朝食
早朝。
鳥の鳴き声がどこからともなく聞こえてくる。
窓を開けると朝の気持ちの良い空気が部屋の中に入ってきた。
ルイの頬に風があたり髪がふわりと浮く。目の前には多種多様の家々が見え、煙突からは煙がたなびいていた。
ほのかに漂ってくる朝食の匂いにお腹が空く。
着替えもすんでいたので後は下に降りて挨拶をしようとルイは思っていた。
「よし、今日も元気にいこう」
服飾店に行ってから三日間、ルイは採取に行ってお金を貯めた。
海に潜り、他の者達が気軽に行けない場所を探る。
そうすると案外簡単に価値のあるものを手に入れる事ができた。
だが、価値の高いものは売る店が限られている。何度も売ると大変目立つので、数が多く取引も活発に行われているものを探して海の中を歩き回った。
お金儲けを確実にしたかったので長時間うろついて探していると、卵を守る魚から威嚇されたり、墨を吐いてくる蜘蛛のような生物に追いかけまわされたりと難儀な事も多い。
反対に求婚してくる魚もいるが、それには生暖かい目でルイは見つめていた。
そんなこんなで集めた採取品は、海の珍味や黄色の貝、角とヒレがある海老や、海の薬草。高くない屑宝石や家の周りに敷く砂利。綺麗な小さな珠や海の底に張り付いている紫塩など様々だ。
そうして手に入れたものを色々な店を回って細かく売った。
需要が高く、店側からまだ欲しいと言われたものは、もう一度採取しに行き、その日の内に買い取りをお願いする。快く引き取ってもらえるので必要とされていると言われたものは優先して探した。
最終的に手に入れた合計金額は約千六百万カイルほど。
もうそろそろ旅立つ頃かしら、とルイは簡単に考えていた。
早起きをして下に行くと、テーブルの席は朝食を食べる宿屋の泊まり客や、それ以外の外から来た客で賑わっている。
ルイが空いている席を探してキョロキョロと見渡しているとクララがこちらに来た。
「あら今日は早いのね、ルイちゃん」
「おはよう、おねぇさん。今日は朝市に行くの」
「あら、やっと行くのね。前々から朝市には行ってみたいって言ってたのに早起きしないから、いつ行くんだろうって思っていたの」
「あはは、そう言われるとそうかも。見たら買いたいものがありすぎて、お金が直ぐになくなっちゃうから今まで行けなかったけど、今度は大丈夫。朝市の為にお金を貯めたから気合い入れて買い物してくるわ」
「大げさねぇ、朝市なんて銀貨五枚ぐらいあれば楽しめるわよ」
「えっ・・・そんなの・・。いや、買うものを小銅貨におさえれば何とかいけるかもっ。小さなものをターゲットにして好きなものを選んで買えば満足できそうだわ」
お土産でしょ、装飾品の小物でしょ、玩具に陶器、安いお菓子に飲み物買って、簡単な昼食とって、とルイは色々思い浮かぶものを上げていく。想像の中で買った気分になっているルイの顔は幸せそうだ。
それを見たクララは処置なしといった判断を下したようで大きな溜め息を吐く。
「ルイちゃんってば・・部屋に置いてあるものを見ればお金に困っていない事は分かっていたから、どうしてこんな安い宿に泊まるのかって疑問だったけど、話を聞いて納得できたわ」
クララは呆れた様子でルイを見ている。
ダメ人間に見られたくないルイは必死に弁解した。
「この宿はお気に入りだから泊まってるだけで、おねぇさんが考えている理由じゃないからっ。好きで泊まってるだけなの。信じて」
「はいはい、そういう理由にしておきます。朝食を用意するからルイちゃんは座って待っててね。直ぐに暖かい料理を用意してあげるわよ」
「こんな私でも受け入れてくれる感じが凄くするっ。これが包容力っていうものなのっ」
自分には無理だ、とルイは思った。
ルイは敗北感を抱えながら空いている窓側の席に座る。スライムのようにテーブルに張り付いていると通りを行き交っている人の群れが見えた。
