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迷宮の王  作者: 支援BIS
第2部 ザーラ
28/44

第6話 武闘僧パタガモン



 1


「パタガモン様、第十一部隊より報告がございました。

 メジャトケ湖の神霊は休眠もしくは消滅状態にある、とのことです」


「ご苦労。

 いったん山に帰るよう伝えてくれ」


「パタガモン様、第八部隊より問い合わせがまいりました。

 最近、海の神殿に奇瑞が見られたと、辺境に噂が流れているようですが、調査いたしますかと」


「いや。

 あそこには、急いで調査するようなものはあるまい。

 予定通り、第二部隊と合流してガーラ大山脈に行ってもらう。

 少し時間がたちすぎたが、何らかの異変を目撃した者がないか、ふもとで聞き込みをしたのち、案内のできる山の民を雇って神域を見てくるように伝えてくれ」


 ここは、ジャン=マジャル寺院である。

 大陸に名高い武闘僧を輩出してきた寺院である。

 この寺に入った者は、すべて厳しい武術の訓練を受ける。

 宗教教義と、その修行と、武闘家としての修行とが一体化した、特異な寺院なのである。


 この部屋は、教務院総務執務室であり、中央の机に座って、忙しく報告を受け、指示を出し、また、とぎれることなく書類を片付けているのは、教務院総務官補佐のパタガモンという男である。

 総務官は、長老といってよい老人で、現場には顔を出さないので、実質この部門の責任者である。

 駆け回る僧侶たちには細身の者が多いが、パタガモンの体型は、雄偉、といってよい。


 粗末な道着からはみだすような筋肉。

 太い首。

 つるつるにそり上げた頭。

 太く、天に向かって反り上がる眉。

 切れ長で、竜のごとき強い光を放つ目。

 声は、低いけれど、張りがあって、よく響く。


 武において、知能と見識において、宗祖の志を引き継がんとする決意において、心ある青年僧たちから指標と目されている人物である。


 そこに、一人の僧が入って来た。

 ひょろっとした体つきの人相の悪い男だ。


「パタガモン殿。

 なかなか、お返事が頂けませんな」


「おう、ラガラタ殿。

 すいませんな。

 この通り、立て込んでおりまして。

 念話のできるものは、それぞれ大陸中で任務に励んでおりますのでな。

 前に申しましたとおり、手が空く者がでたら、そちらに派遣いたします」


「パタガモン殿。

 念話のできる僧は、当寺院全体にとって貴重な人材。

 いかに教務院の中核たる総務室とはいえ、あまり独占がましいことは、いかがかと」


「これは異なことを。

 独占などしておりません。

 育成したのです。

 今年も、昨年も、その前も、ずうっと以前から、新しく入山した者の配属については、貴殿の属する法務室と、祭事室が最初に人を選び、その他の室が選んで、最後に残った者を、この総務室に引き受けております。

