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迷宮の王  作者: 支援BIS
第2部 ザーラ
30/44

第7話 赤の騎士

 




 1


 じりじりと照りつける太陽と、照り返す砂漠。

 揺らめく空気をぼうっと眺めながら、ザーラは、


 案内人とボーボーを手配していなかったら、どうなっていたか。


 と、そら恐ろしい気持ちになった。

 紹介状を書いてくれた剣聖に、あらためて感謝を覚える。


 地図によれば、ここは南エルガ街道である。

 しかし、見渡す限り砂漠であって、道などというものは、どこにも見えない。


「だんな、来やすぜ」


 案内人の言葉に、ザーラは、うむ、と返事をした。

 前方右方向の砂の中から、人間大の蜘蛛に鋏を二組付けたようなモンスターが現れる。

 イモターバである。

 五体現れた。


 案内人は、おとりの餌を放り投げると、ボーボーに駆け足を命じた。

 ザーラも、教わった通り、足でボーボーの首の付け根を蹴り駆け足を命じる。

 片方だけ黒い耳をひくつかせて、ボーボーが駆ける。

 心地よい加速だ。

 尻は少し痛むが。


 やがてモンスターの姿が砂の丘の向こうに消えると、速度を緩めた。

 案内人はボーボーから降りて、褒美の塩を与える。

 ザーラも同じようにした。


 ボーボーは、馬ほどの高さだが、足が二本しかない。

 胴体も短めである。

 顔も、馬ほどは長くなく、口の部分はやや細い。

 眠たそうな目をしているのだが、これが何とも愛嬌に満ちている。


 再び獣の背に乗る。

 暑い。

 まぶしい。

 暑い。

 だるい。


 人が生きていける環境とは思えない。

 本当に、こんな所に街があるのだろうか。

 ぐったりとして、うんざりとしながら、ザーラは、ボーボーの背で、パタガモンとの対話を、また思い出していた。





 神霊が、人から崇敬され神格を帯びて下級神となりながら、その後忘れ去られ、あるいは災厄をもたらす祟り神として忌避されると、破壊や混乱をもたらす霊的存在となることがある。

