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迷宮の王  作者: 支援BIS
第2部 ザーラ
31/44

 挿話7




 


 移動した先は、やはり半球型の部屋であった。

 天井と壁が遠い。

 青みがかった色で、ゆらめいている。

 空気が異様に粘る。

 汚物のような、もやがかかっている。

 息を吸うと、喉が焼ける。

 よほど強い耐性がなければ、この空気に殺されそうである。


 床は、やはりゆがんでいるが、先ほどの部屋ほどでこぼこしてはおらず、ゆるやかな起伏をみせている。


 奇妙なのは、草である。

 草と呼んでよければであるが。

 細長く平べったい草が、辺り一面に生えている。

 色は、緑、青で、微妙にそれぞれ違っている。

 やや茶色がかったものもある。

 上端と下端が細く尖っている。

 生え際というか、床に接している部分は、非常に細い。

 そのため、宙に浮かんでいるかのようである。

 大きいものは、ミノタウロスの背丈ほど、小さいものは、その半分程度であろうか。


 足下を見ると、赤く光る円形の平らな石の上である。

 その隣に、灰色にくすんだ円形の石がある。

 インベントリにバレルハンマーを入れ、二本のシミターを出した。

 石から床に下りた。


 ざわざわと、草が揺らめきだした。

 吹いてもいない風にそよいでいるように。

 角度によって、広くもみえ、消えるようにも見える無数の草が、ゆらゆら、ぐねぐねと、うごめいている。

 迷い込んだ愚か者に気付いて、部屋が目を覚ましたかのようである。


 ミノタウロスは、素早く身をひねって、後ろからの攻撃を左手のシミターではじいた。

 間髪を入れず来た第二撃を、身をひねり戻して、右のシミターではじいた。

 続いて、足下に来た二つの攻撃を、両方のシミターを同時に振って、斬り落とした。


 草である。

 いや、草ではないのであろう。

 柔らかそうに揺らめいていた、この草は、床から離れると、ぴんとまっすぐに体を伸ばす。

 まるで、一枚の刀身のようである。

 そして、天井を向いていたほう、つまり切っ先をこちらに向けて、高速で突っ込んできたのである。

 しかも、第二撃目は、カーブしながら、こちらの迎撃を回り込もうとした。

 ミノタウロスの左の脇腹には、かわし切れずについた傷があり、血が流れていた。


 ミノタウロスは、違和感を感じていた。

 この草もどきは、柔らかそうに見えるが、切られたときも、剣ではじいたときも、まるで刃のような硬さだった。

 こいつらは、見た目通りの物ではないな、とミノタウロスは心に刻み込んだ。

 前の部屋の敵も、触手の見た目と実際の質感が、同じではなかった。

 この場所では、目で見たことも信用ならないのである。


 と、部屋中の草が、床を離れて、ぶわりと浮かんだ。

 何百何千という草もどきが、部屋中の空間を埋め尽くして滞空している。

 そのすべてが、切っ先をミノタウロスに向けながら。


 ミノタウロスは、この敵が気にくわなかった。

 不意打ちをしたからとか、闘いにくいとかいうことではない。


 どんなモンスターも、人間も、意志があり、感情がある。

 憎しみや、恐れを、ミノタウロスに向け、あるいは、殺そう、という思考をもって、攻撃を仕掛けてくる。

 さらにいえば、命を持つものは、そこに在るだけで、存在の気配を放つ。

 人の感覚に置き換えていえば、ミノタウロスは、相手の心の動きを、風、として感じ、命の気配を、熱、として感じる。


 だが、この草もどきには、風も熱も感じない。

 この草もどきは、闘おうとしているのではない。

 ただただ動いているだけなのだ。

 心を持たぬ武器が、俺に刃を向けている。

 闘う歓喜も勝つ喜びも知らぬ、ただの武器が、俺の命を奪おうとしている。


 ミノタウロスの腹の底深くから、熱く激しい怒りがこみ上げてきた。

 そして、恐ろしい形相で、呪われた空気を胸一杯に吸い込んで、暴声を発した。


 オォォォォォォォォォォォォォォォーーーーー!!


 ハウリングである。

 凶暴な叫びが、部屋中に響き渡る。

 ハウリングは、全方向に有効な範囲攻撃である。

 部屋の中央で放たれたため、部屋中にその効果は、等しく及ぶ。

 無数の草もどきは、すべて、空中にとどまったまま、白く濁って、ぶるぶる震える。


 攻撃を仕掛けてこないところをみると、ハウリングが効いているのであろう。

 とすれば、草もどきは、体力を半分に削られ、抵抗力などは低下し、身動きもならない状態にある。

 長い長いハウリングのあと、ミノタウロスは、もう一度、深く息を吸い込んだ。


 クァァァァァァァァァァァァァァァーーーーー!!


 砕け散る息、と人間が呼ぶ、特殊スキルである。

 ミノタウロスの正面側に浮かんだ、多数の草もどきが、激しく震えている。

 やがて、その刀に似た体に、ぴしぴしと細かなひびが走り始める。

 なおも、ミノタウロスの砕け散る息は、続く。

 衝撃波を浴び続けた草もどきは、文字通り砕け散っていった。

 ミノタウロスは、徐々に体の向きを変えながら、何度も何度も、砕け散る息を放った。


 やがて、部屋中の草もどきが、砕け散って床に降り積もり、ミノタウロスの咆哮も止まって、静けさが戻った。


 赤く光る円形の石の隣の、灰色にくすんだ石が、青い光を灯した。






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