 その者たちを教育するなかで、たまたま念話ができるようになったというだけのこと。

 念話の法は、当寺の中では秘伝でも何でもありませんからな。

 どうか存分に新人育成をなさるがよろしい」


「パタガモン殿。

 そうおっしゃってはみもふたもない。

 どんな才能を持っておるかは時間をおかねば分からぬもの。

 目覚めた才能は有効に使わなくてはなりません」


 そのあとも、ラガラタはしばらく食い下がったが、やがて諦めて出て行った。


「パタガモン様。

 今日のラガラタ様は、妙にしつこかったですね」


「うむ。

 おおかた、先方が言い値を上げてきたのであろうよ」


「それにしても、人材の独占とは、とんでもない言いぐさでしたね。

 自分たちのところは、貴族や金持ちの子弟ばかりを取り込んで、さんざんうまい汁を吸っているくせに。

 見向きもしなかった貧乏人の子弟が修行して能力を身につけると、今度は財産だと。

 商品のつもりなんですかね」


 念話僧は、二人で一組である。

 大陸の端と端にいても、心で言葉をかわすことができる。

 双方が同じ時間に念話の態勢にならねばならないので、いつでも、ともいかないが、定時の連絡を決めておけば、あとは運用次第である。

 これが使える者は、ジャン=マジャル寺院以外から出たことはない。

 この寺院特有の加護によるものといわれている。


 もし、たった一組でもこのような能力を持った者がいれば、政治、軍事、経済その他の上で、利点は計り知れない。

 諸国、特にゴルエンザ帝国は、長期間の人材派遣を、破格の報酬によって願い出てくる。

 まったくはねのけるばかりでは、政治上不都合なので、時々短い期間に限って、派遣を行ってきている。


 また、寺院を政治的に牛耳りたい人々からすれば、外部に恩を売り、人脈を作るよい素材なので、念話僧を実質全員抱えており、かつ渉外の担当である総務室に、働きかけてくるのである。


「パタガモン様。

 あまり大きな声では申せませんが、ラガラタ様は、自分が寺院の総長になったら世に奉仕する寺院に作り替える、と言い回っておられます」


「聞いておるよ。

 念話僧は、その代表として、二組だけを残して十組は外に貸し出すというのであろう。

 馬鹿な話だ。

 この寺院本来の使命を分かっておらん」


 そこに、一人の僧が早足で入室してきた。


「パタガモン様。

 一大事です。

 カウ・レカン教務院総長様が身まかられました」






 2


 山全体にあふれるような武威は、さすがだ。


 と、ザーラは思った。

 先ほどから、修行僧の案内を受けて、細くぐねぐね曲がる石の階段を上っているのであるが、山全体からただならぬ覇気のようなものが伝わってくる。


 ここを訪ねたのは、ザーラ自身の興味もあったが、一度見てもらい、場合によっては返却しなくてはならない物を持っていたからである。


 あの不思議な庭園で独りになって途方に暮れたが、しばらくすると庭園が消えて、見知らぬ場所に立っていた。

 ありがたいことに、妙な品々は庭園と一緒に消えた。


 行き合った人に現在位置を聞いた。

 アルダナからペザに、国境を越えた所だった。

 アルダナには会ってみたい剣客が何人かいたのだが、ロアル教国での経験が経験だったので、もう戻ってみる気にはならなかった。

 とりあえず、あのギルドでのような目に遭わずにすむ、という点では、あの自称ラスボスに感謝したいぐらいだった。


 ペザに来たので、当初の予定通り、ジャン=マジャル寺院を訪ねた。

 Sクラスの冒険者カードは、このような場合には、ありがたい。

 訪問を、むげにはできないからである。


「ザーラ殿とおっしゃったか。

 私は、当寺教務院総務官補佐、パタガモンと申します。

 その若さでSクラスとは、恐れ入ったご修行ぶり。

 当寺の若い者にも、見習わせたい思いがします」


 ザーラは、あいさつを返し、しばらく会話をしたが、武においても智においても、さらには心においても、端倪すべからざる人物と見て取った。

 そして、実は今日お伺いした用件は、と述べて、一つの腕輪を差し出した。


「こ、これはっ。

 いったい、どこでこれを」


 パタガモンほどの人物があわてる何が、この腕輪にあるのかといぶかりつつ、ザーラは説明した。


「私の父は、バルデモスト王国の騎士で、パンゼルといいました。

 父は、あるとき、強敵と闘うために素手の武技が必要と考えました。

 ちょうどそのとき知人のもとに当寺の武闘僧殿がご滞在で、お願いしたところ快く指導をお引き受けくださったそうです。

 わずか三週間であったといいますが、父はその武闘僧殿からまことに得難い技を教授され、強敵に勝てたのです。

 その後父は死に、遺品の中にこの腕輪があったのですが、どういう由来の物か分かりませんでした。

 私の武芸の師匠の一人であるかたが、この腕輪にはジャン=マジャル寺院の文様が彫られているし、尋常の品ではないから、機会があれば一度立ち寄って訊ねてみるよう、助言してくださいました。