 それを、ジャン=マジャル教団では、邪神と呼ぶ。

 邪神は荒ぶる神とは違う。

 もはや神の性質を失った、ゆがんだ力であり、神に戻ることはない。

 邪神は、瘴気と毒と呪いを振りまき、その力の及んだ地域は、妖魔の温床となる。


 その昔、人は、世界に対して、あまりに無力だった。

 人は、神々や神霊の恩寵により、かろうじて生き延びた。

 しかし、恩寵を得られる人は少なく、何か手段が必要だった。

 やがて、レベルアップの方法が発見され、迷宮が生まれ、人が力と富を得る機会は飛躍的に上昇した。


 だが、そこに問題もあった。

 迷宮では、神々や神霊の恩寵が、強制的、自動的に引き出される。

 こうした形で消費される恩寵は非常に強力であるものの、どうしても、ねじれがあり、ひずみがあり、きれいに燃え尽きない。

 その結果、不純でゆがんだ恩寵のかけらが残される。

 それは、目的のない力であり、いわば小さな小さな邪神のかけらである。


 こうしたものは、地上でも生まれるが、大量に集まらない限り危険はなく、時とともに無に帰るか、神々や神霊に取り込まれる。

 しかし、迷宮では、その生成が、速く、多すぎる。

 それに気付いたのは、神々から特殊な恩寵を受けた、ダンジョン・メーカーと呼ばれる人々だった。


 ダンジョン・メーカーたちは、ゆがんだ恩寵のかけらを自動的に迷宮外に排出する仕組みを設けた。

 さらに、外に排出するかけらが多くなりすぎないよう、かけらを一時的に保存する特殊な空間を作った。


 このことは、宗祖ジャン=マジャルが、ダンジョン・メーカーの一人から、直接に聞いた。

 ジャン=マジャルは、ゆがんだ恩寵のかけらがうごめく場所に、かけらが集まりすぎてしまったらどうなるか、と訊いた。

 ダンジョン・メーカーは、ゆがんだ神が生まれる、とあっさり言った。

 形あるもののほうが対処しやすいから、と。

 頼めばそこに行ってゆがんだ神を倒してくれる神霊がおり、時々行ってもらっているから、今のところ心配は要らないと、その人は言った。


 そこでは、邪神を倒して新たに生じるゆがみと、邪神自身の力が相殺される。

 従って、邪神を倒せば、そのときまでに生成されたかけらは消滅する。

 そこでは、迷宮固有の恩寵は、働かない。

 働けば、新たなかけらを再生産しかねないからである。

 それでいて、瘴気と毒と呪いのうずまく所だから、人は入れない。

 だから、どこにあるかは教えない、と言ったという。


 ジャン=マジャルは、そのダンジョン・メーカーに、地上の神霊が邪神化したときに鎮める法を学んだ。

 約千三百年前のことである。

 そして、弟子たちにそれを伝えた。


 約五百年前に、冒険者という恩寵職が発見された。

 迷宮内のみに有効な、さまざまな恩寵や、恩寵品が、次々現れた。

 迷宮探索の速度は一気に加速し、人が力を得る速度も飛躍的に増した。

 これは、必要なことだった。

 強力な神霊たちが、このころには、ほとんど姿を消し、人にとって神霊は遠い存在になってきていたからである。

 同時に、最も希少な貴金属は迷宮からしか出ず、深い階層からは多量の貴金属品がドロップしたので、迷宮探索は、国々の発展に、どうしても必要であった。


 ジャン=マジャル師の後継者たちは、心配した。

 かつての迷宮でさえ、大きなひずみをもたらした。

 今は、その何倍、何十倍の効率を上げている。

 間違いなく、かけらは、以前とは比べものにならない速度で蓄積している。

 しかし、大陸に現れる邪神の数は、増えているように見えない。

 むしろ減っている。


 かけらが集まる場所は、どこにあるのか。

 今、そこは、どうなっているのか。

 どんな器も、自分より大きな物を収めておくことはできない。

 邪神が、その場所に収まりきらなくなったとき、何が起きるのか。

 邪神に対抗すべき神霊は、今もいるのか。

 その答えを教えてくれるダンジョン・メーカーは、もう一人も残っていない。






 2


 オアシスでは、争ってはならない。

 たとえ相手が、親の仇であろうと、敵の兵士であろうと。

 それが、砂漠のルールである。


 そう教えられていたから、近づいて来る一団に警戒はしたが、敵対的な行動は取らなかった。


「先客がいたか。

 邪魔するぞ」


 と言いながら近づく相手に、案内人が、ひどくへりくだった礼をしている。

 高貴な人々なのだろうか。

 五人とも、格別高価な衣装をまとってはいない。

 ザーラは、袖を広げながら立ち上がると、両手を胸の前で交差させ、


「私の灯した火をあなたと、

 私の作ったスープをあなたと、

 私の干し肉をあなたと分かち合おう。

 砂漠を旅する人よ」


 と、習った通りのあいさつをした。

 相手は、おもしろがるような顔をして、同じしぐさをした。


「ありがとう、砂漠の友よ。

 だが、私たちは、火にも、スープにも不自由しない。

 少しばかり、場所を使わせてもらえばよい」


 おなごであったか、とザーラは気が付いた。

 それも、大変な美女である。

 なるほど、砂漠を旅する衣装は、男女の区別がない。

 しかし、これだけ近くで見れば、そうと分かりそうなものである。

 まして、最初に声を聞いているのである。


 だが、ザーラが気付かなかったのには、わけがある。

 歩き方、立ち振る舞い、放つ気配が、武人のそれなのである。

 しかも、実戦経験の豊富な騎士を思わせる、しっかりとした存在感である。

 また、女性に付き従う四人も、高い戦闘力と、強靱な意志を感じさせる。

 一団は、泉を半周した日陰に移動し、てきぱきと休憩と食事の準備をした。


 ザーラと案内人が砂漠に入って、一週間になる。

 いまだ、この暑さには慣れることができない。

 いささか熱に当てられて、今も、ぼうっとした感じが続いている。

 と、先の一団の一人が、こちらにやってきた。


「よければ、しばし酒をお付き合い願えないか」


 旅人同士は情報交換をしたがるものであり、申し出に不審なところはない。

 喜んで、とザーラは応じた。

 こういう場合、招くほうが飲み物を提供し、招かれた側は、食べ物を提供する。

 ザーラは、アルダナで仕入れておいた珍味を提供した。

 これが、ひどく喜ばれて、座が盛り上がった。


「ところで、ザーラ殿は、どちらに行かれる」


 ラウラと名乗った佳人が訊いた。


「ビア=ダルラに参ります」


「ふむ。

 商人には見えぬ。

 砂漠にも慣れておらぬ。

 ビア=ダルラに何を求めて行かれる」


 訊ねるラウラの表情は、さっぱりとして陰湿なところがない。

 匂い立つような美女であるのに、媚びるような色香は感じない。

 切れ長の目に輝く翠玉の瞳と、すっきりとした鼻。

 形のよい眉宇。

 夜の砂漠、泉のほとりで、たき火に照らされる、その姿。


 このおなごは、月の女神のようだ。


 と、ザーラは思いながら、会いたい人がいます、と答えた。

 すると、


「やや。

 なんと、なんと!

 聞いたか、皆。

 美しき人は、美しき答えを持つものだ。

 なんとロマンティックな旅ではないか」


 一同も、あおりに乗って、はやし立てる。

 ザーラは、答え方を間違えたことに気が付いたが、今さら無粋なことも言いたくない。


 オアシスでは、招かれた者は酒の肴を提供するという。

 私が肴になるのも、また一興であろう。


 と、思った。

 ラウラは、楽器を取り出して恋の歌を歌うほど、この肴が気に入ったようで、楽しい夜となった。






 3


 翌日は、夕方近くまで休んで、それから出発した。

 ラウラたちも一緒である。

 ビア=ダルラに行くには、ここで街道を外れ、南に十日間ほど進まねばならない。


 この時代、国というものは、街や村という点の集合でしかない。

 街や村のあいだには、人の住まない広大な土地がある。

 まして、このカレリヤ自由都市群は、小さな都市国家の集合体であり、人外の領域が、人のそれを大きく上回っている。


 ラウラたち五人は、やはり手練れであった。

 いかほども行かないうちに、大サソリ四体に襲われたが、五人で、あっという間に倒してしまった。


 ラウラは、体格からすれば、やや大きめのロングソードを、高速に、かつ的確にふるう。

 モーラという大男は、バトルアックスを軽々と振り回す。

 ジャマガルという痩せた男は、非常に切れ味のよさそうな曲刀を武器にしており、死角を突くのがうまい。

 シャリアブロという小柄な男は、移動撃ちの技を持つアーチャーである。

 オリエナという小太りの男は、補助と、拘束に加え、回復もできる支援魔術師である。

 個々人の技も優れており、なおかつ連携も磨き込まれていた。


 それから、二日のあいだに四度襲撃を受けた。

 ザーラが暑気あたりなのに気を遣ってか、参戦しようとすると、やんわり断られた。

 案内人に、なぜ、おとりの肉を使って逃げることをせず闘うのか、聞いてみた。

 ここは、街道との行き来に必要な道だから、あとから通る人のために、少しでもモンスターを減らしてくださっているのです、という答えが返ってきた。


 五人は、ルームを共有していた。

 つまり、おそらくは、全員、騎士の恩寵職を持つ。

 家族のようには見えないのに特殊インベントリを共にしているのであるから、よほど強いきずなで結ばれ、何らかの使命を共に担っているのであろう。


 三日目に、これまでにない数のモンスターに襲われた。

 苦戦というほどではなかったが、ザーラも途中から参戦した。


 最初に、群れの中で最も手強そうなグリゴル二体を倒した。

 グリゴルは、馬より少し大きく、四足で高速に移動する。

 体の大部分が甲殻に覆われ、頭部には、一対の巨大な鋏を備えている。

 一体のグリゴルの前足を一本斬り、体勢が崩れたところで、首を落とした。

 もう一体のグリゴルは、盾を構えた大男のモーラに攻撃を仕掛けていたので、その背に飛び乗り、首を落とした。


 これで、形勢は一気に傾いた。


 次に、ザーラは、サンダル虫の相手をした。

 大型のサンダルほどの大きさで、無数の小さな手足を持っている昆虫型のモンスターである。

 異常に素早く動き回り、砂の中にも潜るため、攻撃を当てにくい。

 麻痺毒を持っており、まとわりつかれたら、他のモンスターの餌食になってしまう。


 ザーラの探知スキルと剣速をもってすれば、捕捉は容易である。

 すっすっすっと、流れるように、この厄介な虫を屠っていく。

 砂の中を移動していても、ザーラには、よい的でしかない。


 サンダル虫が掃討されると、一団は安心して中型モンスターに対処できるようになり、間もなく戦闘は終わった。


 と、ラウラが、ザーラに抱きついた。


「すごいっ、すごいっ、すごいではないか。

 おぬしのように、素早く、鮮やかに剣をふるう者は、見たこともない!

