チビ赤王子たち
修練場は思いのほか熱気が籠っていた。
扉を開けた瞬間にその視線がシェーラとミツキに注がれる。
火の上位精霊・・・・人型を取れる精霊たちが合わせていた剣を止め、シェーラに一礼する。
「師範に―――――――――――敬礼ッ!!!!」
一糸乱れぬその動作に思わずミツキはシェーラを見る。
が、当の本人は小さく頷き、続けるように促すのみだ。
「さ、おいで」
「は、はい」
そう言ってシェーラは奥の方へ進む。
そうすると、鍛練する精霊たちの奥で談笑していたであろう赤髪が数人固まっていた。
その姿を認めると、シェーラは舌を鳴らす。
「愚弟どもが・・・・・」
小さく唸ったその声に、ミツキは思わずたじろいだ。
奥で固まっている赤髪はまさしく王家の印。
カツカツ、と闊歩よろしく、シェーラが近付くと、塊が我先にと、口を出す。
「ちが、コレはっ!」
「あ、あねうえ・・・・」
「俺はやろうってちゃんとッ・・・・!」
「言訳はそれだけか、この愚弟どもが。稽古をサボるとは良い度胸だ」
シェーラは近くに有った細剣を取ると、その剣先を3人の赤髪に向けた。
その剣先をを見つめながら3人は揃って気を付け、の態勢を取る。
「「「ひっ」」」
「誰から相手してやろうか」
「リューイか相手したいって!」
「いや、サーシャが!」
「酷ッ!ルーシェだろ!」
口ぐちに横の赤髪を差す3人。その仕草は余りにも可愛らしい。
ミツキの半分に満たない身長の彼らはミツキに気が付いているのだろう。
チラチラと、遠慮がちに眼を向けて来る。
「黙れ、馬鹿ども。折角客人を連れて来たというのにお前たちと来たら」
「「「その、後ろの・・・・・?」」」
「そうだ。風の国のミツキだ。ミツキ。右から身長順にサーシャ、リューイ、ルーシェだ」
「ほら見ろ。やっぱり僕が高いんだ」
「そんなことねぇ!」
「姉上の意地悪だって解んないのかよっ!お前が一番チビだっ!」
やはり赤い髪に赤い瞳。まだ瞳が紅く無いのは年若いせいだろう。
シェーラの言葉に3人が仲良さげに話すのに、ミツキは笑顔になってしまう。
ヒューイとディラスのやり取りを見てるみたいだ。
「・・・・・お前ら」
あ。と思った時には遅かった。
シェーラの拳が3人に飛んだ。大きな音をして3人が後方へ吹っ飛ぶ。
「挨拶くらい出来んのかっ!」
「ね、姉さま、あの、加減を」
「ほっとけ。ミツキ、仕方無い。久しぶりに2人でやるか」
「・・・・・・私と?」
「訛っては、無いだろう?ミツキ」
ニコリ、とシェーラは笑うと手に持った細剣をミツキに投げる。
一回転したそれを器用にミツキは受け取ると、ヒュン、と風を切りながら振り下ろす。
「――――――宜しくお願いします」
「良い顔だ」
細剣は久しぶりだ。持ち手を何度も握り返す。
「では型通りやろう」
「はい」
カチリ、と静かに剣先を合わせる。
周囲の喧騒が嘘の様に静かだ。
大丈夫。集中、出来ている。
ミツキはそう感じると静かに息を吐き切り、シェーラの剣先を見つめた。
ヒュン、とシェーラの細剣が降って来る。それを右へ薙ぎ、左へ払う。
下からの切っ先を飛んでかわし、上方で止める。
型通り、とシェーラは言った。
その通り身体が動く。
―――――――ちゃんと、覚えている。
ミツキは薙ぎながらシェーラの剣の正確さに舌を巻く。
シェーラの動きの通り身体が動くのだ。
ミツキの身体が熱く高揚して行くのが解る。緊張で冷たくなっていたその身体が、今は熱い。
「すげぇ・・・・」
「ああ・・・・・・」
「凄いしか言葉、出ねえ・・・・」
吹っ飛ばされた3人の少年たちの感嘆の声。
それほどにミツキの動きは滑らかだ。兄ヒューイと同等にシェーラと渡り合っている、小柄な少女。可憐な風貌とは裏腹なその剣技の腕に少年たちは息を止め、見入っている。
「ミツキ」
「はい、姉さま」
剣を互いに近くで交差させながら、シェーラが声を掛け、それにミツキは答える。
「行くぞ」
「はい」
キン、と一層鋭くシェーラの剣がミツキの眼前を薙ぐ。
それを弓なりになってかわす。と、そのままミツキの身体はふわりと一回転する。
そこへシェーラの剣が突いた。
またも紙一重でそれをかわし、ミツキの細剣が逆にシェーラの胴を払い、軽くいなされる。
「うん、上手くなったな」
「姉さま、もう型通りじゃ有りません」
くすくすと笑うミツキにシェーラは手を止め、にっこりと微笑んだ。
「つい、本気になった」
「ありがとうございました、姉さま」
シェーラが剣を納めるのを認めるとミツキも細剣を片手に、軽く会釈しながら微笑む。
と同時に修練場の場が大きく沸いた。
いつの間にか、見入っていたのだろうか。そう考えると頬が熱くなった。
「す、すげぇ!」
「姉上、凄い!」
「いや、客人も凄い!」
叫びながら走り寄る弟たちの額を順にシェーラは小突く。
「お前たちも鍛練を怠るな。ミツキはお前たちくらいの年齢には完璧に型をこなしていたぞ?」
「「「え」」」
本当かよ、と言う顔がミツキに飛ぶ。出来ていたとは思えないが、きっと弟を鼓舞するためなのだろう。
ミツキは仕方無く頷いた。
「やろう」
「うん、俺も」
「すぐやろう」
剣を片手に場に走りだす弟たちに頷くと、シェーラは軽く肩を竦める。
「全く・・・・困った奴らだ」
「可愛らしい弟君さまたち」
ミツキたちが可愛らしい弟たちの剣に見入っていると、不意にシェーラの近くに侍女が走り寄って来た。
「シェーラさま。失礼致します」
「どうした」
「火王さまが、お呼びでございます」
「ご政務が終わられたのか」
「いえ、それが・・・・風の国の御方がお見えになっておられまして」
侍女の言いにくそうな口調に、ミツキはさぁっと血の気が引く思いがした。
アデルが来たのか―――――――アデルの怒りに満ちた顔が浮かぶ。
そのミツキの表情からか、シェーラが侍女に問いかけた。
「風の国のユーリとアデルか?」
「いえ、あの、・・・・エミール陛下さま直々にでございます」
「かあ様?」
「エミール様が!?」
ミツキとシェーラはお互いに顔を見合わせた。