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一撃即死の英雄譚  作者: アイク


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9/9

9話

第六門の外は、街の喧騒が嘘みたいに静かだった。


石壁を離れるほど、道は細くなる。踏み固められた土の上に、古い轍が幾重にも残っている。正規の街道みたいに整っていない。だが、使われていない道でもない。


「灰線、ってこういう道のことか」


俺が足元を見ながら言うと、参謀は頷いた。


「表の地図には載りにくい補給路だ。使うのは軍、密輸屋、あとは税を嫌う商人」


「嫌な顔ぶれだな」


「君と相性がいい」


「褒めてないだろそれ」


参謀は笑い、藪を払いながら先を急いだ。


昼を過ぎる頃、道は低い丘へ続く林の縁に出た。風に混じって、乾いた煤の匂いがする。焚き火じゃない。もっと古い、染みついた匂いだ。


その先で、小さな荷車を引く老人とすれ違った。炭を積んでいるらしく、黒い粉が車輪にこびりついている。


参謀がさりげなく声をかける。


「じいさん、この先に古い鐘のある場所、知らないか。灰鐘って呼ばれてるやつ」


老人は足を止め、俺たちを値踏みするように見た。参謀の外套、俺のギルド腕章、泥のついた靴。少し迷ってから、しゃがれた声で言う。


「……鐘楼の跡ならある。昔の補給所だ。戦の火で半分焼けて、鐘が煤まみれになってな。今じゃ“灰鐘”って呼ぶ奴もいる」


参謀が目を細める。


「まだ使われてるか?」


老人は鼻を鳴らした。


「昼は使わん。日が落ちる前、たまに荷車の音がする。見に行くなよ。兵隊でも商人でもない連中だ」


「親切な忠告、どうも」


老人はそれ以上話さず、荷車を引いて去っていった。炭の粉が風に舞う。参謀はその背を見送ってから、低く言った。


「当たりだ。日没前、輸送札の情報とも合う」


俺は胸元の札を指先で押さえた。冷たい金属が、まだそこにある。


灰鐘は、丘の向こうにあった。


正確には、鐘楼の残骸と、石造りの補給倉庫の跡だ。林の切れ目から見下ろすと、崩れた石壁がコの字に残り、中央に黒ずんだ鐘楼が一本だけ立っている。鐘は確かに灰色だった。煤が厚くこびりつき、光を吸って鈍く沈んでいる。


「……あれか」


「見た目はただの廃墟。いい隠れ場所だ」


参謀は腹這いになって、林の陰から下を覗いた。俺も隣に伏せる。土が冷たい。


まだ日没には早い。拠点は静かだ。だが静かすぎる。倉庫跡の隙間に、わずかな光の線が見える。結界の下準備だ。


視界の端が薄く点滅する。


結界痕跡:複数

分類候補:封鎖 / 遮音 / 監視

注記:黒翼旅団様式(推定)


参謀が息を吐いた。


「第三封鎖班、先に着いてるな。輸送の受け入れ準備だ」


「封鎖術師、いると思うか」


「いる。少なくとも一人。黒翼旅団は“例外”輸送に封鎖術師を外さない」


俺は喉の奥で唾を飲み込んだ。封鎖術師。あの透明な膜。角を読めても、何度も通れる保証はない。


参謀が小声で続ける。


「正面から奪うのは無理だ。まず観察。誰が鍵を持つか、どこが薄いか、荷が何台か」


「“生体・例外”が入ってるかも確認」


「そう。君の副目標だ」


俺は小さく頷いた。


時間はゆっくり過ぎるようで、実際は速かった。陽が傾き始め、鐘楼の影が長く伸びる頃、遠くから車輪の音が来た。


一台じゃない。二台、三台。重い。護衛の足音も混じる。


参謀が指を立てる。黙れ、の合図。


林の隙間から、黒い外套の隊列が現れた。黒翼旅団。数は八。うち前後に槍持ち、左右に弓手。中央に幌付きの荷車が二台。最後尾に、黒い箱を抱えた術師が一人。歩くたびに周囲の光が微かに歪む。封鎖術師だ。


