第11話 下層への挑戦
結局、それから五回、ミノタウロスはリザードマンを倒した。
ドロップは、いずれも、切れ味はよいが恩寵のない平凡なシミターであった。
しかし、スキルドロップがあった。
身体の強度と魔法抵抗を強め、一定の割合で体力が回復していくという、使い勝手のよいスキルである。
それ以上に、ミノタウロスは、剣の技を学べたことに満足していた。
人間以外で、剣の奥深さを初めて教えてくれた敵であった。
ミノタウロスは、下へ下へと階層を降りて行った。
五十階層から下では、すべてのボスと闘った。
また、下層で遭う人間たちとも闘いになることが多かった。
しばらくは、鮮血のシミターとリザードマンシミターの二刀流で闘った。
リザードマンの動きを思い出しながら、様々な技を工夫した。
いささかシミターに飽きてきたころ、冒険者を倒したときに残った恩寵付きバスターソードが目に付いた。
なぜかひどくなじむ気がして、この武器を使うことにした。
80階層ボスのマンティコアから恩寵付きツヴァイヘンダーがドロップしてからは、これが主武器となった。
重量感と破壊力は申し分なかったが、重心が先に寄りすぎ、また、全体の作りも大味で、微妙なコントロールがしにくいと感じた。
自分に本当にふさわしい武器は、まだほかにあるような気がしていた。
鎧や小手、盾、靴を始め、冒険者たちが目の色を変えるような恩寵品を、いくつも獲得したが、ミノタウロスは、防具にはまったく関心がなく、無造作に収納袋に放り込むばかりだった。
首輪や指輪、腕輪などの装飾品や、剣以外の武器なども同様である。
ポーションや各種のブーストアイテムには、興味を示し、使うこともあった。
防具を使わず戦い続けることで、ミノタウロス自身の物理および魔法防御のステータスは、どんどん伸びていった。
襲ってくる冒険者たちの遺品も、目に付いた物は収納していた。
冒険者から得たアイテムの中で、ミノタウロスが長く愛用したのは、一本のベルトである。
あるパーティーと闘ったとき、魔法戦士が、ベルトのソケットから、ポーションを次々に取り出して飲んでいた。
どうしてあんなにたくさん入れられるのかと不思議に思ったので、相手を殺してから、調べてみた。
そのベルトは、ソケットに消耗品を入れて、それを使うと、特殊インベントリに同じ品があった場合、自動的に補給する機能を持っていたのである。
その上、このベルトには、移動速度を二割、HPを五割増加させる恩寵が付いていた。
ミノタウロスは、ひどくこのベルトが気に入り、以後常用した。
二十個のソケットのうち二つには、炸裂弾を入れた。
投げつけたら爆発するというだけの投擲武器であるが、下層に来る人間がよく所持しているので、補給がしやすかった。
これを人間相手に使用すると、相手がびっくりするのが楽しかった。
乱戦の中で後衛の魔法使いにうまく当てられるように、技術を磨いた。
人間がモンスターを倒せば経験値が入るが、人間が人間を倒しても経験値は入らない。
ミノタウロスの場合、ちょうどこの逆で、人間を倒せば経験値が入ったが、モンスターを倒しても経験値は入らなかった。
しかし、レベルアップをもたらす経験値は入らなかったとしても、モンスターとの対戦は、武器やスキルの熟練値を上げ、基本ステータスを底上げしてくれ、さらに判断力など、数字に表れない総合能力を上げてくれた。
モンスターは、それぞれまったく違う特性を持っている。
相手の攻撃を受け止めて耐え、あるいはかわし、有効な攻撃を選び、その精度や威力を研ぎ澄ます。
そして、殺す。
強力な敵に出遭い、それを倒せる自分になることは、ミノタウロスの喜びであり、存在する意味そのものであった。
また、モンスターからのスキルドロップという恩寵は、ミノタウロスにも与えられた。
高熱の息を吐くスキル。
突進力を高めるスキル。
クリティカル攻撃を受ける確率を減らすスキル。
階層内の敵の位置や種類を探知するスキル。
などを、身につけていった。
ハウリングも、ランクアップを重ね、別物と思えるほどの強力な攻撃になった。
人間との戦闘は、経験値の獲得を置いても、貴重な勉強の機会であった。
剣の使い方、魔法の特性、さまざまな武器、攻撃方法、連携の仕方などを、ミノタウロスは人間から貪欲に吸収していった。
下層に降りるほどに、戦闘は苛烈になった。
何度も死にかけた。
特に、最下層である百階層のボスと闘ったときは、無残な敗北を続けた。
それでも、鍛え直して再挑戦を続け、ついには、このメタルドラゴンを倒すことができた。
ありがたいことに、いつのころからか、強い人間たちのパーティーが、立て続けに、ミノタウロスを襲うようになっていた。
ミノタウロスは、彼らを殺し続けることで、レベルを上げていくことができたのである。
一度倒したあとも、何度もメタルドラゴンと闘った。
強敵である、ということもさることながら、このメタルドラゴンは、倒すたびに、違う種類のすばらしい剣をドロップした。
実は、このボスモンスターは、倒した者が心から欲しがっているアイテムをドロップする、という特性持ちであった。
次々と出てくる剣を楽しみに、殺して、殺して、殺し続けた。
長剣での闘い。
短剣での闘い。
長期戦。
超短期戦。
さまざまな戦い方を試した。
百回目に殺してから、リポップが止まった。
まるで、迷宮が、メタルドラゴンに変わってミノタウロスが最下層のボス部屋の主となることを認めたかのように。
メタルドラゴンのリポップが止まっても、ミノタウロスは、最下層のボス部屋にとどまった。