 しかも、グリゴルの硬い首を、一撃で断ち切るとは。

 何たる手練れ!

 何たる見事な技!

 決めたぞっ。

 おぬし、わがパーティーに入れ。

 共に迷宮の王を、かのミノタウロスを、討とうではないか!」


 そのあと、戦闘の後始末をするあいだも、ボーボーに乗って移動を再開してからも、ラウラは熱っぽく語り続けた。

 いわく、暴れるグリゴルの背に、すっくと足をそろえて立ったときのザーラは、(いにしえ)の英雄アルスのごとく凛々しかった。

 いわく、涼しげな顔で、いまいましいサンダル虫を、迷いも失敗もなく、あっさりと片付けていく剣技は、名高い剣聖殿でも、目を見張って驚くであろう。


 このおなごは、意外と興奮しやすい性格(たち)なのだな。


 と、ザーラは思いつつ、迷宮の王を倒そうというのは何のことか、と訊いた。


「おぬし、バルデモストの生まれと言っておったではないか。

 知らんのか。

 バルデモスト王国の王都の近く、ミケーヌという街に、サザードンという迷宮がある。

 この迷宮は、百階層もあり、モンスターはなかなかに手強いが、最下層のボスモンスターは、また別格の強さなのだ。

 ミノタウロスといえば、ほかの迷宮では、それほどの強さではないが、サザードン迷宮のこのミノタウロスは、ユニークモンスターでな。

 人やモンスターと闘い続けて強くなり、やがて、神話に出て来る邪竜や巨人のごとき恐るべき強さを身につけた。

 もともと百階層のボスであったドラゴンを退けて、自らが迷宮の主となったのだがな。

 知能、膂力、速度、頑健さ、魔法や状態異常への抵抗力、飽くなき闘争心、そして何より剣技。

 まさに神話級の強さなのだ。

 高熱のブレスや、強化されたハウリングを始め、数々の特殊スキルも持っている。

 このミノタウロスを、人はいつしか迷宮の王と呼ぶようになった。

 迷宮の王を倒せば、どれほどの経験値を得られるか。

 それだけではない。

 迷宮の王は、あまたの冒険者や、モンスターを倒して、アイテムを集めている。

 迷宮の王を倒したとき、国が買えるほどのドロップがある、といわれているのだ。

 だから、バルデモストから、そして大陸の各地から、名を上げ力と富を得たいと望む者たちが、迷宮の王に挑戦した。

 そして、破れ続けた。

 信じられるか?

 姿を現してから、三十有余年、このミノタウロスは、一度も負けていないのだっ」


 思わず、ザーラは、ある騎士が一度打ち勝ったといわれています、と口を挟まずにはいられなかった。


「あれは、嘘だ。

 倒したのなら、なぜ、そのあともミノタウロスは生きているのだ?

 第一、たった一人で迷宮の王に立ち向かったなどと、それ自体が嘘くさい。

 もし、地上にヒュドラが、あるいは本当の竜が出たとして、一人で闘おうとする阿呆がいるか?

 あれはな。

 実は、その数年前に、バルデモスト王が、騎士百人を派遣して迷宮の王を討伐しようとしたが、その全員が返り討ちにあって死亡する、ということがあったのだ。

 その不名誉な出来事を糊塗するため、でっちあげたのだな、おそらく。

 わが国には、一人で迷宮の王を倒せる騎士がいます、といいたいのだ。

 気の毒なことだ。

 そっとしておいてやれ。

 迷宮の王を倒すには、本当に優れた勇士が、パーティーを組んで、緊密な連携のもとに闘いを挑むしかない。

 数を頼んでも、名誉もないし、戦闘に油断や乱れが生じる。

 迷宮の王は、現代の神話だ。

 迷宮の王を倒した者は、後世まで語り継がれる真の英雄となるのだっ。

 だから、わがパーティーに入れ。

 これは、運命なのだ!」


 夕食の席でも、ラウラの熱心な勧誘は続いた。


「よし、分かった。

 心配するな。

 おぬしが訪ねていくおなごは、何という名じゃ?

 悪いようにはせぬ。

 言え。

 相手が何と言おうと、おぬしに添わしてやる。

 夫持ちであれば、別れさせる。

 手切れ金は用意する。

 このラウラが約束しよう。

 だから、安心して、わがパーティーに入れ。

 まずは相手の名を言え。

 さあ、言えっ」


 致し方なく、ザーラは、正直に事情を説明した。

 アルダナに滞在していたとき、ある騎士についての噂を聞いた。

 その騎士は、砂漠都市ビア=ダルラの君公に仕え、砂漠の魔物を討って人々の暮らしを安んじている。

 誇り高く、剣の技は神の域に近く、まとう鎧の色から、赤の騎士と呼ばれている。

 この騎士にお会いし、ひと手お教えを受けることが私の望みです、とザーラは言った。


 ラウラ以外の四人が爆笑した。

 ザーラの案内人も、けたたましい声で笑っている。

 ラウラは、むすっとしているが、どことなく顔が赤いようにも見える。


 支援魔術師のオリエナが、腹を押さえながら、とぎれとぎれに言った。


「いやいや。

 ザーラ殿は、運がよい。

 貴殿の望みは、神々がお聞き届けになった。

 なにしろ、ラウラが、いや、ラウラ様が、添わしてやると、名に懸けてお誓いになったのだからな!

