挿話6
ミノタウロスは、荒い息をついていた。
あれから、ぐにゃぐにゃした丸い敵を、片っ端から斬り飛ばしていった。
上のほうより根本に近い部分のほうが、再生が遅いことは、すぐに分かったので、できるだけ根本のほうを斬るようにして、加速スキルを最大に用いて、一気に多くの丸い敵を刈ってみた。
だめであった。
結局敵は再生してくる。
きりがないのである。
そして、ほおっておいても、体の溶ける液を放ち、こちらの体を絡め取る触手を伸ばしてくる。
斬り飛ばせば斬り飛ばしたで、噴き出してくる体液は、こちらの体を溶かす。
今のミノタウロスは、ひどいありさまであった。
乱戦の結果、溶ける液を体中に浴びて、いたる所が溶けていた。
溶けた所からは、血も流れでるが、溶解液をしっかり浴びた部分は、じゅくじゅくと泡立ちながら、あまり多くの出血はない。
愛用のベルトも一部が溶けて、腰にとまらなくなった。
仕方がないので、いったんインベントリにしまおうとして、赤ポーションの存在を思い出した。
何個かをつかみだして、飲む。
だが、体は再生しない。
ここでは、この体が治る赤い汁は、効かないのか。
とミノタウロスは思った。
先ほどから、持続的にHPが回復するスキルを発動させているのだが、こちらも効果がないようである。
ここは、そういう場所なのだ、と思うほかない。
ミノタウロスは、呼吸が落ち着くと、大きく息を吸い、特殊スキルを発動させながら、強力な息を部屋中の丸い敵に吹き付けていった。
息は、風神の袋から解き放たれた風の精のように勢いよく飛び出し、ふれるものすべてを高熱で包み、燃え上がらせた。
焼け付く息、
と呼ばれるスキルである。
このスキルは使えるようである。
たったの一息で、部屋にある大小多くの丸い敵のうち、八割方を焼き尽くした。
だが、焼けて消えても、見る見る間に再生していく。
次に、ミノタウロスは、もう一度息を吸い込み、一番近い所に生えている丸い敵にだけ、焼け付く息を注いだ。
吹き付け続けた。
燃える。
燃える。
丸い敵は完全に燃え落ちて吹き飛ばされ、さらに下のぐねぐねした岩も、吹き付けられてぶるぶる震えている。
そして、息が止まって、わずかな時間ののち、下の方から再生が始まる。
だが、今、ミノタウロスの目は、焼け落ちた丸いものの下、ぬめぬめした床の中に、細かな根のような物が、うねうねと密集しているのをとらえた。
あれをつぶしたら、どうなるだろう。
ひらめくものを感じ、武器を取り替えた。
新しくインベントリから出したのは、バレルハンマーと呼ばれる、打撃武器である。
無骨な樽に、横から長い串を突き刺したような形をしている。
握りや、樽部分の一部は、木で出来ているように見えるが、芯も外の補強部分も、粘りのある強い鉄をつないで作られている、非常に頑丈で、とてつもなく重い武器である。
これは、人間の冒険者から手に入れた。
これを使っていた冒険者は、身長はわずかにミノタウロスより低かったが、横幅ははるかに太く、体重は、ミノタウロスの倍以上あるように見えた。
全身赤黒く、上半身は裸で、下半身にはだぶだぶのズボンをはいていた。
体躯は、肉の上に肉を塗り固め、さらにその上に、どろどろの肉を垂らしたようである。
目ばかりが、ぎょろぎょろと光り、常にうなり声を上げながら、バレルハンマーを振り回した。
時に横から振り抜かれ、時に上から振り下ろされる、その加速をたっぷりと乗せた一撃一撃には、当たれば当時のミノタウロスとて、致命的なダメージを受けかねない破壊力が込められていた。
体力も底なしで、いくら狙いを外されても、ぐるうると吠えながら、攻撃を続けた。
かわしているミノタウロスは、
人間かと思ったが、別の種類の生き物だろうか。
などと考えた。
実際、スマートに攻撃をかわすミノタウロスと、野獣のように攻め立てる冒険者では、遠目には、人とモンスターが逆に見えたであろう。
バレルハンマーを振り上げたミノタウロスは、それを、ぐうんと振り上げて、一番手近な丸い敵に振り下ろした。
ただし、狙いは、丸い敵そのものではなく、その生え際であり、ぬめぬめした床の内部にある、丸い敵の根本の部分である。
どちゃっという音と、ばこん、という音が、ほとんど同時に響いた。
そして。
丸い敵は、はじけるように飛び散り、生えていた根本の部分の柔らかな岩もつぶれて。
もうその丸い敵は、再生しなかった。
殺し方が、分かった。
それから、しばらくのあいだ、ミノタウロスは、喜々として、部屋中の丸い敵の根本をつぶしていった。
飛び散る溶解液によって、自分自身もどんどん溶かされていったが、いっこうに気にする様子もない。
そして、ついに、全部の敵を殺し尽くした。
辺りをぐるぐる見回し、勝利の余韻にひたっていると。
突然、体が柔らかな光に包まれ、体の再生、いや、造り替えが始まった。
レベルアップである。
傷もすべていやされる。
ミノタウロスにとっては、実に久しぶりのレベルアップである。
もう、ずいぶん長いこと、レベルアップに足りる経験値をくれるような人間には、出遭っていなかったのである。
だが、これはおかしな事態である。
人間を倒したときには、経験値を得られても、モンスターを倒したときには、このミノタウロスは、経験値を得られないはずなのである。
しかし、レベルアップが起きた。
しかも、フロアの敵を全滅させると同時に。
ミノタウロスは、理屈は分からなかったが、とにかく、ここでは、モンスターを倒して強くなることができるのだ、と理解した。
もう一つ、ミノタウロスが気付いたことがある。
先ほど、この場所に来たときには、赤く輝いていた円形の平たい石の横の石は、光っていなかった。
それが、今は、青く発光しているのである。
あれを踏めば、たぶん。
ミノタウロスは、青く光る丸い石の上に乗り、
そして、消えた。