朝市
アルテンの朝市。
「到着!」
馬車から降りるとルイは両腕を上げて伸ばした。
停留所には馬車が集まっており、ルイの乗っていた馬車は今度は別の場所の停留所に並んでいた。今度はそこで人を乗せて出発するのだろう。
空運転はしないようになっているので実に効率が良かった。
人の集まる場所なので噴水や長椅子などが置かれ、休んでいる人も多くいる。木が作った木陰が、人々の癒しになっていた。
サーサーと噴水の音が響いている。
美しい色とりどりの鳥が木の上で休み、噴水まで飛んで水を飲む鳥もいるので、色彩豊かだ。
穏やかな光景にルイは目を奪われ、自然と笑顔になる。自分もこの光景の一部なんだと思うと心安らいだ。
近くには飲み物を売っている店も無料の水をもらえる場所もある。
トイレも近場にあるので長時間の滞在が可能になっていた。
この世界のトイレは木製で、形は少し違うがきちんとした洋式便器で便座の部分もしっかりとしている。
特殊な木の材質で排泄物はこびり付く事もなく流れていき、最後に土に分解されるようになっていた。
トイレから少し離れた位置で、排泄物を土に分解できる粉が葉に包まれ、小銅貨三枚で販売されている。
粉の名前は土粉と言い、ルイは売り子の女性にお金を支払って手に入れる事にした。
土粉を宿屋のトイレに少し入れるとレモンのような良い匂いになる。
ルイは入れる必要が無くても消臭用として使っていたのだが、そうすると客やクララから喜ばれ、トイレには土粉が置かれるようになった。
極小スプーン一杯でいいので金銭的にもダメージが無く、盗む者もいないので、宿屋では今でもそうしている。
旅先でのトイレにも役に立ちそうなので、売り子の女性から数多く購入しておいた。
上からかけるだけで土になるなんて素晴らしい商品だと思うが、この世界では普通なので、まだ売り子の女性の足元には大量の在庫がある。
この粉は普通に生えている木の葉らしく、数種類の葉を混ぜて天日干しにしてから粉にすると出来上がるお手軽品で、あちこちで売られていた。
「こんなに優秀な商品なのにねぇ」
ルイは買った商品を収納魔法で仕舞った。
無料の水を溜めている樽には若い男性の魔法使いが水魔法を使って足している。
ルイも鎖で仕切られている列に並んで水を手に入れた。
コップは自前で、透き通った綺麗な水が入っており、冷たくて美味しそうだと思ったルイはさっそく飲んでみる。
クセがまったくない水が喉を通過していき、匂いもないので、喉ごし爽やかだった。
「毎日飲みたいわ」
一家に一台魔法使いね、などと考えながら全部飲みあげる。コップが空になったので直ぐになおした。
ルイは聞きたい事があったので魔法使いに話しかける。
「魔法使いさんは誰に雇われているんですか?」
話しかけられる事がよくあるのか、魔法使いの男性は嫌な顔一つせず答えてくれた。
「この街の領主さまだよ。仕事の上司が領主さまだから無料なんだよ。市場が発展するように街全体で盛り上げてるんだ。そのおかげで旅の方が増えた。お嬢さんもかい?」
「ええ、旅の途中なんです。良い街ですね」
「そうだろ?自慢なんだ」
「他にも良い街、知ってます?」
「タバシュの方は少し何かあったようだから、海岸沿いを進んだ先のシュラドの街なんかいいと思うぞ。ここと違ったものがあって面白いって聞いた」
「そうなんですね。良い情報ありがとうございます」
「これも仕事の内だ。気に入ったら旅の途中でこの街の良さを話してくれ。旅の者は大歓迎さ」
あらためてもう一度お礼を言い、ルイはこの場所から離れた。
ーーーー
朝市は大変賑わっていた。
至る所から景気の良い掛け声が飛び交っている。
それに客も足を止め、熱心に店の者の話を聞いていた。
色んな人種の人々が歩いている。角が生えたり、鱗があったり、狼の顔をしていたりと様々だったが、ルイはそれにはあまり興味がないので気にしていない。異世界だから、という理由で全てを片付けていた。
食べ物、服、玩具、食器、木彫り、装備品、道具、中古品など色々なものが売られている。
ルイは装備品の前で足を止めた。
敷物の上に綺麗に陳列されている品物は、他の店よりもひときわ輝いている。陽の光を反射して歩いている者の視線を釘付けにしていた。
店の名前は、青竜の巣穴、という名前で他の者達が有名店だと言っているのをルイは聞く。
