なーろっぱ世界の短編 婚約破棄とか聖女とかドアマットとか転生とか
ざまぁの準備は万全だったはずですのに ~真実の愛の勢い~
わたしの婚約者であるブライト殿下は壇上でわめきました。
「オレは真実の愛を見つけた! いやずっと前から知っていた!」
ブライトの隣には泥棒猫
まぁ、今さらですけど。
一応、聞くだけ聞きますわ。そのあとで、徹底的に潰してやりますけど。
これでも昔は、わたしを愛していらした時もあったような気がするのですけど。
わたしも殿下を好ましく思っていた時があったような気がするのですけど。
今となってはどうでもいい話ですわね。
「侯爵令嬢プリピアよ! オレの前に出てきて欲しい!」
はいはい定番ですわね。と口に出さずに思いながら、しずしずと前に出る。
これがきっと見納めですわね。
さらさらとした黒髪、端正なお顔、無駄のないすらりとしたお体。
見た目だけは理想の王太子殿下ですのに。
成績だって常に学園トップだというのに。
なんで、あんな卑しい泥棒猫に狂われたのか。
今、わたしを見る目は、ギラギラしていて、余程憎んで厭うていらっしゃるので――
「オレの真実の愛! それはお前だぁっ!」
「え……」
殿下はわたしを指さしています。
「あの殿下」
「なんだい愛しいプリピア!」
「指をさしている方向がちがいますわ」
隣の泥棒猫がわめきます。
「そうです! あたしでしょう! きゃぁっ!」
殿下は泥棒猫をあっさりと突き飛ばし、
「何もまちがっていなぁい! オレの真実の愛はプリピア! お前しかいないのだ!」
辺りが静まり返りました。
「あの……」
「なに? 今さらか? そんなことは愛の波動を感じていたから知っていたのか! 隠しに隠し秘めに秘めていたつもりでだだもれだったか!?」
「いえ、だって、さんざんその隣の御令嬢とか他にもいろいろ――」
「こんなのを御令嬢とか言う必要はない! あばずれで沢山だ! なんせオレの側近とか自称している奴ら全員と寝ていた女だからな!」
、
起き上がって殿下にすがりつこうとしていた泥棒猫が硬直しております。
「三日前は学園の廃校舎で近衛隊長令息と、昨日は、宰相令息と下町の連れ込み宿で過ごしていたのだからな!」
「! なっ。ででででででんかなっなにをいいだすんですかぁ!?」
泥棒猫が顔を真っ青にしてますが、わたしだって驚愕です。
「なんで殿下はご存じなんですか!」
側近どもがこの泥棒猫と同衾していた日のリストを、殿下に突き付けてざまぁをする準備は万全だったんですのに! 殿下と泥棒猫の同衾日はよほどうまく隠しているのが判りませんでしたが。
「当たり前だ! オレの真実の愛の力でわかるのだ! そして、そいつらが作ったプリピアの罪とやらの証拠がぜんぶ虚偽であることもな!」
事態の展開に呆然としていた側近のひとりが
「で、殿下、何を根拠に!?」
「プリピアはそんなことをしないからだぁぁぁぁ!」
「……」
え、そこは、真実の愛の力とやらで、アリバイとか証明するのでは!?
殿下の側近達が慌てて、
「で、殿下、証拠とか色々必要ですよ! だから我々だって念入りな下準備を!」
「おかしくはなぁぁぁぁい! お前らだって、そのアバズレが泣いているのがなによりの証拠とか言ってたじゃないか!」
「そ、それとこれとは」
「同じだ! プリピアはそんなことをしないのだ! オレには解っているのだ! だから最初からこんなもの読む気もない!」
殿下は、ふところから厚い紙の束を取り出すと、無造作に、バサッと放り投げました。
ひらひらと舞う綴られた綴られた書類の表紙には、『冤罪マニュアル by 自称側近どもとアバズレ』
「10部作ってあるから皆も読むといい! こいつらがプリピアを陥れようと作った間抜けな計画の全てをな!」
舞い落ちる紙束に、いろいろな方向から手が伸びて来てかっさらっていきます。
そのうち一部を護衛の騎士が拾い上げ、側近と泥棒猫が止める間もなく、侍従に渡し、侍従は会場から出ていきました。
わたしもそっと一部拾ってめくってみました。
我が家が把握していたものと内容が完全に一緒ですわ。
泥棒猫と側近の顔が絶望に染まっております。
なんせ、冤罪作成の動かぬ証拠ですから。
確かにわたしの思惑通り、奴らはこれで破滅ですわ。
で、でも、この展開はなんですの!?
