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迷宮の王  作者: 支援BIS
第2部 ザーラ
24/44

第4話 エルストラン迷宮の亡霊

 



 1


 枯れ木をたくさん打ち鳴らすような音だな、


 と、ザーラは思った。

 十何体目かのレッド・スケルトンを倒しての感想である。

 今日は、初めて実戦でバラストから餞別にもらったバトルハンマーを使っている。

 とても重たいが破壊力は抜群で、レッド・スケルトンはおろか、ブラック・スケルトンでさえ一撃で粉砕できる。

 そのブラック・スケルトンが、後ろから近づいて来る。


 なぜ、誰も補助してくれぬのであろうか。


 と、今さらながら寂しく思う。

 これでは、パーティー戦ではなく個人戦ではないか、とザーラが思うのも無理はない。

 せっかく、スカウト、剣士、戦士、支援魔法使い、攻撃魔法使い、僧侶という、理想的といっていい編成なのに、それがまったく生かされていない。


 スカウトは、倒したレッド・スケルトンの数を数える以外のことをしない。

 戦士は、普通のスケルトンを引きつけると言っていたが、三体を相手にするだけで精一杯なので、危なくて任せられない。

 攻撃魔法使いは、余分なレッド・スケルトンを倒してしまってはいけないから、と理由立てて、まったく戦闘に参加しない。

 支援魔法使いは、一生懸命支援をしてくれようとはしているが、スケルトンがうじゃうじゃいる中でザーラにうまく近づけず、支援を切らしたままである。

 僧侶は、不要なときに回復をするかと思えば、必要なときには、ほかのことに気を取られている。


 どうしてこんなことになってしまったのであろう、


 と、ザーラは思った。





 2


 海の神殿近くの砂浜での戦闘のあと、最初に目を覚ましたのは、僧侶のゴンドナであった。

 夜明け少し前のことである。

 少し遅れて、ザーラとボランテとヒマトラが、ほぼ同時に起きた。

 起きてすぐ、ザーラは、異常に気が付いた。


 体が痛くない。

 全身が爽快で、生気に満ちている。


 冒険者カードを出して確認すると、なんと七十九レベルになっていた。

 戦闘前のレベルアップで、七十二になった。

 それから七つも上がっているのである。

 たしかに山ほどの敵を倒したが、それにしても、あり得ないほどのレベルアップである。

 最近、このようなことが、何度も起きている。

 ゴンドナなら分かるかもしれないと思い、


「ゴンドナ殿。

 レベルアップというものは、敵を倒して得られる経験値によってのみ起こるものと思っていました。

 違うのでしょうか」


 と訊いた。


「ふむ。

 冒険者の実践的理解としては、とてもすっきりした、分かりやすい考え方じゃのう。

 それでよい、といえばよい。

 じゃが、より本質的にいえば、レベルアップというのは、神の感謝が生き物を成長させる出来事なのじゃ」


「神様の感謝ですか?