行った事ないな、と思いながらこれほどの品物を買わない選択肢は存在しないルイは、さっそく手前に置かれている品を見ようと近づいた。
「綺麗ねぇ」
ナイフなのだが刀身が薄緑色で透けている。他にも薄赤色、薄黄色など色違いが置かれていた。
「お嬢ちゃん、欲しいのかい?」
お店の髭を生やしたお爺さんが胡座をかいたまま聞いてくる。
この店は高いものを出しているので警護するように周りには厳つい顔をした三人の冒険者風の男性がいたが、購入欲求のあるルイは全く気にする事はなかった。
「お爺さん、これ手に持っても良い?」
「ああ、いいよ。お嬢ちゃんは戦ったりするのかい?」
「戦うよりも採取の方だね」
このナイフは使わないし見て楽しむだけだけど、とルイは思ったがお爺さんには言わなかった。
売らないと言われるのが嫌なので口にチャックだ。
「今持っている夕焼け色のと青紫色のものと、乳白色のを下さい」
「ええぇ、三つもいるのかい?一つでいいじゃろ」
「一つじゃ駄目なんです。こだわりがあってぇ、一つ使ったら次のものに変えないと気が済まない性格なんですぅ」
「な、なんぎな性格じゃなぁ・・それは」
「だからこの三つだけじゃなくて、後二つ追加して下さい」
「さらに多くなっとる!?さすがに五つ使うのは無理があるじゃろが」
「性格なんでぇ大丈夫ですぅ」
「・・分かったよお嬢ちゃん。勘定するから待っ・・・」
「ちょっと待って下さい。まだ買うんで」
「まだ買うんか!?」
お爺さんを気にする事もなくなり、ルイは遠慮する事もなく図々しくあれもこれもと手に持って見る。
そして自分の横にどんどんと積み上げていった。
意匠の入った青い鎧は青夜鉱石というものをふんだんに使っているし、珍しい貝を加工して作った扇は七色に光っている。
ルルドル鳥の赤羽を使った赤いローブに翡翠色をした手甲。漆黒の羽がついた黒いローブも後から追加して、中心部分に赤い宝石のついた白銀の小さな盾と、中心部分に青い宝石のついた黒銀のひし形の盾を置いた。
ついでに紫色に金色が入った足の装備も追加しておく。さらに最後に目についた水色の腕輪を素早く足して、お爺さんに目を向けた。
「全部ぅ使うんでぇ、これ下さい」
「さすがに使わんじゃろ!無理があるわい」
「会計お願いします!!」
ルイが強く言い寄ると諦めたようにお爺さんは勘定する。
「そもそも買えるぐらいのお金はないじゃろ。払えるなら売ってやってもいいが、足りなかったら全部諦めてもらうからの」
「ありがとうお爺さん」
「六百万カイルじゃ。お金があるならこの収納袋に入れたらいい。入った金を計算してくれる優れものじゃ」
ルイは最初に金貨一枚入れてみる。すると本当に袋の表部分に金額が表示されていた。
突然、何もない空間から金貨が出現して、お爺さんも、払えると信じていなかった警護中の冒険者も唖然とする。
相手を見誤ったか、とお爺さんは思った。
「うわ、本当に分かるんだ」
ルイは自分の収納魔法を使って金貨を入れていく。出た金貨はほとんど見える事なく袋に吸い込まれていった。
袋についた表示がどんどん上がっていく。そして六百万になった時点で止まった。
「終わったわね」
「お嬢ちゃんは収納魔法の使い手じゃったか。ワシの負けじゃい。持っていけ」
「わーい、ありがとうお爺さん」
収納魔法で装備を収納する。ルイは買いたいものが買えてほくほく顔だった。
かなり値引いた金額を提示してしまったお爺さんは苦笑する。しかしその顔に後悔の様子はなく、呆れた雰囲気の方が強かった
「大体のうぅ、お嬢ちゃん。ここにあるのは実用品より見た目を重視した、他国から来た裕福なお客さんにお土産用として作った装備品なんじゃよ。なるべく子供に怪我をさせないように角を削って丸くしておるじゃろ?ナイフも先が丸くなっているのはそういう訳じゃ」
綺麗な方がご家族から喜ばれるじゃろ?とお爺さんは話す。
なんだぁ観賞用だと隠す必要なかったのかぁとルイは思ったが、今さら知っても買取はすんでいるので意味はなかった。
「そうなんだ。だから他の装備屋さんよりも、ここの方が欲しいものが沢山あるのね。初めからここに来れば良かったわ」
「・・採取はしとると言ってなかったかの?」
「してるよ」
装備した事ないけど、主に素手だし。ルイはこれも口に出さなかった。
支払った後に相手を不快にさせる必要などないだろうと、ルイはニッコリと笑顔でお爺さんを見る。
「装備品は大切に飾らせて・・・じゃなくて使わせてもらうわね」
