花壇と揚げパン
揚げパン
ちゃぶ台に置かれた紙と鉛筆。それから昨日俺がスーパーで買ってきたミニトマトの種の袋。
紙にはスコップやらジョウロやらとこれから買い揃えなければいけないものがコン子さんの綺麗な字で書かれていて、子供姿の彼女はそれを眺めながら腕を組んで唸っていた。
「ねぇ、からすくん。ほかにひつようなもの、あるかな?」
「すみません。俺も野菜作りに関しては初心者なので……」
台所で角型の天ぷら鍋に油を注ぎ火にかけた後そう答えれば「そっかぁ」としゅんとしてしまった耳と尻尾が見えた気がしてなんだか心臓がギュッとした。
ああ、どうして俺はもっと考えて行動しなかったんだろう。
花壇があるのだからあとは野菜の種だけ買えば家庭菜園は始められるものと思い込んでいた。買ってきたミニトマトの種をコン子さんに渡したところ「どうぐはどうしようか?」とすぐさま返ってきたことで俺は自分の不甲斐なさを痛感したのである。
そして、家庭菜園は意外と金がかかるということも。
この家の庭にある花壇は家を借りる前もかなり長い間放置されているもののようで、今はあらゆる雑草が土を埋め尽くしている状態だ。まずはそれを刈らねばなるまい。
そしてコン子さん曰く、花壇に入っている土の方も野菜作りには適していないのだそう。
どこから入り込んだのかゴロゴロと小石が混ざっているし、砂質土と言って水はけが良く水分や栄養が流れてしまいやすい土になっているのだとか。そんな場所では植物も元気よくは育てない、と。
ならばあの元気よく伸びている雑草は……とぼんやりと思った俺に、そもそも雑草という名の草は存在しないとコン子さんは一つ一つ草の名前を言っていた。すみません、俺にはこの世界の草の違いがまだ分かりません。
一先ず理解できたのは雑草と言われる草たちはとにかく逞しく、意外とどこからでも生えてくるし、よく育つということだ。
そういえばスーパーへ行くまでの道にコンクリートを突き破って元気よく伸びている草を見たことがあった気がする。それを思うと、わざわざ環境を整えてやらねばならぬ野菜とはなんと繊細な植物だろう。
そんなわけで、あの花壇を使うにはまず土壌改良からやらなければならないようなのだ。しかし俺はもちろんコン子さんも詳しいことは知らないそうなので、今度専門家に聞いてみようということになった。
スマホやらタブレットやらの電子機器を持っていたら自力で調べられたかもしれないが、今俺の手元にあるのは仕事先との連絡用に購入したガラケーひとつである。これが一番安かったのだから仕方がない。こうなったらこちらも近いうちに乗り換える必要がありそうだ。
今コン子さんが紙にメモしている園芸用の道具も揃えなければならないし、来週末にでも園芸店や携帯ショップに行ってみようと俺は今日決意した。
今は四月の始め。二日続いた雨もようやく止んだ今日は四月最初の土曜日だ。月曜日になればコン子さんは小学校に入学する。その後は俺も新しく日中の仕事を探す気でいるし、次に出かけられるのは来週末になりそうだからな。
コン子さんを待たせてしまうことになるけれど、こればかりは仕方がない。この世界の人間は時間に縛られることが多いなと正直思う。
さて。今できないことをいつまでも考えていても先へは進まない。
俺は気を取り直して熱した油に、ここ数日で溜まった食パンの耳を投入していった。角が繋がっていない短いスティック状のものだ。ほとんどはサンドイッチを作った時に切り落とした耳である。そろそろ使ってしまわないとダメになってしまいそうだったから今日はこれでおやつ作りだ。
油は少なめに。火は中火くらいで。耳を時折ひっくり返しながら一分半から二分くらいを目安に揚げていく。
そうして耳がキツネ色になったらキッチンペーパーを敷いた大皿に一旦上げておき、粗熱が取れた頃にポリ袋へ移す。そこへきな粉と砂糖をスプーンで二杯ほど入れて、あとは袋の口を絞って振り混ぜていくだけだ。
と、ガサガサと音を立てながら混ぜていたら足元にやってきたコン子さんが目を輝かせてやりたそうにしていたので、俺はしゃがんで袋を彼女に差し出した。
受け取って、ふりふりと声を出しながら混ぜている姿はとても楽しそうで何よりだ。
「これはなぁに?」
「揚げパン……ラスクに近いですね。今日のおやつです」
「おやつ!やったぁ!」
しっかり混ざったらお皿にあけて完成だ。
お皿を持ったコン子さんと一緒にちゃぶ台に戻って向かい合って座る。どうぞ、と俺が声をかければコン子さんは待ってましたと言わんばかりに手を伸ばしてそれを摘み、口に運んでぱくり。
三分の一程のところで噛み切った時のサクッとした食感が気に入ったのか目をきらりと光らせ、きな粉と砂糖が混ざった香ばしい甘さに幸せそうにもぐもぐと口を動かしながらもちもちの頬を綻ばせている。
好物の油揚げを食べた時とはまた違った幸福に浸るコン子さんを見ているだけで、こっちまで幸せな気分になるから俺はこの時間が何よりも好きだった。
なんでも美味しそうに食べてくれるから、作り甲斐があるしな。
料理はまだ始めたばかりで慣れない部分もあるけれど、これからもコン子さんのこの顔を見るために精進していこうと思う。
「からすくん、はい、あーん!」
「えっ」
油断していたところにこれだ。
小さな指先に摘まれた揚げパンが、ちゃぶ台の向こうから真っ直ぐに俺に向けられていた。
それをやっているコン子さんは期待に満ち溢れた顔をしているので、俺が裏切るはずもなく恐る恐る口を開けてサクリ。半分程で噛み切った残りはコン子さんの口の中へ消えていってしまう。
なんだかむず痒い気分になりつつも、嬉しそうな彼女に見守られながら俺は口の中の甘さを噛み締めていた。