 意味がよく分かりません」


「ここに饅頭屋がおるとする。

 饅頭に一個いくらと値段を付けて、それを売る。

 じゃがのう。

 かわいい孫が来たら、饅頭屋は金を取らずに饅頭をやるかもしれん」


「はい」


「そのかわいい孫が川でおぼれて、それを助けてくれた人がいたら、お金を取らずに饅頭をどっさりあげるかもしれん」


「饅頭屋が神様で、饅頭が経験値ですか」


「そうじゃ。

 このモンスターを倒したら経験値いくら。

 レベルいくつだから、あと経験値いくらで、次のレベル。

 これはの。

 一個いくらで饅頭を買うようなものじゃ。

 対価と見返りが常に釣り合っているように見えるから、法則のように人は思う。

 しかし、そんな保証は、本当はないのじゃがな。

 饅頭屋が客の態度に怒って饅頭を売らんこともあるかもしれん。

 店をやめてしまうかもしれん」


「そうであるなら、なぜ、一個いくらで饅頭を買えるようなレベルアップが、現在あるのでしょうか」


「それは、わしにも分からんがの。

 もともと、神が人に恩寵としてくだされたのか。

 人が求めて、神が応えたもうたのか。

 いずれにしても、そうすることによって、大きな意味で神の御心にかなうような何かがあったのじゃろうな」


「私はどこかで、神様のお孫さんを助けたのでしょうか」


「助けたんじゃろうな。

 神が、実現したいが神の力だけではなしえず、人がこれをしてくれたらと、願っておられる事柄がある。

 それをなしてくれた人間は、神にとって、孫を助けてくれた恩人に等しい。

 神は、その人間に感謝なさる。

 その感謝がそのまま、経験値という恩寵となるのじゃ。

 神の側から働き掛けが起きるので、あらためて請願をせずとも、レベルアップが起きるわけじゃな」


「なるほど。

 そういわれてみると、ふに落ちる点もあります」


 ボランテもヒマトラも大幅なレベルアップをしていたようで、二人の会話を興味深げに聞いていたが、


「その話は、そのへんでいいわ。

 あたしが倒れたあと何が起きたか、教えて。

 それから」


 と、傍らの白い子竜のほうを見て、


「こ、これって、やっぱり、あれ?」


「地上で最後と思われる竜の御子(みこ)です」


 ボランテとヒマトラが、感に堪えない様子で、あらためて竜をじろじろ観察し始める。

 竜の子のほうでも、これをおもしろがって、互いに相手の周りをぐるぐる回り始めた。

 ヒマトラが、足をもつれさせて転ぶ。

 竜の子が、きゅいきゅいと喜びながら、ヒマトラの上空で、勝利の踊りを踊る。


 いつの間にか、怪物たちは消え去り、静かで平和な浜辺に、朝の日が昇ろうとしていた。





 3


 ザーラは、みんなが倒れてからのことを、できるだけ正確に語った。

 そのあと、一同は、白姫(しろひめ)の墓を作った。

 その前で祈祷を捧げたあと、報酬を分配した。


 ザーラは、竜の命名とはどうすればよいか、ゴンドナに相談した。

 ゴンドナは、決まった様式などないと思うが、王の長子の命名式になぞらえてやってみるかと、おもしろがって協力してくれた。


 みんなから供物をかき集めると、ゴンドナは、ありあわせの素材で、見事な祭壇を組み上げてみせた。

 さあ始めるかと、ゴンドナが聖衣をインベントリから出して身に着けたときには、みんな声を失った。

 枢機卿(カーデイナル)の正服であったからである。

 ゴンドナの采配にしたがって命名式は進められ、ザーラは、竜の子に名を付けた。

 一同は、天に手を差し伸べて、命名の出来事を証言し、寿いだ。


 それから宴会になった。

 祭りのあとの宴会は、直会(のうらい)というらしい。

 供えられた食材が料理され、供えられた酒を飲んだ。

 供えられていなかった酒も、どんどん飲んだ。

 ゴンドナが最高位の聖職者であると知って、ヒマトラは、敬称を付けて呼ぶようになった。


「ゴン猊下(げいか)、そっちの肉取って。

 あ、そのワイン、こっちにちょうだい。

 ちがうわよ。

 瓶ごとよこしなさい。

 ありがと。

 さすが、枢機卿(すうきけい)ねえ。

 いーワインだわー。

 猊下〜、このワイン、あとで十本ちょうだいね」


 相変わらず敬意はこもっていないが。


 ボランテは、ある国の騎士団でそれなりの地位にいたらしいが、別の国との戦争で上司の判断に異議を申し立て、すったもんだのあげく、上司をぶちのめして出奔してきたらしい。

 ヒマトラは、ある国で宮廷魔術師見習いだったが、手込めにしようとした上司を黒こげにして出奔してきたそうだ。


 ザーラは、自分は親の遺志を継いで強敵と闘うために修行の旅をしていると言った。

 ゴンドナは、自分の経歴を語らなかった。


 このあと、どうするか、という話になった。

 ゴンドナは、神殿に行くという。

 竜の子も、神殿に連れていってくれることになった。


 ボランテと、ヒマトラは、五人が出会った街に戻るという。

 どうしても、ぎゃふんといわせたい相手がいるらしい。

 ザーラは、ギル・リンクスのふるさとを一目見てから南に行く、と言った。


 ヒマトラは、金が入ったからといって葉巻はだめよ、とボランテに言い、ボランテは、お前にそんなこと言われる筋合いはない、と応じた。

 ヒマトラは、自分自身に筋力上昇の呪文を掛け、ゴンドナからメイスを借り、ボランテを張り倒した。

 そのとき、ボランテは、確かにごつんと派手な音を立ててメイスに当たって倒れながら、ほとんどダメージは受けていないという絶妙の見切りを見せ、ザーラをうならせた。

 使えないと言っていた支援魔術をヒマトラが使ったことを、あえて指摘する者はなかった。


 竜の子は、エッテナの燻製が、ひどくお気に召したようだ。

 しっかり(いぶ)された端の固いところを、竜の子のブレスで軽くあぶると、極上の珍味になることを、ゴンドナが発見した。


 最高に楽しい夜となった。





 4


 翌朝、一同は別れた。

 まず、馬に乗って去って行くボランテとヒマトラを見送った。

 二頭の馬は、砂浜から少ししか離れていない林の中にいたようで、ボランテが口笛を吹くと戻って来たのである。

 二人の姿が峠の向こう側に消えるころ、ゴンドナが言った。


「実は、わしも、目が覚めたらレベルが上がっておってなあ。

 それだけではないのじゃ。

 コンヴィクション・ハンマーを使うとき、寿命の半分を差し出したのじゃが、今朝見てみると、半分減るどころか元より少し増えておったようじゃ。

 大きな饅頭を頂いた、ということかの」


 ザーラは、


 寿命の半分というのは、残り寿命の半分なのか、それとも、全寿命の半分なのか。

 自分の寿命を見ることができるのか。


 と聞きかけたが、やめた。

 この僧侶に不用意な質問をすると、そんなことまで知りたくなかったと思うような答えが返ってきそうで、怖かったのである。


 竜の子は、初めはザーラのそばを離れなかったが、ザーラが持ち合わせている燻製肉をすべてゴンドナに渡すと、今度はゴンドナのそばを離れなくなった。


「わしは、これからしばらく神殿で祈念を込める。

 ザーラ殿のことも祈っておるからのう。

 神のみわざは()むべきかな。

 若き冒険者の旅に、(さち)多かれ」


 ザーラは、頭を垂れて祝福を受け、旅立った。

 ユトの島を訪れて感慨を深め、大陸に戻って、半島を海沿いに南下した。

 モンスターに襲われている隊商を見かけて助力したところ、乞われて護衛に加わることになった。


 アルダナに入った辺りで別れようとしたが、隊商の(おさ)が、ロアル教国まで来てほしいと言う。

 この辺りは、盗賊が多いのだという。


 もともとザーラは、ロアル教国に入るつもりはなかった。

 ロアル教国は、アルダナ国の中にある宗教国家で、形式的にはアルダナから自治を許された小領主といった立場であるが、諸国の神殿の本山にあたる大神殿をいくつも抱え、大陸全体から聖地と見なされている。


 その反面、世俗化した聖職者が横暴なふるまいをしたり、異なる神を奉ずる神殿同士のあいだで権力闘争が盛んであるなどといった噂もあり、ザーラとしては、あまり足を踏み入れたい気持ちがなかった。

 入国審査が厳しいらしいというのも、ロアル教国に入りたくない理由の一つであった。


 だが、別にやましいところがあるわけでもない。

 とにかく関所まで送ることにした。


 関所というのは、巨大な砦であった。

 砦の両横には、長く高い壁が築かれており、砦を過ぎれば、もうそこが街であるという。

 入国審査待ちの長い列ができているのを見て、ここで別れようかと思ったが、せっかくここまで来たのだからと、列に並んだ。

 審査を受けるまで、一日かかった。


 冒険者カードを審査した係官が、大きな声で言った。


「おお!