「裕福な客か・・まぁお嬢ちゃんが普通に言ってもワシはこんなに沢山は売らなかったじゃろう。また必要なら来るといい。朝市も始まったばかりじゃ、気を付けてまわるんじゃよ」
「ありがとう。本当はもう少し欲しいと思ってたりするけど・・・」
ジィーとルイは見つめる。
それにギョッとしたお爺さんは手をブンブンと真剣に振った。
「早く行くんじゃっ、他の店にも良い品物が沢山あるぞ」
「そうよね!お爺さん!他の店にも沢山あるんだもんね。そっちにも行ってあげないと!」
「そうじゃ、お前さんを待ってるぞ!」
力強く言うお爺さんの言葉にルイはしっかりと頷く。それから一度も振り返る事なく他の店へと歩いて行った。
ホッとするお爺さん。
「仕入れが間に合わない所じゃったわい」
店の名前を他国の者達に知ってもらう為に、このような場所で派手な装備品を出して、人目を引いて宣伝しているのだ。
宣伝に使えるような派手な装備品がなくなってしまえば、目的が果たせなくなる。
残った装備品を見て、お爺さんは良かったと安堵していた。
ーーーー
足早に通り過ぎる人々がいて、その流れに沿うようにしてルイは歩いていた。
手に持った荷物を抱えている人や、歩きながら食べている人がいる。
ぶつからないように注意しながらルイは色々な店を見ていた。
隣の人と話しながら歩いたり、店を覗き込んいる人もいるので、それを回避しながら前に進む。
そんな中、店のおじさんと目があった。
「お嬢ちゃん、一つどうだい?」
ルイは声をかけられたので煮込んで味のついた卵を三つ買う。
また歩いていると店の人に声をかけられたので冷たいフルーツを四つ買った。
「卵とフルーツか。どんな味なんだろ?」
歩きながら齧ってみると、卵は甘く味付けされた普通の味で、フルーツは甘酸っぱくて後味がバニラなのでルイはどちらも美味しく食べれた。
満足しつつ足を進める。
すると油の良い匂いが漂ってきた。
赤い屋根の店は焼き肉屋のようで外で肉を焼いている。
ドラム缶を半分に割って網を乗せ、四つ足をつけたようなものを使い焼いているので、中にある炭は真っ赤になっていた。
網の上には肉が乗っており油が滴り落ちてジュージューとした音を出す。
勢い良く焼けているので遠くまで風が匂いを運んでいた。
「お兄さん、三つ包んでちょうだい」
「あいよ」
一つ銅貨二枚なので全部で銅貨六枚渡す。
ぶつ切りにされた肉が焼けると大きな葉っぱで包み、紐で結び、それを三つ手早く作るとルイに手渡された。
お客が多いので直ぐに離れる。手に持った分は全部、収納魔法を使ってなおした。
さらに歩くと小さな玩具売り場が見える。
そこには子供とその親が集まっていた。
子供の手には木で作られた鳥や、金属製の丸くて音の鳴るものや、色んなキャラクターの仮面などが沢山ある。
それを横目で通り過ぎると食器が売られているお店が見えたのでそちらに移動した。
立ち止まってカップの置いている場所に移動する。
ピンク色のカップは持ち手の部分が白いので気品があるように見えた。
茶色のカップはシンプルで軽い品物だ。裏を見ると台座の部分が焦げ茶色になっているので意外と手の込んだ作品なのかもしれない。
二つとも買う事に決めた。
最初のピンク色のカップが二千カイルで次の茶色のカップが千五百カイルだった。
合計で銀貨三枚と銅貨五枚を出して支払いを済ませた。
「次は何を買おうかなぁ。向こうは一般人のフリーマーケットでこっちは食材売り場かぁ。その前に」
ルイは近くの店に行く。
「お姉さん、ジュース一つ下さい。歩きながら飲みたいんで、このカップに入れて下さい」
「はぁい、直ぐ作るから少し待っててね」
ルイは小銅貨五枚と自前の金属製のカップを女性に渡す。
女性は果物を絞ってからカップの中に移し、そして氷を砕いて中に入れた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
近場に座ってジュースを飲んでいる人達がいる。使ったコップは箱の中に入れるようになっていた。
ルイは以前に買っておいた植物で作ったストローを挿して、飲みながら好きな場所に歩いて行った。
それからまた沢山のものを買った。
生鮮食品から衣料品、工芸品や陶器、フリマに行って個人が売っているものなども購入した。
そうしていると、あっと言う間に時間が過ぎていき、楽しかった朝市は終わった。