 いやいや、めでたい。

 では、ご紹介いたそう。

 砂漠の都市ビア=ダルラの君主コラリオル公のご息女、

 ラウラサリム・タリペトラ・トリト・ビア=ダルラ様。

 当代の、赤の騎士にあらせられる!」






 4


 ひどい大騒ぎになった。

 いつもは無口なアサシンのジャマガルは、


「ひと手お教えというのは、何のひと手であろう」


 と、ぼそっと口にし、ラウラの正拳突きを顔面にくらった。

 のんびりしたところのある壁役のモーラは、


「ザーラ殿は、姫の(むこ)であったのか?」


 と大まじめに質問して、泉に蹴落とされた。

 硬骨な雰囲気を持つシャリアブロは、ザーラに年齢を聞き、もうすぐ十八歳になるという答えを得て、ちらとラウラを見てから、


「ふうむ」


 と、難しい顔をして、自慢のあごひげを斬り飛ばされた。

 頭の回転が速く、口もよく回るオリエナは、じっと黙っていたが、それはそれで(かん)に触ったらしく、かかとで後頭部を蹴られた。

 ザーラの案内人は、何を思ったか、自分から泉に飛び込んだ。


 騒ぎが収まってから、ザーラは、泉を少し離れて、星を見ていた。

 魔法使いのオリエナが来て、横に座った。


「最初の赤の騎士は、姫の伯父上様であられた。

 次の赤の騎士は、姫の兄上であられた。

 おそらく、ザーラ殿がお聞きになられた噂は、兄君のことでしょうな。

 お優しく、そしてお強かった。

 モンスターから街と人を守って闘い、亡くなられました」


「お聞きしてもよろしいですか」


「姫は、二十二歳ですな」


「そのことではありません。

 ラウラ殿は、なぜ、サザードンのミノタウロスを倒したい、とお考えなのでしょう」


 オリエナは、しばらく考えてから言った。


「砂漠では、人の命は、まことにはかない。

 死のあぎとを踏んだ瞬間、命は、何も残さず消え去ってしまう。

 今、あなたが手のひらに敷いている砂粒の数は数え切れないほどですが、明日になれば、どんな砂粒だったかを思い出すこともできないでしょう。

 しかし、たった一粒の砂が、あの星に照らされて、きらりと美しい光を放つならば、あなたは、(きら)めきを見たという記憶を、持ち続けるかもしれない。

 姫は、生きた(あかし)を残したいのでしょう。

 それが、兄君の名誉にもなる、と信じておいでなのです」


「もっと強力な魔獣や魔神もいます。

 近くに、人を苦しめるモンスターや悪人もいるでしょう。

 どうして、サザードンのミノタウロスなのですか」


「遠いから、かもしれませんな。

 この地方には、あまり北の情報は入ってきません。

 ミノタウロスについての噂も、どれほど正しいか、分かりません。

 国の姿も定かに分からぬ遠い異国の、神話のようなモンスター。

 だからこそ、憧れをかき立てられるのかもしれません」


「では、本当には、闘うおつもりでない?」


「いえいえ。

 本気も本気、大まじめですよ。

 われわれのパーティーの編成は、多数のモンスターを同時に相手にするより、少数の手強い敵に向いていると思いませんか。

 迷宮の王を想定した訓練も積み、装備も工夫してきているのですよ」


「しかし、こうしてモンスターの討伐に明け暮れる毎日では、あなたがたほどの精鋭が長期間国を空けるのは、難しいのではありませんか」


「難しいでしょうな。

 姫は、人一倍責任感の強いご性質です。

 兄君が守ろうとされた民草を、何としても守り続けるのが、自分の使命だと決めておられます」


「では、ミノタウロスと闘う準備をしても、無駄になるではありませんか」


「夢のために精一杯の努力をすることは、無駄ではありませんな。

 私たちは、そんな姫様が、大好きなのです」






 このとき、ザーラは、旅立ちを見送ってくれた師匠バラスト・ローガンとの会話を思い出した。


伯父御(おじご)、この前、私の知らない、人として生きる悲しみを、父は知らずにはいられなかった、と言われました。

 あれは、どういうことでしょうか」


「ああ、あれか。

 お前のおやじのパンゼルが生まれたとき、家は剣術の道場をやって、なかなか盛んだったそうだ。

 周りの人も、ちやほやしただろうな。

 だが、パンゼルのおやっさんが病気になると、手のひらを返した。

 パンゼルのおふくろさん、ずいぶん苦労したらしい。

 おやっさんが死に、おふくろさんが体を壊すと、食べる物にも事欠くようになった。

 パンゼルはな、五歳のときから、暮らしを支えてたんだぜ。

 といっても、そんな年じゃ、仕事らしい仕事は、ありゃしねえ。

 何とかかんとか生きていたんだが、やつが七歳のとき、いよいよおふくろさんの具合が悪くなった。

 それで、薬代を手に入れるために迷宮に入って、ミノタウロスに遭ったんだ。

 そこまでの人生で、やつは、生きるっていうことは、どうにもならないもんだってことを、嫌っていうほど知ったんだ。

 おやっさんが死ぬことも、おふくろさんがやせ細っていくことも、今夜の飯がないっていうことも、どうにもならない。

 だが、どうにもならない中で、変わらないものもある。

 おふくろさんの、おやっさんに対する態度、パンゼルに対する態度は、金があろうとなかろうと変わらなかった。

 おやっさんの弟子たちも、貧乏ななか、様子を見に来てくれたり、食べ物を持ってきてくれたりした。

 パンゼルに仕事をくれたりもした。

 パンゼルはなあ、言ってたぜ。

 あのころは、明日も生きている、という希望を持つことはできませんでした。

 それでも、私は母を愛し、自分にできる精一杯のことをさせてもらおう、と思いました。

 そう思ってみれば、そこには、私がやってみることのできるなにがしかがありました。

 それをありがたく思いました、ってな。

 勝つか、負けるか。

 強いか、弱いか。

 それだけを考えるやつには、パンゼルのような闘いはできん。

 名誉な闘い方は、どういうものかを知っていて、平然と無視できなければ、ミノタウロスのような怪物とは闘えん。

 生きていることは悲しいことだって、心底から分かったらなあ。

 欲や不安に振り回されずに、精一杯の努力ができるもんなんだ」


 育ての親ともいえるバラストの言葉は、まるで謎かけのようだった。

 今、その意味が、少しだけ分かった気がした。





 

