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迷宮の王  作者: 支援BIS
第1部 ミノタウロス
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第12話 武器屋にて





 サザードン迷宮近くの、とある武器屋に、一人の行商人が入って来た。


 「いらっしゃいませ、トルモン様」


 「おお、ヴィエナちゃんじゃねえか。

 相変わらず、めんこいねえ」


 「あら、ありがとうございます」


 「トルモン」


 「おお、とっつぁん。

 おひさ」


 「帰って来ておったんか」


 「たった今、着いたとこなんだけどよう。

 聞いたぜ。

 ひでえじゃねえか。

 王宮から、とんでもねえ人数のつぶし屋どもが来たって?」


 「その話か。

 ちょっと奥へ行くぞ。

 ヴィエナ、店を頼む」


 「はい、店長」





 「おいおい、なんだよ。

 こんなとこで。

 表じゃ話せねえのか?」


 「まあ、ここのほうが遠慮なく話ができるじゃろうな。

 店先で騎士団を笑いものにするのは、ちとまずいからの。

 ふあっはっは」


 「おいおい。

 笑っててどうすんだよ。

 王宮の気取り屋どもに、われらの王が、つぶされてるんだぜ」


 「なんじゃ、聞いておらんのか?

 討伐とやらは、失敗じゃ」


 「へ?

 失敗ったって、昨日入ってったばかりなんだろ?」


 「そうじゃ。

 そして、昨日のうちに失敗した」


 「むちゃ早ええっ。

 諦めて帰ったのかよ?」


 「諦めたのじゃないわい。

 全滅じゃ」


 「ぜ、全滅う?

 だって、おめえ、聞いた話じゃ、五十人近い人数だとか」


 「七十二人じゃな。

 八人編成のパーティーが八つ。

 転送専門が二人、回復魔法専門が二人、総合支援が二人。

 それに、見届け人が一人。

 総指揮官とやらが一人」


 「なんじゃ、そりゃ!

 なんてえ力ずくだよ」


 「今までも、ときどき、百階層のボスには、いわゆる討伐隊が出ておった」


 「出てたねえ。

 部屋から出ねえボスを、なんで討伐する必要があんのかは、誰にも分かんねえけど。

 そんな暇あったら、盗賊や街道のモンスターを討伐しろや」


 「まあ、騎士への箔付けじゃからなあ。

 たとえよってたかって袋だたきでも、メタルドラゴンを倒せば、竜殺しを名乗ることができるからのう」


 「いや、殺してねえだろ、全員は」


 「もちろんじゃ。

 一パーティーの最大人数は八人じゃからな。

 普通は、とどめを刺したパーティー以外は、竜殺しとはいわん。

 だからやつらは、どのパーティーが倒したかは、公表せん。

 二パーティーとか、多いときには四パーティーで、交替で闘う。

 キャンプファイアでうまい物を食いながらな。

 何日も掛けてドラゴンを弱らせ、最後は取り囲んでめった斬りにする。

 疲れたり、形勢が悪くなれば、いくらでもボス部屋の外に逃げてな。

 そのあげく、何十人でなぶり殺しにしようが、全員が竜殺しを名乗る。

 倒したパーティーに属しておらず、経験値も、スキルドロップもなくてもな」


 「へっ!

 いったん部屋を出たら、日を改めて再挑戦が、定法ってもんだぜっ」


 「騎士や貴族どもの名誉というのは、しごく頑丈にできておるからの。

 その程度のことでは、びくともせんわい」


 「いや、けどよう。

 そんな人数で、そんな卑怯なまねされたら、いくら俺たちの牛頭王でもよう」


 「まず、最初に部屋に入った八人が、焼け付く息で全滅した」


 「はあ?

 いや、意味が分かんねえ。

 防御魔法とか、属性対応装備とか、当然してるよな?」


 「してなかったんじゃな。

 なぜじゃと思う?

 そんな攻撃があるとは、思っていなかったんじゃと。

 ミノタウロスの特殊攻撃は、ハウリングだけじゃと思い込んでおったんじゃよ。

 じゃから、装備は物理防御特化型で、状態異常抵抗を準備しておったそうじゃ。

 それも、ほかのパーティーは、百階層のモンスターに対抗するために、魔法抵抗も準備しておったのに、ボス部屋に入ったパーティーだけが、魔法抵抗はなくてよい、ということになっておったらしい」