人の持っている持ち物を観察するのは楽しい。自分に害意のある人間の持ち物は強制没収したくなるが、それ以外なら見ている方が好きだった。
そうしているとクララがやって来て、スライムから復活したルイのテーブルに朝食が置かれる。湯気が出て良い匂いがするので食欲を刺激され唾液が出た。
キラキラした目で朝食を見ているルイに、良い笑顔を浮かべるクララ。
「パンも今日焼いたものだから美味しいわよ」
「うわぁ、楽しみ!味わっていただくわ」
「旦那が作った美味しい料理、冷めない内にどうぞ」
他の客の対応をしにクララは離れて行く。
ルイは、いただきます、と小声で言ってからフォークを手に腸の肉詰めから頂いた。パリッとした感触の後、肉汁が口いっぱいに広がる。お腹が空いていたので脳天まで美味しさが到達した。
「うまぁ・・」
至福の時間を堪能する。
添えられた野菜も甘味があってとても食べやすく、目玉焼きはじっかりと焼かれてソースがかかっている。そのソースが少しピリリとした辛口で、黄身ととても相性が良かった。
そして一緒に出されているパンも固すぎる事はなく、千切って食べるとパンの香ばしい匂いがした。
それを胸一杯に吸い込み幸せを堪能しながら手を進め続けた。
ーーーー
「ここを真っ直ぐね」
目的の朝市に行く為に、馬車乗り場までルイは歩いて移動していた。
今日は晴れているので白い帽子を被っている。服装はブラウスとデニムに似たパンツを履いていた。
どこからともなくオルゴールに似た音楽が流れている。パカラパカラと馬の蹄の音も行き交っていた。
「到着。お金の用意しないとね」
馬車の停留所に辿り着くと御者にお金を渡し、階段を上がって真ん中の席に座る。
立って乗る事も可能で、それは客の自由だった。立って乗る場合は鉄の棒があるのでそれに掴まって移動する事になる。
値段は一律銅貨一枚。馬車は決まった位置で一時停止するので降りたい者は勝手に降りる仕組みになっている。最終地点まで着いたら全員下車し、馬車は次の停留所で人を乗せるようになっていた。
ルイの目的地は朝市なのでこの停留所の最終目的地まで乗っていればいい。気楽なものだ。
十席あった椅子がうまり、立って乗る者も人数分うまると業者が、出ますよ、と声をかけて馬車は発車した。
「芋飴が一つ小銅貨三枚だよ。誰かいるかい?」
馬車の中で商売を始める女性がいるが、たまに出会うので珍しくはない。
「一つ頂戴」
「こっちも一つ」
芋飴と言っても砂糖を使っている訳ではないらしく、アマ芋という種類の芋を蒸かして潰して水を入れて長時間混ぜ、乾燥しやすい形にして天日干しにすれば芋飴ができるそうで、子供のおやつとして作っている親も多いとルイは聞いた。
「私も十個下さい」
近場の人から会計を済ませる中、ルイも声を上げて品物を手に入れる。
一つ口に入れて食べると芋の味はせず、栗とパイナップルが混ざったような味がした。初めて食べた時は驚いたが、ルイにとって芋飴とはこれが普通だと思えるようになっていた。
「平パンはいかが。一つ小銅貨二枚だよ」
「一個くれ」
「あいよ」
飴を売った女性が今度は平パンを売り出す。平パンとは五センチほどの小さな円形をした平らなパンの事で、少し塩分が効いている。
お腹は空いていないがルイはこれも二つ買った。宿にいる時に小腹が空いたら食べようと思っていた。
「お母さん見て!鳥さんだよ」
「あら、本当ね。可愛いわね」
母親の膝の上に小さな女の子が座っている。女の子は小さなリュックを前に抱いていた。
「今日はどこへ行くんだい」
「タバシュの方さ。指名の仕事が入ったんだ」
「あんた腕が良いから心配ないね」
「まぁな、そっちはどこに行くんだ?」
「わたしわねぇ・・」
後ろの方の話し声は冒険者の男性と中年の女性だった。冒険者の腰には短刀が三本ぶらさがり、使い古した袋を下に置いている。
ルイと同じ馬車に乗っていても行き先は人それぞれ様々だった。
「市場まで十五分くらいかなぁ」
ルイは前を向きながら景色を楽しんでいた。