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そして私は鏡に微笑む

作者: Kouei

 都市伝説とは、真偽不明な噂話や奇妙な出来事を指す。


 その中でも鏡にまつわる言い伝えは昔から語り継がれていた。


 『午前2時に合わせ鏡をのぞくと、自分の未来が見える』

 『「紫の鏡」という言葉を20歳まで覚えていると死ぬ』

 『鏡を長時間見つめると、“別の自分”が現れる』


 それから ――――…



 ◇



 その日は忘れもしない、一生に一度の結婚式。

 まるで天までもお祝いしてくれているかのような晴天だった。

 

 新郎…(たかし)とは大学時代の同級生。

 付き合い始めて3年半。


 人当たりがよくて、カッコよくて、スポーツ万能。会社は大手IT企業。

 押しに弱いところはあるけれど、結婚相手としては申し分なかった。


 今私は、理想通りの順風満帆な人生に満足していた。

 あと不安な事といったら…段取り通り今日の結婚式を行なえるか…という事だけ。

 そんな幸せな不安しかなかった。


 コンコン


「どうぞ」


「わぁ、香世(かよ)きれぇ」


 沙織の声がした。


 私は食品会社の事務員として働いていた。

 けど、結婚を期に寿退社。


 入って来たのはその会社の元同期の沙織(さおり)歩実(あゆみ)


 沙織は美人で華やか。だからかもしれないが、少し自己中心的なところがある。

 けど、今流行(はや)りのファッションとかお店とかいろいろ知っているから、一緒にいて楽しい人。

 語尾を伸ばして話すのは癖みたい。男性の前ですると効果があるとかないとか…

 

 歩実は真面目を絵に描いたような人。

 きっちりしていて仕事もできる優秀社員。


 マイペースの私はいつも助けてもらっていた。

 将来幹部まで上り詰めるかもしれないとひそかに思っている。


 当の私はいたって普通の人間。

 顔は沙織ほどではないけれど、かわいい系には入ると思う。

 人見知りはしないので、どんどん話しかけていくタイプ。


 どこにでもいる感じの平均的な人間。

 でも結局平均的な人間の方が、安定した幸せを手に入れる事ができる。

 そんな風に思っていた。


「おめでとぉ」


「おめでとう、香世」


「ありがとう、沙織、歩実」


「今日、香世の旦那様に会えるのを楽しみにしていたんだよ、ね、沙織」


 歩実が沙織に振り返る。


「うん、毎日惚気(のろけ)られていたからねぇ。どれだけ素敵な人なんだろうって、いつも二人で言ってたんだよぉ」


 間延びした話し方で歩実に同調する沙織。


「そっか、会った事なかったっけ。写真をしょっちゅう見せていたから、もう会わせた気になっていた」


「ハンサムだしぃ、大手企業で働いているんでしょぉ? スペック高くて、ほんと羨ましいぃ」


「い~でしょう?」


 沙織が羨ましがっている様子に、私は少し優越感を覚えた。 


「ねぇねぇ香世ぉ、ちょっと鏡の前に立ってみてぇ」


 鏡の前で手招きをする沙織。


「うん」


「本当に素敵ぃ。私も早く結婚したいなぁ」


 鏡の向こうには、私の隣で笑っている沙織がいた。


「あっ」


 その時後ろで、歩実が何か思い出したような声を上げた。


「歩実、どうしたの?」


 そう言いながら沙織と同時に振り返る。


「…あ、ううん、香世きれいだなと思って」


「ふふ、ありがとう」


 多分、別の事を言いたかったであろうことは感じていたが、これから挙式だしその段取りで頭がいっぱいだったので、それ以上聞くことはしなかった。


 けど……


 この時きちんと歩実の話を聞いていれば、何かが変わっていたのだろうか…



 挙式から半年。


 私は、専業主婦の毎日を過ごしていた。

 結婚当初は慣れない事ばかりで時間がどれだけあっても足りなかったけれど、半年を過ぎれば時間を持て余すようになってきた。

 

 けど友達を誘おうにもなかなか都合が合わないし、孝は最近残業が増え、夜一人でいる事が多くなっていった。 

 

 だから私は前から気になっていたヨガ教室に週一で習う事にした。

 最近、ウエスト回りが気になって来たんだよね。


「あ、そろそろ出なきゃ」


 今日はそのヨガ教室の日。


 孝は今夜も残業で遅くなるって言ってたから夕飯いらないのよね。

 私も帰りどこかで食べて帰ろうかな。

 久しぶりの新宿だし。


 そういえばここらへんって結婚前によく孝君と来たっけ。

 クリスマスにはそこのホテルを奮発して予約してくれたな…ふふふ。

 そうだ! あのホテルのレストランで食事でもしよう…か…な…


 私は目の前の光景に言葉を失った。


 そこには思い出のホテルに入っていく孝と沙織がいた。

  

 孝は沙織の肩に腕を回し、沙織は孝の腰に腕を回していた。

 一瞬で二人の関係が分かった。


 体中の血が、一気に頭に集まるのを感じた。

 その後の事はあまりよく覚えていない。


 ホテルのロビーでの修羅場。

 もうあのホテルには行けなくなってしまった…



 離婚して、しばらくして歩実から電話があった。

 沙織が会社を辞めたらしい。


「そう…会社辞めたのね…」


 その後も孝と続いているのかわからない。

 いや…そんな事知りたくもない。


 私と孝とは学生時代からのつきあいだった。

 沙織と孝は結婚式で初めて会ったはず。


 たったそれだけの出会いで、3年半の付き合いはもろくも崩れ去ったのかと思うと情けなくて仕方がない。


 沙織を結婚式に呼ばなければ良かったの? 

 けど、こんな事になるなんて誰が予想できた!?


 どれだけ後悔しても全て遅すぎる…


(……!)

 

 その時ふと、結婚式のあの日、控室で歩実が何か言いかけた事を思い出した。


「…ねぇ歩実。挙式の当日、控室に来た時の事覚えてる?」


「あ…うん、沙織と…一緒に…」


「あの時、歩実何か言いかけたよね。私と沙織が鏡の前に並んだ時…」


「あ…」


「何を言おうとしていたの? あの時聞こうと思ってたんだけど、式が始まる前だったから聞きそびれてたんだよね」


「あれは…」


 少し口籠(くちごも)りながら、


「せっかくの晴れの日にケチをつけるみたいで言えなかったんだけど、鏡にまつわる都市伝説ってのを思い出したの」


「都市伝説? どんな?」


「う…ん…その…友人と一緒に鏡に映ると、その友人に夫を奪われるって…」


 やっぱり、あの時聞いておけば良かった。

 都市伝説かぁ…



 ◇



「孝、孝、孝、孝、孝…」


 真夜中の暗い部屋。

 私は鏡の前で好きな相手の名前を5回唱えた。


 こうすると、私の想いが生霊となり、相手に取り憑くらしい……


 鏡の中の私が微笑む。



 都市伝説だけど…ね…




【終】


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