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【完結】クリムゾン・コート・クルセイド Vol.Ⅱ ”平和たる軍靴"  作者: アイセル
第一章 Grassroots

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草の根―①―

当作品の無断転載、AIを含めたあらゆる二次利用を禁止します!!

Do not reupload / use my writing for any purposes, including for AI!!

4月11日 広島県 広島市内 メイプルリーフホテル 会議室 午後2時35分


 尾咲(おざき) 一郎(いちろう)は心(・)臓(・)の(・)鼓(・)動(・)が(・)速(・)く(・)な(・)っ(・)て(・)い(・)く(・)のを覚えた。


 期待と不安の同居が原因であることを、尾咲は分かっている。


 今回は、一(・)段(・)と(・)激(・)し(・)い(・)。


 並列された机――スクール型――の会議室の真ん前に座っているからか。


 周(・)囲(・)に(・)い(・)る(・)も(・)の(・)た(・)ち(・)が、尾咲にとって馴染みのない者ばかりなのか。


 どちらも正しいが、彼(・)の(・)目(・)の(・)前(・)に(・)い(・)る(・)人(・)物(・)の存在が大きいだろう。


 薄い茶色の着流しに、同色の羽織を覆う老紳士。


 好々爺(こうこうや)に見えるが、目の奥には鋭い煌きを孕んでいる。

 

 その輝きは、緊張を隠し切れない小太りの尾咲を綺麗に映していた。


「皆様……とうとう彼(・)が(・)この地に現れました」


 暗がりの会議室に響く、好々爺の穏やかな声。


 彼の声を合図に、尾咲の周りで静かな歓声が広がる。


 尾咲の前には、大きく広がる映写幕(スクリーン)に紅い外套(コート)の少年が映っていた。


 "紅き外套の守護者《クリムゾン・コート・クルセイド》"。


 先月、カナダで起きた"ウィッカー・マン"の事件――俗にいう、"バンクーバー・コネクション"――を解決に導いたとされる少年である。


「彼の力こそ、混沌に満ちた国際情勢の中で、我(・)が(・)国(・)が(・)発(・)展(・)す(・)る(・)た(・)め(・)に(・)必要なのです!」


 凛とした女性の声が響く。


「反日勢力に渡してはならない!!」


「"天之御中主神《アメノミナカヌシノカミ》"の使いを我が手に!!」


 同調の怒号が響く中、尾咲は委縮していった。


 暗がりで蠢く視線が、彼に集中していたために。


 ――どうしろってんだよ!?


 額から流れる汗を、尾咲は寒椿柄のハンカチで拭きながら、


「まあ、そんなにビビりなさんな……大将?」


 尾咲は、背中に衝撃を覚えた。


 咽(むせ)ながら、尾咲は右隣りに眼を向ける。


 椅子に背を預け、深く座りながらふんぞり返る男。


 白人で、背は180センチくらいの筋骨隆々である。


 茶髪と同色の髭に包まれた顎すら、覆い隠すほどの毛皮(ファー)の付いた焦茶の長外套(ロングコート)を羽織っていた。


 名前は、ダグラス=スコット=クレイ。


 彼の声には自信と余裕が満ちていたが、


「ダグ、それは、そうですけど……あ(・)な(・)た(・)の(・)弟(・)さ(・)ん(・)と、も(・)う(・)一(・)人(・)が――」


 左隣りから金属が木製机を叩き割らんとする音が、尾咲の声を遮る。


 彼の目の前には、白い金属性の細い造形物。


 造形物――尾咲は、それが足の形と判断できる――の鏡面に映る尾咲を無骨に乱反射させていた。


「だから、あ(・)い(・)つ(・)等(・)に倍返しするために、オーツが今向かってんでしょ?」


 尾咲の左隣に座っていた白人の女が答える。


 エヴァンスという名前であることを尾咲は聞いていた。


 顔の凹凸がしっかり美貌の証として刻まれている。


 白い帽子と衣服に身を包まれたエヴァンスの顔は、おろか身体にも無駄な脂肪がない。

 

 しかし、尾咲の目を一際引いたのは、彼(・)女(・)の(・)両(・)脚(・)が(・)銀(・)色(・)な(・)と(・)こ(・)ろ(・)だった。


「い(・)っ(・)ち(・)ゃ(・)ん(・)、私たち、"スコット決死隊"が付いているから、大丈夫よー」


 場違いな声色の二人に、周りがどよめきつつあるが、


「その通りです……尾咲さん!! あなたには味(・)方(・)が(・)い(・)る(・)し(・)、将来も約束されています!! そのために、我々――"大和保存会"――も全面的にサポートしましょう!!」


 茶色に覆われた老紳士が、笑顔で尾咲の懸念を払う。


 暗がりの講堂にいつの間にか光が宿り、茶色の老紳士以外の人物も照らした。


 細い鷲鼻の老人と恰幅の良い背広の男性の二人と目が合い、会釈を軽く交わす。


 鷲鼻は同田貫(どうたぬき) 剛介(ごうすけ)。


 元広島県議会議員である。


 恰幅の良い方は、その息子の同田貫 剛一(ごういち)。


 父の地盤と看板とカバンを得た、広島県議会議員で右寄りだった。


 また、親子は日本の選挙において必要な票田である、医師団体にも顔の利く男だ。


「その通りです。微力ながら、広島県知事選の立候補のサポートをさせていただきます」


 その声に、尾咲は安(・)心(・)感(・)と(・)同(・)様(・)に(・)恐(・)怖(・)も(・)覚(・)え(・)て(・)い(・)た(・)。


「広島県の保守は、あなたの味方です」


「"政治をまともにしたい市民の会"、我々"大和保存会"もあなたの悲願の達成を願っていますよ」


 親と子が口々に言うが、


 ――どの口が言うか!!


