挿話5
目の前から広場が消えた、と思った次の瞬間、ミノタウロスは、自分が今までとまったく違う場所にいることを知った。
別の場所ではあるが、先ほど乗ったのと同じような形をした石に、自分の体は乗っている。
ただし、先ほどの平らで丸い石が青色に光っていたのに対し、こちらの石は、形はまったく同じながら、赤色に光っている。
そのすぐ横に、まったく同じ大きさで同じ形の石があるが、こちらは、光らず、灰色にくすんでいる。
部屋、といえば部屋である。
周囲の形は、上から見下ろせばいびつな円形、といってよいだろうか。
床は、ぐにゃりとした感触である。
うねうねとした起伏を持つ、赤褐色の床に、ところどころ、極彩色の、丸いボールが転がっている。
ボールの大きさは、まちまちである。
大きいものは、ミノタウロスの身長に等しい直径を持ち、小さいものは、腰ほどまである。
形はややいびつで、模様からしても、つぼみ、とでもいったほうが近い。
よく見れば、床から生えているように見える。
床も天井も、そのつぼみも、ぼんやりと色とりどりに発光している。
だが、そんなことより何より。
この部屋は、尋常な空間ではない。
空気、と呼ぶには、あまりにねばねばとして重苦しい気体で満たされ、濃密な瘴気が立ちこめている。
おそらく、何らの抵抗も持たない生き物であれば、入ってすぐに死んでいる。
今のミノタウロスなら、じゅうぶんに耐えられるが、心地よい、とは到底いえない。
ぬめぬめした壁は、そのまま天井につながっている。
どこにも出口が見当たらない。
ミノタウロスは、壁の様子を確かめようと、乗っている石から降りて、一歩を踏み出した。
すると、すぐ近くのつぼみが、ぶわっと釣り鐘型に開き、中から無数のうねうねした触手が飛び出して、ミノタウロスに襲い掛かった。
ほう、面白いものが出たな。
と、思いながら、ミノタウロスは、触手を片っ端から切り落とした。
そして、間合いを取ろうと、一歩後ろに下がったところ、今度は、後ろ側のやや小さいつぼみが開いて、攻撃を加えてきた。
同時に相手にするのはよくないと判断し、ミノタウロスは、一度跳躍して、ここに飛ばされてきたとき乗っていた、平たい石の上に戻った。
二体の球体捕食生物は、すぐに触手を収め、元の形に戻って、何事もなかったかのように、静まった。
後ろから襲ってきた触手に、少し左手が触れたのであるが、その触れた部分が、しゅうしゅうと腐食して、いやな匂いを放っている。
触手の動きは、なかなかに素早く的確で、ぐずぐずしていれば、あるいは、一度にたくさんの相手と闘えば、ミノタウロスといえども、苦戦しかねない。
そして、相手は、今ミノタウロスがいる中央付近では、まばらであるが、壁に近い所では密集している。
ここで、人間であれば、まずは、調べたり、考えたりするかもしれない。
だが、ミノタウロスには、そのような発想はない。
そこに闘える相手がいて、向こうはこちらを襲ってくる。
ならば、まず殺す。
話はそれからである。
あふれ出てくるどう猛な歓喜に、ミノタウロスは目に笑いを浮かべた。