殿下は呆然としているわたしにつかつかと歩み寄り。
「プリピア! 君はオレの太陽だ! 燃え上がる情熱だ! オレは君と言う火に焼かれる衛星だ!」
「た、太陽!?」
「熱いのだ! 君の側に行くと、オレの心は燃え上がる! 何をするかわからない! だから避けていたんだ! だがもう我慢できない!」
「ええっ」
そんな理由でわたしを避けてたんですの!?
では、殿下と泥棒猫の同衾日だけが判らなかったのは、本当になかったからでしたの!?
そして、先程からわたしを見つめるギラギラした瞳のわけは――
「オレにはいろいろなメスが近づいたが、どれもこれも、近づいてくると悪臭と冷気が漂うばかりだった!」
「あ、あの殿下。それは……殿下の心が寒かったのでは」
「同じことだ! オレの心を大火炎で焼き尽くすのは君だけなのだ! おお! プリピア! やはりこうして近づくと、オレの心は燃えに燃え上がる! お前はどうだ!?」
お、お前!? 侯爵家の令嬢をお前呼ばわり!? 咎めるべきですわ。
な、なのに、その激しく熱い口調にっ。うっとりしてしまいますわ。
燃え上がるような視線で見つめられると、胸がトゥンクしてしまいますわ。
そうです、わたしだって、殿下を好ましく思っていたことが。
つれない態度に哀しくて、枕を涙で濡らしたことも。
でも、殿下がこんなにもわたしのことを……。
で、ですが、わ、わたしは侯爵家の令嬢! れ、冷静で冷徹でなければっ。
「え、ええと、なんというか……戸惑っております」
「大丈夫だ。お前はオレの真実の愛だからな! 延焼させてみせる!」
わたしは必死にこみあげてくる熱さを振り払い、
「だっ大丈夫とか言われましても! それに延焼とかしたくないですわ!」
「大丈夫だ! なんといっても、お前はオレの真実の愛だからな! ほら、オレの瞳を見ろ! お前しか映っていない! 他の者は映したくない!」
婚約者同士の慎みの距離を、無造作に踏み越えて迫られますわ!
近い近い、近すぎますわぁ!
「な、なんでこんなに迫ってくるんですのぉぉ。わ、わたしはまだ婚約者で、こんなのこんなのぉ」
ああ、でも殿下の瞳には、わたししか映っていませんわぁぁぁ!
映っているわたしの顔は、なんか熱に浮かされたみたいで……
瞳は潤み、はしたなく唇を僅かに開き、火照っていて……
え、延焼なんかしてませんわ!
「お前の瞳もオレだけで独占したい! 独占させてくれ! 独占する!」
す、すごい圧ですわっ!
なんだかわたしも胸がドキドキして、熱くっ。
ドレスの下の肌が、汗ばんでくる感触がぁっ。
このまま殿下の胸に、飛び込んで――
だっだめ、いけません、流されてわ!
わたしは侯爵令嬢! 冷静でクールな御令嬢の中の御令嬢なんですからぁ!
恋になんか流されたりしませんもの!
「でっ、ですが、その、殿下は最近、わ、わたしとの交流をすっぽかして」
一歩身を退けば、一歩迫られてしまいますわ!
「交流などしていたら、君に何をするかわからないではないか! 君のまなざし! 君の吐息! 君の笑い! それらすべてがオレを狂わせる!」
「な、なにをするおおおつもりだったんですのぉ!」
「テーブルを飛び越えて、そのまま抱きしめそうになったことは数知れず! 椅子ごとキミを押し倒してその唇を奪おうという衝動に襲われたことも! その先のことも色々っ!」
「え、では、わたしから視線をそらして溜息をおつきになっていたのは」
「衝動を必死に抑えていたのだ! 君をさらってふたりきりで過ごす計画を何通り立ててしまったことか数え切れない!」
しかも一歩の歩幅が殿下の方が大きくて! 一歩ごとに距離が詰められてしまいますわ!