 Sクラスの冒険者殿ですか。

 ようこそ、ロアル教国に。

 神々と教主様との名において、あなたを歓迎します。

 神々の栄光は永遠なり」


 周り中の視線を集めた。

 護衛してきた隊商の長までが、目を見張っている。


 それからが、大変だった。


 報酬をもらって別れようとしたが、隊商の長は、護衛の専属契約をしつこく迫ってくる。

 断っても、今日の宿はどうしますかとか、よかったらお世話しますと言われ、それも断ると、案内の人間を付けると言う。

 長だけではない。

 さまざまな人々が、ザーラを取り巻き、親切がましく話し掛けては、何とか関係を結ぼうとしてくる。


 最後には、冒険者ギルドに行くので、用事があればそちらにと言い切り、何とか包囲網を脱出した。

 すると、今度は、冒険者とおぼしき人々が、ギルドに案内すると言ってまとわりつく。

 場所だけ教えてくださいと頼むと、目の前にギルドがあった。


 それからが、さらに大変だった。


 冒険者ギルドに行くと、奥に通され、上級職員が面接にあたった。

 ここでは、クラスだけでなく、レベルまでも表示させることを求められた。

 冒険者カードを見た職員が、ぎょっとした表情になり、しばらく席をはずしたあと、ギルド長なる人物が面接に加わった。

 これまでの業績を、細かに聞かれた。

 バルデモスト王国のサザードン迷宮で冒険を続けていたこと、その後、思うところあって旅に出たことを話した。


 ギルド同士では、非常な遠方でも情報のやりとりというものはできるし、また、情報を要求された場合断らないのが常識であるから、隠したりごまかしたりしても、あまり意味がない。

 ただ、旅に出てからの冒険の中身は、隊商の護衛以外については、依頼主の秘密に関わるからと、村や個人から、いくつかのクエストを受けたことを述べるにとどめた。

 大まかな旅路を述べるとき、ガーラ大山脈を越えたと言うと、ギルド長と職員が、あぜんとした顔になった。


 Sクラス冒険者であるということは、冒険者レベルが六十一以上か、あるいは、五十一以上で格別の功績を挙げている、ということにほかならない。

 レベル五十一以上ということは、戦闘力において大国の上級騎士なみの力がある、ということである。


 諸侯同士のいさかいが、片方に有力なSクラス冒険者が雇われたとたん、ただちに収まった、などというのは、よく聞く話である。

 その戦闘力や人脈によって、戦争の帰趨が決定づけられてしまうからである。


 また、各国は、常に、大小の盗賊団やモンスターに悩まされているが、自前の兵力の損耗は国家の浮沈に関わるから、金で雇える最強の戦力であるSクラス冒険者は、できるだけ多く囲い込みたい。


 戦力としての働きだけではない。

 冒険者は、人にもよるが、調査や分析などの能力も優れている場合が多い。

 作戦立案や情報収集に高い実力を備える冒険者もいる。


 名の通ったSクラス冒険者は、複数の国の利害がからむ問題で、使者や調停者としての役割を担うこともある。

 一時的に、騎士団の指揮をしたり、参謀につくこともある。


 だが、Sクラス冒険者は、もともとの数が限られているうえに、迷宮にこもって一般のクエストは受けようとしない場合もある。

 外で活躍するSクラス冒険者は、たいていの場合、固定した任務を持つ。

 そうでない場合は、重要案件を次々に引き受けることになる。

 老齢になれば、現場では使いにくい。


 冒険者ギルドにとり、Sクラス冒険者は、最大の商品であると同時に、ギルドが高い自立性を保ち、あらゆる干渉をはねのけて存立し続けるための切り札である。

 であるから、常にその所在を把握し、緊急度の高い案件については義務に近い形で依頼の斡旋をすることがあるかわり、国家に対してさえ、Sクラス冒険者の権利を守る防波堤となるのである。


 新しいSクラス冒険者は、誕生した直後に、その国のギルドや権力者に囲い込まれるものである。

 ところが、今、ロアル教国に、一人のSクラス冒険者が、ふらりと現れた。

 なんと、そのレベル、七十九。

 しかも、十六歳という、信じられない若さである。

 そのうえ、どこの組織に属するわけでもなく、修行の旅をしているという。


 ギルド長は、この若者を縛り付けるために手段は選ばない、と決心していた。

 今、こうして必要事項の確認という名目で足止めしつつ、裏では、目端の利く職員に命じて、酒、宿、女、観光案内、魅力的な仕事、地位、高性能武具の提供など、ありとあらゆる懐柔作戦を立案準備させているところなのである。


 こんなことにならないよう、バラスト・ローガンの甥であり、現在のミケーヌ冒険者ギルド長であるドルーガは、ザーラの冒険者クラスをAまでで抑えておきたかったのであるが、あれよあれよという間にレベル六十五に達してしまったので、Sにしないわけにいかなかった。

