落とし前―⑧―
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午後6時57分
『すみません、道を開けてください!!』
駅前広場に続く道路に響く、警察官の拡声器越しの声。
目の前の広場の騒動に関心を寄せる野次馬をかき分ける警察車両と数人の警官に先導されたのは、黒いワゴン車だった。
「ええと……これは……?」
堀川は驚きと戸惑いに満ちた声で、目の前のワゴン車を見る。
大きさと窓から見える座席の数からして、10人は座れる。
堀川が黒いワゴン車を一目見て、戸惑わせたのは全体のフォルムだ。
堀川の考えるワゴンは縦に長いイメージだが、目の前の車両は平べったく見える。
黒くも凹凸のある陰影が、どこか蛙を彷彿とさせた。
「……"タニグク"。"ワールド・シェパード社"の日本支社で作られた対"ウィッカー・マン"用装甲車両だ」
「……ナオトがぼやくな……」
どこか誇らしげなブルースに、ロックが呆れている。
――大丈夫かな……。
堀川は"タニグク"と言う大型車両の右隣りに集まるサキ、サミュエル、シャロン、龍之助と一平を見る。
彼らは、感嘆に満ちた声を上げていた。
そんな彼らから離れた場所にいる"ワールド・シェパード社"の社員が、装甲越しからでもわかるくらい憔悴し切っている。
少し前まで、その社員が犬耳兜を脱ぎ、携帯通信端末で話し込んでいた。
恐らく、相手はブルースの言ったナオトという人物だろう。
会話については――内容はわかりかねるが――ブルースの名前の他に『支社長が五月蠅いですよ!!』という叫びを、堀川は聞き取れた。
しかし、彼の直訴の後、携帯通信端末に数分耳を傾ける。
それが聞き入れられないのが堀川から見ても明らかだったようで、彼が肩を落とした。
秋津もその経緯を見て、彼らの間の落差にどう反応すれば良いのか、力ない笑みを浮かべている。
「……さて、お二人さん」
ブルースに言われて、堀川は振り向いた。
秋津も彼に向いて、
「……こっからは、結果を気にするな」
ブルースの声は、硬質だった。
堀川達の険しい表情が、彼の一対の眼に映ると、
「違う違う……お前たちの気持ちを全部吐き出せってこと!!」
ブルースが笑顔で言い直し、堀川の胸を締め付けるものが消えていくように感じた。
「……行こう!!」
秋津の震えながら芯のこもった声に、堀川は頷いた。
堀川と秋津の正面のドアをブルースが開ける。
ドアは上下開閉式で、苔色の外套を翻しながらブルースが運転席に乗り込んだ。
堀川達も続くと、黒一面の車内が出迎える。
車両を照らす車内灯を、武骨に反射していた。
車内の左右側面に備え付けられた椅子は、どこか"軍隊"の雰囲気を思わせた。
――まあ、対"ウィッカー・マン"だから……かな……?
考えながら、車両後部から見て左の二席で入口に近いところに座る。
その隣に秋津が来た。
横並びで、左側から秋津の体温を微かに感じていると、ロック達も入ってきた。
堀川の向かいに、ロックが座る。
彼の隣にサキが来て、シャロンという少女も続いた。
シャロンが、秋津の左隣の席を取ると、
「あったかーい!!」
そう言って、シャロンが秋津に抱き着いた。
秋津は戸惑いながら、彼女の抱擁を受け入れる。
いや、抵抗する気は無いが、どう受け取ればわからないように見えるのが正しいかもしれない。
「サキもあったかいけど……えーっと……?」
「秋津……澄香……」
「スミちゃん、あったかいー」
秋津とシャロンのやり取りを"タニグク"に入り込んだ一平と龍之助が立ち止まる。
戸惑い、眼を見開いていると、
「はいはい、塞がないでね」
そういってサミュエルが、一平達の間を抜ける。
堀川の前を通ると、
「ごめんね……女の子の友達の少ない環境だったから……」
そういって、サミュエルがシャロンを引きはがす。
シャロンが秋津から離されると、今度はシャロンの隣に座ったサミュエルに抱き着いた。
慣れた感じでシャロンの洗礼になすがままのサミュエルに、秋津は複雑な視線を送っていた。
つぶらな目を見開いて、赤面しつつ、言葉に窮している。
サミュエルに続いた一平、龍之助が順番に向かいの席に座った。
目の前のやり取りに、ロックが右手を額に呻いている。
サキも、堀川と秋津、一平と龍之助に苦笑いを浮かべた。
「お友達ーサキも、スミちゃんもー」
上機嫌なシャロンと言う少女を見つめる堀川はふと、
――……うらやま――って!?