「……多いな」


俺が唇だけで言うと、参謀が頷く。


「本命の輸送だ」


荷車が灰鐘の倉庫跡へ入る。第三封鎖班が動き、石壁の残骸に沿って光の線を結ぶ。遮音結界。周囲の音が吸われていくのが、ここからでも分かった。


輸送隊の先頭の男が、胸元から札を取り出した。黒い輸送札。俺が拾ったのと同じ形だ。


そいつが札を鐘楼の基部にある石板へかざすと、石板の文字が淡く光った。開錠。倉庫跡の床の一部が、ずるりと横へ滑る。


地下への階段。


参謀が低く吐き捨てる。


「……やっぱり前室だ。保管庫の入口じゃないにしても、中継点には違いない」


俺の視界の端が点滅する。


構造判定:地下施設あり

一致率上昇:保管庫関連

警告:封鎖網 高密度


荷車の幌がめくられる。


中にあったのは木箱じゃない。鉄枠の檻だ。人ひとりが座れる程度の大きさ。布が掛けられていて中は見えないが、檻の内側から一度だけ、かすかな音がした。


金属を爪で引っかくみたいな、細い音。


俺の背中が強ばる。


「いる」


参謀が俺を見る。


「生体か?」


「分からない。でも、何かいる」


輸送隊の一人が布の端をめくった。ほんの一瞬、白い指が見えた。人間の指だった。細く、力がない。すぐに布が戻される。


拳に力が入る。


俺みたいな誰かだ。


参謀が俺の手首を掴んだ。強くはないが、止める力がある。


「今飛び出すな。死ぬ」


「分かってる」


「分かってる顔じゃない」


「……分かってる」


自分で言って、自分の声が硬いのが分かった。


倉庫跡では作業が進む。第三封鎖班が檻の周囲に結界杭を打ち、封鎖術師が床に複雑な輪を描いていく。輪の角が多い。角が多いほど処理は複雑になる。複雑になるほど、綻びも増える。だが同時に、読み切るのも難しい。


参謀が地面に指で素早く図を描く。


「見ろ。外周封鎖、内周封鎖、輸送檻に個別封印。三重だ。普通の奪還なら諦める」


「普通じゃないなら」


参謀の目が、灰色の鐘へ向く。


「鐘だ」


「鐘?」


「あれはただの目印じゃない。古い補給所の鐘は、時刻だけじゃなく“結界の同期”にも使うことがある。音で術式の位相を揃える」


俺は鐘を見る。煤で灰色に沈んだ大鐘。割れてはいない。紐はないが、撞木の跡は残っている。


「同期中にズレたら?」


「封鎖の角が増える。処理が重くなる。綻びが生まれる」


「角を抜ける余地ができる」


参謀が笑った。


「そう。君の出番だ」


「鐘を鳴らすのか」


「鳴らす。ただし俺たちが叩いたとバレたら終わりだ。だから事故に見せる」


参謀は外套の内側から、小さな金具と糸をいくつか取り出した。見慣れた、嫌な予感しかしない道具だ。


「……また罠か」


「罠は万能だよ。正しく使えば」


「その“正しく”の基準、お前の中だけだろ」


「もちろん」


軽口を交わしながらも、倉庫跡から目は離さない。輸送隊の一人が鐘楼のそばへ立ち、何かを待っている。たぶん合図役だ。日没の合図に鐘を使うつもりなら、こっちの狙いと一致する。


