不和―⑪―
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"アルティザン"を覆う空気は重い。
ブルースと、カナダからの動画越しのナオトの告白は、ロック達に大なり小なりの波紋を広げていた。
「それで……"アイ"だったか、テメェは何でここにいる?」
ロックの言葉に、龍之助の傍らに浮かぶ少女が眼を見開いた。
彼の言葉に含まれる硬質感による警戒か。
自分が何故いるのか分かりかねる、戸惑いの様にも見える。
『……私は、"レン"を……探しているんだと思う……』
赤い少女が振り絞って答える。
『リュウちゃんに会えて嬉しかった……でも、"レン"が……妹がこの異変に関わっているなら、確かめないといけない気がするから……』
赤い少女が自身を蝕む痛みに、堪えるかのようにして言った。
ロックの脳裏に浮かぶ"白い少女"。
彼女の雪と言うよりは、氷を思わせる顔を思い出した。
「それって……"へルター・スケルター"を封じた時に使われた"アイ"と"レン"の双子のどちらかに何かが起きたってことじゃない?」
サミュエルが思案して、口を開いた。
『……あるかもしれない』
可搬型演算器の画面内で、ナオトが掌で口元を抑えて、
『"へルター・スケルター"が、特殊卵子凍結手術を受けた住民の意識化に入り込んだことで昏睡状態を引き起こしたなら、封印に使われた"アイ"と"レン"……何れも、"UNTOLD"を研究する上で格好のサンプルだ……』
「同時に言えば、それの封じられている"是音台高等科学研究所"は、"政市会"の"天之御中主神"、"政声隊"の――というよりは、三条の言う"アイレーネー"が眠っている。そして、その力を奴らとその背後が望んでいる……」
ロックは、テーブルに置かれた珈琲に口を付ける。
"UNTOLD"については、ロックとサキの解決した"バンクーバー・コネクション"の時に作られた"グランヴィル協定"により、その研究制限が緩和された。
しかし、その主導権を握っているのは、未だ"ブライトン・ロック社"であることは変わらない。
あくまで、"ワールド・シェパード社"のミカエラ=クライヴが同意したのは、目の上のたんこぶとも言えた社内の"タカ派"の排除だけだ。
加えて、"UNTOLD"によるテロを行う"ホステル"の影響も衰える気配はない。
首魁の"サロメ"が、その力を得るために"リリス"を利用して"白光事件"を引き起こした。
加えて、日本国内の最大極右勢力である"大和保存会"を今も裏で動かしているなら"ホステル"は、"へルター・スケルター"を諦めていない。
「……何で、極論で排除しあえるのかな……」
サキの呟きが、洞窟の奥で築かれた泉に落ちた雫の様に響いた。
サキの親友であるキョウコとアカリが、彼女の言葉に歯を食いしばる。
キョウコにいたっては、怒りの矛先がいないことへのもどかしさを一息で表した。
一平がサキの言葉に答えようと、眼を閉じて思案に入る。
龍之助も、"政声隊"の素行を思い出したのか、重い溜息を吐きだした。
「……自分と、その世界の問い方がわからないからだろ……」
ロックは呟いた。
「……どういうこと?」
サキが首を傾げて言う。
「……前に、"大和保存会"の菅原が言っていたろ……『真の秩序を実現する』と。つまり、『"神"を実現させる』……と」
ロックは珈琲を飲み干して、
「日本の神には明確な序列がない。別の言い方をすると、他の多神教や一神教の様な秩序が不明瞭だ」
マグカップを置いて、
「元々ギリシャ哲学は、自然現象の言い換えだ……眼に見える事象が神様の仕業とは別の言い方ができるという考え方のな……」
一平がテーブルに置かれた珈琲を飲み、ロックに向けて前のめりになる。
「つまり、それが科学の始まりだ。なら、考える自己はどこから来たのか?」
龍之助が眼を細める。
