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御山家のお祝い飯

稲荷寿司、茶碗蒸し、煮物、お吸い物、サラダ



 さて、まずはだし汁を作っておこう。作り方は複数あるが今回使うのは市販の出汁パックだ。これは近所のスーパーで買ったもの。 

 500mlの水に出汁パックを一袋、水から投入し火にかける。沸騰したら五分程煮出して出汁パックを取り出せば完了だ。あとは耐熱ボウルに移して冷ましておく。


 鍋を軽く水洗いし、コンロへ戻して次へ。


 少し大きめの乱切りにした人参と大根、それから蓮根。石づきを切り落とし半分にした椎茸と、こんにゃくは塊を手で一口大にちぎって、それら全てを鍋に入れていく。鶏のもも肉は縮んでしまうので気持ち大きめに。今回は後入れしようと決めて別に取り分けておく。

 

 鍋に入れる水は具材が少し顔を出しているくらい。そこに醤油、みりん、料理酒をぐるりと一周くらいずつ回し入れ中火にかける。煮立ってきた頃に取り分けておいた鶏肉を入れ、少し火が通ってからアルミホイルで落とし蓋をしてそのまま煮詰めていく。

 煮汁が少なくなったら落とし蓋を取り除き、後は残った水分を更に飛ばして一先ずは煮物の完成だ。


 

 次に油揚げ。

 

 今回は味を良く染み込ませる為に油抜きをしよう。長方形のものを半分に切り、全て熱湯で二分ほど茹でていく。茹でた後はザルに上げ、粗熱が取れたら水分を絞る。手を抜くと味がぼやけてしまうのでこの工程はしっかりと。乗せた菜箸をころころと転がしておくことも忘れない。


 鍋には水を400mlと醤油とみりんと砂糖を大さじで四杯ずつをいれて先に煮立てておいた。そこへ油揚げを並べ、落とし蓋をして弱火で煮ていく。煮汁が少なくなったら火を止め、一旦はここで終了だ。


 

 だし汁も煮物も油揚げも、ここまでは今朝仕込んでおいたものである。

 

 入学式が終わり帰宅した後、配布された教科書をちゃぶ台に並べて楽しそうに眺めているコン子さんを見ながら、俺は早速調理に取り掛かった。

 


 まずは肝心のご飯だが、これは外出前に炊飯器の時間をセットしておいたのであと少しで炊き上がる。


 だから最初はこれだ、と俺はその容器を調理台に置いた。

 

 スーパーの日用品コーナーでたまたま目に入った茶碗蒸し用の耐熱容器である。蒸し器は無いが鍋や電子レンジでも作れると言うし、コン子さんも喜んでくれるかもしれないと一目で購入を決意したものだ。


 

 用意する具材は鶏もも肉と椎茸、それからかまぼこと三つ葉。今回は定番のものにしておいた。なにぶん作るのは初めてなので。具材はそれぞれ事前に小さく切っておく。

 容器は二つしか無いので卵は一つ。測りに計量カップを置いて卵を割ると58gと半端な重さだった。だし汁はこれの三倍がちょうどいいと聞いたので180mlより気持ち少なめにしておこう。


 ちなみにこれらの情報はスーパーの店員さんから聞いたものだ。トマトの種の件で俺を覚えてくれた女性店員が今回も教えてくれたのである。


 

 朝作ったのでしっかり冷めただし汁には指でつまめる程度の塩をぱらぱらと。そこに溶きほぐした卵をザルでこしながら入れ混ぜる。

 耐熱容器に用意した具材を切ったものを軽く入れ、最後に卵とだし汁を合わせた卵液を流し入れていけば準備は整った。


 油揚げを皿に移して空いた鍋でお湯を沸かし、底にふきんを敷いてアルミホイルで蓋をした耐熱容器を並べて置く。鍋の蓋もして強火でニ分。そこから弱火で十分ほど。



 待っている間に酢飯を作ろう。

 ちょうど今ご飯が炊けたところだ。



 炊けたばかりのご飯を軽く混ぜた後、ボウルに移してすし酢を加える。すし酢は酢と砂糖と塩を4:2:1の黄金比とやらで混ぜたものである。

 切るように混ぜて粗熱が取れたら酢飯は完成だ。



 茶碗蒸しもそろそろいいだろうか。

 火を消し耐熱容器を取り出して中を確認すれば、いい感じに固まっているようなので大丈夫だろうと判断した。


 しかし熱々の状態でコン子さんが火傷してはいけない。だからほんの少しだけ置いておくことにして、俺は手早く次の作業に取り掛かった。


 空いた鍋に残っていただし汁を投入。火を付け舞茸を割いて入れ、煮立って少ししたら小さなサイコロ状に切った豆腐も入れる。後はひとつまみの塩と料理酒を回し入れ、また少し経ったら最後に香り付け程度の醤油を少々。これでお吸い物の完成だ。


 

