俺の顔に見覚えある?
「薬指は?」
檻から私を連れ出した、昔話の鬼を思わせるくらい大きな男が投げかけたその言葉に、目を見開くことしかできなかった。
私は覚えている記憶を辿った。そう、まずは買い物に出かけた。誰かにメッセージを送ったのも覚えてる。「すぐ帰るから。」っていうメッセージを送った。いつも立ち寄っている商店街までの道中に、女子学生がスマホ見ながらキャッキャッしていたのも思い出せる。怪しげな車の走行音も思い出せる。女子学生の悲鳴が飛んできて、思わず厄介ごとに首を突っ込んだのも思い出せる。大体の女子学生は逃がせて、1人だけ一緒に誘拐されたはずだ。それから気づいたら人身売買に巻き込まれている。檻にまた別の少女たちと一緒に入れられて、太ももには商品コードやらが書かれているタグをつけられている。あまりにも醜い年の食った男が私たちの檻の前で、容貌で品定めをしていた。その男は懐から小切手を取り出して、近くのスーツ姿の男にサインを書いて渡そうとした。刹那、今、目の前にいる大男がその醜い男を蹴り飛ばした。更にはスーツ姿の男にスーツケースを押し付けていた。
「彼女がほしい。黒髪で月のような瞳をしている彼女が。」
スーツ姿の男はスーツケースを開いて顔が青くなっていた。
「値段が釣り合わないというなら、彼女の後ろにいる少女たちも買う。必要なら追加で金を出してもいい。オークションするなら俺の方が何倍も得だろう?」
スーツ姿の男に大男は詰め寄っている。一般人より背が高い男に詰め寄られていて可哀そうだ。怯えた顔ではい……と小さく返答していた。そういえば大男を鬼のような、と話したが、角はないし髪の毛は黒髪で直毛を短く切り揃えている。清潔そうだし、顔も綺麗な方だ。脱線した。すまない。そして、冒頭に至る。
「……指輪はどうしたの?」
大男は私と視線の高さを揃えてまた質問を変えて問うてくる。左手はずっと目の前の男に握られていて振りほどけそうにない。
「し、知らない。誰だ。お前。」
知らない男に結婚指輪か婚約指輪か知らないが、訊かれても怖い。そんな相手なんか私にいない。そう質問に答えたら、目の前の男は明らかに驚いた顔をした。手に汗が滲み始めてもいる。
「手、手放してくれ。汗が。」
男はああ、と気まずそうに意外にも手を離した。そのまま男は人ごみに紛れていた人間たちに、私の後ろにいた少女たちに、家の住所聞いて交通費などを渡せ、と指示している。少女たちは安堵の表情で彼らについていく。
「……私は?」
私も家に帰りたい。でも、手を引かれて担がれて抵抗もむなしいまま、車に詰められた。
「なあ、彼女たちは帰れて何で私は帰れないんだ?」
訊いても隣に座っている大男は答えない。先ほどの手の離し方だったり、少女たちへの行動から話が通じるだろう。距離を詰めてみる。
「答えてくれないか。何で私は帰れないんだ。奈良に帰してくれ。」
大男はこれまた変なリアクションをした。私と顔を合わせたか、と思ったらすぐに口を手で覆って、視線を逸らした。でもやっと喋り出した。
「……俺も奈良だよ。」
「じゃあ、奈良へ向かっているのか?この車。」
「うん。そう。……ねえ、俺の顔に見覚えない?姿恰好でもいいんだけど。」
「……ないが。」
「ないか……。うーん。ほんっと……。」
「何だ。」
「何でもないよ。ただショックだっただけ……。」
「何が。」
「これ以上聞かないでくれ。俺も整理できてないんだ。」
結局家に帰してもらえず、大男の家に連れていかれた。とりあえず風呂とかと勧められ、風呂に入った。
「ん?このシャンプー……。」
普段愛用しているシャンプーが置かれている。女性向けのものだし、大男の家には他に女性はいない。不思議だ。持ち上げると、思っていたより軽い。ますます不思議だ。
もっと不思議なのは、風呂からあがると着替えが置いてあったことだ。そりゃ年相応の娘なので、女性らしい下着が必要なのだが、サイズが合う。更に寝間着も合う。商品タグをよく見ていなかったが、スリーサイズとか書かれていたんだろうか。え、あの檻にいた時点で服一度脱がされて─
考えないようにしよう。
「部屋案内するね。」
脱衣所から出ると、大男に手招きされる。距離を取りつつ付いていく。
「ここ。自由に使っていいからね。」
「……?いや、私は家に帰りたいんだが。」
「……あのさ、買われたんだからさ。言うこと、聞いて。」
大男は言葉を切りながら言う。これ以上帰りたいと主張したら、どえらい目に遭わされそうだ。暫くはご機嫌取りに努めよう。
と思ったが、何目的で私を買ったんだろうか。やはりそういう目的か?
