表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迷宮の王  作者: 支援BIS
外伝
36/44

ヴァンデッサの盾 第1話



 

 1


 ミノタウロスは、サザードン迷宮第六十階層のボス部屋に足を踏み入れた。

 そこでは、三人の冒険者が、生白い体軀(たいく)を持つ巨大なカマキリと闘っていた。


「ミノタウロスが侵入!

 そのうち遭うだろうとは思ってたけど、くそっ。

 こんなときに!

 ミノタウロスの動きに注意しつつ、戦闘続行!

 ミノタウロスへの攻撃は禁止!

 あっちから仕掛けてくるようなら、俺が足止めするから、全員退避だっ」


 階層ボスであるクリムゾン・マンティスが、巨大な二本の前肢(ぜんし)を振り上げ、交互に激しくたたきつける。

 マンティスの正面に立つ冒険者が、丸盾と剣で防ぐ。

 身長は低めで、がっしりした体つきの戦士である。

 伸び上がったマンティスの体高は、戦士の身長より高い。

 そこからさらに振り上げてたたきつけられる鎌の形をした前肢は、一撃一撃が恐るべき破壊力を持つ。

 だが、戦士は落ち着き払って攻撃をさばいている。

 時折、さばききれなかった攻撃が皮鎧(かわよろい)を切り裂き身体を傷つけるが、後ずさることもなくマンティスに対峙(たいじ)している。


 その横で、二本の細剣(さいけん)を持った剣士が、マンティスの周りを回りながら攻撃を繰り返している。

 先ほど指示を飛ばしたのは、この双剣士(そうけんし)である。

 マンティスは、わずらわしそうに双剣士に攻撃を仕掛けるが、双剣士は素早いフットワークでかわす。


 少し離れた場所で、魔法使いらしい冒険者が呪文を唱えている。


 ミノタウロスは、戦士の盾さばきに見入った。

 厚みのある丸い盾を、この戦士は実に巧妙に使う。


 マンティスの鎌は極めて速い。

 長大な鎌の先端の速度は、ミノタウロスにも完全には見切れないほどである。

 それを的確に盾の中央で受ける。

 盾が間に合わないときには、右手の剣で攻撃をそらす。


 それだけではない。

 あるときは、前肢が当たる瞬間盾の角度を変え、あるいは突き出して、相手の重心を崩す。

 あるときは、素早く踏み込んで、盾をマンティスの胴体にたたきつける。


 盾を使う冒険者を見たのは初めてではない。

 だが、今までは、あんな板きれを持つより、もう一本剣を持つほうがよい、としか思わなかった。

 目の前で今繰り広げられている闘いは、その認識を改めさせるものであった。


 この連続攻撃を受け止め続けることは、自分には難しい、とミノタウロスはみた。

 ミノタウロスが防ぎきれない攻撃を、この人間は見事に受け止めている。

 盾の力によって。


 ミノタウロスの登場は、冒険者たちの戦闘に、少なくない影響を与えた。

 魔法使いが、ミノタウロスに驚いて詠唱を中断してしまったのである。

 準備されていた魔法攻撃が発動すれば、勝負は決したはずであった。

 その準備詠唱の時間を、もう一度稼がねばならないのであるが、盾使いの戦士は、いささか疲労していた。

 また、ミノタウロスの出現により、集中をわずかに欠いた。

 それがミスにつながった。


「うっ」


 戦士が声を上げた。

 マンティスの右前肢が、盾の上辺(じようへん)を越えて内側に引っ掛けられたのである。

 次の瞬間、マンティスは右前肢を強く引きつけ、盾は戦士の手からもぎ取られて宙を舞った。

 無防備になった戦士の頭上に、マンティスの左前肢が振り下ろされた。

 戦士は右手の剣でマンティスの鎌を振り払いながら、後退しようとする。


 ざくっ。


 だが、頭を直撃しそこねたマンティスの左前肢が、戦士の右足に突き刺さり、地に縫い止めた。

 とどめとばかりにマンティスが右前肢を振り上げる。

 双剣士が捨て身で飛び込んでマンティスの腹部に突きを入れるが、マンティスの殺意はなおも戦士に向いている。


 そのとき、横から飛んできた火炎弾が、マンティスの頭部を直撃した。

 魔法使いが高威力魔法の詠唱を中止し、とっさに放ったものである。


 きりきりきり、とマンティスの首が魔法使いのほうを向いた。

 その二つの複眼が、見る見る赤く染まっていく。

 マンティスには、火系の攻撃が効く。

 効きすぎる、といってもよい。

 であるから、高威力の火魔法で一気に決着をつける作戦だった。

 だが、盾使いを救うため、思わず火炎弾を撃ってしまったのである。


「いかん、狂化(バーサーク)だ!