 このたび修行の旅で近くを通りましたので、こうしてお訪ねした次第です」


「ううむ。

 なんと、おそれいったことか。

 よりによって、この時期にこの腕輪が戻ってくるとは。

 ううむ。

 神霊のお導きとしか思えぬ」


 パタガモンは、これも神霊のお差し向けでしょう、ご内密に願いますと前置きして、事情を説明した。


 この腕輪のもとの持ち主は、マンダという高僧であった。

 この腕輪は聖獣環と呼ばれる秘宝で、四個あり、それぞれ、東のゴルメド、西のラシャ、北のポルポ、南のヤーツという四聖獣の武徳が込められている、といわれている。


 宗祖が高弟四人に与えた物で、この腕輪を持つ四人が、教務院総長という教団最高位を指名する資格を持つという。

 腕輪は、各保持者が、自分の弟子の中で最も優秀とみた者に受け継がせる。


 ところが、十八年ほど前、ゴルメドの腕輪が紛失した。

 マンダが、旅先でほんの数週間手ほどきした人物に渡してしまったというのだ。

 マンダは、それがどこの誰であるか、決して口にしなかった。

 それは、


「どこの誰かを言えば、使いが出て、腕輪を取り戻すであろう。

 しかし、かの者は、たとえ教えた期間は短くとも愚僧の愛弟子。

 知る限りにおいて、あれほどの格闘者はおらん。

 あの者に託さずして誰に腕輪を授けよというのか」


 という理由によるという。

 そのうえ、マンダは、そのどこの誰とも分からぬ弟子に、秘伝である金剛闘気法と青銅錬丹法を伝えたという。

 許し難いことであり、マンダは平修行者に落とされたが、不満をいうでもなく後進の育成につとめ、六年前に死んだという。


 ザーラは、わびることも気の毒がることもしなかった。

 それをすれば、マンダ師の生き様を軽んじることになる。

 その代わり、


「寺の決まりを破ってのことであったのですか」


 と、訊いた。

 ミノタウロスを倒そうとする父の願いが、マンダ師に禁を破らせたかと思ったのである。


 だが、これに対して、パタガモンは大いに笑って、


「宗祖は、わが技とわが祈りは広く伝えよ、と仰せでした。

 また、技を継ぐ者は、年限や立場でなく、ただ武の力のみをもって定めよ、ともおっしゃっておられます。

 マンダ師は、宗祖の教えに見事に従われた。

 腕輪が教団にとり重要な意味を持つのは、あとで勝手に組織の都合で付け加えたもの。

 腕輪に宗祖の権威を借りておるわけです。

 そもそも、宗祖は、わが墓を作るな、拝むな、組織集団を作るな、と仰せられた。

 ところが、われわれは宗祖の墓を作り、拝んだ。

 最高位たる教務院総長は、その墓番の親方。

 当寺がある、ということ自体、宗祖に対する裏切りなのです」


 と、大胆なことを言った。

 ザーラは、この人は信頼できる、という思いを強くした。






 3


「それにしても、弟子とは、バルデモストのパンゼル殿であったか。

 迷宮最深部の怪物を一人で倒したとか、北方騎士団を寡兵で打ち破ったとか、武勇の噂はこの地方まで伝わっています。

 噂の中には、騎士百人を一人で打ち破ったなどというものもありますが」


「それは事実です」


「なにっ。

 悪いが、信じられません。

 ちゃんとした騎士百人を、一人で相手にできるわけがない」


 この人物になら見せてもかまうまい、と思ったザーラは、インベントリを開くと、ボーラの剣を取り出して、この剣の力を借りてのことです、とパタガモンに見せた。

 パタガモンは鑑定スキルを持っていたようで、目をむいて仰天した。


「これはっ、神銘恩寵品。

 しかも、上級神の!