「お前変態か?」
「何でそんなこと聞くの?」
「いや仮に私をそういう、まあ破廉恥な目的で購入したなら、それに付き合わないとだろうと─」
そこまで言った瞬間、「そんな関係今はいいよ!」と、顔を赤くして拒絶された。それどころか、さっさと案内された部屋に押し込められた。今はいいよ?初対面なのに、薬指の指輪確認したり、顔に見覚えない?と訊くあたり、もしやなくした妻の代わりだろうか。奥さん像を訊いておけばよかった。
翌朝、叩き起こされた。突然持ち上げられたので思わずしばいてしまった。可哀そうに。赤く手形が頬についている。食事は懐かしい味がした。同じ奈良住みだからだろうか。
「訊きたいことがあるんだが。」
「何?」
相当痛かったのか、いまだに大男は氷嚢で冷やしている。
「奥さんはどんな人だったんだ?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。間抜けだ。笑いそうになった。
「……めちゃくちゃ綺麗でかっこいいって言われることが多かったかな。彼女は。」
「ほうほう。」
「でも、俺は正直かわいいと思ってた方が多かったかな。俺より30センチくらいは低くてさ。」
「ふむふむ。」
「スキンシップはどうだろう。苦手だったのかな。俺は結婚できたのが奇跡だと思ってたから、ついついベタベタすること多くて、きちんと嫌だった?どう?と訊けばよかったかも。」
「……そういう行為は?」
「何でそういう話に?」
「スキンシップから結婚している男女なら行きつきそうだからな。」
「……俺が駄々こねたから割と頻度は高かったよ。」
「凄いな。妻の体力が。」
「俺もそう思う。はぁ。」
「どうした?ため息なんかついて。」
先ほどの間抜けな顔と打って変わって、哀愁が漂っている。
「束縛する男だと思われたくなかったから、きちんと言わなかったけど。本当は家に居てって言えばよかったなって。それくらいなら帰りに寄るし、ともいえばよかったなって。」
「……哀しい事件だったな。まあ……私が代わりになるかわからないが。」
そう言って私は席を立った。とりあえず家をうろついてみることにした。思い立った瞬間に、大男に呼び止められた。
「……本当は今家出たくないんだけど、用事があるから出かける。大体の部屋は覗いても探索しても何もないんだけど、俺の部屋だけは見ないで。」
「なぜ?」
「じゃあ、あなたなら、まあ性的欲求を満たすものがあって、それを……その、他人に見られたいと思う?」
「思わない。」
「わかった?」
「わかった。」
そう返事すると、行ってしまった。今、この家で私は一人だ。それにしても、この家は広い。連れてこられた時間帯が遅かったし、色々あったのもあって、適当な見方していたが、屋敷というほうが正しいな。あれ、そういえば車内の記憶があやふやだ。寝てしまったんだろう。あと仄かに何かが焼ける匂いや金属がぶつかる音と色々刺激が多い。退屈しなさそうだ。その匂いを追って歩くと、職人たちが一生懸命紙を見ながら、金属加工をしている。その職人たちが私を見た瞬間に、私を「奥さん」と呼んだ。
「え、何で奥さん?初対面じゃないのか?」
「え?何言ってるんですか?ここに嫁入りされたときに、主人に連れてこられてたでしょ?」
「そうそう。そして、『わぁ、凄いな!?もしや私の刀もこんな風に作られていたのか!?』と目輝かせてたじゃないですか?どうしたんですか?」
「皆勘違いして……刀?確かに私の家に『刀』はあるが……。」
「……?なんて名前ですか?一応刀に名前付けてるんですよ、『如月』は。」
「え、『令月』だが?それより、『如月』?お前たちは何なんだ?」
「俺たちですか?俺たちは『如月』家のおひざ元で、依頼に合わせてここで金属加工してるだけですよ。雇われです。ていうか、奥さんがここに嫁入りしたんで、その『刀』の所有問題はなくなったんですよ。」
「何かよくわからんが凄いんだな。」
「そうですよ。」
これ以上話してても専門用語ばかりでチンプンカンプンなのでその場を離れた。確かに前にちょっとばかし運動神経が良かったり、体力やら腕力があるからと、金稼ぎで妖怪退治の類をやっていた。あれなぜそんなことをしなくてよくなった?ああ、そうだ。報告されていた妖怪大方退治したから廃業したんだったか?
