出した。

 それより早く、シェルクエルの指示が飛ぶ。


「ガイウス。

 ザリエル」


「はっ」

「はっ」


 従騎士二人が並んで飛び出す。

 ザリエルの装備は、ガイウスとほぼ同じであるが、武器が違う。

 ザリエルが右手に持つのは、(やり)である。

 あんな取り回しの悪い武器は、回廊では使いにくいがなあ、とラジルは思っていた。


 接敵寸前に、ザリエルの槍が飛ぶ。

 二枚の盾の影から飛び出すような投げ方であり、先頭を走っていたゲルゴンは、さける間もなく胸の中央を貫かれて倒れる。

 後ろの二体のゲルゴンは、倒れたゲルゴンを飛び越えて、二人の従騎士に襲い掛かる。

 だがそれは、二人の従騎士の予想通り、というより誘いにはまった動きである。

 盾を鋭く突き出して、ゲルゴンの動きを一瞬封じると、ガイウスは剣で右の敵の心臓を突き、ザリエルは盾の裏に隠していた(おの)で左の敵の頭を砕いた。


 ラジルが、矢を弓につがえて撃とうとしたときには、三体のモンスターはもう倒されていた。

 ちゃりちゃり、ちゃりちゃりと、金貨が地に落ちる音が響いてきた。

 ラジルは、余計なことを考えずに、素早く金貨を拾うことに専念しよう、と心に決めた。


 金貨にまじって牙や爪などもドロップしていた。

 これは魔法具製作の素材になる。

 刻印術師のボルケノーウェンが魔法具製作もしていることをシェルクエルは聞いていたので、素材はボルケノーウェンのボーナスとしてよい、と宣言した。


 それからしばらく歩くと、金貨が数枚落ちていた。


「む?

 ラジル殿。

 これは、どういうことであろうか」


「シェルクエル様。

 冒険者がゲルゴンを倒したんなら、金貨を拾いもらしたりはしやせん。

 冒険者ってのは、女房の微妙な目線は見逃しても、落っこちた金貨は絶対に見逃さねえもんなんです。

 こりゃあ、例のミノ野郎の仕業でしょう。

 少なくとも、俺にはそれ以外思いつきやせん」


 再び一行は移動を開始したが、回廊を歩いては出遭った敵を屠り、部屋をのぞいてはそこにいた敵を屠った。

 ラジルは、初め、モンスターと出くわさないように案内するのが自分の役目だと思っていたが、シェルクエルも従騎士たちも、そんなことにはまるで頓着していない。

 しかもそれでいて、探索速度は極めて速い。

 倒した敵はしばらくリポップしないから、このやり方なら進めば進むほど敵に遭う確率が減り、迂回(うかい)や待機の必要もないため、異常に速く先に進めるのである。


 何かのときには、このお二人を護衛に雇いてえぐれえだよ、と思いながら、ラジルは、従騎士二人がこの強さだとすると、シェルクエルの旦那の強さってえのは、いってえどのくれえなんだろう、と考え、背筋に冷や汗が流れるのを感じた。


 シェルクエルがラジルに、休憩できる場所はないかと()くと、ラジルが近くの部屋に一行を案内した。

 その部屋には、モンスターが出現しない。

 ゆっくり食事を取り、睡眠も取ってから、一行は出発した。


 六十一階層のボス部屋には、階層ボスのキリング・バードがリポップしていた。

 その確認だけすると、すぐに部屋を出た。

 無理にボス戦をする必要はない。


 一行は、入口で待つ家臣たちの強い要望により、定期的に迷宮を出て無事な姿を見せねばならない。

 瞬間移動術師の指定した刻限まで、もういくらもない。

 それでも、とにかく六十二階層に下りてみることにした。

 そして、六十二階層に下りたとき、刻印術師が言った。


「反応がありました。

 この階層に、例の品はあります」






 5


 ミノタウロスは、六十二階層のボスであるサウザンドアイズ・ゴーストを倒したところである。

 サウザンドアイズ・ゴーストは、ミノタウロスの身の丈の十倍ほどの直径を持つ球形の幽体モンスターで、その表面には何百もの目がある。

 その目のそれぞれが、電撃を打ち出すのである。

 およそ百の目が同時に電撃を打ち出す。

 事実上の範囲攻撃であり、かわしようがない。

 その電撃の嵐が次々に降ってくるのである。


 だが、ミノタウロスは、ここまでで幽体モンスターの倒し方を十分に学習していた。

 電撃への耐久性も飛躍的に増大させてきている。


 最初の一撃に耐えきったミノタウロスは、壁を蹴って跳び上がり、右手に構えた武器でサウザンドアイズ・ゴーストを殴り付けた。

 武器から高熱の炎が飛び出して、サウザンドアイズ・ゴーストを真っ二つに切り裂いた。

 それで勝負は終わった。


 ボスが消滅すると同時に、スキルドロップがあった。

 高熱の呼気を吹き付けるスキルであり、人間たちはこれを〈焼け付く息〉と呼んでいる。

 ドラゴン系のモンスターの一部が持つ特殊スキルである。

 ミノタウロスは、本能的にこのスキルの使い方と効果を知った。


 この階層での闘いで、ミノタウロスは、武器には一見して分からない効果を持つものがあり、また組み合わせて使うことにより、単一の武器にはない効果が引き出せることがある、と知った。

 そこで、インベントリの中に攻撃に付加の付く武器はないかとあれこれ探して、見つけたうちの一本が、今ボスを倒すのに使った武器である。

 かつてギル・リンクスを倒して得た品であり、〈死炎樹(しえんじゆ)()()〉と呼ばれる。

 ぐねぐねと曲がって幾筋かに枝分かれした、およそ武器らしくない武器である。

 敵を攻撃する意志を持ってこれをふるうと、相手に当たった瞬間、炎を発する。

 使い方により、炎の大きさ、温度、勢い、吹き出す方向などを制御できる。

 これが面白くて、ミノタウロスは、ほかの武器の調査は中止して、こればかりを使ってきた。


 この階層を制覇するのに要した労力は大きい。

 しかし、得たものはさらに大きかった。

 壁に背を預けて休息するミノタウロスは、何者かがボス部屋に入ってくる気配を察知した。

 目をやれば、五人の人間が入ってきたところである。


「シェルクエル様。

 いやした。

 あれがサザードンのミノタウロスですぜ」






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