 もし、レベル六十五の冒険者をAクラスにとどめているなどと知れれば、ミケーヌの冒険者ギルドは、よからぬ企みを持っている、と見なされ、信用を失ってしまう。


 さて、理由を付けて引き留めようとするギルド長を振り切って、ザーラは、応接室を出た。


 それからが、あらためて大変だった。


 ロビーは、人で埋め尽くされていた。

 その誰もが、ザーラに用事があった。


 あなたにいいご提案があるのです。

 私の家に来ませんか。

 食事をごちそうさせてください。

 得意武器は何ですか。

 もちろん独身ですよね。

 素晴らしい場所にご案内します。

 お話ししたいんです、ちょっとでいいから時間を下さい。


 冒険者が、商人が、役人が、彗星のように現れた若きSクラス冒険者と縁故を結ばんとして、ザーラを取り囲んで、自分に注意を向けさせようと、話し掛けてくる。

 手や体を引っ張る者もある。

 髪の毛をつかむ者もある。

 いつしかマントはもぎ取られ、髪はぐしゃぐしゃになり、体には、擦り傷やあざが増えていく。

 頑丈なはずの服も、あちこちが傷んでいる。

 なんとか剣は手から離さないよう抱え込んでいるが、ベルトはついに取られてしまった。

 視界の端で、ギルド職員が人の波に押し流されていく。


 サハギンなら、近いところから順番に斬り捨てていけばよい。

 だが、人間には、どう対処すればよいのか。

 ザーラの対人スキルは、高くなかった。

 これは、まさに集団攻撃である。

 すさまじい言葉の嵐と人間の密集で、意識が怪しく明滅しはじめる。


 ああ、毒蜂に似てるな、


 と薄れかける意識の中で思う。

 五十レベルぐらいの強いモンスターを危なげなく倒す冒険者が、五レベルとか六レベルの昆虫や小型爬虫類モンスター多数に囲まれて、命を落とすことがある。

 毒蜂などが、よい例である。

 心の準備ができていれば、爆炎弾などのアイテムや虫除けなどで危険を回避できるのに、いきなり囲まれてしまうと対処ができなくなることがあるのである。

 一匹一匹の毒は大したことがなくても、連続的に刺され続ければ、大きなダメージとなる。


 私は、ここで死ぬのか。

 ああ、迷宮が懐かしい。

 モンスターたちが、懐かしい。


 と抵抗を諦めかけたザーラの耳に、


「Sクラスなら行ける迷宮があるから、一緒にどうだい」


 という声が飛び込んできた。

 ザーラが、その声の主の手をつかみ、


「行きましょう、迷宮に!」


 と答えてしまったことを、誰が責められるであろうか。




 