 5


 ビア=ダルラが、燃えていた。

 火の手こそ見えないものの、煙が上がっている

 まだ、かなりの距離があるのに、異臭がする。

 これは、血と肉と内臓の匂い。

 死と腐敗と生き物の焼ける匂いだ。


 近寄っていくと、城壁の回りに、モンスターの死骸が、累々と横たわっている。

 ザーラたち一行は、何が起きたかを悟った。






 モンスターの狂集団化、と呼ばれる現象がある。

 突然、モンスターが集まって、人の街や村を襲うのである。

 集落を作っているモンスターは、そこに築き上げた彼らなりの社会も生活も財産も振り捨てて、この狂った行進に参加する。


 普段は集団を形成しないモンスターも、どこからともなく、これに合流する。

 種族の違うモンスターは、本来お互いを敵視することも多いが、このときばかりは相争わない。

 飢えも疲れも忘れ、自己保存の本能までも捨て去って、自らが果てるまで、ただただ人間を攻撃し続ける。


 ビア=ダルラは、狂集団化したモンスターに襲われ、からくも、しのいだ。

 城壁は守りきったが、南の門が破られた。

 飛行しながら火炎を吐くモンスターがいたことも、被害を大きくした。


 ラウラは、肝心なときに不在であったことを悔しがった。

 君主である父親と相談し、宮殿を開放した。

 休む場所のないけが人を運び込み、治療や炊き出しを行ったのである。

 朝早くから夜遅くまで、けが人の元を駆け回り、手当をし、一人一人に声を掛けて励ました。


 ザーラは、共に行動して手伝いながら、感動を覚えた。

 領民を大事にする、と口で言うのはやさしいが、ここまでのことができる貴族が、どれほどいるだろうか。


 いや。

 自分自身、領主の長男であり、やがては領主と立つべき立場である。

 その自分は、そもそも領民を大事に思っているだろうか。


 そう思うほどに、今、自分の出せる最大の力でラウラを支えよう、と決めた。

 とりあえず、医薬品は、最低限を残して持ち合わせを提供した。

 大峡谷で会ったナーリリアからもらった薬は、いずれも非常に効能が高く、大いに喜ばれた。

 特に、毒に対する薬は、目覚ましい効能をみせた。


 問題は、このあと、第二波第三波の襲撃があるかどうかである。

 ビア=ダルラの兵力は、警ら官や門番まで入れて、三百五十。

 このうち、騎士は五十。

 残り三百が一般兵である。

 そのほか、市民から募った義勇兵が四百。


 第一次の襲撃で、騎士は十人が死に、二十人が負傷。

 一般兵は、二十人が死に、三十人が負傷。

 義勇兵は、三十人が死に、二百人が負傷。

 損耗率は、高い。


 ただし、最精鋭であるラウラのパーティーが無傷で帰城したことから、兵士も市民も士気は低くない。

 ラウラは、騎士隊長や政務官と相談し、義勇兵を募り直し、三百人を得た。

 義勇兵は、第二波襲撃があっても、戦闘には参加しない。

 物資運搬や負傷者の手当など、後方援護のみに従うものとした。


 そして、四日目。

 第二波襲撃があった。

 防御力をはるかに超える、すさまじい数のモンスターによって。





 6


 二千はくだらないであろうな。


 と、ザーラは思った。

 うち、飛行種が二百体近い。

 地上を走るモンスターの中に、オーガが百五十体ほどもいる。

 実に、まずい。


 しかし、戦術は変わらない。

 第一に、城門を固く閉ざし、城壁の上から攻撃を加える。

 第二に、城壁の一部、あるいは城門が壊れたら、一定数を中に引き込み、小刻みに殲滅していく。


 今、城壁の上には、百人ほどの兵士が、弓を携えて待機している。

 経験のある者をかき集めて、この部隊を作った。

 全員の矢に一本ずつ、ナーリリアからもらった毒を塗った。

 正体はラミアであるナーリリアが、自分で分泌した毒だ。


 ザーラは、メルクリウス家から借り受けている五つの秘宝を、すべて身に着けている。

 目立つ場所では使うな、と言われているが、なりふりを構う場合ではない。

 ボーラの剣は、まだ出していない。

 恩寵の反動がきつすぎて、長期戦は戦えないからである。


()てっ!!」


 指揮官の号令で、矢が放たれる。

 飛翔して迫る多数のモンスターを前に、落ち着いて弓を射れる者は、めったにいない。

 多くの矢は、早すぎ、狙いも甘かったが、それでも、いくばくかは敵を捉えた。

 毒の効果はてきめんで、かすっただけで飛行体勢が崩れ、あるものは城壁に激突し、あるものは内側に墜落する。

 いっぽう、人間側も、かなり多くの弓兵が、撃ったらすぐに伏せろ、という指示を忘れて立ち尽くし、飛行モンスターの餌食になった。


 ザーラはといえば、ティリカの弓を横に構え、四本の矢を同時に放った。

 ただちに、もう四本を取り出し、射る。

 周りの兵が構える弓と比べれば、まるでおもちゃのように小さなティリカの弓は、実は極めて(つよ)い。

 この弓をザーラの筋力と技で用いれば、飛距離も貫通力も、並の兵士のそれとは比較にならない。

 ここで、飛行モンスターたちが突っ込んできたので、ひらりとかわし、反転して、城内に襲い掛かる敵に向け、さらに三本を撃つ。

 山の民の娘から教わった射弓術である。

 都合十一本の矢のうち、十本が敵を落とした。

 もう一本は、はずれたものの、ずっと遠くまで届き、オーガを直撃した。

 オーガは、少なからぬモンスターを巻き込んで横転したから、大当たりといってよい。


 倒せた飛行モンスターは、四十体に届かない。

 百五十体以上が残っているが、ありがたいことに、魔法を撃つタイプは見当たらなかった。

 あとは、城内の遊撃隊に任せるしかない。


 モンスターの地上部隊が近づいている。

 あの勢いのまま、城壁に取り付かせてはならない。

 ザーラは、ここで切り札を切ることにした。


「メテオ・ストライク!

 メテオ・ストライク!

