園芸店でお買い物
「わぁ!すごい、すごいよ、からすくん!」
ゆっくりとアイスクリームを堪能した後、ようやくショッピングモールの一階にある園芸店に俺たちはやってきた。
入るなり視界いっぱいに広がったずらりと並んだ鉢植えの植物の数々。思わず声を上げたコン子さんがそわそわしながら辺りを見渡している。どうやらこの室内には花や観葉植物、あとは虫除けの薬剤なんかが販売されているらしい。
本格的に菜園をやるならその辺の知識もある程度は欲しいところだが、それは正直俺たちだけでは判断ができそうもない。向こうの世界にも無かった植物や薬剤がこの世界にはたくさんあるもので。これから少しずつ勉強していこう。
「コン子さん、売り場は外にもあるみたいですよ」
「ほんとう?いきたい!」
大きな自動ドアの向こうに広がる屋根付きの広い売り場。そこには室内と同じように台の上に並べられた鉢植えの植物が、少し奥には果実のなる木がたくさん置かれているようだ。
レジの近くを見れば大量の土の袋や植木鉢といった道具もたくさん売られている。これなら買おうと事前に決めていたものが揃いそうだと俺は思わず安堵した。
そうして今にも走りだしそうなコン子さんの手をしっかりと握って、話を聞くため近くを通りかかった店員を呼び止める。その人は、胸の名札に森と書かれた青年だった。
「はい。どうかされましたか?」
かなり若そうな印象なのでアルバイトだろうか。黒っぽいシャツとジーンズの上に緑色のエプロンをかけている。肩にかかるくらいの長めの髪をヘアピンで止めた物腰の柔らかそうな青年である。
周囲に花でも飛んでいそうなふんわりとした雰囲気に、彼に聞いても大丈夫なのか一瞬迷いはしたものの、何の知識も無い素人の俺よりは確実に頼りになるはずだと思い直してそのまま相談してみることにした。
初めての家庭菜園。
ミニトマトの種を買ってみたはいいが、花壇は荒れ放題で道具も全く持っていない。その状態から何とか自宅の庭でできるくらいの野菜を育てたいのだがどうしたらいいのか。と、素人丸出しの俺たちの話を青年は真剣に聞いてくれた。
そして少し意外なことに、家庭菜園を語り始めた彼はかなり饒舌だった。いや、園芸店の店員なのだから意外と思うのは可笑しな話なのだけれども。
「お話を聞く限り、花壇の方は土壌改良をしてあげた方がいいのかなと思います。堆肥や腐葉土を混ぜて保水力や保肥力を高めて……あと苦土石灰なんかを加えてあげるといいかもしれません」
一度混ぜ込んだら数日から数週間置いた方がいいとか、できればシートなんかを被せておくといいとか。あれやこれやと語る青年に俺はもちろんコン子さんも感心したように聞き入っていた。
けれどそうか、土壌改良には時間がかかるのだなとふと思う。
もう四月も三週目に入る。今からやっていたら本格的に始められるのは五月になってしまいそうだ。そのことに気付いて何となく焦る気持ちが湧いてくるのは、俺が素人だからなのだろうな……。
「もしすぐにでも始めたいということでしたら、植木鉢で育ててみるのはいかがですか?」
「植木鉢で、ですか」
「あっ、もちろん、ご自宅のお庭に置けるようでしたら!」
「それは問題ないですね」
植木鉢か。確かにそれもいいのかもしれない。
現状花壇はいろいろと手入れが必要なようだし、そちらは後で使えるように改良を進めつつ、横で植木鉢から初めてみるのは全然有りだなと思う。
特に今回は俺もコン子さんも初めてのことなので、まずは細かいところを省いてやってみるのはいい気がする。
「どうしましょうか」
子供らしくない仕草で考え込んでいる彼女の横にしゃがんで問えば、コン子さんは一度店員の青年を見上げた後、決意を固めたように俺に向き直った。
「うえきばちで、やってみる……!」
「わかりました」
