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一撃即死の英雄譚  作者: アイク


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1話

冷たい石の匂いで目が覚めた。


まぶたを開けた瞬間、視界の端に薄い光が滲んだ。文字だ。現実味のない、浮遊する表示。


状態:正常

魂ID:未登録

注記:例外処理対象


「……は?」


声がかすれて、自分の喉の乾きに驚く。手を上げると、指先がやけに鮮明だった。土埃。欠けた石柱。崩れた天井の隙間から差し込む白い光。ここがどこか、思い出せない。いや、思い出す以前に、俺が“誰だったか”が曖昧だ。


起き上がろうとして、背筋に冷たいものが走る。


足音。


石を踏む、乾いた軽い音。複数。しかも迷いがない。こちらへ一直線だ。


反射的に息を殺し、倒れた柱の影へ身を滑らせた。隠れる、というより体が勝手に最適解へ動いた感覚。考える前に、身体が“避ける”ことを知っている。


裂けた布のような影が入り口を塞いだ。


人型だが、人ではない。黒い皮膚、角、獣の目。腕には金属の枷のような装具。そいつは空気を嗅ぐみたいに鼻を動かし、こちらを見た。


「確認。……バグ個体」


言葉が、妙に整っている。部隊用の口調だ。


「魂ID、未登録。HP……一。回収優先。抵抗は許可」


回収。俺を、物みたいに。


背中が冷えるのに、頭は妙に澄んだ。HPが一。固定。つまり、当たったら終わり。冗談みたいに単純だ。


角の斥候が歩み寄る。床の破片が足元で鳴る。その音が、遅く聞こえた。


来る。


腕が伸びる。掴み取りにきた手のひら。その指の角度、肩の沈み、重心の移動。全部が読める。読み取った瞬間、体が勝手に線を引いた。


俺は半歩、内側へ入った。


相手の腕の外を避けるんじゃない。腕の“死角”へ潜る。距離が近すぎて、相手の力が出ない場所へ。


「……っ」


斥候の目が見開かれる。俺の肩が触れそうな距離で、奴の肘関節が浮いた。そこを、掌で叩き落とす。骨を折る気はない。動きだけを奪う。


次の瞬間、斥候の膝が跳ね上がった。腹を狙う蹴り。まともに食らえば、HP1は消し飛ぶ。


俺は息を吐いた。


世界が、縁だけ薄くなる感覚。


視界の輪郭が一瞬欠け、蹴りが“そこにあるはずの俺”をすり抜けた。足裏が空を切り、斥候の重心が崩れる。


「な——」


驚きの声が出た。驚いたのは相手だけじゃない。俺もだ。今のは何だ。考える暇はない。崩れた重心の背へ回り込み、首へ腕を絡める。


締める。殺すためじゃない。落とすために。


斥候は暴れた。肘が後ろへ打ち込まれる。肩口を掠めた瞬間、視界の端の表示が微かに揺れる。


擦過判定:無効化


「……勝手に……」


舌打ちする間もなく、斥候の動きが鈍る。最後に足が踏ん張ろうとして、床の砂を掴んだ。俺はそれごと引いて、バランスを奪い切る。


角の頭が、石に当たって鈍い音を立てた。


斥候は崩れ、動かなくなった。息はある。……たぶん。


しばらく、俺はその場で固まっていた。拳が震えている。怖い。怖いのに、笑いそうになる。


当たったら終わり。なら、当たらなきゃいい。


簡単な理屈だ。簡単すぎて、狂っている。


斥候の装具を探ると、小さな黒い札が落ちた。金属の薄片で、裏に刻印。


――台帳管理局・回収班。


その文字を見た瞬間、背後の壁が、ふっと光った。


遺跡の奥。崩れた石の隙間に、古い刻み文字が浮かび上がる。


『台帳を覗く者よ、世界の外を見たか』


喉が鳴った。


世界の外。


俺は、まだ何も知らない。自分の名前すら曖昧なのに、この世界は俺を“例外処理”と呼び、魔王軍が回収に来る。


そして、壁は問いかけてくる。


まるで俺にだけ、次のページをめくらせるみたいに。

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