銀竜のいたずら
ミツキが思慕を込めてその名を呼ぶと、シェーラは細い腕を伸ばす。
その腕の中へ、ミツキは勢い良く飛び込んで行った。
「ミツキ。久しいな」
「はい、姉さま。お元気でしたか?」
飛ぶ込むミツキを優しく片腕で抱き締めながら、シェーラは妹の様に育ったミツキの頭で撫でた。
「ふふ。変わらんな、ミツキ」
「だって、姉さまにずっと会えずにいたのだもの」
甘えるように縋るミツキの頭を殊更優しく撫でると、シェーラはミツキの顔を覗き込んだ。
「うむ。綺麗になったものだ」
―――――――姉さまの方が何倍も綺麗。
そう思うとミツキは赤くなって俯いた。
何より、その紅蓮の瞳の色がさっきのヒューイに抱き締められたことを思い出させたのだ。
さて、ミツキがシェーラに向かって走りだしたのを見送ると、ヒューイはそっとその場から離れた。
『良いのか、へっぽこ』
「へっぽこ言うな!!積もる話も有るだろうが」
『―――――――――おい、褒めて良いぞ』
――――――は?
楽しげな肩の竜に怪訝な顔を向けると、ディラスはふんぞり返りながら、笑みを漏らす。
『良い時機に態勢を崩しただろう?』
「ぶっっっ!」
『うぶな奴が』
「ばっ!!おま!わ、わざとか!」
『当たり前だ。そもそも俺があんなところで態勢を崩す訳が無かろうが』
ふん、と大きく鼻息を吐くと、ディラスはまた『褒めて良いぞ』と続ける。
『だいたい、へっぽこの心臓がいつもより3倍速並みに速いんだ。嫌でも解る』
「お前なぁ・・・・」
『当たり前だ。俺たちは言いたくは無いが主の為に生きている。主が喜ぶようにするのが聖獣のつとめってもんだからな』
でも、あれは・・・・ミツキはまた空を怖がってしまったのでは無いのか、と頭を抱えたくなる。
『もっと、怖がらせれば、ミツキから抱きついて貰えたかもしれないな・・・』
「いやいやいや!良いから!そんなの本当に良いから!」
『ふん・・・・・・うぶな奴』
そう言ってディラスはそっぽを向く。
拗ねたようにそんな仕草をするディラスは殊の外可愛い。
その尻尾を軽くヒューイは掴むと小さく「ありがとな」と呟いた。
「ヒューイ!」
その時、離れる自分に気付いたのか、ミツキがこちらに向かって走って来る。
その後ろからシェーラも笑みを浮かべながら近付いて来た。
先にヒューイとディラスに走り寄ったミツキにディラスはぱたぱたと飛びながら近付いて、ミツキの眼前で口を開く。
『ミツキ。また俺に乗っても良いぞ』
「え?ディラス、また乗せてくれるの?嬉しい!」
『――――――怖かったか?』
「え?・・・・・ああ、さっきのことね。――――――ううん、平気。だってディラスはヒューイの聖獣なのだもの。信じてるわ。それに・・・・さっきはヒューイに助けて貰ったし・・・・」
そこまで話すと、長い睫毛をミツキは伏せる。
またも先程の事を思い出して恥ずかしくなってしまっただけなのだが、ヒューイはさっきの自分の行動が軽率過ぎたか、と逃げ出したくなる衝動に駆られた。
『そうか。じゃあ、帰りも送ってやるから、乗れ』
「ちょ、おま!」
『勿論ヒューイも一緒に』
「嬉しい」
両手を顔の前で合わせると、ミツキは心底嬉しそうに微笑んだ。
そして、ディラスをそっと掴み、抱き寄せると、その固い鱗の右頬にそっと唇を落とす。
「ありがとう、ディラス。貴方に風の加護が有りますように」
『――――――――――――』
お、とシェーラが嬉しそうに眼を細める。ヒューイはと言えば開いた口が塞がらない。
『ミツキ、ヒューイ無しで2人きりで帰ろうか・・・・・』
ぼんやりと言うディラスの頭上にヒューイの拳骨がまた届いた。
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「シェーラ姉さま」
「ん?」
カチャリ、とミツキの声にシェーラは持っていた茶器を更の上に置く。
「舞踊会のお誘いが届いたって、本当?」
「ああ、昨日の夜半に。ミツキの舞が見れると思うと今から楽しみだ」
「姉さまも来て下さるの?」
「その心算だよ。エミールさまからの招待を下の兄弟に任す訳には行かないからね」
そう言うと、またシェーラは茶器を掴み、コクリ、と喉を鳴らした。
シェーラにとってエミールは特別な存在だ。
精霊国唯一の女王。
その実力も、美しさも、何より・・・・・・その秘められた力も。
「かあ様は姉さまがお気に入りだから」
「それは嬉しいことを言う」
口の端に深く笑みが浮かぶ。
エミールからは確かに眼を掛けられている、と思うが、ミツキたち・・・エミールの実の子どもに言われると余計に嬉しく感じる。
「子どもの頃は良く姉さまみたいになりたくて後を着いて行ったっけ」
「ミツキはお転婆だった」
何かを思い出したようにシェーラはくすくすと笑いだす。
その姿にどのことだろうと、ミツキは頬を膨らます仕草を見せながら笑う。
「姉さま、そろそろ火王さまたち来られるかしら?」
「そうだね・・・・どうかな」
やはり急に火宮に来てしまったのだから挨拶はしておきたい。
そう告げると、火王夫妻は執務が終わったら来てくれると言われたのだ。
一刻以上は待ってはいるが、まだまだ掛かるらしい。
「しかしこのまま待っているのも、つまらんだろう。どうだ、久しぶりに」
シェーラの軽く腕を揺らす仕草は剣のもの。
ミツキの瞳が輝いた。
「姉さまの稽古を見ていても良いの?」
「構わんよ。ついでに下の兄弟たちも紹介しておこう。ミツキは会った事が無かったからな。今頃皆修練場で稽古していることだろう。―――――――ああ、お前。父上たちにそう伝えておいてくれ」
シェーラは近くに控えていた侍女にそう言うと、一気にお茶を飲み干した。