憧憬の果て
鬼畜兄、本領発揮して行きます。
無理な方はリターンでお願いします。
さて、ミツキが侍女たちに着飾らせられ、ルーンが意外な訪問者を受けていた頃。
ミツキの次兄、アデルはその美しい整った顔を苦痛に歪めていた。
昨日は一睡も出来なかった。
寝台に身を投げ打つ傍らに居るのは死んだように眠る花の精霊。
華奢な身体付きに白い肌。その所々にアデルが付けた紅い痕が残る。
昨日の母の言葉に胸を抉られ、更にミツキに吐いていた嘘がばれたのだ。
それもこれもただミツキを守りたくて吐いた嘘。
なのにユーリにはこってり絞られ、更にミツキには避けられる始末だ。
額にかかる銀髪をさも邪魔だとかきあげると、アデルは深い溜め息を吐く。
ミツキを妻にするのは僕だ。
あの白磁の肌に、紅い花びらを落とすのは、僕なんだ。
あの熟れた桃の様な唇に口付けを落とすのも。
あの長い銀髪をすくい上げる事が出来るのも。
ああ、ミツキ。
君の純潔は何よりにも代えがたい。
究極であり、至高の喜びを、僕にだけ、与えて欲しい。
アデルは、ミツキに思いを馳せた。
そうしているとまたも自身の昂りを感じ、アデルは苦笑いを浮かべた。
「ん・・・・」
花の精霊がみじろぐ。
アデルが精霊の白い肩に口付けを落としたからだ。
「あ、あ・・・・アデルさま・・・・・・もう・・・・」
小さく疲弊し切った声で制止しようと声が出る。
「ザクロ・・・・・嫌なら出て行ったら良い。・・・・・そうだな、君が相手をしてくれないなら・・・アイリスを呼んで来てくれ」
「そんな、そんな・・・・」
悲しそうにザクロと呼ばれた精霊が首を振る。
昨日の夜に召されて彼女は舞い上がる気持ちを抑えながらアデルに抱かれた。
美しい風の王子に召しだされて舞い上がらぬ精霊などいようか。
そもそも、アデルに恋心を抱いてこの風宮に来たのだ。
その為に身体を磨き、化粧を覚え。
アデルの好きな香を付け。やっとの思いで召しだされた。
逸る気持ちのまま恥じらいを隠しながら、ザクロは自身で磨き上げたその身体を、純潔をアデルに捧げたのだ。
何度も何度も、その美しい顔からは想像も出来ぬ程に荒々しく、アデルは彼女を抱いたのに。
なのに、その愛しいアデルは今受け入れぬなら他の精霊を呼べと言う。
アデルの指に、舌に翻弄され、すすり泣き、そんなザクロをアデルは何度も刺し貫いたのに。
「な、にを言って・・・・」
じんわりと精霊の薄い桃の瞳に涙が浮かぶ。
昨日愛された男が今から別の女を抱くなどと。
考えたくもない。
「じゃあ、ザクロ。君が相手するんだ」
その言葉が終らぬまま、彼女の小ぶりな乳房がアデルの掌に包まれる。
ザクロの色付く声が響くまで、時間は掛からなかった。
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やっとアデルに解放されたのは、アデルが眠りを貪り始めたからだ。
深い眠りに入ったその腕をすり抜ける。
身支度を軽く整えると、ザクロは足早にアデルの部屋を出ようと、眠るアデルに近付いた。
愛しい王子に、その唇にそっと唇を合わす。
と、不意にアデルが囁いた。
その囁かれた名前に、ザクロは目を見開く。
「ミツキ・・・・・」
愛しげに囁くその声に、ザクロは気付いてしまった。
それは恋する女の直感。
アデルは、今口にした名前の彼女の代わりにザクロを抱いたのだと。
昨日抱かれていた時も、アデルはそんな優しげな声を出してはくれなかった。
ただ、欲望を吐き出したかっただけなのだ。
アデルから寵愛を受けたのだと、奢った気持ちが急速に萎む。
晴れやかな、自信に満ちた顔が知らずに険呑なものに変わって行く。
「・・・・・・許さない」
ザクロの自尊心の高さは侍女仲間からも有名なものだった。
その彼女の自尊心が全て粉々に崩れて行く。
寵姫になれずとも、良い。
寵愛を受けずとも、良い。
いや、本当はそれを願っては来た。
だが、今のザクロの胸の中にはそんな事は全て消え去っていた。
ただ、弄ばれたと言う思いだけが彼女を支配して行く。
勝手な言い分はどちらもだが、愛が憎しみに変わるのも勝手なこと。
ザクロは踵を返すと、音も無くアデルの部屋を辞す。
そうして自分の部屋――――――仲間たちとの共同で使う部屋に入ると、仲間に声を掛ける事も無く、湯あみをし、ゆっくりと化粧を施していく。
鏡に映るその顔に表情は無い。
「ザクロ?ねぇ、どうしたの?」
余りにも様子の違うザクロにアデルが先程名を呼んだアイリスが躊躇いがちに声を掛けて来た。
「アイリス。いいえ、何も無いわ」
「顔色が悪いわよ。疲れているなら、もう少し休んでらっしゃいな」
「何も無いって言ってるでしょ」
鋭く切り返すザクロの言の葉に、アイリスは口を噤む。
その姿に、仲間のツツジがザクロを牽制するように声を掛けて来る。
「ザクロ。あんたねぇ」
「ツツジは黙っててよ!」
勢いよく立ち上がったザクロの反動に、ガタン、と大きな音を立ててザクロの座っていた椅子が倒れる。
その音に、もう1人の精霊が声を出す。
「勝手にしなさいな」
「マツリ・・・・」
「昨日の夜のことは解っているわ。アデルさまに召された、とあんなに吹聴して良い様ね、ザクロ」
嘲る様なマツリの声に部屋中が沈黙に包まれる。
「マツリ・・・・・」
怒りを押し殺し、ザクロは何とか反論しようと声を出す。
「ザクロ、当たるのはよしてね。貴女が自慢ばかりするから黙っていたけれど、アデルさまに召しだされているのは貴女だけな訳が無いでしょう」
「・・・・・・・」
「自分だけが愛されているのだと?愛される価値が有ると?」
マツリの言葉がザクロの自尊心をまたも打ち抜く。
「そんなことでは、――――――お仕え出来ないわよ、ザクロ」
「っ・・・・・」
「もう良いでしょう、マツリ。ザクロ、マツリは貴女の為に・・・・」
アイリスの言葉は耳に入っているのかいないのか、ザクロは唇をきつく噛み、みじろぎもしない。
こんな仕打ちを受けるのは・・・・・!
この悔しさ、忘れない・・・・・!
そしてこの日、1人の侍女が風宮から姿を消した。
読んで頂き、感謝致します。ぺこり。