赤の王子と風の女王さま
ミツキとシェーラと離れた後、ヒューイはディラスを肩に乗せたま宮殿の外側へ向かった。
『へっぽこ、どこ行くんだよ』
「一応、火山帯の様子を確認しないとだろ。ミツキを拾ったから途中だったし」
『また行くのかよ』
「当たり前だ。誰か怪我でもされたらたまんねえだろ」
そう言って、ヒューイは嫌そうな顔をするディラスの顔を突く。
と、そんなヒューイ達の後方から凛と澄んだ声が響いた。
「その必要は無いぞ」
――――――え
何の気配も無かった。
背中が寒くなるのと同時に、思わずその声にヒューイは飛びずさる。ディラスも口を大きく開けながら臨戦態勢だ。
しかし、その声の主はヒューイの見知った顔だった。
「貴女は・・・・・・・!」
ヒューイの呟きに呼応したのか、ディラスの興奮し切った声が飛んだ。
『おい、誰なんだ、この超絶美女はッ!!!』
「陛下――――――――!」
「久しいな、ヒュー。息災で有ったか?」
銀色の髪は腰まで流れ、その妖艶な身体を隠すように纏われているのは深紅のドレス。
ほんの少し釣り上がった瞳が優しくヒューイを映す。
よしよし、と傍らの大きな金色の聖獣を撫でながら、エミールは小さく何かを呟くと、聖獣が霧の如く消え去った。
「どうも、うちの娘が世話になった様だな」
そう言って近付くエミールに、ヒューイは素早く膝を下り、礼を取る。
「やめろやめろ、固っ苦しい」
「何を仰いますか!」
そう言いながら近寄ったエミールの深紅のドレスの裾に唇を落とす。
「お会いできて、光栄です、陛下―――――――風の女王、エミール様」
『・・・・・・ミツキの母親ッ?!』
ディラスの頭を掴んでそのまま地面に叩きつける。『ぐはッ!』と呻き声を上げたが、無視だ。
「ま、立て。火山帯の上にはついでだから風で結界を張っておいた。どんな規模の噴火か解らんが、被害は及ばんだろう」
「―――――は・・・・・?」
「一応、サラス国全体に張ったから何も案ずる事は無かろう?」
そう言うとクスリ、と小さく笑みを漏らし、エミールは空を見まわす。
――――――――この国、全部に・・・・?どんだけこの人力有るんだよッ。
下を向きながら考えるヒューイの肩にそっとエミールが手を置く。
「ミツキが世話になった礼、とでも言っておこう」
「は・・・・・」
「落下するとは流石に思わなんだ」
エミールが笑う。
「あそこまでとは。我が娘ながら・・・・・」
くすくすと声を立てながらさもおかしそうに声を出す。
「無事で何よりでした。しかし、やはり見ておられたのですね」
「ま、少しだけ気を飛ばしておっただけのこと。―――――――その後の事は見ておらん」
――――――――見てた。絶対この人見てた。
ミツキのあの華奢な身体を図らずも抱き締めてしまった事。
・・・・・やべぇ・・・。
「ミツキは良い器量になったろう」
「・・・・・・は」
「自慢だ」
「確かに」
「・・・・・・どうだ、嫁に」
「ぶっ!!!」
「冗談だ」
「――――――――へ、陛下」
エミールのからかい交じりの口調は実に楽しげだ。
そうだった。この美しすぎる麗人は幼い頃からいつもこのようにヒューイをからかっていたものだ。
実直そのもののヒューイは良いカモ、だったのだろう。
その言葉に翻弄されていたものだ。
――――――――相変わらず、だな。この人は。
「うん、良い男になったものだ。ヒュー。そして出来れば昔の様に心砕いて話してくれると嬉しいぞ」
「陛下・・・・・」
「心の声が、相変わらずダダ漏れだからな。顔に全部出る」
「はぁ・・・・」
片目を瞑りながらヒューイの腕を取り、立たせる。と、ディラスが俺俺、と声を出す。
『ちょ、俺!俺を忘れて無いか、へっぽこ!』
「・・・・・・・俺の聖獣です」
「ふむ」
『ディラスと申します、美しい風の陛下』
ミツキやリンディンに対する口調とは全く違う。
深く心の中で嘆息すると、ちら、と眼前のエミールを見る。
エミールは何やら楽しげだ。
「ミツキが世話になったな、礼を言うぞ、ディラス」
『何を!貴女の姫君の為なら・・・・・!』
ぐい、と身を乗り出すディラスの頬を優しく撫でると、エミールは微笑んだ。
「リンディンを余り苛めてくれるなよ、ディラス。あいつはなかなか繊細だからの」
『―――――――え』
「さっきの俺の話聞いて無いのかよ・・・・見てたって言ってただろうが」
『・・・・・・・・』
「さて。久しぶりにお前の親父でもいじりに行くか」
「・・・・・・・・はぁ・・・・・・」
「シェ―ラも美しくなったことだろう。楽しみだ」
ふふん、と鼻声を歌うようにエミールが鳴らすと、火の国に溢れる風の下位精霊が嬉しそうに揺らめいた。