 まさか、こんな物が、まだ世にあるとは。

 うううううむ。

 なんたるすさまじい恩寵か」


 神銘恩寵品とは何か、と訊ねてみると、神や神霊が最高の恩寵を込めて作ったただ一つのアイテムのことで、その神や神霊の名を冠している、ということであった。

 現在確認されている神名恩寵品は、ほとんどが国や神殿や諸侯の秘宝となっている。

 作成した神や神霊の特性と関係のある恩寵を持つ。

 恩寵の効果は絶大であるが発動条件が厳しく、実際には何百年も使われていないことが多いという。


 次にザーラは、上級神とは何か、と訊ねた。

 神霊が人の信仰を集めて神格を得たものが下級神であり、これがさらに神格を高めると中級神になるという。

 湖や、滝や、山や、川や、木や、岩などの神霊が神格を帯びた場合、その場から動くことは少なく、人格的要素は希薄である。

 竜や、巨人や、神々と人との交わりから生まれた神霊が神格を帯びた場合、どこにでも移動できるし、際だった個性を発揮する。

 上級神というのはこれらと違い、もともと姿形はなく、人が現れるより早くこの世に働きを現していた霊的存在である、ということであった。


「ボーラ神が上級神でおわすなら、ガーラ神やザーラ神もそうなのでしょうか」


「そうです。

 しかし、北のかたなのに、ガーラの神や、ましてザーラの神をご存じとは驚きました」


 実は、と、ガーラ大山脈で山の民の娘に教わった神話と、神霊との出会いの顛末を語った。


「なんと、そうでしたか。

 大山脈で神霊の強い波動が発せられたのは感知しておりましたので、何事が起きたのか調べに、寺の者を派遣していたのです。

 それにしても、神霊相手に刃をふるい、あまつさえそのような誓いを立てるとは。

 あなたは、まるでボルトン神のように無鉄砲なかただ」


「ボルトンというのは、神様の名前なのですか」


「ええ。

 南の一部では、よく物の例えに使われる名前です。

 おとぎ話では人気のある神ですな。

 もとはドナ湖に住んでいた竜神ですが、妻の竜神ライカは怒れる女神とも呼ばれひどい焼き餅焼きで、とにかくすぐに怒る性質でした。

 ボルトンは妻を恐れているくせに、何かというとわざわざライカを怒らせるようなことをするのですね。

 そして、周りの者もとばっちりを食う。

 そこで、好んで危難を呼び寄せることを、ボルトン神のように無鉄砲だ、などと言うのです。

 わざわざライカのひげを引っ張るようなことをするな、という言い回しも残っています。

 ライカはカルダンの妹ともいわれています」


 ああ、それでボルトンの護符はああいう恩寵を持っているのかと、見当違いなところでザーラは納得したが、口には出さなかった。


「アレストラとか、エンデ、といった名をご存じでしょうか」


「エンデは、やはり神竜で、ボルトンの弟だといわれています。

 アレストラ、という名は南では知られていません。

 北には、女神ファラの使役神の一人である、という伝説がありますね。

 出自の不明な神霊なのですが、アレストラの腕輪という神銘恩寵品があるそうですから、実在した神霊なのでしょう。

 今名前を挙げた神霊については、伝説を収集して得られた知識しか持ちません。

 この教団が出来たときには、いずれも身を隠している神霊ですから」


「北でいう六大神は、みな上級神なのでしょうか」


「大地神ボーラと海神エルベトは上級神です。

 治癒と死の神トランは中級神です。

 他の三神は、下級神から中級神に移りつつある、というところではないかと思います」


「それにしても、神々や神霊のことについて、まことに広く深くご存じなのですね」


「それがこの寺院の使命だからです」


「伝説を集めることがですか」


「神々と神霊の動向を見守り、邪神化を防ぐこと。

 邪神化したら、鎮めあるいは滅ぼすことがです」


 邪神化とは何ですかと訊くと、僧は、少し長い話になります、と言った。






 4


 ザーラは、石の回廊を、ひた走っていた。

 さほど広くない通路の両側には、等間隔で石の獣が並んでいる。


 これは、実在の獣を象ったものなのだろうか。


 と、ザーラは思った。

 獣は、獅子のようでもあり、熊のようでもある。

 後ろ足二本と尻尾を支えに立ち上がり、前足二本を威嚇するかのように突き出し、太い牙の生えた口を半ば開いている。

 頭部からたてがみが長く伸びている。

 ここまでなら、獣といってよいのだが、どうも目と耳が異様である。


