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入学!(後編)



 写真を撮ってもらった後、春野家族と共に校舎の近くまでやってくると、出迎えに出てきた在校生に案内されて俺たちはようやく建物の中に入った。

 

 校舎の中はかなり古い作りではあるが、掃除もきちんとされていてどこも綺麗に保たれている。

 入り口にずらりと並んだ下駄箱は今は使われていないらしい。昔は上履きと外履きを履き替えて出入りしていたのに、と春野夫妻は時代の変化を感じているようだった。そんな二人はこの学校の卒業生同士なのだと言う。



「ご入学おめでとうございます!」



 会う人みんなにそう声をかけられながら案内された先で子供たちは胸に花のコサージュを付けてもらっていた。みてみて、と桃色の花のコサージュを見せにやってきたコン子さんはとても嬉しそうで微笑ましい。



「よかったですね。とても素敵ですよ」


「うんっ、ありがとう」



 と、子供たちと行動できるのはここまでのようで、コン子さんと苺花(いちか)ちゃんは在校生に付き添われて教室へと向かっていった。


 俺たち保護者は配布物を幾つか受け取り軽く説明を受けた後、そのまま式の会場でもある体育館へと向かう。卒業生でもある春野夫妻は勝手知ったる様子で校舎から体育館へと続く廊下を歩き始めた。もちろん俺は詳しくないので二人にくっ付いて行くことに。

 


 今日は入学式があるからかすれ違う人たちがみんなそわそわとしていて、校舎の階段の上から聞こえてくる子供たちの声もどこか浮き足立っている。生徒数は多くない小規模な小学校という話だったが、そんなことを感じさせない温かな雰囲気があった。

 

 廊下の窓から見えた校舎裏には大きな桜の木が一本。風に舞う花びらがきらきらと輝いている気がしてつい目で追ってしまう。



「……良い学校ですね。その、空気が」


「あれ、御山さん、説明会にも来たんすよね?」


「ああ、えっと、はい。でも、あの時は少し忙しくて周りを気にする余裕が無かったんです」



 確かに俺は保護者向けの学校説明会で一度ここへは来ているのだが。けれどあの時はまだ寒い二月だったし、言葉の通り忙しくしていたせいで正直あまり覚えていない。

 

 この世界へ来てからというもの、短期のアルバイトを詰め込みまくって連日働き通しだった俺は、コン子さんと共に電気も水も通っていない空き家にひっそりと身を隠していた。

 ようやく家が借りれるくらいの金が溜まったのがその頃だ。やらなければならないことが多すぎて周りを落ち着いて見ている暇など無かったのだと思う。

 

 遠くを見てあの頃の忙しさを思い出していると、春野夫妻は俺がコン子さんを引き取った時期とでも思ったのか労いの言葉をかけてくれた。優しい人たちだ。



 そうして話しているうちに校舎から一度外に出て屋根のある通路を進めばすぐ隣に体育館がある。待ち構えていた在校生に案内され、入った体育館には沢山のパイプ椅子と小さな植木鉢が並べられた道があった。保護者席に通された俺たちはそこでようやく席に着く。



「私たちの頃と建物は変わらないのに校則や雰囲気がかなり違って驚くわぁ。変わっていると言えば一番びっくりしたのはあれよね、ランドセル」


「今はかなりバリエーションが豊富ですからね。買いに行って驚きました」


「そうなんです。うちの苺花は白が良いって聞かなくて。コン子ちゃんは王道の赤でしたよね」


「はい。コン子さんは逆に赤が良いとのことだったので。他の色も沢山あることは伝えたのですが」



 絶対に赤、と言って譲らなかったコン子さんを思い出して少し笑ってしまう。購入後、ランドセルが手元に来てからはとても大切にしていた姿も。家を借りてから最初の大きな買い物だったので俺もそれはよく覚えていた。あの笑顔を見れただけで詰め込んだ仕事の疲れなど一瞬で吹き飛んだから安いものである。


 またもや思い出に浸っていると、配布物の中にあった薄い冊子を春野父が開くのが目に入り俺も同じように開いてみた。


 学校の紹介や各行事の説明が書かれたそれには新入生全員分の名前が記されたページもあって、よく見れば今年入学する一年生はコン子さんや苺花ちゃん含めて八人だった。女の子が三人、男の子が五人。コン子さんは今頃教室で顔を合わせている頃だろう。上手くみんなとお友達になれるといいが。


 

 冊子を見つつ春野夫妻とも話しながら過ごしていれば、やがて在校生が入場し体育館はざわざわと騒がしくなってくる。壁掛けの時計を見ればあと十分もすれば式典が始まる時間だった。


 横に座っている春野母が式の様子は動画で撮ると言うから、俺は近いうちにスマホを購入する予定なのでその時に送って欲しいとやり取りをしている間にアナウンスが入り、話はここまでとなる。