 尾咲の胸中の嵐が、一段と吹き荒れる。


 日本最大の右翼団体、"大和保存会"。


 その目的は、憲法改正と自衛隊を軍隊と定義したい現首相との距離が一番近い。


 しかし、尾咲は彼らの態度が不安だった。


「菅原さんに加え、同田貫さんまで……我々にとって、そこまでの支援を得られるのは身にあまり、大変光栄です……」


 菅原と言われた茶色の着流しの好々爺に、内外の震えを隠しながら、小さく頭を垂れる尾咲。


 元々、尾咲の団体も右寄りだった。


 しかし、移民反対を訴え、自国のアイデンティティを主張し過ぎるがあまり、外国人への憎悪表現(ヘイトスピーチ)や人権否定の酷さに現首相から明確に拒絶された。


 加えて、訴訟に次ぐ訴訟で、講演で借りる貸しオフィスへ払う資金にも首が回らない。


 しかも、現首相を支持する"大和保存会"からも距離を置かれている始末だった。


 蛇蝎のごとく嫌われていたが、


「そ(・)の(・)た(・)め(・)の(・)力(・)も(・)あ(・)り(・)ま(・)す(・)。どうか、不安に思われないでください」


 菅原の笑顔に呼応するように、演台に上る二十代の男女。

 

 特筆した魅力はないが、それぞれ羊(・)の(・)頭(・)蓋(・)骨(・)を(・)纏(・)う(・)銀(・)の(・)円(・)環(・)が男女の両腕に一対ずつつけられていた。


 着流しの老人――菅原――は笑顔で、


「武(・)器(・)もあります、あちらも備えているので、こちらも備えなければなりません」


 その言葉に、尾咲は身が縮こまる思いをした。


 資金、講演場所や資料の提供など枚挙に暇がない。


 それに加えて、


「反日勢力も力を付けています。クレイさんたちに加え、同田貫さんたちのサポートも得られれば鬼に金棒ですよ、会長!!」


 そう言って、若い女性に声をかけられた。


 歳は二十代終盤だろうか。


 両肩にかかるほどの髪は黒色。


 若干、吊り上がった扁桃(アーモンド)型の眼が凛とした空気を醸し出す。


 鍛冶(かじ) 美幸(みゆき)。

 

 "政治をまともにしたい市民の会"の広島支部長の女性である。

 

 尾咲としては鍛冶に言われた通り"会(・)長(・)"だが、外から見ると鍛冶の方をそうと受け取りかねない印象がある。

 

 彼女の勢いに、尾咲は言葉を失った。

 

 広島県のフィクサーとして知られている同田貫親子の派閥は、民自党はおろか"大和保存会"の支援者だ。


 しかも、中国地方の大都市である広島は、瀬戸内海と中国山地という自然に囲まれている。


 世界史でのシチリアと同様、豊富な自然に囲まれた場所は、東京都と同様の重要な政治の重要拠点でもあった。


 しかし、そんな彼らが、尾咲にロ(・)ハ(・)で(・)支援というのは到底考えられない。


「承知しています。紅き外套の守護者《クリムゾン・コート・クルセイド》と交渉し、それと同時に蜂須賀氏の確保も確約します!」


 そのために、尾咲は"政治をまともにしたい市民の会"を動員しなければならない。


 そう、彼らを"反(・)日(・)勢(・)力(・)"に渡されてはならない。


 特に"電脳左翼(デンサヨ)"どもには!!


「あなたたちの正義が正(・)当(・)に(・)評(・)価(・)さ(・)れ(・)る(・)た(・)め(・)の(・)努(・)力(・)は惜しみません。広島市長選、いえ、県知事選も支援いたしましょう!!」


 正しいことを訴えても、自分たちは蔑ろにされる。


 その評価を覆せる自分たちの未来を考えれば、『二(・)の(・)句(・)は(・)野(・)暮(・)』と尾咲の中で結論付けた。


「そうですね、戦っていきましょう!!」


 尾咲の声が昂る。


 大合唱が包み込んだ。


 しかし、昂る感覚と反面、何かが堕落していく感覚を覚える。


 それに加えて、


――パセリ、セージ、ローズマリーにタイム?


 誰かの香水か、柔軟剤を思わせる臭いが鼻をくすぐる。


 尾咲は気のせいと考えて、その場の雰囲気に委ねた。

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© 2026 アイセル

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