 あとは、と皿に出しておいた油揚げの水気を切りながら酢飯を詰めていけば、コン子さんの大好物、稲荷寿司も出来上がる。


 思いの外茶色いものが多い印象を受けたので、レタスを数枚洗ってちぎり、半分に切ったミニトマトを添えたサラダもサクッと作っておいた。



「コン子さん。お待たせしてしまってすみません。食事ができましたよ」


「はぁい!かたづけます!」



 ちゃぶ台に広げていた教科書をランドセルにしまい、それを部屋の隅に置いたコン子さんがとてとてと歩いてくる。


 俺は煮物の火を付け温め直しながら近くに来た彼女に稲荷寿司を並べた大皿を差し出した。その瞬間、大きな瞳をきらっきらに輝かせた様子に俺は一気に幸福に満たされるのだ。ああ、作ってよかった。



「からすくん、からすくん!こんなにいっぱいすごいね、ありがとう!」


「いえ、お祝いですからね。好きなだけ食べてやってください。あ、でも、他にもおかずはあるので、よければそちらもいかがですか?」


「からすくんがつくってくれたものは、ぜーんぶ、たべたいです!」


「んぐ……ありがとうございます。では、すぐに用意しますね。熱いものばかりなのでコン子さんはこれをお願いします」


「はぁい!」



 渡した大皿をひっくり返さないように慎重に運ぶコン子さんの後ろ姿を見送って、俺はお吸い物と煮物をそれぞれ器に盛り付けた。

 蓋を被せた茶碗蒸しとサラダも順に運んでちゃぶ台に置いていくと、細やかではあるがいつもよりほんの少し豪華な食卓に見えなくもない。


 今日の主役はコン子さんなので、彼女が喜んでくれたらそれでいいのだが。


 

 全てを運び終えて向かい合って席に着くと、顔を緩ませてそわそわとしている姿が目に入って思わず笑みが浮かんでしまう。ちらちらと向けられる視線に「どうぞ」と告げればパチンと小さな手が打ち鳴らされた。



「いただきます!」



 箸を持った手が真っ先に伸びたのはやはり稲荷寿司。渡した取り皿に三つ程取り分けて手元にきたそれに早速パクリと齧り付く。一口食べれば驚いたように目を大きく開いて顔を上げたコン子さんは、周囲に花が飛んでいるのかと思うほど幸せそうで俺もつい頬が緩む。

 ぽんっと音がしそうな勢いで現れた狐の耳がぴこぴこと揺れているのが可愛らしい。



「んん、ん〜!」



 声にならない歓声を上げて、もぐもぐと口を動かしてごくりと飲み込む。ようやく話せるようになった彼女はその瞬間からわっと喋り出した。



「あのね、ぎゅってかむとじゅわってするの!あまくてとってもおいしい!だいすき!」


「気に入ってもらえたようでよかったです。では俺も、いただきます」



 コン子さんに続いて俺も稲荷寿司をパクリと食べる。しょっぱすぎやしないかと心配していたけど、バランスも良く味も染みていて美味い。じゅわりと溢れ出す甘い汁が病み付きになりそうで少し怖いな、なんて思ったり。

 

 取り分けた稲荷寿司三つをペロリと食べたコン子さんは、次に茶碗蒸しの容器に手を伸ばそうとしていたのでそれは俺が手元に移動してあげた。まだ熱いからな。火傷してしまってはいけない。



「茶碗蒸しです。熱いので気を付けてくださいね」


「あつあつだぁ!わぁ、ぷりんみたい!」



 蓋を開ければほわっと香る出汁の匂い。確かに見た目はプリンだが味は全くの別物だ。コン子さんは食べたことがなかったかと思いながら見守っていると、スプーンで掬ったそれをフーフーと少し冷ましてからつるりと口に流し込む。

 途端にふにゃっと顔が緩んだから、これも気に入ってもらえたかと俺は静かに胸を撫で下ろしていた。



「とろとろでおいしい……おだしのあじだ!」


「はい。茶碗蒸しは出汁で決まるそうです。他の出汁でも試してみたいものですね。蒸し器も買おうか検討中です」


「からすくんの、おりょうりすきるが!どんどんあがっていく!」


「もう趣味みたいなものですね。何より、喜んでくれる方がいますから……」



 それが一番だ。俺一人だったら料理なんて作ろうとすら思わなかったかもしれない。だから、いつも美味しそうに笑顔で食べてくれる人が側にいるのは大きいと思う。


 そんな俺の言葉に驚いたように耳と尻尾をピンとさせて、それから少しだけ俯いたコン子さんは、ほんのりと頬を染めていた。



 いつもより少しだけ豪華な食事はそうして穏やかに進み、コン子さんはもう食べられないやと言うところまで、たくさん、たくさん食べてくれたのだ。

 

 彼女が終始笑顔だったことが、俺は本当に嬉しいと思う。



「コン子さん。ご入学、おめでとうございます」


「えへへ、ありがとうございますっ!」

 


 これから貴女の歩む、人としての人生が、笑顔と幸せに溢れていますように。


 

 そんな、始まりの日。



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