 6


「まずは、外に出るぜっ」


 と叫んだ相手の言葉に従い、ザーラは、人波をかき分けて、ギルドの外に出た。

 行動方針さえ決まれば、あとは技術の問題である。

 敵が押し寄せてくる渦の中で、押して、引いて、層の薄い部分を作り、そこをすり抜けていくことは、戦闘スキルの一種といってよい。

 ザーラは、戦闘スキルは高かった。


 ザーラに続いて、迷宮探索を呼び掛けてきた相手もギルドを出てきた。

 ザーラより少し年上であろう。


「こっちだ!」


 その男は、スカウトとみえて、なかなか機敏な動きをみせた。

 道を走り、路地を抜け、時に壁を上がって、屋根を越え、二人は追跡者たちを振り切った。


「さすが、やるな。

 俺にあっさりついてくるなんて」


 汗を拭いながら、少し息を乱して、相手の男が手を差し伸べてくる。

 握手を交わしながら、


「ポリアプルだ。

 よろしくな」


 と自己紹介をしてきた。






 7


 ポリアプルと名乗ったスカウトは、仲間が待っているという宿に、ザーラを連れて行った。

 駆け出しの冒険者が泊まるような安宿だったが、ザーラは気にしなかった。

 冒険者の生活は浮き草のようなもので、金回りのよいときもあれば、悪いときもあるからである。


 合流した仲間たちと共に、ポリアプルは、ザーラを伴って少し離れた食堂に行き、一部屋を貸し切りにした。

 そして、一同に食事と飲み物が行き渡ると、まずは乾杯をして食事を始め、一同の紹介をした。

 ザーラがSクラスの剣士だと知って、仲間たちは大いに盛り上がった。


 迷宮の名は、エルストラン迷宮というらしい。

 この国には迷宮が多い。

 種類も多様である。

 エルストラン迷宮は、多重型迷宮であるという。


 多重型迷宮というのは、入り口を入ると他の冒険者たちとは違う位相に放り込まれる迷宮である。

 パーティーを組んでいる仲間以外とは、出会いたくても出会えない。

 例えば、Aというパーティーが、第一階層のボスを倒したとする。

 同時刻に、Bというパーティーが、同じボス部屋に行く。

 そこには、ちゃんとボスがいるのである。

 つまり、入っているパーティーと同じ数だけの、同じ中身を持った別々の迷宮があるようなものである。


 多重型迷宮では、一度入ってしまえば、他のパーティーに邪魔されたり、宝物を先取りされることがない。

 この場合、たとえ迷宮入り口にザーラを待ち構えている人々がいても、中に入ってさえしまえば煩わされることはない。

 今のザーラにとって、まさに願ったりかなったりの迷宮である。


 ポリアプルと仲間たちは、こことは別のロマル教国の街に生まれ、固定パーティーを組んで、迷宮探索やクエストをしてきているのだという。

 しばらく前から、この街で情報収集をしていて、ポリアプルは、大変な値打ちのある古文書を、運よく入手した。

 それには、ある特定条件下でのエルストラン迷宮のクリアの仕方が描かれているというのである。


「あんたは、エルストラン迷宮を知らないんだな。

 この国じゃ、有名なんだけどな。

 別名を、幽霊迷宮。

 階層は、一つだけ。

 そこに、八つの部屋がある。

 モンスターは、スケルトンのみ。

 通常のスケルトンと、レッド・スケルトンと、ブラック・スケルトンがいる。

 ある条件を満たすやり方で、このスケルトンどもを倒していくと、ボス部屋に飛べる。

 このボスというのが、幽霊なんだが、ボスに出会ったら、相手がアイテムを渡してくる。

 とても珍しくて高性能の武器なんだ。

 パーティーが何人であろうと、そのそれぞれが、自分に合った武器をもらえる。

 その武器をもらうのを拒否すると、幽霊と闘うことになるらしいんだが、ここは闘っちゃいかん。

 武器を手に入れるのが目的だからな」


 エールで喉を潤して、説明を続ける。


「クリアのヒントは、入り口の岩に表示されている。

 入り口の手前に、細長い岩が突き立っていてな。

 その上の部分は、斜めにすぱっと切れてる。

 そこに、宝玉が十二個埋められているんだが、これが、色とりどりに輝いている。

 この宝玉は、誰かが迷宮をクリアするたびに、配色が変わるんだ。

 その配色は、どういうふうにスケルトンどもを倒せばいいかを示している、といわれてるが、それを読み取る方法は、誰も知らない。

 結局、手当たり次第にスケルトンどもを倒していって、運がよければボス部屋に飛べる、ってのが、みんながやってるやり方さ。

 ま、あんまり」


 もう一度、ぐいっと、エールをあおる。


「利口なやり方とはいえねえがな。

 それでも、二年か三年に一度は、ボス部屋に飛べるやつが出る。

 確かにそのたんびに、宝玉の色は変わる。

 けども、その色が何を示してるのか、分かるやつはいなかった。

 今まではな」


 ポリアプルが、思わせぶりに、インベントリから古文書を出して、最初のページをザーラに見せた。


「ここに、十二の宝玉の配色が描かれてるだろう。

 これを描いた冒険者は、この配色だったときに、迷宮をクリアした。

 そのクリアの条件を、別のページに書いてあるんだが」


 ぐっと身をザーラに寄せ、ささやくように続ける。


「いいか。

 普通のスケルトンと、ブラック・スケルトンは、関係ねえ。

 倒しても、倒さなくてもいいし、何体倒してもかまわねえ。

 問題は、レッド・スケルトンさ。

 こいつは、倒すべき数が、部屋ごとに決まってる。

 それ以上でも、それ以下でも、だめなんだ。

 その数ぴったりを倒して回ったとき、クリアって寸法なのさ。

 そして、この古文書には、各部屋で倒すべきレッド・スケルトンの数が、ちゃんと描かれている。

 そして」


 にやっと笑って、最初のページに記された宝玉の配色図を指ではじく。


「この配色は、ただ今現在の入り口の岩の配色と、まったく同じなのさ」


 クリアの仕方が分かっているのなら、さっさとクリアしてしまえばよいのに、とザーラは思ったが、倒す上限が決まっているというのは、存外難しいらしい。

 実際に、何度も挑戦してみたが、相手が何体も一緒に出てくるため、つい倒しすぎてしまうらしい。

 また、どうしても乱戦になりがちで、倒した数が分からなくなるという。

 それで、決定力がある仲間を探していた、というのである。


 スケルトンぐらいで大げさな、とも思ったが、なるほど密集して現れたら、指定数だけ倒すのは、それなりに難しいかもしれない。

 また、ザーラは、初めて、サザードン以外の迷宮、それも多重型という、北ではほとんどないタイプの迷宮に入れるということ自体に、興味を感じた。

 さっそく、食事のあと迷宮探索に行くことになったのである。


 あらかじめ、食堂で、正式のパーティーを編成した。

 迷宮に行くと、案の定、大勢の人間がザーラを待ち構えていた。

 ギルドでの話を聞いていたとしても、どの迷宮かは分からなかっただろうが、手分けして張り込んでいたのかもしれないし、ポリアプルのことが知られていたのかもしれない。

 それをかわし、突っ切って、迷宮に突入した。

 しばらくして、全員が中に入った。

 当然、パーティー以外の人間は、見当たらない。


 ザーラ以外のメンバーも、待ち伏せしていた人間に引き留められ、いろいろ頼み事をされそうになったらしい。

 自分の責任ではないが、ザーラはメンバーに謝った。

