いざ、風の国へ
ユーリが花宮に現れたのはそれからすぐの事だった。
サクラとキキョウを連れ風宮に帰った後、また政務に戻ってしまう。
大きめの応接間に通され、お茶を出される。
「慌ただしい事、この上無いですわね」
「申し訳ありませんです」
ふう、と聞えよがしにサクラが溜め息を吐くと、横でサンダーソニアが申し訳無さそうに眼を伏せた。
と、そこに大きな音を立てながら扉が開かれた。
「サンダーソニア!!!帰ったのか!」
びくっと、キキョウの身体が震える。
それもそうだろう。
扉を大きく開け、更に男の怒声とともに、だったのだから。
「アデルさま・・・・」
「―――――――サクラ・・・・!それに、キキョウ殿もご一緒でしたか」
「・・・・・・女性の居る部屋と解っていてその態度。アデルさまとは思えませんよ」
サクラのきつめの口調に、アデルは慌ててお辞儀をしながら謝罪の言葉を掛けた。
「すまない」
「サンダーソニアにも謝罪を。仕える者にその態度をなされているならば、失礼になってでもサンダーソニアは連れて帰らせて頂きます」
ピシリと跳ね付けるサクラの瞳は厳しい。
王族に仕えた花の精霊を守ろうとする気概は素晴らしい事だ。アデルはそう思った。
だがしかし、それは貴族では有っても、サクラには権限が無い事も事実だった。
「サクラ」
「はい」
「―――――――――サンダーソニア、大きな声を出してすまない」
「い、いえ・・・・ッ。滅相もないのです」
サンダーソニアは小さく礼を取り、そのままサクラの正面の席を促し、アデルを座らせた。
「アデルさま。火急のお呼び出しいかが致しました?」
「――――――サクラ。謝ったろう?そろそろ許してくれないか」
相変わらずの険呑な響きの残る声音にアデルは優しく問い掛け、そして微笑む。
「君を呼んだのは兄上だ。・・・・・・僕に原因が有るのは事実だけどね」
「見た処、とてもお元気そうで何よりです」
「あ、あのう・・・・アデルさま、お久しぶりです・・・」
サクラは一旦機嫌が悪くなると長い。
まだまだ子どもだから仕方の無い事かもしれないが、聞いている方は堪らない。
キキョウは堪らず2人の会話に割り入った。
ソニアの為かと思ったが、サクラの為に付いて来て良かった気もしてくる。
「キキョウ殿」
「サクラだけでしたのに、急に付いて来てしまってすみませんでした」
「何を・・・・本当に久しい。貴女はなかなか外遊もされませんから」
「中で本を読むのが相変わらず好きなのです。―――――でも、久しく出て良かったですわ。本当にシルディンは綺麗なままで・・・・幼い頃と変わらない」
ふふ、とキキョウは控え目に微笑んだ。
キキョウのその優しい笑みに、アデルも釣られて微笑む。
「花宮は、相変わらず花々が咲き乱れてるのでしょうね」
「ええ。でも相変わらず本ばかりで」
「・・・・・・・・・風宮にもたくさんの書物が有ります。良ければご覧下さい」
「え?良いのですか?」
「勿論です。ただ・・・・・僕の権限が届くまでの書物となりますが」
禁忌の書物が多い王族書庫にはそれぞれ閲覧権限が施されている。
アデル権限ともなればその上はユーリとエミール権限のみだ。
キキョウは心からの笑みを浮かべ、サクラを見る。
「・・・・・・良かったわね、姉さま」
「ええ、本当に!サクラからも良くお礼を」
「ありがとう、アデル兄さま」
やっとサクラがいつもの自分の呼び方をしてくれると、アデルはほっと息を吐きながら微笑んだ。
そしてそわそわとさも書物にしか興味が無いとばかりのキキョウの所作に、アデルはサンダーソニアに命じ、書庫へと案内させた。
「サクラ」
「アデル兄さま、本当にありがとう。キキョウ姉さま、あんなに嬉しそうに」
「・・・・・違うよ、サクラ」
嬉しそうに笑うサクラに、アデルは自嘲気味に微笑みながら、額に両手の甲を付け、俯いた。
「何が違うの?」
「・・・・・・キキョウ殿はもう決まった相手が?」
「姉さまに?いいえ。姉さまは嫁がれる気は無いそうよ」
―――――――想ってる相手は居るかもだけど。
チロリと心の中で舌を出す。
「そうか」
「あら、アデル兄さまには駄目よ。キキョウ姉さまはあげないわ」
「残念だな、それは」
両手を離し、顔を上げるとアデルはサクラを見つめその愛らしい顔に微笑む。
先程の短い会話の中で、2回もキキョウは本の話を出した。
それはキキョウの為に書庫を開けてくれればサクラの機嫌が直ると踏んでの事。
はたして、それは間違い無く。
「それで?一体何の御用だっだの?ミツキはまだ来ないの?」
「――――――――ッ」
サクラの疑問は当然と言えよう。
だがそれは、アデルの収まりかけていた感情が溢れだす言葉だった。
「ミツキは、居ない」
「そうなの?」
心底がっかりした顔でサクラは赤い唇を尖らせる。
「ミツキが帰るまで、一緒に居てくれるかい?サクラ」
「ええ、勿論よ。アデル兄さまやユーリ兄さまに会えて嬉しいもの!」
サクラのその眩しい笑顔が、ふと、ミツキのそれと重なる。
アデルは立ち上がり、サクラの腕を取った。
「アデル兄さま?」
驚いた表情を浮かべるサクラを席から立たせると、アデルはその華奢な身体を抱き締めた。
「―――――――アデル兄さま・・・・?」
きつく自分を抱き締めるアデル。
サクラは解らぬままに身を委ねる。
いつも穏やかで優しく自分たちを見守るアデルの姿はここには無い。
ただ、何かに傷付き、感情の抑えが利かなくなったアデルに、何をしてあげれば良いのか。
サクラはそれだけを考えていた。