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1章かけた街①

風の音がする。

夏の終わりの夕方、オレンジ色の光が水面に反射していた。

河川敷のベンチに座る少女が、相馬の方を見て笑っている。

「また来年も、一緒に来ようね」

その声に、相馬は何かを言い返そうとした。けれど、唇が動く前に、風が吹き抜けて景色が揺れた。

次の瞬間、目の前の少女が、まるで陽炎のように消えていった。

目を開けると、天井の白がやけにまぶしかった。

時計を見ると、午前六時四十分。

「また、あの夢か」

相馬は、手で額を押さえながらつぶやいた。最近、毎週のようにあの夢を見る。

中学の夏、最後の日に見た光景。

夢の余韻がまだ残るまま、ベッドから体を起こす。

カーテンを開けると、朝日が差し込んだ。

現実の光はやけに冷たく感じる。

制服のシャツをハンガーから外しながら、相馬は思った。

どうして、あの夢ばかり見るんだろう。

音の笑顔は、もう何年も見ていないのに、記憶の中では色あせない。

鏡の前でネクタイを結びながら、ふと、自分の顔が少し大人びて見えた気がした。

「時間だけは進むんだよな・・・」

食卓に下りると、母親が出勤の支度をしていた。

「おはよう。今日、体育あるんでしょ?忘れ物しないようにね」

「わかってる」

相馬はトーストをかじりながら短く答えた。

朝の会話は、いつもこれくらい。

相馬の隣には何も話さず大人しく食事をしている妹の音羽がいる。

「おはよう音羽」

「、、、」

もちろん相馬の挨拶には返答しなかった。

音は2年前、交通事故に巻き込まれてしまい以前の記憶を覚えていなかったり、失語症を患っている。

「失語症」とは、脳の損傷によって言葉を話す・聞く・理解するといった言語機能に支障が出る障害のことである。

母の背中を見送ると、静かな部屋に自分と音羽の咀嚼音だけが響く。

登校時間になり「行ってきます」と一言残し家を出る。

今日はリハビリがあるらしく音羽と父親は留守番だ。

駅までの道を歩く途中、秋風がシャツの袖を揺らす。

イヤホンから流れる音楽は、昔から好んで聴いているプレイリストの曲だ。

平日の朝はどこか物静かだ。

電車の窓に映る自分の顔を見つめる。

高校の校門をくぐると、クラスメイトたちの笑い声が飛び交っていた。

「おはよ一相馬!昨日の英語の課題やった?」

「やってねえ~」

ぼんやりと答えながら、教室に入る。黒板には今日の予定がぎっしりと書かれている。英語、小テスト、体育。

「現実ってやつは、ほんと遠慮なしだな、、」

そうつぶやいて、机に鞄を置いた。

授業が始まる。

先生の声が教室中に響くけれど、相馬の頭はどこか上の空だった。

ノートに書いた文字が、だんだん滲んで見える。

その瞬間、先生に名前を呼ばれ、慌てて立ち上がった。

「えっと、すみません........」

教室中の笑い声に混じって、相馬は顔を赤らめた。

休み時間になり、中学からの友人である高橋圭介が俺の席にやってきた。

「どうしたんだよ相馬!今日はやけにおとなしいな。」

「別に、、いつも通りだよ、、」

またうるさい奴がきたなと思いなあがらも軽く返事をする。

そして笑いながら肩を組んでくる。

「おいおい、お前から負のオーラみたいの出てきてんだけど!」

「こっちまで元気なくなるぜ」

「なんでそんなに気なんだ?」

そう問いかけると圭介がニコニコしながら答えた。

「聞いちゃうか~、実はギアスセカンドの抽選に当選したんだ〜」

ギアスセカンドとは今人気急上昇中のゲーム機である。

「いいな~、今日家行っていいか?」

「よかろう。ただ。」

「ただ?」

「新作のラスク買ってきてくれよ」

「了解」

そう話しながら今日の放課後の予定が決まった。

昼休みになっても、教室のざわめきが遠く感じた。

友人たちは楽しそうに話している中、相馬の視線は窓の外に向いていた。

夏の太陽の光が校舎横のプールに反射して写っていた。

その時だった。校庭の隅の桜の木の下で、風に髪を揺らす女子生徒の姿が一瞬見えた。

その横顔に見覚えがあった。

「まさかな」

心臓が跳ねる。

もう一度見直すと、その姿はもういなかった。

ただの見間違いーーそう思った。

午後の授業が終わり、チャイムが鳴る。

先生が教卓で明日の連絡事項を軽くした後、その日の学校が終わった。

圭介が後ろから

「またあとで」

と一言残しそそくさと教室を出ていった。

俺も他の生徒に続き教室を出る。

他の生徒たちが笑いながら通り過ぎていく中、相馬だけが別の時間を歩いているような気がした。

足音が反響する。窓から射す夕日が床に長い影を落とす。

ーーあの夢の中の光と、同じ色だ。

少女の姿を、また思い出してしまう。

そのとき、前方から誰かが歩いてくるのが見えた。

制服の上に薄いグレーのカーディガン、手に本を抱えている。

目が合った瞬間、相馬は息をのんだ。

「.....麻里」

彼女は少し驚いたように立ち止まり、微笑んだ。

「久しぶりだね、相馬くん」

物心ついた頃から中学生になる頃までよくいっっしょに遊んでいた麻里奈だった。

「麻里奈、なんでここに.....?」

「転校してきたの。今日が初日」麻里奈は少し照れくさそうに言った。

「そっか」

相馬は、それ以上言葉を続けられなかった。心の中で、いくつもの記憶が入り乱れていく。

何かが、これから動き出すーーそんな予感だけが胸の奥に残った。

麻里奈と別れたあとも、相馬はその場に立ち尽くしていた。

窓の外では夕日が沈みかけていた。


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