 メテオ・ストライク!」


 ザーラが剣で指した場所に、大きな彗星が落ちる。

 ライカの指輪が光を失う。

 この指輪の恩寵によって、彗星召喚を行ったのである。

 今の三発で、五十体は倒せたろうか。

 周りの兵士たちが、あぜんとした目で、ザーラを見ている。

 指揮官までが、あぜんとしている。


「爆裂弾、用意してください!」


 というザーラの指示を聞いて、待機していたグループが、城壁の上に散開した。

 爆裂弾は、炸裂弾に比べ、重く、大きいが、殺傷力も高い。

 ザーラが手持ちの爆裂弾三百発を、インベントリから取り出して提供したとき、ラウラは非常に驚き、おぬしはこの国と戦争をするつもりだったのか、と訊いた。

 爆裂弾一発は、兵士の給料の二か月分から三か月分にあたるのだから、個人でこれほどの量を持ち歩く者など、いるはずがないのである。


 あわてて爆裂弾を投げようとした者がいたので、ザーラは、


「まだ投げないで!

 城壁に取り付いた瞬間に投げるんです。

 一体のモンスターを狙って、確実に当ててください!」


 と、叫んだ。

 本当は、オーガだけを狙え、と言いたい。

 しかし、それは高望みだ。

 実行できない指示は、指示ではない。


「今だ!

 爆裂弾をっ。

 弓兵っ、何をしている。

 撃てえええええ!」


 ザーラの檄を受けて、爆裂弾と矢が乱れ飛ぶ。

 長くは続かない攻撃だ。

 しかし、この種の攻撃は、集中させてこそ、効果が大きい。


 はじける爆裂弾。

 吹き飛ぶモンスター。

 覆いかぶせるように放たれる矢。


 期待し得る最上の善戦といってよい。

 とはいえ、倒せた敵は、全体の二割少々。

 人間であれば、これだけ損耗すれば一度引くであろうが、狂集団化したモンスターは、死に絶えるまで攻撃をとめない。

 ここからが正念場である。


 モンスターが、城壁を攻撃し始める。

 この揺れ方では、長くはもたない。

 ザーラは、指揮官に、左右に兵を退避させるよう進言すると、城壁の内側に飛び出した。

 尖塔の張り出しと、城壁内部の階段に、交互に飛び移りながら、あっという間に地上に下り立ったザーラに、赤い鎧のラウラが声を掛ける。


「ご苦労。

 上出来だ」


「もう少し下がったほうがいいです。

 すぐに崩れます」


「うむ。

 皆っ、下がれ!」


 その間にも、城壁を殴りつける激しい音が響く。

 やがて、南門付近の壁が崩れる。

 落ちてくる大量の石が、二十体ほどをつぶした。

 そこには石が高く積み上がり、乗り越えなければ中に入れない。

 城壁の、崩れた部分の両隣は、支柱に支えられて落ちてこない。

 うまい作り方だ、とザーラは思った。


 すぐに、モンスターが乗り越えて来る。

 五十体ほどを中に誘い込んで、そのあとを押しとどめる。

 ここには、虎の子の魔法騎士五人が配置されている。

 ラウラと、アーチャーのシャリアブロ、支援魔法使いのオリエナもいる。


 いっぽう、引き込んだモンスターを倒す役は、壁役のモーラと、アサシンのジャマガルと、八人の騎士、五十人の一般兵である。

 すぐ近くには、七人の騎士と、五十人の一般兵が待機して、交替の合図を待っている。

 あと、五十人の一般兵を、街の各所に配置して、飛行モンスターや、包囲網を抜けたモンスターに備えている。


 モーラが、タワーシールドを駆使して、三体のオーガを引きつけている。

 普通、騎士五人掛かりでオーガ一体を倒す。

 上級騎士なら、一人で闘える。

 防御専念とはいえ、三体を一度に相手できるモーラは、やはり尋常の戦士ではない。


 オーガの一撃一撃が、盾に当たって発する音は、戦に慣れた戦士でも、すくみ上がらせるほどである。

 だが、モーラの顔に、あせりは見えない。

 すっとオーガの後ろに移動したジャマガルが、曲刀で足の腱を切り裂く。

 倒れるオーガ。

 そうやって三体のオーガを倒したあと、それぞれ武器を持つ手の筋も切っておく。

 あとは一般兵に任せて、次のモンスターに向かう。


 少し離れた場所で、八人の騎士が二体のオーガと闘っている。

 五十人の一般兵が、四十数体の中型モンスターと闘っている。


 そこにザーラが飛び込み、二体のオーガの足を、一本ずつ斬り飛ばす。

 後ろも見ずに、中型モンスターの中に飛び込み、あたるを幸いに斬り伏せていく。


 騎士の指揮官が、号令し、待機班と交替する。

 様子を見たラウラが、次のモンスターを入れる。

 今度は、先ほどより多めに、六十体ほど入ったところで、足止めを掛け、攻撃魔法と、爆裂矢を飛ばし、それ以上の侵入を阻止する。

 ザーラも、ティリカの弓で、十一本の矢を立て続けに撃ってから、引き込んだ敵の掃討にかかる。

 誰もが、ザーラの働きのすさまじさに目を見張る。

 あの若者は、いったい何者なのか。


 そのザーラは考えている


 うまくいっている。

 今は。

 だが、魔法騎士の魔力は、そう長くは続かない。

 矢玉も、いずれ尽きる。

 そして、モンスターたちは、広い範囲にわたって城壁を壊しつつある。

 まだ千五百体以上いる敵を、このまま押さえきれるわけがない。

 やがて、戦線は崩壊する。


 これは、勝ち目のない戦いなのである。






 7


 そのとき、城壁の崩れていない部分に、外から魔法攻撃が加えられた。

 雷撃である。

 ザーラは、はっとした。


 魔法攻撃のできるモンスターがいるのか?

 それなら、別の可能性が開ける。


「ラウラ殿!