もはや、闘いたいモンスターはいない。
闘うべき相手がいるとすれば、それは人間である。
人間は、次々にやって来た。
彷徨するミノタウロスの存在が知られた当初は、冒険者たちのあいだに動揺が生じた。
しかし、こちらから攻撃しない限り襲ってはこないと知れると、そういうものであるとして受け入れられていった。
徐々に下層に向かい、各階層のボスと闘う姿が、冒険者たちの目にとまることも多かった。
ミノタウロスは、おのれの価値観に従って挑戦を続けているのであろう、と思われるようになっていった。
敢えてこの魔獣に挑むパーティーもあった。
次第に、遠方からも、ミノタウロスへの挑戦者が現れるようになった。
ミケーヌ冒険者ギルド長バラスト・ローガンの名前で、驚くほど高額の賞金が掛けられてからは、恐ろしい数の狩人たちが、ミノタウロスに挑んだ。
そして、ミノタウロスの経験値となっていった。
ギルド長名による懸賞金のスポンサーは、実は王であった。
ギル・リンクスが姿を消した少しあと、内々の勅使がギルドを訪ねて、ギルド長を大いにあわてさせた。
バラストは、知っていることを、隠さず伝え、あのミノタウロスが大魔法使いを倒したとは思えない、と意見を述べた。
ミノタウロスが、いかに突然変異の強者であっても、ギルなら、遠距離からの攻撃魔法一撃で勝負をつけることができる。
防ぎようがない。
アレストラの腕輪を、ちょうどそのころミノタウロスが所持していたように思われるが、あれは天剣以外の人間には使えない。
天剣と、その息子以外には。
まして、モンスターなんぞに使えるわけもない。
かりに百歩譲って使えたとしても、直接攻撃以外にも、ギルにはいくらでも魔法の使い方がある。
さらにいえば、ギルは、近接戦闘においても達人である。
若いころ、二人で、ロアル教国に行ったとき、巫女を守るバラストの目の前で、ギルは、短剣二本で、二人の聖騎士を手玉にとってみせた。
聖騎士は、低く見積もっても、戦闘力だけならSクラス冒険者に匹敵する。
あれこれ考えるうちに、バラストは、ギルが死んだと思うのはやめた。
自分の目に見えないどこかに行っているのだと、思うことにしたのである。
それから三か月ほどたって、王は、突然、自分が賞金を出すから、冒険者ギルド長の名でミノタウロスの討伐依頼を出してほしい、と言い出した。
初めに王から提示された金額は、ギルドをいくつも買い取れるような金額であった。
バラストは、頼み込んで、賞金の額を下げてもらったのである。
表向きの理由は、ギル・リンクスを殺したと思われるモンスターを討伐し、その遺産を回収すること、となっていたが、おそらく本当の理由はほかのところにあると、バラストは推測した。
パーシヴァルの妻の母は、先王の第二王妃であったが、出産後、王の勘気に触れ、第二王妃の座から降ろされた。
以後、後宮の奥まった一角に、子どもともども押し込められたが、これは実は、母娘に平穏な暮らしをさせようとする先王の計らいであった。
その思いを、現王も引き継いでおり、表面上はこの異母妹をうとんじる態を装いながら、実際には深い愛情を抱いていた。
後宮の奥深くでひっそりと生涯を終えるはずの異母妹が、奇跡のような出会いをして、若者と恋に落ちた。
なんと、その若者は、現王が、その武勇と清廉を愛してやまぬ、王家に忠義深き一族の若き当主であった。
若者が、恋人の正体を知らぬまま、王の前に額づいて結婚の許しを懇願したとき、王は、生きていることの楽しさを、生まれて初めて味わう思いがした。
王は、王家からの正式の降嫁という形を取らず、妹が有していた従属家名を使って結婚させた。
王家の一族として扱わないという王の意志を示すために。
二人の間に男の子が生まれたと聞いたときには、喜びのあまり勅使を発しようとして、側近にいさめられた。
万一にも、その赤子が、いくつかの条件さえ整えば王位継承権第六位を主張できる立場であると、大貴族たちに思い出させてはならなかったからである。
パーシヴァルの死後、二か月ほどして、メルクリウス家は各方面への調整を終え、当主の後継と承爵を願い出た。
王は、パーシヴァルの死を知り、仰天して、密かに事情を調べさせた。
そして、パーシヴァルをミノタウロスが殺したと知った。
あの幸せそうだった妹が、未亡人となった。
今まで会うことのできなかったかわいい甥は、父のない子となった。
王にとって、ミノタウロスは、仇敵そのものとなった。
しかし、一貴族の仇を討つために、騎士団を差し向けることはできない。
そもそも、パーシヴァルが迷宮でモンスターに殺されたなどと、公に言うことはできない。
そこで、王家に対しても王国に対しても功績のあるギル・リンクスの死に関わったと思われる、という理由で、王の資産から賞金を出すことにしたのである。
無論、内々のこととしてである。
返り討ちにあって死んだ冒険者が三百人を超えたとき、ギルド長の立場上、さすがに賞金は取り下げざるを得なくなった。
バラストは引退して、事務長のパロス・アイアドール・レティスに冒険者ギルド長の座を譲った。
冒険者出身でないギルド長の誕生に、冒険者たちは驚いたが、ギルド職員のあいだには、この人事を怪しむ声はなかった。
時を置いて、再び賞金が掛けられた。
いくつもの強力なパーティーが、この大いなるモンスターの討伐を志した。
倒れた者もあり、引き下がった者もある。
とりわけ執念を燃やしたのは、アイゼル・リードという魔法使いである。
結局、彼も死んだ。
ミノタウロスは、サザードン迷宮最下層に、いまだ健在である。