参謀が糸付きの金具を俺に渡した。


「鐘楼の裏に回れるか」


俺は灰鐘までの距離を測る。林から廃墟までは開けている。見られれば終わりだ。だが、石壁の残骸と荷車の影を使えば、線で繋げる。


視界の端に、薄い軌跡が浮いた。


推奨経路:3

成功率(暫定):17% / 24% / 31%

条件:巡回視線の回避


三割。低い。でもゼロじゃない。


「行ける」


参謀が頷く。


「鐘楼裏にこの金具を掛けろ。俺がここから糸を引く。合図役が鐘を鳴らした瞬間、位相を半拍ずらす」


「半拍って分かるのか」


「分かるように育った。嫌な人生だろ」


「少しだけ同情する」


「少しかよ」


参謀が笑ったあと、急に真顔になる。


「ナギ。鐘が鳴って封鎖が乱れたら、君は檻へ行け。最短で。迷うな。中身を確認して、生きてるなら鍵を奪う。奪えなきゃ檻ごと動かすな。封印が暴れる」


「分かった」


「それと」


参謀は一拍置いて、静かに言う。


「君のHPは一だ。忘れるな。助けたい気持ちで距離を詰めすぎると、向こうの思う壺だ」


俺は息を吐いた。


「忘れてない。毎回、身体が覚えさせてくる」


それで十分、と参謀は言わなかった。ただ頷いた。


倉庫跡では、太陽が鐘楼の縁にかかり、最後の光が灰色の鐘を染めていた。合図役が鐘楼の台座に手を置く。封鎖術師が目を閉じ、術式の輪が淡く脈打つ。


参謀が囁く。


「……今から行け。位置につけ。鐘は一回だ。一回で決める」


俺は頷き、土に手をついた。


冷たい。生きてる感触だ。


そして身体を低くして、林の影から灰鐘へ走り出した。


石壁の残骸。荷車の車輪。崩れた梁。見張りの視線の死角を縫う。踏み込むたび、心臓が肋骨を叩く。近い。鐘楼が近い。封鎖班の声が聞こえる。檻の中の、かすかな息遣いも。


鐘楼の裏へ滑り込み、背中を石に押し当てた。誰にも見られていない。まだ。


俺は参謀の金具を、鐘楼の割れ目に差し込む。糸を通す。軽く引く。林の方で、参謀が受けた合図の微かな張りが返ってくる。


準備完了。


その瞬間、表側で合図役が声を上げた。


「集積時刻、到達。同期開始」


灰鐘が鳴る。


低く、煤を噛んだ鈍い音。腹の底に沈むような音だ。


同時に、参謀の糸が走った。


金具が鐘楼の石に食い込み、鐘の振動が一瞬だけねじれる。半拍、ほんの僅かに遅れて、二つ目の揺れが返る。


ずれた。


封鎖術師が目を見開く。


術式の輪の角が、一斉に軋んだ。光が滑る。角が増える。処理が詰まる。


俺の視界の端が警告と一緒に、別の文字を弾き出す。


位相ずれ検知

境界揺らぎ:増大

侵入可能窓:0.6秒


0.6秒。


十分だ。


俺は鐘楼の裏から飛び出した。


黒翼旅団の誰かが叫ぶ。


「侵入者――!」


その声より速く、俺は封鎖の角を踏む。揺らいだ境界の縫い目を、針穴みたいに抜ける。内周封鎖。二層目。角がまだ歪んでいる。抜ける。檻まであと数歩。


檻の前に、封鎖術師が手を伸ばした。


「止まれ」


止まらない。


止まったら終わる。


俺は術師の手そのものじゃなく、手が作る“境界”を見た。掌の前、空気の歪み。術の発生点。そこには角がある。指と指の間、小さな処理の継ぎ目。


抜ける。


俺の肩が術師の袖を掠めそうになって、掠めない。髪が揺れる。呼吸が触れそうで触れない。


檻の前に出る。


布を掴む。めくる。


中にいたのは、少女だった。


年は俺より少し下か、同じくらい。痩せている。手首に黒い環。目は閉じているが、生きている。胸が小さく上下している。首元に、黒い札が吊られていた。


分類:例外

処理区分:保管候補

注記:言語汚染


言語汚染?


意味を読む暇はない。


背後で封鎖術師の気配が膨らむ。黒翼旅団の槍が向く。参謀の怒鳴り声が林から飛ぶ。


「ナギ! 鍵だけ取れ! 今は全部は無理だ!」


俺は少女の首の札と、檻の錠前を見た。錠前には輸送札差込口。さっき拾った札の形と同じだ。


鍵穴。


俺は胸元へ手を入れ、黒翼旅団の落とし物を掴んだ。


世界の都合で俺を檻へ導くつもりなら、まずその鍵穴をこっちが使う。


錠前へ札を差し込む。


背後で、黒翼旅団が一斉に動いた。

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