第1話 自白しても、逮捕できません
先に申し上げておきます。
私は嘘をつけません。
ですから、これからお話しすることは、すべて本当です。
たとえば――私が詐欺師だということも。
「もう一度聞く。君は、詐欺師か」
王国監察院、第三査察課の取調室。
向かいの席で眉間に皺を寄せているのは、ユリウス・カーン査察官だ。二十八歳。堅物。紅茶は砂糖抜き。
彼は私の分まで律儀に紅茶を淹れてくれる。もっとも、取調べが終わる頃には、いつも冷め切っているのだけれど。
「はい。詐欺師です」
ユリウスは目を閉じた。
「……否認してくれれば、こちらも楽なんだが」
「では、試してみましょうか」
私は背筋を伸ばし、はっきりと言った。
「私は詐欺師ではありません」
舌の裏に、冷たい硬貨を押し当てられたような感覚が走った。
声が出ない。
正確には、喉の奥で言葉が凍りついた。
「……出ません」
「知っている」
私の舌には、『誓痕』と呼ばれる刻印がある。
偽りと知っている言葉を口にしようとすると、声が出なくなる。かつて王国の法廷で証言の真偽を保証していた、宣誓官だけに許された刻印だ。
三年前、私はその職を追われた。
以来、嘘をつけない詐欺師として、月に何度も監察院へ呼び出されている。
「ガルド・ブレイクを騙したことも認めるんだな」
「はい」
「何を言って騙した」
「本当のことを、三つ」
ユリウスは口を閉じた。
彼の背後に積まれているのは、私の自白調書だ。十三枚。どれも立件できず、釈放されている。
そして今日、十四枚目が加わろうとしていた。
机の隅には、パン屋のマルタさんが焼いてくれた丸パンが二つある。
「それは何だ」
「差し入れです」
「賄賂ではないのか」
「違います。あなたが昨日、昼食を抜いたと聞いたからです」
「……誰から聞いた」
「書記官の方です」
ユリウスは疑わしげにパンを見つめた。
「毒は入っていないだろうな」
「入っていたら、私はあなたに食べさせません」
「君の言葉は信用できない」
「私も、あなたの紅茶が美味しいとは言っていません」
「砂糖を入れるぞ」
「それはおやめください」
初めて、彼の口元がわずかに緩んだ。
――昨夜のことを、お話ししましょう。
ガルド・ブレイクは、街の人々から恐れられている金貸しだった。
彼が次に手に入れようとしていたのは、パン屋のマルタさんの店だ。
夫の葬式代を借りただけだった。ところが、返済期限を延ばした覚えもないのに、証文にはいつの間にか特約が書き加えられ、借金は到底返せない額に膨れ上がっていた。
署名も、印章も、書類の形式も本物らしい。
ただし、マルタさんはそんな契約を結んでいない。
私はそれを知っていた。
マルタさんの焼く丸パンは、表面が薄く香ばしく、中は驚くほど柔らかい。
夫を亡くしたあとも、彼女は毎朝、街の子供たちに売れ残りのパンを分けていた。
あの窯の火を消させるわけにはいかなかった。
「嘘をつけない元宣誓官が、俺に何の用だ?」
ガルドの書斎には、葉巻と香油のにおいがこもっていた。
彼は葡萄酒を傾けながら、私を値踏みした。
「あなたに、お願いがあって参りました」
「ほう。俺に頼み事とは、ずいぶん勇気がある」
「私は嘘をつけません。ですから、私があなたに申し上げることは、すべて本当です」
「知っているさ」
彼は笑った。
「それで、何が望みだ?」
私は答える前に、部屋を見回した。
「この部屋には、私とあなたしかいません」
「見ればわかる」
「あなたの偽造のことを、私は誰にも話していません」
「当然だ。証拠もないのに騒げば、お前が罪に問われる」
ガルドは満足げに杯を置いた。
人が秘密を打ち明けるには、三つの安心が必要だ。
この相手は信用できるか。
誰かに聞かれていないか。