 全員退却っ」


 双剣士が、そう叫んで、マンティスの腹部を連続攻撃する。

 マンティスは、二対四枚の(はね)を持つ。

 前翅(ぜんし)二枚は細長い。

 後翅(こうし)二枚は扇形をしている。

 その四枚の翅を、ばっと開き、高速振動を始めた。


 戦士が右手の剣を突き出す。

 マンティスの姿が消える。

 一瞬で、マンティスは魔法使いの真ん前に移動していた。

 魔法使いに反応する時間も与えず、マンティスが右前肢を振り下ろした。

 魔法使いの上半身が斜めに両断され、ずるりと胴体から離れる。

 じゃばじゃばと音をさせて、内臓と血がこぼれ落ちた。


 戦士は、マンティスが魔法使いに向かったのを見て、駆け寄ろうとした。

 が、転倒した。

 右足が、ずたずたに切り裂かれていたからである。

 再びマンティスが超高速移動を行い、戦士の眼前に出現した。

 真っ赤な目をしたマンティスが、右前肢を盾使いに振り下ろそうとしたとき、リーダーの双剣士が飛び込んで、剣で受け止めた。

 マンティスは、狂気を帯びて、左右の鎌を交互にたたきつける。

 双剣士は見事な反射神経で、これを受け止め続ける。

 マンティスの右前肢を双剣士の左手の剣が、左前肢を双剣士の右手の剣が受ける。


 受ける。

 受ける。

 受ける。

 受ける。


 ただ一度でも受け損ねれば致命的である攻撃を、双剣士は受け止め続ける。

 息の詰まるような攻防が、二十(たび)も続いたろうか。

 マンティスの翅が、ひときわ高速に振動した。

 それにつれて両前肢の攻撃が、さらに加速する。


「うおおおおおおおおおおおおお!」


 端正な顔をゆがめ、すさまじい形相で叫びながら、双剣士がおのれの両腕をさらに加速させる。


 そのとき、マンティスの攻撃が、ほんの一瞬止まった。

 戦士の仕業である。

 戦士は、双剣士が時間を稼いでくれているあいだに赤ポーションを服用して傷を治し、大剣を取り出してマンティスの横に回り込んで、右中肢を斬り飛ばしたのである。

 体重の乗った脚を刈られて、バランスを崩すマンティス。

 双剣士は、ここが勝機と見て、マンティスの体が倒れてくるのを待った。


 その半呼吸の待機が命取りとなった。


 マンティスは倒れなかった。

 四枚の翅が生み出す揚力(ようりよく)で体勢を維持し、再び斬撃を繰り出してきたのである。

 双剣士の反応が、わずかに間に合わない。

 双剣士の右腕が、肩の付け根から斬り飛ばされて、血しぶきを上げながら飛んでいった。

 マンティスの次の斬撃は、双剣士の左腕を肘の所で断ち切り、血しぶきとともに、左手は地に打ち付けられた。

 そしてマンティスの右前肢が、双剣士の首を斬り飛ばした。

 双剣士が死んでも、マンティスの攻撃は収まらない。

 大鎌が左右から双剣士の(かばね)を切り刻む。

 血と肉片は、マンティスの翅が起こす乱気流に巻き上げられ、辺りに降り注ぐ。

 クリムゾン・マンティスの生白い体軀が、名の通り鮮血に染め上げられていく。


 戦士はマンティスを攻撃し続けていた。

 しかし、最初の一撃では右中肢を斬り飛ばしたものの、半ば浮遊する今のマンティスには、有効打は入れにくい。

 戦士は、戦闘継続を諦め、重荷になる大剣を素早くインベントリに収納して、入り口のほうを向いた。

 入り口前にはミノタウロスがいるが、こちらから攻撃しなければ戦闘にはならないという情報もある。

 いずれにしても、ボス部屋を飛び出しさえすれば、マンティスが追ってくることはない。

 生存へのわずかな可能性は、そこにしかないのである。


 ダッシュしようと地を蹴る足が、双剣士の血糊(ちのり)で滑った。

 気配を感じたマンティスが、双剣士を切り刻むのをやめ、戦士に向き直る。

 たたらを踏む戦士の両脇に、マンティスの両の鎌が突き刺さった。

 そのまま戦士を抱え上げると、マンティスは、きりきりと音を立てて口を()け。

 戦士の頭部の上半分をかじり取った。


 魔法使いも双剣士も、装備とアイテムをその場に残して消え去った。

 迷宮で死んだ者は、人間であろうとモンスターであろうとその場で消滅する。

 だが、戦士の体は、まだ消えていない。

 マンティスの怒りが、戦士の屍体(したい)を現世に引き留めているのであろう。

 かりかり、かりかりと、マンティスがかじり続けている。

 そうしているうちに、マンティスの怒りも収まってきたのか。

 四枚の翅は閉じられ、目の色も普段の青色に戻った。






 ミノタウロスは、考えていた。

 今ミノタウロスがその両手に持っているのは、シミターと呼ばれる曲刀である。

 特に右手のそれは、鮮血のシミターと呼ばれる恩寵品で、切れ味は抜群に()い。

 しかし、マンティスのような相手と闘うには、いささか線の細い武器である。

 また、リーチが圧倒的に不足している。

 マンティスの前肢は、伸ばせばミノタウロスの身長を超えるであろう。