 「ぶはあっっっ。

 あ、汚してすまねえ。

 いや。

 いやいや。

 そんなあほな。

 子どもでも知ってるぜ。

 われらが王の特殊スキルの数々は」


 「子どもなら知っとるな。

 じゃが、王宮のお偉いさんがたは、知らなかったんじゃ。

 そんなこと、今さら驚くこともないじゃろ?」


 「ばっはっはっはっは。

 そりゃ、そうだ。

 けどよ、それでも七パーティー残ってんだろう。

 二人といわず、四人ぐらいで王様を押さえておいて、支援魔法掛けまくったら、さすがの王様も、どうにもならねえじゃねえか」


 「いや、それがな。

 押さえは出さなかったんじゃ。

 総指揮官とやらは、押さえ役を出しもせず、ボス部屋のすぐ外で、次のパーティーに訓示を垂れておったんじゃそうな」


 「おいおい、おいおい。

 そんなことしてたら、殺されるぜえ?」


 「殺されたよ。

 まず、総指揮官殿が。

 それから、一番近くにいたパーティーが。

 なぜじゃと思う?

 やつら、迷宮の王がボス部屋から出られるとは知らなかったんじゃ」


 「……は?

 おいおい、とっつぁんよ。

 ちょっとは理屈の通った話をしようじゃねえか。

 ミノ閣下が、もしもボス部屋を出られねえとしたら、どうやって十階層から百階層に行ったっていうんだよ?」


 「どんなうすのろでも、まっとうな人間なら、まずそこを考えるじゃろうなあ。

 いと尊き方々が何をお考えなのか、わしらみたいな下々の者には、見当もつかんよ。

 とにかく、わが国家の威信を背負った自称討伐団の皆様は、ボスがボス部屋を出るのはルール違反であるという信念のもと、命を投げ出されたのじゃな。

 ここまでで、二パーティーがつぶれた。

 じゃが、サザードンの王がすごいのは、ここからじゃ」


 「おうおう。

 その次ってやつを聞かせてくれや」


 「王がどうやってその場所を知ったかは、偉大なるゴラン神のみ、しろしめすところじゃが、とにかく、軍団のキャンプ場所に、まっしぐらに攻め込んだのじゃ。

 途中、カトンボのような攻撃をくらっても、気にも留めずにな。

 まず、瞬間移動術者を殺し、次に、回復役を殺した。

 次に、追ってくる英雄様ご団体を誘導して、百階層を走り回り、凶悪なモンスターと騎士団を遭遇させまくっていった。

 モンスターたちは、討伐の邪魔にならないように、障壁アイテムや、匂いの出るアイテムで隔離されておった。

 その隔離アイテムを、王は片っ端から壊していった。

 総指揮官を失った騎士団は、状況を整理する間もなく、隔離していたモンスターたちと戦闘状態になり、分断されていった。

 それを王は、順番に殺して回ったそうな。

 最後が傑作なのじゃが、見届け役の伯爵様だけが、無傷で残された。

 夕刻になり、冒険者ギルド長が、お抱えの瞬間移動術者とスカウトと防御系魔術師に、こっそり様子を見に行くよう指示を出して、伯爵様は保護された。

 半狂乱になってわめき散らす伯爵様のお世話をしながら、ギルド長のパロスは、何が起きたかを、すっかり聞き出してしもうたわけじゃ」


 「す、すげえ。

 すげえじゃねえか。

 われらが二本角大王はよ!

 それにしても、どこの師団だか知らねえが、その騎士団の情けねえことったらねえな」


 「なんじゃ、それも聞いておらんかったのか。

 近衛第四騎士団じゃ。

 全員な」


 「なんだってえ?

 近衛騎士団?

 しかも一つの近衛騎士団から、そんな人数を出したってえのか?