そんなことを考えながら、さ迷っていると一室の扉が全開だった。お邪魔しまーすと小声で言いながら中に入る。すっきりした空間で、壁際に本棚、机が置かれている。ベッドも置かれている。机やベッドの様子からよく使用されているようだ。ベッドに近づくと、布団の下に分厚い書籍……いやアルバムがある。中身をみると、絶句した。
「これ全部私……!?」
え、あの男、ストーカーなのか!?しかもアルバムの様子的に、性的目的だろう私のこと!情報が多すぎて、すぐに元あった場所に戻した。そして最悪なタイミングで玄関から物音がする。音的に絶対に大男だ。しかも足音がドシンドシンだし、ただいまと言った声には覇気どころか酔いを感じた。慌てて出ようとしたら、そりゃ体格の良い男の方が足が早いわけで鼻をぶつけた。
「ん……?」
大男は私を認識すると、手首を掴んだ。そのまま手の甲にキスをした。
「や、離せ!ストーカーするくらいなら正直に申告しろ!どっちにしろ気持ち悪いぞ!」
乱暴に離してしまった。
「いった……。」
「あ、すまん。」
「……見てて。」
見てて?もしや露出する気か?こいつ。
と覚悟していたら、ふわっと鼻に花の香り、花の香り?
「俺と結婚してください。」
「はい?」
「貴方のことがずっと前から好きでした。今も好きです。」
手品のように何もないところから花束が生えてきて、急なプロポーズと情報が氾濫している。花の香りに混じって、酒の臭いもする。
「すま─」
断ろうとすると、それを許さないとでも言いたげに言葉が被さる。
「買ったんだから言うこと訊いてください。」
「……はい。」
花束を受け取った。
落ち着かない。白無垢なんか今の時代早々見ないだろう。貴方によく似合うから、と無理やりに着せられた。でも綺麗だねと言われるのはなぜか嬉しい。
「ごめんね。」
「え、なぜ謝る?」
何も答えない。やめろ。怖い。今の時代に珍しい神前式に、ある意味今の時代らしい二人きりの結婚式だった。指輪もわざわざ用意していたらしくはめられた。
「いや、どうせ数日─」
「買ったんだから─」
「すまなかった。」
きかんの話を喋ろうとすると、すぐこういうことを言う。前の奥さんは苦労しただろうな。
今までの様子を何となく思い返してみれば、苦労はするだろうが、幸せだったんじゃないか?少し、羨ましいな。
「……何で白無垢を勧めたんだ?」
なぜこれを訊いたか、それは今ウェディングドレスも着せられているからだ。さっき白無垢を着たばかりだが?
「白無垢を選んだけど、結局ウェディングドレスも諦めきれなくて。」
私のウェディングドレスの布を少し持ち上げて驚きの一言が飛んだ。
「これ手作りなんだ。」
「手作り?職人の?」
「違うよ、俺の手作り。」
暫く固まってしまった。
さて、これほど急に式をしたのも理由がわかった。
「私の身体が目当てなんじゃないか!潔く体目当てで買いましたと認めろ!」
ベッドの上で急造の旦那に文句を垂れる。
「……だって、貴方は俺とは初対面なんでしょ?」
「そ、それはそうだが。」
「貴方の性格的に、結婚していない男に、身体は許せないでしょ。」
「それもそうだが。」
「身体目当てと言われればそうなんだけど。何て言えばいいんだろう。ここまである程度やったのに。」
「え、何をだ!?もしや既に何か劇物でも!?」
急造の旦那は顔を覆っている。大きなため息もついた。暫くして、その手を私の手に絡めてきた。
「俺は、初めてじゃない。」
「だ、だから?」
また核心まで迫ろうとすると、はっきりしない。何だこいつ。何がしたいんだ。手を絡め、彼の唇に私の手の甲が軽く押し当てられる。身体が熱い。今までこんなドキドキしたことなんかない。自分の首筋に近づいて吸われる。その感覚で思い出せそうなのに、まだ蓋が開かない。
翌朝、彼がキッチンにいた。名前を呼んだら、ぎょっとしている顔を向けられた。
「何でそんな顔するんだ?」
「え、俺の顔に見覚えある?」
「あるも何も10年以上見てる顔だが。」
泣きそうな顔をしていた。