 しかし、メンバーは、みな、気にするな、と言ってくれた。

 その言い方には、嫌みなところがない。

 気持ちのいいパーティーだな、と、ザーラは自分の幸運に感謝した。


 だが、実際に戦闘を始めてみると、気持ちのいいパーティーではあったが、共に闘うにはあまりにも物足りないパーティーである、ということが分かった。






 8


 すでに、八つの部屋のうち、五つまでは、指定された数の、レッド・スケルトンを倒してきている。

 もう、ほかのメンバーから攻撃の協力を得ることは、諦めていた。

 今さら、下手に手を出されて、余分のレッド・スケルトンを倒され、振り出しに戻ったのでは、やりきれない。

 とっととクリアしてしまおう。

 そう考えていたのである。

 それでも、ザーラは、支援魔法使いに、


「次の部屋に入ったら、拘束魔法をお願いできるかな」


 と聞いてみた。

 うん、頑張るね、という支援魔法使いのかわいい笑顔には、ささくれかけた神経をなだめるものがあった。

 そして、部屋に入った。

 この部屋には、ずいぶん、ブラック・スケルトンが多い。

 ザーラは、拘束魔法の予約をした自分を、褒めてあげたい気持ちになった。

 そして、呪文が発せられる。


「アース・バインド!」


 魔法は、ちゃんと掛かった。

 ザーラに。

 足を動かせない状態のまま、ザーラは敵を倒し続けた。

 この部屋で、ザーラは、二つのことを学んだ。


 (ひとつ)、アース・バインドは、同じパーティーの仲間にも掛けることができる。

 (ひとつ)、一度掛けたアース・バインドは、時間が来るまで、掛けた本人にも解除できない。


 できれば二度と役に立ってほしくない知識である。






 9


 最後の部屋である。

 そして、あと一体である。

 最後のレッド・スケルトンを、ザーラの振るバトル・ハンマーが粉砕する。

 すると、


 ぶうん、


 と音がして、風景がかすんだ。

 気が付けば、今までとまったく違う部屋にいる。

 パーティーメンバー全員が、一緒に移動してきている。

 部屋の中央にはテーブルがあり、武器が置かれている。


「やった。

 ついに、俺たちは、やったんだ!」


「あたしたち、やったのね!」


「そうですよ。

 やっと、努力が実ったんだです!」


 せっかく、みんなが喜び合っているのに、自分だけがこんなに冷めた気持ちでいてはいけないと思うのだが、ザーラには、達成感のかけらもない。

 ごくわずかながら、これで終わった、という解放感のようなものはあったが。

 ふと気が付けば、パーティーが解散されている。

 この部屋に飛ぶと、自動的に解散になるのであろう。

 ということは、ボスと闘うかどうかは、一人一人が個別に選択できるのかもしれない。


 などと考えているうちに、仲間たちは、自分用の武器を手に取る。

 そして、手に取った人間は、そこから消えた。

 迷宮の入り口にでも、送り返されるのだろうか。

 そのことについては、聞くのを忘れていた。


 テーブルには、何も残っていない。

 ザーラへの報酬も、誰かが持って行ったのであろうか。

 しかし、今のザーラは、そんなことに興味を持ってはいなかった。

 今、ザーラの関心は、テーブルの向こうにいる幽霊に向けられている。





 10


 男でも麗人と呼んでよいのであったかな、


 などとザーラは考えていた。

 まさに麗人という言葉がぴったりと合う。

 長くまっすぐな銀色の髪。

 卵型の小さな顔。


 銀色の貫頭衣は、絹のような光沢を持ち、たっぷりとひだを作りながら、床に届いている。

 腰の辺りに、紫色のサッシュをゆったりと巻き付けている。

 左腰の上では高い位置に細く、右腰の上では低い位置に広く、サッシュは貫頭衣を押さえ、上品な結び目を作って、右腰の横に垂れている。


 顔と肌の色は、ほんの少し黄色を含んだ白色である。

 目は深い青色をして、口には笑みをたたえている。

 細長く繊細な手と指は、それだけ見れば女性のようである。

 その全身は、半透明で、背後の壁が透けて見えるので、幽霊というのにふさわしい。


「今さら、私を呼び出す人がいるとは、驚いたな。

 でも、呼び出されたからには、仕事はしようか。

 それで、どこの迷宮に行けばいいのかな?」


「どこの迷宮、というのは何のことですか?」


「うん?

 迷宮の調整で私を呼び出したのではないのかな?」


「私は、あなたがどなたかも知りません。

 私は、ここエルストラン迷宮の攻略をするために、人に頼まれてパーティーに参加したのです」


「攻略?

 攻略とは何のことかな」


「しかるべき手順を踏んで、この部屋にたどり着くことです」


「ああ、なるほどね。

 それは、攻略というようなものなのかな?

 それで、何のために、攻略をするの?」


「褒賞の武器を得るためだそうです」


 銀髪の男は、しばらくきょとんとして、それから、笑い出した。


「それは、愉快だ。

 ああ、なるほどね。

 たぶん、だいぶ時間がたってるんだろうね。

 あれは、私を呼び出す資格を持っていない人が、この部屋に来たときに、まあご足労のお駄賃として出現するようにしていたものなんだ。

 わざわざ、それを目的にするような物じゃないんだけどね」


「私の聞いたところでは、この部屋にたどり着くと、幽霊と武器が現れ、武器を選択すれば、それは自分の物となり、選択しなければ、幽霊と闘うことになる、ということでした」


「闘えないよ、あれとは。

 あれは、単なる映し絵にすぎない。

 姿は私と同じだけれどね。

 あなたは条件を満たしていないので、ご要望をお聞きすることはできません、と伝えることしかできないんだ」


「あなたとは、闘えるのですか」


「うん?

 闘いたいのかい?

 闘えなくはないけれど、私を倒すことはできないよ。

 私は、霊体だからね。

 それも、本来の意識を持たない、影絵のような霊体だね。

 まあ、私が出現できたということは、本体のほうも生きているということだけど」


「本体は、どこにおられるのですか?」


「うーん。

 これは、答えにくい質問だなあ。

 そうだなあ、君が、絶対に訪ねて来ず、人にも教えないと誓ってくれるなら、こっそり教えてあげてもいい」


「では、お聞きしないことにします」


「ははは。

 君は、愉快な人だね。

 私は戦闘力は低いので、実際に闘ったらがっかりすること請け合いなんだが。

 しかし、私のことを知らないとすると、君が神々の名を持つ恩寵品を持っていたというのは、なかなかの偶然だね。

 ……うん?」


 何に気が付いたのか、幽霊の様子が変わった。


「それは、まさか?」


 幽霊が、ザーラのほうに右手をかざした。

 すると、ザーラのルームが表示され、アイテムの検索が始まった。

 オープンはされていないのに、次々と画面の表示だけが変わる。

 あり得ざる事態に、ザーラが反応できないでいると、インベントリの中に保存されている五点のアイテムが表示された。

 それらは、別々のカテゴリーに分類され、別々の引き出しに格納されているのであるから、検索画面で同時に表示されることはない。

 にもかかわらず、まさにその五点、すなわちメルクリウス家から貸与されている五つの恩寵品が、今同時に表示されている。


「それを、どこで手に入れた?