 温かな拍手と共に体育館に入ってくる新入生。先頭を歩くのは担任となる先生か。丸メガネをかけたおかっぱ頭の大人しそうな女性である。袴姿がよく似合う。

 

 その後に続く小さな子供たちは、歩くだけでも性格がよくわかる。緊張しているのか動きの硬い子、恥ずかしがっているのか下を向いている子、胸を張って堂々と歩く子――これは苺花ちゃんだ。

 コン子さんは人に見られることには慣れているので、いつも通りの落ち着いた様子である。保護者席から見守る俺に気付いて小さく手を振ってくる余裕さも感じさせていた。



 そうして新入生が位置に着けば式典は進む。


 開会の言葉に国歌斉唱、それから校長先生や来賓の話。在校生からの歓迎の言葉。担任の紹介で先程のおかっぱ頭の先生が呼ばれてマイクの前に立ち、そこからは新入生の点呼が始まる。個性豊かな子供たちの声が響いた後は校歌斉唱から閉会の言葉となる。全体でだいたい三十分程の式典だった。


 最初と同じように拍手の中を退場した新入生たちは、これから写真撮影をして一度教室に戻ってから教科書類を配布されるらしい。それが終わればようやく解散である。



 黄色い帽子を被って少し重そうなランドセルを背負ったコン子さんが校舎から出てきたのは、式典が終わってからまた四十分程が経った頃だ。苺花ちゃんともう一人の女の子と三人並んでいるところを見れば、またお友達ができたようで安心する。



「あっ、からすくん!」



 俺を見付けてお友達を置いて駆け寄って来たことには少し苦笑してしまったが。

 


「お疲れ様です」


「うんっ。あのね、あのこは、りんさんっていうの」



 苺花ちゃんの横にいる左右のおさげ髪の女の子を見てコン子さんはそう言った。俺は先程の冊子に書かれた冬月(ふゆつき)(りん)の名前を思い出して、三人いる女の子の最後の一人だと理解する。



「初めまして、御山です。これからよろしくね」


「は、はいっ……!」



 辿々しく返事をしたかと思えばサッと苺花ちゃんの後ろに隠れてしまったので、どうやら恥ずかしがり屋な子のようだ。そういえば入場の時に下を向いていたにはこの子だったか。ぼんやりとそんなことを思い出しているうちに、鈴ちゃんは親御さんを見付けたのか挨拶をしてすぐに走っていってしまった。

 

 同じ歳の子供でもいろいろな性格の子がいるのだな。



「こんこさんは、これからごはん、いくの?」


「ごはん?」



 両親と話していた苺花ちゃんが不意に投げかけてきたそんな問いにコン子さんは首を傾げていた。

 どうやら春野家族はこれから入学祝いに外で食事に行くらしい。もうすぐお昼の時間帯なので他の家族もそうするのだろう。あちこちから食事の話題が聞こえて来た。


 

 コン子さんも外で食事をしたいと思うのだろうか。


 そういえば事前に何も聞いていなかった。そうか、こういう祝いの日には家族で食事に行くものなのか。コン子さんが行きたいならば俺は別に構わないのだけどと思って様子を見ていると、質問の意味を理解したコン子さんはにっこりと笑って俺の手を握る。



「いかないよ!からすくんがね、ごはんいっぱい、つくってくれてるの!」



 だからかえろう、と見上げてくるコン子さんはやっぱり嬉しそうだった。


 今日のお昼のはいつもより豪華にしてあげたいと、昨日スーパーで沢山買い物をして来たことも、朝仕込みをして来たことも、どうやらコン子さんは知っていたらしい。


 滅多に行かない外食よりも、あまり変わり映えはしないけれど俺のほんの少し特別な料理を楽しみにしてくれている。そのことが嬉しくてこの時の俺は思わず鼻を啜っていた。泣きそうなのは流石に堪えたが。



「それじゃあ、帰りましょうか」


「うん!」



 周りに挨拶をした後、来た時と同じように十五分程の道を手を繋いで歩く。

 教室での出来事、優しい担任の先生、俺がまだ話していない他の同級生のこと。道中は楽しそうに話すコン子さんに俺もつられて楽しくなった。

 

 そんな彼女の背中には重そうなランドセルが背負われていて、つい持ちましょうかと声をかけたら宝物を抱えるように「だめ!」と言って少し拗ねられてしまった。けれどその機嫌も次の一言であっという間に良くなるのだ。



「お昼、稲荷寿司いっぱい作りますね」


「いなりずし!!」



 コン子さんの大好物。料理は他にも用意しているが稲荷寿司の効果は抜群だったようで、まだ帰り道にも関わらずコン子さんはふにふにの頬っぺたをとろけさせて緩みきった顔を浮かべていた。



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