 私はここを離れるっ」


 その声は、ラウラにも周りで戦う者にも聞こえたが、理解はされなかった。

 ここが前線であり、ここを離れてどこに行くのか。

 ザーラは、答えを行動で示した。

 すれ違うモンスターを斬り捨てながら、崩れた石に飛び上がり、周囲のモンスターを手練の早業でなぎ倒すと、その向こうへと飛び下りたのである。

 正気の沙汰ではない。

 そこには、千五百のモンスターが、殺気をみなぎらせて押し寄せているのである。


 見えた。


 と、ザーラは思った。

 魔法攻撃を飛ばしているのは、十体少々の、見たことのないモンスターである。

 巨大なミミズの体のあちこちにとげの生えたような姿をしている。

 頭と呼ぶべき部分は、蛸を下から見たようになっていて、触手のような物をうねうねと動かしている。

 体長は、人間の五倍はあり、起き上がっている部分は人間の身長より高い。


 だいぶ後ろのほうにいる。

 ザーラは、加速スキルを最大に発動して、大回りしてモンスターたちを迂回した。

 それと同時に、アレストラの腕輪の恩寵を発動停止し、ボルトンの護符の、発動させていなかったほうの恩寵を、発動させた。


 オーガが棍棒をたたきつけてくる。

 エンデの盾で受ける。

 たたきつけたと同じ力が棍棒に加わり、砕け散る。

 オーガが殴りつけてくる。

 エンデの盾で受ける。

 殴りつけた腕が砕け散る。

 その一方で、右手の剣は、モンスターを次々に屠っている。

 空中で、大型モンスターの打撃を受けても、モンスターのほうが吹き飛ぶばかりで、ザーラはこともなげにしている。


 矢の届く距離になった。

 大ミミズに立て続けに矢を射る。

 タゲは取ったと思う間もなく、雷撃が来る。

 数発の雷撃に打ち抜かれて、激しい衝撃が全身を走る。

 見ると、ライカの指輪が、光を取り戻していた。


「メテオ・ストライク!」


 城壁の近くにいたモンスターを吹き飛ばす。

 メルクリウス家の恩寵品五点は、いずれも素晴らしい恩寵を持つ。


 魔法を消滅させる、アレストラの腕輪。

 毒や状態異常を解除する、カルダンの短剣。

 物理攻撃を低反動で反射する、エンデの盾。

 攻撃魔法を発動できる、ライカの指輪。

 隠形と魔力蓄積のできる、ボルトンの護符。


 ライカの指輪には、強力極まる攻撃呪文がいくつか封じられていて、魔力のない者でも、発動呪文だけで発動できる。

 込められた魔力分だけ。

 いっぽう、ボルトンの護符には、姿と気配を消す恩寵があり、また、受けた攻撃魔法を自らの魔力として吸い取る力がある。

 ライカの指輪を装着していると、指輪に魔力が蓄積される。

 このとき、ダメージはほとんど吸収してくれるが痛みはそのまま、という妙な仕様になっている。


 つまり、痛みをこらえて、雷撃を受け続ければ、ザーラは、メテオを撃ち続けられるのである。

 荒れ狂うモンスターたちの攻撃をかわしつつ、大ミミズの射程距離から出ないようにしなくてはならないが。

 これだけの乱戦になると、いかにザーラといえども、始終体を削られ続けることになる。

 成算の高い方法とはいえない。

 しかし、これは、絶望の中のかすかな希望である。


 阿修羅のごとく、ザーラは戦い続けた。






 8


 夢か?

 ラウラが、微笑みながら、ザーラの顔を拭いてくれている。


「目が覚めたのか?」


 話し掛けるラウラの顔は傷だらけだった。

 それでもなお、美しい。


 ザーラの全身はしびれ、感覚は鈍い。

 意識も、まだじゅうぶんに覚醒していない。

 すべてが、あやふやで、頼りなく、実体のない幻のようである。


「あなたは、いったい、何者なのだろう」


 ラウラの声も、近いはずなのに、遠くから聞こえる。

 どうも自分の体は、寝台に横たえられているようだ。

 と、ラウラは身をかがめ、ザーラの胸に顔をうずめた。


「あなたが、何者でもいい。

 ありがとう」


 見えないのに、ラウラが泣いているということが、なぜか分かった。

 静かな時間が流れた。

 少し意識が飛んだのか、ふと気が付けば、ラウラの顔が目の前にあった。

 ラウラは、ザーラにそっと口づけた。

 甘く優しい風に包まれたように思った。


「たった一人の民でも、助けられれば、と思っていた。

 しかし、それがかなわないということは、知っていた。

 あなたは、奇跡そのものだ」


 このとき、やっと、ザーラは口を動かすことができた。


「生き残り……は?」


「騎士は、けがをして下がっていた者たちのほかは、私以外みな死んだ。

 兵士は、百人近く生き残った。

 王と王宮は無事で、民の三分の二が生き残った。

 私たちは、勝ったのだ」


 騎士は、どうしたと?


「モーラ殿は?

 ジャマガル殿は?

 シャリアブロ殿は?