 返事によっては、君は私が自ら殺す最初の人間になる」





 

 11


 幽霊の目は、金色に輝いている。

 表情からは、先ほどまでの優しげな様子が消え、今は氷のごとく冷たい。

 ザーラは、唾を飲み込み、大きく息を吸って、答えた。


「これは、バルデモスト王国のメルクリウス家が襲蔵しているものです。

 メルクリウス家の初代が、神竜カルダン様より、武勇と忠誠を賞せられて賜った物と聞いております。

 メルクリウス家の現当主が、サザードン迷宮のミノタウロスを倒すまでとの約束で、私に貸与くださったのです」


 ひと呼吸かふた呼吸のあいだ、幽霊はザーラを探るように、じっと見つめた。

 そのあと、急に表情を和らげた。


「君のまとう空気は、君の言葉が心からのものであると告げている。

 脅かしてすまなかったね。

 許してくれたまえ」


 幽霊から殺気が消え、目も、青色に戻る。

 ザーラは、冷や汗が吹き出すのを感じた。

 この実在ならざる相手が、いかに強い圧力を発していたか、ということである。


「サザードン迷宮は、もちろん知っているよ。

 だが、ミノタウロス?

 なぜ、君ほどの剣士が、ミノタウロスなどを目標にするのかな?

 それに、その恩寵品は、ミノタウロス相手に必要になるようなものじゃないよ」


「三十年と少し前より、サザードン迷宮では、十階層で生まれたミノタウロスが、各階層のモンスターたちを撃破して最下層に至り、メタルドラゴンを数えきれぬほど倒し続け、替わって最下層の主として君臨しているのです」


「は?

 ミノタウロスが?

 そんな馬鹿な。

 ああ、失礼。

 君の言葉を疑っているわけじゃないんだ。

 あの迷宮は、そんなイレギュラーが起こるような、不安定な作りにはなっていなかったはずなんだ。

 だが、よりによって、ミノタウロスか。

 偶然、なわけはないな。

 ああ、ちょっと待って。

 いろいろ教えてほしいこともあるし。

 おわびもしたいし。

 場所を変えよう。

 ここでは、お茶も出せない」


 幽霊は、しばらく目を閉じて、何事かを考えているようであった。


「なんてことだ。

 どこもかしこも、荒れ果ててる。

 今、いったい何年なんだろう」


「王国歴では、千百十四年です」


「王国歴?