 目と耳は、どう見ても人間のそれなのである。

 しかも、目はひどく大きく、ゆがんで見開かれ、あざけり笑うかのような表情をたたえている。

 太い四肢、爪の鋭さを見るに、動き出せば、容易ならぬ敵であろう。


 こんなものに、この狭い通路をびっしりとふさがれたら、確かに、よほどの時間をかけねば通れまい。

 それも、相当の腕の持ち主でなければ、どうにもならぬ。


 そう思う心の一方で、これと闘ってみたい、という気持ちも強く湧いてくる。

 しかし、今は時間がない。

 こうしている間にも、挑戦者の門は閉じられるかもしれないのである。


 しかも、今は、走る速度を上げるため、ボーラの剣の力を借りている。

 帰り着いたときの反動は、覚悟しなければならない。

 そのような状態で、格上の相手と闘う。

 だが、近い未来に訪れるその不利な闘いは、ザーラの胸を躍らせてやまない。


 まさか、ここで、かのジャル・ドル・バザ殿と闘えるとは。

 見えた。

 出口だ。


 ザーラは、ボルトンの護符の効果発動を解除した。

 疾風の勢いで出口を駆け抜け、あぜんとする僧たちにかまわず、ボーラの剣をインベントリに収め、挑戦者の門に入ろうとするザーラを、太い腕が止めた。


「待たれよ、ザーラ殿」


 パタガモンであった。

 パタガモンは、右手の人差し指を、ザーラの額に突きつけると、むっ、と気合いを込めた。

 ボーラの剣を使った反動で、きしみを上げ始めていた全身が、嘘のように楽になる。


「ご武運を」


 と目に力を込めて言うパタガモンに、こちらも目に力を込めてうなずくと、急ぎ足で挑戦者の門をくぐった。

 無事にくぐれたということが、ザーラが正しく資格取得の試練を果たしたことを証明している。


 なおも前に進むザーラの後ろで、挑戦者の門が閉じる音がした。

 まさか間に合うと思っていなかった者たちは、驚愕しているであろう。

 だが、すべてはこれからである。


 ほどなく、大きな部屋に出た。

 壁は円形で、天井は半球形である。

 四方の壁には、人と獣が混じり合ったような神像が四体、埋め込まれるように立っている。

 四聖獣と呼ばれる、この寺院の守護神であろう。

 この四聖獣が決着がついたと判定するまで、ここから出て行くことはできない。


 部屋の中央に、一人の初老の男性が座っている。

 じっと目を閉じて瞑想しているようであったが、ザーラが部屋の中に進んでいくと、目を開いて立ち上がった。


「ジャル・ドル・バザと申す」


 武人の礼をもって、男はザーラに名を告げた。

 同じ礼を返しながら、ザーラは、


「ザーラと申します」


 と、短く答えた。

 男の前には、二本のロングソードが置かれている。

 男は、ザーラに、先に取るよう、しぐさで促した。

 まずザーラが、次に残ったほうを男が手にした。


「シアイヲ、ハジメヨ」


 どこからともなく、声が響いた。


 なるほど。

 四聖獣とやらが、ちゃんと判定してくれるのか。


 これから、この剣聖といわれる男と闘えるのである。






 5


 パタガモンから、邪神についての話を聞き終えたザーラは、言葉を失った。

 それまで、神について、迷宮について、冒険者について知っていたことが、すべてひっくり返されてしまったように感じた。


 続いて、ザーラが、ナーリリアから聞いた話と、イシュクリエラの白姫から聞いた話と、竜の御子誕生の顛末を伝えた。

 パタガモンのほうも、ザーラの話に相当の驚きを覚えたようである。

 いくつか長年疑問に思っていたことが解決した、とも言った。


 ザーラは、邪神を討つことを使命とするというこの教団が、ナーリリアのことをどうするのか心配した。

 パタガモンは、ラミアはこの宗派が討伐の対象にするようなものではないし、まして実体が人間であるとすればなおさらであると言った。

 ただし、妖魔というものは、本人の思惑にかかわらず事件のもととなることはあるので、万一多くの人間に災いを呼ぶような事態になれば、何らかの手を打つことはあり得る、とも付け加えた。


 パタガモンは、腕輪を当寺にご返還いただけないかと申し出、ザーラは、もとよりそのつもりでした、と応じた。

 パタガモンの説明によると、最高責任者が少し前に急死し、新しい最高責任者に、利権と富貴しか眼中にない人物が選ばれようとしており、その場合、この寺本来の使命は、遂行不可能になるという。

