サクラとキキョウ
「サクラ、変わったお客様が来てるらしいけど・・・・」
「そうなの?」
白金の髪を柔らかくまとめ上げ、薄桃のドレスを纏ったサクラは、姉で有るキキョウを見る。
キキョウは滅多に表には出ない。部屋の中で籠りこみ、読書にふけるのが多い。
長い白金をひっつめた三つ編みにし、その可憐な美貌は大人しい性格のせいか、いつも暗く見られがちだ。
おどおど、と薄紫の柔らかいドレスの裾を持ち上げたり離したりしている。
サクラが母に呼ばれたと侍女から聞き、応接間に着いた時にキキョウは応接間の前で佇んでいた。
入るのに躊躇していたのだろう。
「一緒に入りましょう、姉さま。大丈夫。サクラが付いています」
にっこりと微笑みながらサクラは姉の手を取る。
年は上でも、この可愛らしい姉を、サクラは愛しているのだ。
「うん」
きゅ、とサクラの手をキキョウは握り返す。
その柔らかい力に、サクラは余った片手で応接間の扉を叩いた。
「かあ様、サクラです。キキョウ姉さまも一緒です。入りますね」
扉の奥から是、の答えがあると、大きく扉が開かれた。
「失礼します」
「呼び出してごめんなさいね、キキョウ、サクラ」
「いえ」
そう言って軽く下げていた頭を上げる。
応接間の柔らかな椅子に座るのは微笑みを浮かべる母、レンゲ。
その横に座る橙の髪――――――――サクラには見知った顔だ。
「まぁ!サンダーソニア!」
「サクラさま、キキョウさま。お久しぶりなのです」
サンダーソニアは立ち上がってぴょこん、と頭を下げた。
「元気にしていたの?」
「はぁ、まぁ。元気と言いますか何と言いますか」
眉を顰めながら、サンダーソニアは首を傾げる。
いつも明朗なサンダーソニアにしては様子がおかしい。
「サンダーソニアはね、ユーリさまからの言伝を持っていらしたの」
「ユーリさま?」
レンゲの言葉に、サクラも同じように首を傾げる。
確か、エミールさまからのお誘いを有ったはずだ。
なのに今度はユーリからとは。
と、握ったキキョウの手が汗ばむ。
――――――――何か有ったと見た方が良いわね。
「どんな言伝なのかしら?」
「えとですね、サクラさま。お時間が有りましたらぜひ風宮へお越し頂きたいのです」
「ええ、それは勿論。エミールさまからの舞踊会に出席させて頂くつもりよ」
「いえ。そうでは無いのです。いや、それも来て頂かないとなのですが、あの・・・・・実は今すぐに。早急に。出来れば一っ飛びでお願いしたいのです」
「今?」
「はいです」
「かあ様、どうしましょう?」
「サクラの思うままになさい」
サクラの問い掛けにレンゲがやはり微笑みを湛えたまま答える。
サクラは顎に細い指先を置き、眼前のサンダーソニアを見つめる。
困った様にこちらを見るサンダーソニア。
必死さが有る訳でもないが、縋っているようには見える。
「良いわ、どうせ舞踊会には行く予定だったのですから。すぐ発ちましょう。ただし1つだけお願いが有るの」
「はいです」
「キキョウ姉さまにも同行して貰うわ。良いでしょう、姉さま」
「え。わ、わたし、は」
「どうせなら舞踊会まで滞在させて頂きましょう、姉さま。ね、良いでしょう。サンダーソニア、風の精霊に知らせて頂戴。ユーリさまに聖獣でお迎えをお願いしてね」
「えとですね、ユーリさまは実は御政務を勤しんでおられます」
「まぁ。じゃあアデルさまに・・・・「それは止めてくださいです!」
サンダーソニアの大きな声が響く。
それに気付いてサンダーソニアは慌てて手を振った。
「す、すみませんです。急に大きな声を」
「良いのよ」
謝罪の言葉に申し訳無さそうな表情を浮かべるサンダーソニアに、キキョウが優しく声を掛けた。そしてサクラの手を離すとサンダーソニアの近くに立ち、目線を合わせる様に屈んだ。
その両手を取る。目線はしっかりと合わせたままだ。
「ソニア。わたしは行っても大丈夫なの?」
「え、と多分・・・・大丈夫なのです」
「でも迎えを呼んでは、駄目なのね?」
「はい、出来ればそうお願いしたいです」
「そう・・・・・・では時間が掛かってしまうわね」
「それも困るのです」
「そう・・・・・・ではこの事を一応風の御兄弟・・・・どちらかにお伝えして?それは大丈夫?」
「・・・・・・・はいです」
「じゃあ、わたしたちは用意をして来るから。ああ、そんな顔をしないで」
そう言ってキキョウは優しくサンダーソニアの頭を撫でる。
花の国に居た頃から可愛らしかったサンダーソニア。
その顔がキキョウに頭を撫でられ今にも泣きだしそうだ。
「ではかあ様。―――――――――失礼致します」
レンゲの微笑みにキキョウとサクラは会釈すると、柔らかな声が響く。
「気を付けてお行きなさいね。可愛い娘たち」
その言葉に小さく頷くと、サクラとキキョウは連れ立って応接間を後にした。
「姉さま」
「ええ。解っているわ、サクラ。今のところ情報は少ないけれど・・・・・ソニアの為に行きましょう」
部屋に入る前と後ではこんなにも違うのか、と言いたくなるほどキキョウの瞳は煌めいていた。