無意識の嫉妬を出してしまい、どうにか消そうと努める。
「おーい、みんな遠足じゃないからなー」
ブルースの一言に、堀川は我に返る。
他の同乗者にも彼の声が聞こえ、シャロンの醸し出した雰囲気に緩んだ空間を引き締めた。
「みんな、シートベルトを締めろ!! 堀川、秋津!!」
そういって、ブルースが左の助手席から何かを取り出す。
二つあるらしく、ロックに一つ渡してきた。
ロックからそれを回されると、
「……スピーカー?」
電動式で動くもので、隣の秋津もロックからサキに手渡されたモノを受け取った。
「炎やら雷とか……色んなものが飛び交っているなら、肉声は聞こえないだろ?」
堀川は、自分と秋津の拡声器を見る。
"ワールド・シェパード社"の物なのか、"地球儀を回る犬"の社章が貼られていた。
「……ありがとうございます」
「……ありがとうございます、ブルースさん!!」
秋津が柔らかく、堀川は力強く礼を伝えた。
二人の礼にこそばゆさを浮かべながら、ブルースが運転席のハンドルを握る。
そこから見える風景から、人と車両が移動し始めた。
「まあ……右ハンドルは久しぶりだけど、大丈夫だろう」
秋津がブルースの唐突な告白に、言葉にならない叫びを放つ。
堀川も、車内の年長者の一言に、一瞬声を失った。
「……ブルース、変な冗句を言ったら舌を引っこ抜くよ?」
サミュエルの笑顔。
奏でられる様な柔らかい声質だが、堀川はどこか寒気を覚えた。
隣の秋津に至っては、血の気が引いている。
ブルースが苦笑いをしていると、車内を震動が覆った。
加速板を踏んだのだろうか、"タニグク"が加速を始める。
刹那、衝撃が堀川を襲う。
急発進により、堀川の身体が大きく揺れた。
衝撃を受けて、秋津の身体に寄りかかる。
間もなく、彼女を含めた周りも"衝撃の洗礼"に悲鳴を上げ始めた。
「ブルース、お前免許持ってんのか!?」
今更な質問が、一平から飛んできた。
「大丈夫、イギリスは右ハンドルだから!!」
「ジュネーブ条約に基づいた"イギリスからの国際運転免許"のことだよ!?」
ブルースの的外れな回答に、サミュエルが叫んだ。
「……それ、見た覚えがない」
ロックが衝撃に揺らされながら、聞き捨てならない一言を絞り出す。
「それ……マズいだ――!?」
一平の叫びが木霊し掛けるが、唐突な衝撃にかき消される。
龍之助の知的で冷静な顔が、彼の得物の矛槍よりも青く染まっていた。
絶叫の中、横殴りの衝撃が堀川に襲い掛かる。
ブルースの運転席を中心に、横滑り走行をしたのだろうか。
車窓の風景が、時計回りで巡った。
そんな中、車体が左右に大きく揺れる。
ロックの車窓から見える"政市会"会員達が突如として乱入した"タニグク"に向けて、両腕の"スウィート・サクリファイス"を発砲したのだ。
"政市会"会員は破壊するために、射撃手を増やし始める。
もう一方で、天井から何かが落ちる音も聞こえた。
背後を見ると、"政声隊"の集団が集まり始める。
白いトルクを首に纏い、片割れの白い人型も輝きを発していた。
「あいつら、氷を使って潰すつもりだ!!」
龍之助が叫ぶと、
「装甲車両だから大丈夫……だから、黙ってろ!!」
ブルースが、運転席で叫ぶ。
何かが放たれた音が、堀川の耳に聞こえた。
堀川の向かいの車窓で、"政市会"会員の集団の背後で爆発が起きた。
"政市会"会員達の背後にある駅前の駐輪場の右半分が吹っ飛ぶ。
突然の反撃と爆風に煽られ、攻撃を中断する"政市会"。
間もなく、同じような音が堀川の背後からも響いた。
今度は"政声隊"の背後でも、爆炎が上がる。
犠牲となったのは、"政声隊"の背後から覗いた地方銀行の看板だった。
大きな穴を開けた"タニグク"の得体の知れない反撃に、彼らが攻撃を止める。
「ロック、サキ、一平!! 堀川と秋津を守りながら、外に出ろ!!」
運転席からブルースが振り返り、
「堀川、秋津……今がチャンスだ。精一杯叫んで来い!!」
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