 どこの王国かな?」


「バルデモスト王国です。

 女神カルダン様が、その、お亡くなりになった年が、王国歴元年とされております」


「……ほう。

 こりゃ、驚いた。

 ずいぶん時が流れているね。

 うーん。

 あそこなら、大丈夫かな。

 ああ、大丈夫だった。

 失礼。

 移動するよ」


 一瞬で、景色が変わった。

 瞬間移動したのであろう。

 しかし、瞬間移動につきものの、引っ張られるような感じや、内臓がねじれるような不快感はなかった。


 そこは、花が咲き乱れる庭園のあずまやで、大理石のテーブルと、材質は分からないが、白くて豪奢な飾り彫りがほどこされた椅子が二脚、置いてある。


「どうぞ、座って。

 悪いが、お茶は準備できない。

 自分で飲み物を持っているなら、遠慮なく飲んでくれればいい。

 私は、飲んだり食べたりできないからね。

 まあ、立ったままでもいいけど、演出的に、座るとしよう」


 幽霊は、椅子に座った。

 その動作も座る姿も、見とれるほど優美なものであった。


「そうだ。

 私は、迷宮のラスボスということになっているんだったね。

 では、千二百年ぶりの正式攻略者に、賞品を与えないといけない。

 何が欲しい?」


「何が、と言われても、今すぐに欲しいものはありません」


「いやいや。

 それでは、ラスボスとしての私のめんつが立たないね。

 うん。

 これなんかどうだろう」


 幽霊がテーブルの上に置いたのは、ショートソードだった。

 ショートソードというにも少し短いが、短剣というほど短くもない。

 まるでオリハルコンで作られたかのような高貴な色合いだが、刃先が赤い色に染めてあるのが、いささか悪趣味である。


「これは、小さく振れば、半径十歩ほどの、大きく振れば、半径五百歩ほどの、すべてを破壊する魔法陣を生み出す。

 振り方しだいで、近くにでも遠くにでも魔法陣を作れるので、とても便利だよ。

 ただ、持ち主自身の手で、一日に十人以上の人間の命を捧げないといけない」


「そんなカースド・アイテムは、要りません」


「いや、呪いはないんだ。

 ちゃんと使ってる限りはね。

 十人殺すのを忘れると、そのとき初めて、持ち主が呪われるんだ」


「要りません」


「それは、残念。

 では、こちらは、どうだろう」


 次にテーブルに置かれたのは、宝石を埋め込んだ指輪であった。

 赤黒い宝石は、高級には見えるが、どうにも毒々しい。


「リザレクション・リングの一種でね。

 冥王の指輪の劣化版、といったところだ。

 これを着けていると、死んでもすぐ生き返る。

 ただ、冥王の指輪のように老化をとめる機能はないので、不老不死というわけにはいかないけどね。

 それと、聖属性の攻撃に、ちょっぴり弱くなる。

 あと、これを装着すると、下級悪魔の一人を主人に定め、永久に仕えなくてはならない」


「要りません」


「悪魔のことなら心配は要らない。

 あらかじめ封印しておけばいいんだ。

 なんなら、アフターケアとして、手伝うよ。

 悪魔を自分の体とか服のどこかに封印しておくと、なかなか便利だよ。

 持ち主が死んだ瞬間に封印が解けるから、自分を殺した相手や、遺産を持っていこうとする不心得者たちを、皆殺しにしてくれる」


「要りません」


「うーん。

 君はなかなか、好みが難しいようだね」


 そう言いながら、幽霊は、そのあと鏡とヘルムを出して説明したが、ザーラは、どちらも欲しくないと答えた。


「仕方ないね。

 欲しい物ができたら、そのとき言いなさい。

 さて、では、少し話を聞きたいんだが、いいかな」





 12


 最初に聞かれたのは、今、世界には、どんな国があるか、ということであった。

 次に、サザードン迷宮のミノタウロスについて聞かれた。

 ザーラは、知っている限りのことを説明した。


「待ってくれたまえ。

 冒険者というのは、いったい何かな?

 ほう。

 そういう恩寵職なのか。

 ポーションというのは、ものすごいものみたいだね。

 もし、今持っていたら、見せてもらえないかな。

 おお、こりゃ、よくできてる。

 へえ。

 迷宮では、よほど成長の効率がいいんだろうね。

 なるほど。

 神霊が減った穴埋めを、そういう形でしたわけか。

 うまい手だ。

 人も増え、国々も栄えているようだから、効果は高かったんだろうね。

 だが、その方法だと、よどみはたまるばかりなんじゃないのかな。

 ああ、失礼。

 これは、君への質問じゃあない。

 ふむ。

 あとで調べてみないといけないなあ」


 幽霊は、しばらく自分自身の思考に沈んでいたが、ややあって顔を上げ、表情を改めて、次の質問をした。


「ところで、君は、この千年のあいだに、竜が目撃されたというような話は、聞いていないだろうか。

 もちろん、迷宮の外での話だ」


 この質問に答えてよいのか、わずかな時間、ザーラは悩んだ。

 その結果、告げるべきであるという、強い思いが湧いてきた。


「はい。

 つい先日、女神カルダン様とご夫君の御子(みこ)である、白い竜が生まれました。

 私は、不思議な(えにし)により、その場に立ち会い、名付け親とならせていただきました」


 幽霊は、震えながら立ち上がった。

 そして、両手をテーブルに突いて、


「まことに失礼なことをいうが、君の記憶を見せてもらえないだろうか。

 頼む」


 と、頭を下げた。

 ザーラは、下腹に力を入れて、


「どうぞ」


 と答えた。

 幽霊は、ありがとう、と礼を言いながら、右手を伸ばして、ザーラの額に触れた。

 そして、目を閉じて何事かをつぶやいた。

 ザーラは、ふうっと一瞬めまいがしたように思った。

 気が付けば、幽霊の手は、もう額から離れていた。


 幽霊は、目を閉じたまま、何かを反芻しているようである。

 その閉じた目からは、涙がこぼれている。

 顎をつたって滴ると、そのまま消えてしまうのだが。


 どれほどの時間がたったろうか。

 幽霊は、まっすぐ背を伸ばし、右手を自分の心臓の位置に当て、ザーラに対して、深々とおじぎをした。

 長い銀髪が、さらりと垂れる。


「ザーラ殿。

 お礼を申し上げる。

 わが妻と私の子を、よくぞお取り上げくださった。

 よくぞお守りくださった。

 感謝の言葉もない。

 そのうえ、よき名をお付けくださり、このうえなく適切な場所に導いてくださった。

 さらに、パクサリマナとナーリリアに対して、貴殿がしてくださったこと、決して忘れぬ。

 いつか必ずこのご恩はお返しする」


 突然の幽霊の言葉に、ザーラは驚いたが、それでも、それが相手の真摯な思いの発露であり、真剣に受けるべきものだと分かった。

 ザーラは、立ち上がって、礼を返し、


「お役に立てて、幸いでした。

 しかし、これは、神の導きにより、神の助けを受けてなされたこと。

 この身は、すでに過分の恩恵を受け居ります」


 と言った。

 幽霊は、にっこり笑って、


「ありがとう。

 もう少し話も聞きたいけど、今は、すぐに行きたい所があるので、これでお別れする。

 あ」


 何が起きたのか、幽霊の姿が一段と薄くなっている。


「しまった。

 心を震わせすぎたので、霊体が壊れてしまった。

 うーん。

 残念だ。

 娘の姿を、一目見たかったのに」


 見る間に、その姿は透明度を増している。


「ああ、そんな心配そうな顔はしなくていいよ。

 本体は無事みたいだから、時間がたてば、また霊体も復活するからね。

 本体の意識がない状態でのことだから、だいぶかかるだろうけど。

 まあ、いいさ。

 再び目が覚めるときの楽しみができた。

 君にも、ちゃんと賞品をあげないといけないし、恩返しをしなくてはね。

 とりあえず、テーブルの上の物は持って行ってくれていいから。

 では、ザーラ殿。

 また、いつの日か」


 そう言い残して、幽霊は消えた。

 いや。

 幽霊ではなかったようであるが。

 一人残されたザーラは、考えていた。


 ここはどこで、私はどうやって帰ればよいのだろうか、と。

 また、このテーブルの上の、触れることもできない危険物の数々は、どうしたらよいのか、と。






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