 ところが、聖獣環保持者三人のうち、二人までが、その人物を推している。

 行き詰まったところに、四つ目の腕輪を持って、ザーラが現れたのだというのである。


 しかし、腕輪があっても伝承資格はどうなりますか、とザーラが聞くと、なんと、パタガモン自身がマンダの高弟であり、秘伝はすべて受け継いでいるので、継承資格には問題がない、と言う。


 ザーラは、間に合う時期に来ることができてよかった、と心から思った。

 そのまま、賓客として、寺の修行を見学などして、有意義に数日を過ごした。


 ある日、事態が急展開した。


 憤怒に顔を染めたパタガモンに事情を聞くと、二対二で拮抗した候補のどちらを取るかについて、四聖獣の堂で帰依者の対決により決する、と相手側が言い出したらしい。


 帰依者というのは、寺の武威に心服して宗法の守護を誓った外部の武芸者であるという。

 四聖獣の堂は、決闘場のようなものであるが、ここには、四聖獣の霊が祭られており、闘いの不正を監視し、決着を宣言するという。

 この堂への入り口は、試練の扉と呼ばれ、資格を持った人間以外は通さない。

 堂の前に、長い回廊があり、その最奥にある石版に触れれば、資格を得られる。

 堂と回廊は、宗祖自身が残した唯一の建造物であるという。


 寺の重要事項について議論で決着がつかないときに、四聖獣の堂で決することは、教団の規則にも認められている。

 遺恨を残さないため、代理として帰依者に闘わせることも、慣例に則ったものである。


 だが、それを、今日行うというのだ。

 この議は、言い出したほうが日時を決められる。

 あまりといえば、あまりなやり口である。


 私が今から回廊に行きましょう、とザーラが申し出たが、石版までの距離は、神速の歩法の持ち主でも、指定の刻限までに戻れるものではなく、まして、回廊では、石の獣たちが襲い掛かってくるので、練達の武芸者でも三日はかかる、とパタガモンは答えた。