「だ、だめ、ダメそれ以上は――あ」
「ああ、君の髪に触れているだけで、ぎゅっと抱きしめて、そのままさらってしまいたくなる!」
か、髪に触れられてしまいましたわっ。こ、こんなの距離が距離がっ。
息遣いの気配まで!
ああっ。頬にまで!
まだ身を許してもいない婚約者に、こんな扱い、い、いけませんわ!
で、でも拒めませんわっ。
このままではわたしの貞節さえも――
「あ」
殿下のかたちのよい指が、わたしの首筋をっ。
熱いっ。
もしかしてすでにわたしも延焼――だ、だめですわ!
わたしは誇り高き侯爵令嬢! いつでも冷酷で冷静な家のための駒! 、し、しっかりしなければ!
「え、ええと。その、あの、あうあう」
ああ、しっかりも冷酷も冷静もどこかへ溶けてしまってますわぁ。
だ、だってわたしだって殿下のこと!
ど、どうしたらいいかわからないうちに、今度はぎゅっと手を掴まれてしまいましたわ。
そのうえ、ぐいっと引き寄せられて!
「もしかして君はオレと汚物どもを誤解してるのか! くうっ。なんという誤解! だが愛にはすれ違いがつきものだ!」
た、端正なお顔がめっ目の前にぃ!
ああ、やっぱり素敵なお顔。
顔合わせで出会った瞬間のときめきが蘇ってきますわ。
あの時から、わたしは侯爵令嬢ではなくてプリピアとして殿下に心惹かれて……
「で、でも、だって、それなら、なんでいつもっわたしをひとりにっ! だからわたしは殿下に愛想をつかされたのかと、だから哀しくて悲しくてぇ枕を涙で濡らしたこともっ」
ああ! こんなこと言ってはいけませんのに!
「あれは、君に近づくと何をするかわからないオレの防壁のつもりだったが、あれらの余りのできのわるさと醜悪さに、君への熱い思いはつのるばかりっ! もう耐えられない!」
抱きしめられてしまいましたわ!
お、思わず抱きしめ返してしまいましたわ!
侯爵令嬢なのに、まだ結婚もしていない殿方の胸に飛び込んでしまうなんて!
で、でもでも、だって、殿下が殿下がっ。
ああ、なんて熱いお体……わたしと同じ熱さですわ。
「プリピア! 今すぐ結婚しよう! オレとお前で!」
「はっ、はひっ……わたしも殿下としかしたくありません……」
い、いけませんわ! 勢いにおされて承諾してしまいましたわ!
結婚には書類とかてつづきとかいろいろいろいろっ。いろいろひつようですのにこんなこんな――
「ああ……」
ついに公衆の面前で唇まで奪われてしまいましたわ……
で、でも、でもっああ、わたしからも殿下の唇を……
「キミの誓いは受け取った! では! 君をオレのオレを君のものにするっ!」
わたしははお姫様だっこをされて、会場からそのまま連れ去られてしまいました。
夢の中の空を飛んでいるような……。
「全て準備は済ませてある……君とオレの新婚旅行だ」
「新婚旅行……」
きっと、わたしは殿下とふたりっきりになって、身も心も燃やし尽くされてしまうのですわ……。
「夢の中を飛んでいるようだ……キミをさらってしまう計画が現実になるなんて……ああ、これは夢か」
「夢ではありませんわ……」
わたしは、ぎゅっと殿下にしがみついてしまいましたわ。
これが延焼ですのね……。
一週間後、王家と侯爵家の必死の捜索の末に王家の宝物庫の隠し部屋で見つかった時には、わたしも殿下のことしか見えなくなっていましたわ!
本当の結婚式が前倒しで半年後に行われたのは、できちゃったからではありませんからね!
たくさんの作品の中から、本作をお読みいただきありがとうございました。
最後までお付き合いいただけたこと、とても嬉しく思います。
少しでも心に残るものがあったり、何かを感じていただけたなら、
評価や感想をいただけるととても励みになります。
別の物語も書いておりますので、もしよろしければ、そちらも覗いてみてください。