 オリエナ殿は?」


「みな、死んだ。

 見事な死にざまだった」


 顔は動かないので、目だけを動かして、ラウラを見た。

 右腕が、ない。

 包帯は、血に染まっている。

 ザーラの目線に気が付いたのか、説明する。


「ザーラ殿のくれた痛み止めは、すごいな。

 さっきまで、私も寝ていたのだ。

 なくなったはずの腕が痛んで、痛んで、目が覚めた。

 しかし、痛み止めのおかげで、今は平気だ。

 砂漠ワニにかまれてな。

 オーガに殴り殺されるところだった。

 オリエナが、光弾で私の右手を焼き切って、助けてくれたのだ。

 代わりにオリエナが殴り殺された。

 私は、左手一本で、オーガとワニを倒したぞ」


 では、生き延びたのだ。

 あれほどの大群を、打ち倒すことができたのだ。

 犠牲は大きかったようだが。


「ザーラ殿の戦いぶりを、見た。

 多くの者が、見た。

 人にできる戦いではない。

 みなは、あなたは神の戦人(いくさびと)アルスに違いないと言っている」


「アルス……それは、私の、もう一つの名だ」


 もうろうとする意識の中で、答えるともなくつぶやいた。

 やはりそうだったのかと納得したラウラは、教えてほしいことがある、と言った。

 帝国では、戦人(いくさびと)アルスは、邪竜カルダンのしもべといわれ、北では、女神ファラとやらの使いといわれているようだ。

 砂漠では、大神ボーラの兄弟神が、神であることを捨てて、人になったのがアルスだ、と信じられている。

 どれが正しいのだろうか、と。

 ザーラは、夢うつつのまま、答えた。


「カルダン神……。

 今日の戦いは、カルダン神より賜った恩寵によるもの。

 大地の神ボーラの恩恵は、さらに偉大なり。

 女神ファラのことは、よく知らぬ」


「そうか。

 では、ビア=ダルラの街は、これより、大神ボーラと神竜カルダンをあがめよう。

 今日の日を祭り日としよう。

 だから、ザーラ殿」


 ラウラの言葉は、中断された。

 街に、大きなざわめきが生じたからである。

 ラウラは、左手に剣を持つと、ザーラに礼をし、何事かを告げて、出て行った。


 ザーラの全身は麻痺し、耳鳴りと頭痛は、治まらない。

 寝たままで、呪文を唱えて、特殊インベントリを開くと、ボーラの剣を取り出した。

 剣を杖に起き上がる。

 寝台に立て掛けてあったエンデの盾と、盾に差してあった短剣を収納した。

 腕輪、護符、指輪を確認する。

 剣を突き、よろよろと建物の外に出る。


 街は、ひどいありさまであった。

 人々は、北門があったほうを見ている。

 瓦礫と折り重なる屍体の向こうに。


 トロールである。

 十体を超えるトロールが、近づいて来る。

 今のこの街にとって、それは死神に(ひと)しい。


 ずるずると、足を引きずり、前に進もうとする。

 だが、こわばる身体は、ザーラの意志に従わない。

 そのとき、誰かが自分を呼んだような気がした。


 振り返ると、ザーラの案内人が、何かを叫びながら、手を振り回している。

 その勢いに押し出されるように、一頭のボーボーが、こちらに走ってきた。

 ザーラの前まで走ってきて、膝を突いて背を差し出したボーボーは、片耳だけ黒い。

 背にしがみつくと、ボーボーは、城壁の残骸と死骸のあいだを器用にすり抜け、外に出た。


 いた。


 トロールまで、約二千歩。

 その手前五百歩ほどの距離に、抜き身の剣を持って走るラウラがいる。


 ザーラは、ボーボーを駆けさせる。

 トロールは十二体。

 大きさは、さまざまである。


 後ろの小さい四体は、子どもであろう。

 トロールも、父は子の、子は母の死を、哀しむのであろうか。


 ひときわ大きな先頭のトロールは、その長大な手に持った棍棒を体の横に引いた。

 体格差はあまりに大きい。

 トロールの長い胴と、短い足。

 その足一本が、ラウラより大きい。


 トロールは、飛び込んでいくラウラの体を、なぎ払った。

 ラウラは、倒れ込みながら、棍棒をかわし、体の回転力で、怪物の右腕を斬り落とした。

 そして、そのトロールに蹴り飛ばされ、ラウラの体は、高く舞い上がった。

 地上に落ちたところを、行進するトロールに、次々と踏みつけられた。


 ザーラの駆るボーボーが、トロールの間近まで来た。

 ボーボーは、右に進路を変えて、トロールを避けた。

 ザーラは、振り落とされ、迫り来るトロールに向かって、ごろごろ転がった。


 このころになって、先頭のトロールは、右手を斬り落とされた痛みを感じはじめたのか、手を顔の前に上げ、大声を上げている。

 ザーラは、身動きのままならない体で、転がる勢いのまま、何とかボーラの剣で、先頭のトロールの足に斬りつけることに成功した。


 その途端。


 ボーラの剣がトロールを傷つけることによってザーラに吸収された、わずかばかりの体力が、劇的な効果を上げた。

 体は封印を解かれたように自由になり、思考、聴覚、視覚、その他あらゆる感覚が、明敏さを取り戻した。

 二体目、三体目のトロールに踏みつぶされるところを、体をねじってかわし、四体目の左足を、斬り落とした。

 ザーラの体力は、再び大きく回復し、倒れるトロールの首を落として、ラウラの元に駆け寄った。

 十一体のトロールたちは、ザーラにもラウラにも興味がないのか、そのまま街に向かっている。


 ラウラは、ひどいありさまであった。

 赤い鎧が、かろうじて圧殺から守ってはくれたが、内臓が破裂しているのであろう。

 口からは、赤い血が、こぽこぽとあふれている。

 目は、膜がかかったようで、焦点を結ぶこともできない。

 左足は、完全につぶれ、あり得ない形に曲がっている。


 ラウラは、死ぬ。

 今まさに冥界の門をくぐろうとしている。

 奇跡のごとき技をふるう神官僧侶にも、ラウラの命は救えない。


 このとき、ザーラは、狂っていたのだろう。

 ラウラの体を引き起こすと、後ろから支え、力を失った左手にボーラの剣を握らせた。

 その手を自分の左手で包み込むと、けもののような雄叫びを上げ、街に近づいていく十一体のトロールに襲い掛かった。


 斬る。

 斬る。

 斬る。


 右手でラウラの胴を抱え、左手でラウラの手ごと剣を持つ、という不自由な体勢にもかかわらず、まるで暴風雨のように、ザーラはボーラの剣をふるった。

 トロールたちは、何かと闘っている、という認識さえ持てなかったかもしれない。

 手を、足を、首を、次々と斬り落としていく狂乱の死神。


 ほどなく、そこには、切り刻まれたモンスターの肉塊と、ザーラとラウラだけが残された。

 ザーラの狂気は、嘘のように治まっていた。

 目を覚まさぬラウラを、そっと砂の大地に横たえ、ひざまずいて神に祈った。


「大地神ボーラよ。

 偉大なるボーラよ。

 (いまし)が厚き恩頼(みたまのふゆ)(いや)びまつる。

 (こいねが)わくば、(これ)(おみな)に、今ゆ一時(ひととき)心安(うらやす)の眠りを」


 ラウラの失われた右手は、元に戻っていた。

 左足も、元に戻っていた。

 傷だらけだった全身が、命を取り戻していた。

 顔には、血糊や汚れが付いているが、傷はない。

 安らかに呼吸をしながら、眠っている。


 千歩と離れていない城壁の残骸から、ビア=ダルラの人々が、出来事を理解できぬまま、立ち尽くして見守っている。


 そのとき、ザーラの頭の中に、すべてを圧する力強い声が響いた。


「パンゼルの息子アルス、またの名をザーラよ。

 時が来た。

 約定にしたがい、わが(つるぎ)となれ」


 ザーラの姿が、その場から消え去った。






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