「それに答えたのが、デカルト……デカルトは、考える自己――意識――を神から受け取ったとした。保守主義の原点は、聖書の解釈。神を証明するために、"科学"や"哲学"を追究した……『人間の説明できる範疇で、神の存在を証明できるわけがない』からな……」
サミュエルが肩を竦める。
シャロンが彼に視線で不平を訴えたようだが、ロックは続けることにした。
「つまり、神と言う絶対の存在から意識を与えられたがゆえに、自分と言うのが存在する……そして、世界もまた存在する。自己の定義があいまいだと、自分探しという頓珍漢なことになる」
ロックはため息を吐いて、
「江戸時代に"天之御中主神"を主神として、秩序の定義を試みた一派がいたが、解釈は放置されたままだ。そして、日本には、自分に考えることを与えた主体はいない。それに先立って、他者がいる。本当に考える自分がいないから、その大きな声に従うしかない」
キョウコとアカリの二人が、思い当たったように声を上げた。
「それを見抜いた奴が、分かりやすい"美辞麗句"で操る……これは、右も左も実は変わらない。デカルトを知らない……だから、自由と好き勝手を履き違える」
ロックの言葉に龍之助が、俯いた。
一平も何処か納得した声を上げる。
「尤も、この時代で……デカルトを忘れているのは、日本に限らないけどな……」
「でも、ロック……本当にそうかな?」
サキの声が、夜の"アルティザン"に広がった。
「確かに、ロックの言うことは正しい。何も考えずに、正義と思い込んで自分の行動に疑問も持てない人も多い……」
サキが逡巡して、
「でも、『自分の見る世界が全てで誰にも侵されない』……そして、『その世界を捨てることもできない』……そう考えられる人もいるよ?」
彼女の眼が、ロックを捉える。
そんな彼の湖面の様な碧眼が、鋭さを増していた。
「確かに"政市会"や"政声隊"……もっともらしいことを言って、自分から逃げようとする人たちもいる……でも、ロックの考えるような人たちばかりじゃない」
サキの声は、ロックの中で鈴の音の様に広がる。
「だって、『自分を救えるのは、自分しかいない……誰かを助ける為に、自分を無くして都合よく収まるワケねぇ!!』……ロックが教えてくれたことだよ?」
サキの眼の中のロックは眉間に皺を寄せていた。
サキの言葉に、むず痒さを覚えてくる。
カナダのバンクーバーで、"リリス"に囚われたサキに向けて言った言葉。
ロックが必死だった時の言葉を一言一句、覚えられていたことに。
「言われたな……ロック?」
ブルースが笑顔で肩を叩く。
その視線の中に明らかな揶揄が混じっていたので、顔を背いた。
「まあ……あれが、典型的なツンデレってやつだね?」
「どこか、漫画の序盤で腹立つけど、最後格好つける奴に見えるけど?」
「むしろ……悪役令嬢じゃないか?」
サミュエルが言って、一平と龍之助が乗っかった。
「……これは、相思相愛ですね」
「……悲しいけど、しょうがないね……」
アカリが何処からか取り出したハンカチで涙を拭う真似をし、残念そうな視線を送るキョウコ。
ロックは、照れ隠しに大声を上げようとすると、
「お客さんだよ」
店主の凛華が、ロック達に話しかける。
彼女の星屑のメイクをした目元が鋭い。
彼女が招き入れたのは、四人の男女。
一人は、耳が隠れるほどの茶髪をした長身の男。
もう一人は、黒いライダースーツの男。
残りは、ロック達もよく知っていた男女だった。
男は特徴は無いが小綺麗で、女の方は髪を二房に結んでいた。
「……"政市会"の堀川……?」
「"政声隊"の……秋津さん!?」
ロックとサキが上げた声に、周囲も眼を合わせる。
彼等の戸惑う様子を、同じく戸惑っていた堀川と秋津の二対の眼が映し出していた。
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