そして、もう誰かに知られていないか。
私は、そのすべてを彼自身の口で確かめた。
「ところで」と私は尋ねた。「証文の文字は、ずいぶん美しいのですね」
「当然だ。偽造といえど、仕事には手を抜かん」
言ってから、彼は口をつぐんだ。
遅かった。
「……今のは忘れろ」
「私は記憶を消す魔法を使えません」
「そういう意味じゃない!」
「承知しております」
私は微笑んだ。
ガルドは私を睨みつけたあと、なぜか得意げに椅子へもたれた。
「まあいい。お前に何ができる? 証文は完璧だ。インクの年代も合わせた。署名も本人そっくり。証人だって金で黙らせた」
「素晴らしいですね」
「そうだろう。あの婆さんの店は、明日の朝には俺のものだ」
そのとき、壁の向こうから、かすかな音がした。
カリ、カリ、カリ。
羽根ペンが紙を走る音だ。
ガルドが顔を上げる。
「……ネズミか?」
「私はネズミではありません」
「お前に聞いてない!」
彼は怒鳴ったあと、私の顔を見て、ばつの悪そうな表情になった。
私は何も言わなかった。
嘘をつけない人間は、言葉を慎重に選ばなければならない。
自分が真実だと知っていることだけを話し、それ以外は相手に考えさせる。
十五分後、衣装部屋の扉が開いた。
現れたのは、ユリウス・カーン査察官だった。
その後ろには書記官がいる。手には、ガルドの告白を一言一句書き留めた調書があった。
「ガルド・ブレイク。証文偽造および詐欺の疑いで、監察院までご同行願おう」
「なっ……! どうしてお前たちがここに!」
「あなたが、私の招待状を受け取ったからです」
私は答えた。
「私は『お越しください』としか書いておりません」
ガルドの顔から血の気が引いた。
彼は私を罵り、ユリウスに抗議し、最後には自分は何もしていないと叫んだ。
その言い訳まで、書記官は律儀に記録していた。
もちろん、私は一度も嘘をついていない。
「……本当に、厄介な女だ」
取調室で、ユリウスが言った。
「お褒めにあずかり光栄です」
「褒めていない」
彼は刑法典を閉じた。
「虚偽の陳述によって財物を得たわけではない。君がガルドに金銭を要求した事実もない。少なくとも、今回の件で君を詐欺罪に問うのは難しい」
「では、釈放ですね」
「そうなる」
「ありがとうございます」
「礼を言う相手を間違えている。君のせいで、私は昨夜の休暇を潰したんだ」
「それは申し訳ありません」
「本当にそう思っているのか?」
「はい」
「……君は、そういうところがずるい」
ユリウスは丸パンを一つ手に取った。
一口かじり、しばらく黙った。
「……美味いな」
「でしょう?」
「賄賂として受け取ったわけではない」
「ええ、存じております」
ガルドは連行され、マルタさんの店は元の持ち主に戻った。
今朝、彼女は泣きながら窯に火を入れたという。
それで、すべてが終わるはずだった。
「一つ、聞きたいことがある」
ユリウスの声が変わった。
「三年前、宣誓局は君の誓痕を偽物だと発表した」
「はい」
「だが、君の刻印は今も機能している。君自身が、偽りを口にできないことも確認した」
彼は私を見た。
「ならば、偽物だったのは何だ?」
私は答えなかった。
「君の誓痕か。それとも、宣誓局の発表か」
窓の外で、鐘が鳴った。
私は冷めた紅茶を一口飲んだ。
「査察官。私は嘘をつけません」
「知っている」
「けれど、質問に答える義務があるとは申し上げておりません」
ユリウスは、今度こそ言葉を失った。
私は微笑んだ。
三年前、私が宣誓局から追放された理由。
それを知る者は、もうほとんど残っていない。
そして、私が本当に詐欺師と呼ばれるようになった理由は――あの事件よりも、ずっと前に遡る。
そのことだけは、まだ誰にも話していない。