そんなやり取りを微笑ましそうに見ていた青年に、それ用の資材や道具を教えてほしいと頼めば彼は快く売り場を案内してくれた。
まずは肝心の植木鉢。
町中でよく見る鉢は素焼きや陶器、あとはプラスチック製のプランターとかその辺りか。聞けばそれぞれに特徴があると言うが、今回はできるだけ軽くて持ち運びしやすそうなものがいいかなとコン子さんが呟いたので、プラスチック製のものを中心に見せてもらうことにした。
植木鉢といっても、空気や水を通す穴の開き方、それからサイズや色も、見てみれば結構な種類がある。
色は好みによるところが大きいが、鉢のサイズというのは入る土の量にも関係する。当然土は多いに越したことはない。野菜を育てるならば鉢一つに苗一つ。鉢は八号から十号くらいのサイズがおすすめだと森さんは言った。
底に穴の開いた鉢が一般的で、俺もそれはよく見かけるから知っている。その他に気になると言えば底面から側面にかけて切り込みのような穴が開いていものか。森さん曰く、最近はこのタイプも人気なんだとか。
植物は根っこがかなり重要で、けれどただ闇雲に伸ばせば良いというものでもない。
従来の底穴タイプの鉢は底に根っこが渦を巻くようにぐるぐると回ってしまうサークリング現象というものが起きるのだそう。それが根詰まりや根腐れにも繋がるのだ。
そんな問題点を改善したのが底面から側面にかけて切れ込みのような穴の開いたスリット鉢。
これは空気や光に触れると成長を止め枝分かれし、細かい根が育つという根っこの性質を利用したもの。乾燥しやすいデメリットもあるというが、水やりの仕方でそれを補うことは可能である。
森さんの解説にコン子さんは、少し迷った末にスリット鉢を選択していた。メリットに惹かれたのかと思えば、見た目が可愛かったのだそう。
それを聞いて森さんも「最終的には好みで問題ないですよ」と穏やかに笑っていた。
土は様々な種類が売っているようだが、初めてならば近所のスーパーに売っているものでも問題はないとのことだったので、土は明日にでもそちらに買いに行くことにして、今日はそれ以外の道具を幾つか購入しようと思う。
鉢はおすすめから藍色のスリット鉢。大きさは一先ず八号のものを選んだ。支柱はあった方が無難だと言うので鉢に合ったサイズのリング支柱を。
ちなみにミニトマトは家庭でも数メートル伸びるらしいので、伸びたらまた長い支柱を買い足しに来ようとコン子さんと相談して決めた。
あとは土を移し替えるスコップと、念の為園芸用の手袋と、子供姿のコン子さんでも持てるくらいのジョウロを一つ。
それから、種からミニトマトを育てる為に六つ程植えられる育苗ポットも。
これはいきなり外で種を巻いて失敗しない為に、まずは温度の安定した室内で苗を作ると良いというアドバイスによるものだ。育苗用の土もあると言うので、それは小さな袋に分けられたものを買ってみようということになった。
最後にせっかくだからとコン子さんがピーマンとナスの苗を一つずつ選び、俺も少し気になったスプラウトの種を追加して、ようやくレジに向かったのである。
「帰りはバスで!?そのお荷物で大丈夫ですか!?」
「はい。問題ありません」
道具を纏めて片腕に抱えた俺に、最後まで付き合ってくれた森さんがギョッとしている姿を見ながら、意地で空けた片手でコン子さんの手を握る。
彼女の方からも少し心配そうな視線を感じるが、この程度なら荷物とも思わない。周りから視線を感じる以外は本当に何の問題もないのである。
「え、えっと、お気をつけて……」
「ありがとうございます。また来ます」
こうして俺たちはこの日の買い物を終え、少し高揚した気持ちで帰宅の途についた。
コン子さんのやりたいことではあるが、知れば知るほどのめり込むのは俺の方かもしれないと今は思い始めている。