 シミターの刃はミノタウロスの手ほどの長さしかない。


 ミノタウロスは、二本のシミターを特殊インベントリに収納すると、一本のバスターソードを取り出した。

 少し前に人間から手に入れた品で、なぜかとても自分に合う気がした。

 それもそのはずで、これは十階層のボスであるミノタウロスが、ごくまれにドロップする恩寵品(おんちようひん)なのである。


 強大な敵と闘うときには、やはり打撃力のある武器がよい、とミノタウロスは考えた。

 このバスターソードなら、マンティスの大鎌に打ち負けしないであろう。


 それにしても、目の前のカマキリは強敵である。

 先ほど人間の双剣士が見せた攻防の速度は、ミノタウロスをしのぐものであった。

 このカマキリは、さらにその上をいった。

 鎌の威力と切れ味は、ミノタウロスをも一撃で殺せるほどのものである。

 しかも高速移動の技も持っている。


 もしも、両方の鎌が同時に襲ってきたら、俺は受け止められただろうか。


 と考えたとき、足元の丸盾が目に入った。

 人間の戦士が使っていた盾が、マンティスにはね飛ばされて、転がってきたのである。

 ミノタウロスは、丸盾を駆使してマンティスと闘うおのれの姿を思い描いた。

 面白い闘いになるだろう、と思った。


 マンティスが腹部までをかじり取ったとき、戦士の体は消滅した。

 マンティスは、ミノタウロスのほうを見た。

 ミノタウロスは、盾を拾い上げた。

 ギシッ、ギシッ、ギシッと不快な声を立てて、マンティスはこの見慣れぬ敵を歓迎した。

 四枚の(はね)を開いて、素早く振動させる。

 狂化しているわけでもないのに、いきなり高速移動を使うということは、このモンスターがミノタウロスを強敵と認めた、ということにほかならない。


 ミノタウロスは、左手に丸盾を、右手にバスターソードを構え、マンティスに向かって〈突進(チヤージ)〉した。

 マンティスの姿がぶれ、次の瞬間、ミノタウロスの目前に出現した。

 右前肢がミノタウロスの頭部に振り下ろされる。

 真上からの振り下ろしは、マンティスの最も強力な攻撃である。

 これに高速移動の加速を上乗せした一撃は、戦慄すべき破壊力をもって牛頭の挑戦者に迫る。

 対するミノタウロスは、ひるむことなく、むしろ加速しながら、渾身の力で盾をマンティスの右前肢に打ちつけた。


 その一撃は、もはや防御ではない。

 攻撃である。

 しかも筋肉の怪物であるミノタウロスが、スキルによる加速と打撃力上昇の恩恵を上乗せしつつ、突進力のすべてを込めた攻撃なのである。


 岩と岩とをぶつけたような破砕音が響き、盾と大鎌が衝突した。

 マンティスの右前肢が、ぶちぶちっ、と音を立てる。

 関節が、付け根が、衝撃に耐えかねて悲鳴を上げているのである。

 右前肢はしばらく使い物にならないであろう。

 鎌の先端は折れ曲がっている。


 それにひるむマンティスではない。

 ただちに左前肢を振り下ろす。

 ミノタウロスは、左手の盾を右上方に構え、再び突進する。

 マンティスの左鎌が盾に阻まれる。

 そして、その盾の下から突き出されたバスターソードが、マンティスの胴体に深々と突き刺さる。


 素早く引き抜かれた剣は、マンティスの左前肢を付け根近くで斬り飛ばす。

 中空で反転した剣が、マンティスの頸部を横切る。

 マンティスの頭部は、胴体から切り離されて、高々と宙を舞った。


 勝った。

 勝利は難しいと思われた相手であった。

 その強敵に、いともあっさりと勝った。

 ミノタウロスは、左手に持った盾を、まじまじと見つめた。


 これは、使える。


 マンティスが死んで消えたあとに、一本の剣が残った。

 ミノタウロスが見たことのない形である。

 まるでマンティスの前肢のような片刃剣である。

 くの字型に湾曲した内側に刃がついており、禍々しいほどの切れ味を持つ。

 人間たちは、これを〈マンティスの鎌剣〉と呼んで高値で売買する。

 珍重する理由は、武器としての性能にあるのではない。

 普通の人間が使うには大きく重すぎ、重心が先端部に寄りすぎている。

 この剣が高額なのは、その材質ゆえである。

 それは聖硬銀(せいこうぎん)と呼ばれ、迷宮以外からは得られない。

 非常に硬く、変質しにくい、最も希少で有用な金属の一つなのである。


 ミノタウロスは、マンティスの鎌剣を戦利品としてインベントリに入れた。

 三人の冒険者の残留品からも、気に入った物をいくつか拾った。

 そしてボス部屋を出ると、次の階層に下りていった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ミノタウロス主人公 とてもいいですね 人間パーティを助けにゆかない ゆくはずがない・・・ 傑出した視点と 驚きです
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