 それじゃあ、近衛第四騎士団は、壊滅じゃねえか?」


 「第二王子の、というよりリガ公爵の権威を高めるため、というのは、誰が見ても明らかじゃったな。

 近衛から討伐隊を出すのなら、各騎士団から選抜するべきだ、という意見は、当然あった。

 それを、最精鋭で連携も高いという理由で、無理押ししての結果がこれじゃ。

 リガ公爵は、大いに面目を失った。

 近衛第四騎士団のメンバーというのは、つまるところ、リガ公爵派の貴族の次男や三男じゃからな。

 派閥の中に、不満や恨みも残るのう。

 どうせ誰かに責任を押しつけて、立場を守るじゃろうが、この出来事の真相は、国中が知ることになる」


 「うんうん。

 俺も、知らせる手伝いをするぜ」


 「くっくっく。

 せいぜい広めてくれ。

 まあ、もうパロスのやつが、さんざん種まきしてるじゃろうがな」


 「なあ、とっつぁん」


 「うむ、何じゃな?」


 「冗談で、サザードン迷宮の王、なんて呼んでるけどよう、あのバケモンさあ」


 「うむ」


 「確かにバケモンには違えねえけど、偉えバケモンだよなあ」


 「その通りじゃ」


 「十階層に生まれて、どうやったか知らねえが、ボス部屋を出られるようになって。

 手強え敵をどんどん倒して強くなり、今までミノタウロスが身につけたことのねえ、すげえ技を習い覚えていってよう」


 「確かにそうじゃ」


 「だんだん下に降りながら、各階層のボスに闘いを挑んで。

 最後にゃ、メタルドラゴンを殺して、百階層のボスに収まっちまった。

 そんだけ強えのに、自分からは、決して人間を襲わねえ。

 突っかかってくる冒険者は殺すけどよ、逃げ出したら、手出しはしねえ」


 「自分より弱い者は、相手にせん。

 大したものじゃ。

 あのミノタウロス閣下はの。

 殺したいのじゃない。

 闘いたいのじゃ。

 武人として闘いたいのじゃ」


 「それよ!

 その武人てやつよ。

 それに大商人でもあらあな」


 「大商人じゃとな?」


 「おうよ。

 俺の商売の師匠が、よく言ってたのよ。

 しっかり苦労できるやつは、やがて大きな商いができるようになるってな。

 牛角の大将はよう。

 自分から苦労をしょいこんで、見事におっきくなりやがったのよ」


 「なるほどのう。

 あの怪物は、商売する者のお手本か」


 「そうよ!

 どえれえお宝をため込んでるに違えねえ。

 お大尽様ってわけよ。

 よう、とっつぁん」


 「何じゃ?」


 「飲みにいこうぜ」


 「ちょっと早すぎるが、まあええか」


 「おうよ。

 われらが魔獣王の勝利に、乾杯だあっ」


 「いや、それは、ちとまずいじゃろ」


 「じゃあよ。

 わが王の栄光に乾杯だっ。

 どの王とは言わねえけどよ」


 「はっはっは。

 のう、トルモン」


 「なんでえ」


 「いつか、英雄が現れて、サザードンのミノタウロスを倒すじゃろうな」


 「一人でかい?

 そりゃ、いくら何でも無理ってもんだ」


 「無理なんてことはないんだと、ほかならぬミノタウロス殿が、教えてくださったじゃないか。

 いつか、たった一人で、正面から、正々堂々、あの迷宮の王を倒す人間が出る。

 案外、王は、その日を楽しみにしてるんじゃないかのう」


 「店長、すいません。

 お客様が、恩寵の付いた片手剣をお求めなんですが、ちょっと出ていただけませんか」


 「わかった。

 トルモン、すまんが、しばらく待ってくれ」


 あいよ、と答えた行商人トルモンは、椅子を三つ並べて、ごろんと横になった。





 サザードン迷宮の周辺は、繁栄の時を迎えていた。


 上級冒険者が集まり、それに引かれて中級冒険者が集まる。

 腕利きの職人が、商人が集まり、最高級の物資が集まる。

 それは、初級冒険者たちにも恩恵をもたらす。

 それら幅広いレベルの膨大な数の冒険者たちを受け入れる容量を、サザードン迷宮は持っていた。


 迷宮からもたらされるアイテムは、その質も量も、他の迷宮を圧倒していった。

 冒険者から物を買う店や、それを買い取って加工する店。

 冒険者に物を売る店。

 食事や宿泊や、その他のサービスを提供する店。


 ここの冒険者ギルドは、仕事の斡旋も、各種のサポートも、実にしっかりしている。

 冒険始めにここを選ぶ新米冒険者も多い。

 よそから来て、ここに住み着く冒険者も多い。

 彼らの最終目標は、迷宮の王の撃破だ。

 それは、現代において英雄になることを意味する。


 しかし、それは、遠い未来のことになるだろう。

 だから、当分は、旅の空で、ほかのどこにもいない強大で誇り高いユニークモンスターのことを話題にして、お国自慢をすることができる。

 そういえば、最近、ミケーヌの町では、ぼろぼろの服を着て腹を減らしてうろつく子どもを、見なくなった。


 「これも、われらが王の御徳の賜物ってえものに違えねえな」


 うつらうつらと、まどろみながら、トルモンは独りごちた。






日別ランキング1位をいただきました。

ご愛読、応援くださり、ありがとうございます。

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今話は秀逸。スッキリ この迷宮 広大だったの???ですね。 大貴族、大商人は 罠をはる、言質をとる、密偵、 情報と罠の徹底ぶり。 逆に それらをとれないようにする 秘密の会話 装置や範囲魔法 隠蔽…
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