 だが、ザーラは、相手の武芸者の名を聞いて、すっかりやる気になっていた。

 それは、まさに、アルダナで最も会いたかった剣客である。

 また、およその距離を聞いて、間に合うかもしれない、と思った。

 いぶかるパタガモンに押して願い、案内を受け、回廊に飛び込んだのである。


 走る速度は、ボーラの剣により加速される。

 ザーラ自身の加速スキルで上乗せできる。

 そして、ボルトンの護符の恩寵の一つである、隠形効果を発動させた。

 もはや、いかなる相手にも気付かれない。

 風よりも疾く、ザーラは走った。






 6


 今目の前に立っている敵は、確かに剣を持っている。

 それなのに、重さが感じられない。

 おそらく、剣を持っている、という感覚さえないのであろうな。


 そう思いながら、ザーラは、石の床を右回りにすり足で移動しつつ、攻撃の呼吸をはかった。


 ひゅん、ひゅん。


 風斬り音というには控えめすぎる音を立てて、相手の剣が二度振られた。

 ザーラは、これを、上半身のひねりだけでかわしつつ、右に回る足は止めなかった。


 二撃とも、カウンターで斬り込める隙があった。

 隙に乗じて斬り込んでいたら、殺されていたであろう。


 ザーラは、剣を左下段に下げ、左下から斬り上げた。

 相手は半歩下がってこれをかわす。

 ザーラは、右に一回転して、加速を加えた斬撃を繰り出した。


 相手は、跳躍してかわし、そのまま空中で身をひねり、たっぷりの遠心力を乗せて、左上から袈裟懸けに斬り付けてきた。

 ザーラの剣は右に泳いでおり、左半身は無防備にさらされている。

 後ろに倒れるようにして、斬撃をかわす。

 相手の剣が、体をかすめて、空を切り裂く。

 ザーラは、遠心力を利用して体を起こす。

 再び、二人は剣を突きつけ合って対峙した。


 危ないところであった。

 右回りの足運びを最後に逆転させて、間合いを惑わせていなかったら、まともに切り裂かれていたであろう。


 相手の呼吸は、乱れてはいないが、心持ち胸が大きく動いているように見える。

 この相手に、ただ一つ優るものがあるとすれば、それは若さである。

 待ち続けるほど、勝機は増す。


 そんなことを考えながら、ふとザーラは思った。

 たかが氷狼に傷つくことの恐怖を感じた自分が、今はこれほどの敵を前に、むしろ喜々として闘っている。

 一撃を受ければ、手足が飛び、命を失う。

 そのような相手と、勝算があるとはいえない状態で殺し合いをしながら、自分の心には恐れがない。


 これは、どういうことなのか。


 闘いの高揚が恐怖を麻痺させているのだろうか。

 氷狼と違って、殺されても名誉な相手だからだろうか。


 相手が、袈裟懸けに斬撃を繰り出してきた。

 ザーラは、左に身をかわして、剣先を相手の顔に突き込もうとした。

 相手の剣が、右下から左上に、ちょうど先ほどの斬撃を逆にたどるように、斬り上げてきた。

 ザーラは、剣を相手の剣にすりつけて軌道を変えさせ、一歩下がった。

 相手も、半歩下がった。


 今のは、素晴らしい技だった。

 かわしたはずの剣尖が、間髪を入れず斬り上げられた。

 見たことのない技だった。

 何が起こったのかは、見た。

 相手の重心は、剣の向きと同じく、上から下へ移動していたが、まるで子どもの遊び玉を地にたたきつけたように、急に上向きの移動に変化した。

 同じことをすれば、私にも、今の剣撃が、再現できる。


 ザーラは、思った。


 闘いというものは、人と人とが闘うものだが、それと別に、技と技とが闘う、という面がある。

 私を通じて出たがっている技があり、相手を通じて現れたがっている技がある。

 技よ、存分に出てゆけ。

 思うがままに舞い踊るがよい。


 二人の技の応酬は続いた。


 ザーラが左袈裟から右逆袈裟に変化する連続技を使えば、相手は、最小限の見切りと打ち合わせで、これをかわした。

 相手が、回転しながら次第に深く踏み込んできたときには、ザーラは、まったく同じ間合いを保ってみせ、相手は攻撃を止めざるを得なかった。

 そのすぐあと、ザーラが、右の背中にかつぎこんだ剣を、かわしようのない距離でたたきつけようとすると、相手は、自分の剣を持つ手を、ザーラの剣を持つ手に打ち付け、攻撃力を拡散させた。


 それからも、技のやり取りが繰り返された。

 そして、ある瞬間。


 ザーラは、澄み切った心の一部で、ある場面を思い出していた。

 バラストは、いつものように、無骨なバトルハンマーを持っている。

 初めは、あんな単調な動きしかできない武器で剣の相手をしてくれるのは気の毒だと思っていた。

 ところが、バラストのハンマーは、頭で、軸で、柄で、あるいはその全部で、時により、場合により、千変万化にふるわれる。

 攻撃かと思えば防御に、防御かと思えば攻撃にと、自在に変化しつつ、こちらの剣のあらゆる動きを封じる。

 対して、こちらは、強力極まるハンマーの打撃を受け止めることなどできない。

 そのうちに、剣のように取り回しの悪い武器で、ハンマーと闘うのは、不公平だ、と思うようになった。

 バラストが、時々、狙ってこちらの剣を折りにくる。

 立て続けに剣を折られたある日、ずるい、と言った。

 きょとんとしていたバラストは、大笑いしてから、ならわしも剣を使おう、と言った。

 互いにロングソードを構えて対峙した、次の瞬間。

 ザーラの剣は、ぱきんと折られてしまった。

 武器じゃねえよ、技だ。

 そう、バラストは言った。


 見えた。

 相手の剣の根本から三分の一ほどの部分。

 隙だ。

 普通の剣士は、隙とは考えない隙だ。

 思う瞬間には、ザーラの剣は、その部分を正確に打ち抜いていた。


 パキン!


