その頃、風の国では
「ユーリさまッ!ユーリさま、すぐいらして下さいですッ!」
「ん?」
執務室の扉を叩く間も無く、侍女が滑り込んで来た。
橙色のふわふわとした髪に、パッチリとした瞳。まだまだ元気な少女である。
「サンダーソニア・・・・・もう少し落ち着いて入って来れないのか」
「何を悠長な!アデルさまがもう荒れて荒れて大変なんですからッ!」
「アデルが?」
ユーリが顔を上げると、ぶんぶんと首肯した。
「ミツキさまがおられず、更に陛下もなのでしょう?ああ、本当に困ったもんです」
「困ったもんってお前」
「だいたい、たかだか妹が居ないくらいであそこまで荒れるとは・・・・・アデルさまって修行が足らないです」
「・・・・・・・そんなにか」
「・・・・・・・・片付けるのは私たちなんですよ、嫌味の1つくらい聞いてくれるのが大人ってもんです」
「・・・・・・・すまん」
「ま、良いです。早く止めてください、あの駄々っ子を」
はぁ、と大きく息を吐くと、ユーリは立ち上がり、サンダーソニアを片手に抱える。
「ちょ、私は置いてって下さいです!」
「そう言うな、サンダーソニア。付き合うのが大人ってもんだろ」
部屋は凄い惨状だった。
暴れるだけ暴れた、とばかり床の上には原型が解らないほど割れたものや、家具が散乱していた。
サンダーソニアが慌てて入って来たのも頷ける。
これは酷い。
当の本人は暴れ疲れたのか寝台に座り、頭を抱え込んでいた。
「離して下さいです」
ぼそっと、サンダーソニアがユーリの片手の中で身を捩る。
ユーリが力を緩めると、小柄な身体を床に付く。
「全く、御兄弟揃ってです」
「すまん、サンダーソニア」
そう言いながらユーリはアデルに近付き、同じように寝台に腰かけた。
「アデル」
その声に、アデルはびくりと身を震わせた。
「アデル」
「―――――――申し訳、ありません」
「落ち着いたのか」
「・・・・・・・いえ」
「だろうな。一時の感情で物を壊しても、何も変わらん。余計虚しくなるだけだ」
「・・・・・・・・・」
「ミツキの事は良く解ってる。しかし、母上の仰る事も一理有る。それにまだミツキが決めた訳でも無い。決まっても無い事で憂うなど、そんな醜態を晒してくれるな」
「兄上は、平気なのですかッ!」
アデルは声を荒げ、立ち上がった。そしてそのまま顔を覆う。
「僕は・・・・・僕には、無理です。ミツキが他の男のものになど・・・・」
「だからと言ってミツキに虚言を吹き込んだり、更にこのように暴れる事が許される訳が無いだろう」
「解って、います」
「いや。お前は解ってはおらん」
「兄上」
アデルは覆っていた手を離し、ユーリを見つめる。
「どうしたものか」
「兄上?」
「母上もおらんしなぁ・・・・ううむ」
ユーリは顎を指で掴みながら何事か考え込むと、急に思い立った様にポン、と手を打つ。
「サンダーソニア」
しかしサンダーソニアはそれに答えない。
怪訝そうな顔をしてユーリを見返すのみだ。
「サンダーソニア」
「・・・・・・・嫌な予感がめちゃくちゃするので答えたくありませんです」
「・・・・・・・お前は勘が良いな」
「やっぱり答えたくありませんです」
はぁ、と聞えよがしに大きく溜め息を吐く。
「サクラを連れて来てくれないか」
「サクラさま、ですか」
精霊国の中の花の精霊たちの中で、王家に嫁いだものも多い。
その花の精霊の家は王家に次ぐ、貴族扱いとなる。火の王家に嫁いだリリーと、水の王家に嫁いだローズの末の妹姫サクラは、ミツキの親友でも有り、ユーリやアデルにとって、妹と変わらず愛する存在である。
「サクラさまはそのう・・・・・来て下さるですか?」
「難しいと思うか」
「絶賛花嫁修業中かと思われますです」
「サクラも結婚するのかッ?」
「いえ。言ってみただけです」
「・・・・・・・」
無言でユーリがサンダーソニアを凝視した。
「すみませんです。ちょっと面倒だなと思っただけです」
「・・・・・・・・うん、お前はそう言うやつだった」
「サクラさまをお呼びしてどうしますです?」
「ミツキの機嫌を取る」
「懐柔策ですか。―――――――ミツキさまは怒って無いと思いますですよ」
「しかし、このままだとアデルと溝が続く。それは困る」
「確かに。片付けで1日終わりますですね」
そう言って周囲の惨状をまた見回し、ガクリと項垂れる。
「いや、片付けはアデルがしろ。これはお前がした事だ」
「え」
「俺は政務が有る。サンダーソニアはサクラを迎えに行け。アデルは掃除だ」
そう言うとユーリは立ち上がり、サンダーソニアをまた小脇に抱えた。
「またですか?」
「良いな、アデル。侍女を使わず1人で片付けろ。これは長兄としての命令だ」
そう言うとユーリはサンダーソニアを連れ、アデルの部屋から飛び去った。
作者的には物に当たる男は苦手です(笑)
読んで下さり感謝致します。ぺこり。