 相手の剣が、折れ飛んだ。


「ソコマデ」


 と判定の声が下りる。

 勝負はついた。

 勝ったのだ。


「見事」


 と、剣聖が声を掛けてくれた。


「ありがとうございました」


 と、ザーラは頭を下げた。

 こんなに心から頭を下げられるのは生まれて初めてかもしれない、と思いながら。

 そして、気付いた。

 この試合で、自分が一度も特殊スキルを使っていないことに。

 どうしてだろう、と不思議に思った。


「どうされた。

 妙な顔をしておるぞ」


「いえ。

 試合のあいだ、自分が一度も特殊スキルを使っていないことに気が付きまして。

 どうしてだろうか、と」


 実は、わしも同じことを考えておった、と剣聖が笑った。

 ザーラも笑った。

 周りの四聖獣も笑っているように見えた。





 7


 意外にも、ザーラの勝利は、僧たちの多くに好意をもって迎えられた。

 あちらのあまりに強引なやり方や、日頃の言動に対して、不快感や反感を持つ人は少なくなかったのである。

 絶望的な状況から、あざやかに勝利を勝ち取ったことと、四つ目の聖獣環をどこからともなく取り戻した手柄があいまって、パタガモンは、非常に大きな信頼と支持を勝ち取ったようにみえる。

 新しい教務院総長には、現在の総務官なる人が就くことになったということである。


 ザーラは、四か月をジャン=マジャル寺院で過ごした。

 帰依者として宗門のために闘った者は秘伝を学ぶ資格を持つとのことで、厳しいが有益な四か月だった。

 寺院にいるうちに、ザーラは十七歳になった。

 そのあと、アルダナに行った。

 ジャル・ドル・バザに誘われたのである。

 剣聖の道場に世話になった。

 二人は、まるで、年の離れた親友のようであった。


 ジャル・ドル・バザは、ザーラに、おぬしの家名はゴランだが、もしやエイシャ・ゴラン様とは縁続きか、と訊いた。

 曾祖母の父がエイシャ・ゴランで、父がゴラン家を復興しました、と答えたところ、扱いはより親しく丁寧なものとなった。

 わしの祖父はゴラン様の弟子だから、おぬしは師匠筋にあたる、と剣聖は言う。

 ザーラは、本来の名と身分を説明したうえで、内密にと頼んだ。


 剣聖や、その弟子と、いくども剣を交えた。

 剣聖の紹介で、いくつもの道場に行き、多くの技を学ぶことができた。

 最初のうち、慣れない剣技にとまどうこともあったが、一通りアルダナ風の武器とその使い方を覚えると、負けなしとなった。

 ただし、不思議なことに、剣聖には、あれ以後勝てなかった。

 エイシャ・ゴランの血筋の者であると、こっそり剣聖から教わった人もいたようで、非常な好意を示され、この伝説的な剣客の逸話を聞かせてくれた。


 あるとき、ザーラは剣聖に、あなたはなぜラガラタにお味方なさったのですか、と訊いてみた。

 剣聖の言うところでは、帰依者として四聖獣の堂に立つのは、武芸者としてこの上ない名誉であり、断るなど考えられないという。

 自分が何を代表して闘うのかは、あらかじめ教えられないものであり、ただただ磨いた武技を捧げ、宗祖と神々の裁定にすべてを委ねるのである。

 帰依者となって二十年以上になるが、四聖獣の堂のことに選ばれたのは初めてであり、どんな相手と闘えるのか楽しみで仕方がなかった、と剣聖は言った。

 あなたは、もう少しで対決者を得られないところでした、とラガラタのたくらみを説明すると、剣聖は、まず、大いに怒った。

 そして、しかし結局わしは、おぬしと闘うことができ、しかもおぬしが勝ったのじゃから、やはり宗祖様は偉大じゃわい、と言って笑った。

 ザーラも、なるほど私が勝てたのはそういうわけでしたか、と納得して笑った。


 冒険者ギルドには近寄らなかった。

 幸いにも、アルダナ滞在中、ロアル教国でのように追い回されることはなかった。

 ザーラは知らなかったが、剣聖がにらみを利かせてくれていた。

 また、ロアル教国のように、人が住む地域が連続的に広がっている地域は、大陸でも珍しい。

 大きな国であっても、街や村という点をつないで成り立っている。

 情報伝達の速度も精度も低い。


 だが、やがて、ザーラの剣名が知れ、諸侯から注目されだした。

 七か月をアルダナで過ごして、ザーラは、カレリヤ自由都市群に向かった。

 ピア=ダルラに、ぜひ剣を交えてみたい男がいる。

 





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